Ⅲ-1 Attention me!
時計の針が八時を回るか回らないかの頃、一行は重大で切実な問題について議論を重ねていた。
本日の寝床を探す必要があるのだ。
車中泊をするにしても、昨日のように周囲を存分に見渡せる田舎道はない。いま進んでいる道の近辺で外を歩く人はいないものの、家の中には一定数の住民がいる。照明がそれを証明していた。
かといって灯りの点っていない家に人がいないか、と問われると否である。AFを体内に宿し、完全に支配権を奪われた人間は灯りを――いや、人としての全てを必要としないのだ。
「……こんな怪しい四人組、泊めてくれる家なんてないですよ」
三峰の言葉に、他の三人も首肯する。
四人が迫られている選択は、二つ。適当なホテルか見知らぬ家に泊りAFの襲撃で目覚める。もしくは車中泊を行いAFに囲まれたまま朝を迎える。どちらもゾッとするような最悪の選択肢であった。
少しの沈黙の後、クロは渋りつつも三つ目を口にする。
「他にも選択肢はある……が、これはあまり当てには出来ない」
「あ――……、確かに。でもダメっぽいかな、クロ」
シロにも心当たりがあるらしく、クロと同じく否定的である。
「頼むから二人で納得しないで、俺たちにも説明してくれ」
「ごめんね、私たち以心伝心だから」
ケイジは心底面呆れた顔になる。ハンドルを握る三峰も、どう反応したらいいのか分からずに結果戸惑いを浮かべていた。
クロは咳払いを挟み、三つ目の選択肢を伝えようとする。
「シロの冗談はさておき、今からは安全な場所と同時に――――……」
クロは途中で言葉を止め、三峰とケイジも後方の一点を見つめたまま車を止める。座席の位置的に、その一点が見えなかったシロだけが尋ねる。
「え、どうしたの? 何かあったの?」
シロに答えるより早く三峰がハンドルを切り、来た道を戻ろうとする。
「関わらない方がいい」
「……こればかりは、クロの頼みでもダメだ」
クロの助言をケイジが切り捨てる。クロはシロに行けば分かる、とだけ添えて暴走族に追われる最中に組み上げたソレを荷物の中から引っ張り出す。シロは何があるのかを確実に目にしようと、車の天窓を開け身を乗り出す。
三人の注意を引いた一点に――数秒前に過ぎ去った交差路に辿り着いた車は、躊躇いなく目標の方向へと曲り、そして止まる。
彼らを目にしたシロも、眉根を寄せる。
「あー、ってダメだよ! 外に出ちゃ――――」
上から制止するシロを待たずに、ケイジと三峰は車から降り、ライトの照らす先へと向かっていく。
ライトの先には複数の人々――三つの種類の人々がいた。
一つは路肩に転がる死体や商店、家屋から貴重品を運び出す人々。一つは元の色がなくなるほど赤く染まった角材や斑に染まった衣服を来た人々。最後は、彼らの足元に転がり角材で殴られ動けない人々――――。
三種類の視線を受けた二人の取った行動は、以下の通りである。
三峰は何をやっている! と大声で問い質し、ケイジはホルスターから拳銃を抜き、手近な相手から――足元に転がる人々以外を――撃っていく。
大陸系の言語を喚き、蜘蛛の子を散らすように逃げる彼らをケイジは躊躇わずに撃ち、三峰は倒れた人々に駆け寄り、状態を確かめる。比較的無事な者には自力で歩くように促し、歩けない者は担ぎ上げ車まで戻ろうとする。
「――――ッ! 急げ、三峰!」
ケイジの叫びに合わせ、三峰に担がれた中年の女性の体が跳ねる。顔に飛び散った血の出所と、後ろから聞こえる悲鳴と水の跳ねる音。――そして、突然増えた銃声。
動かなくなった中年女性を抱えたまま、恐る恐る振り向く。そこには二人が助け出そうとした人々が倒れ、一度は逃げ出した無法者が戻り、怒りと喜びを混ぜ合わせながらこちらに銃を向ける姿があった。
ドクン、と一際大きな鼓動の音に合わせ、二発目の弾丸が抱えた女性に命中する。
「関わらない方がいい」――クロの言葉は正しい。だが、この状況――他の脅威がありながら尚、人が人を水底へと沈める状況を、見て見ぬふりは出来なかった。
クロにとってのシロ、シロにとってのクロ。二人は互いを無理をしてでも助けなければならない相手だと言った。なら自分やケイジが助けなければならない相手とは誰なのか?
それは彼らである――故に自分とケイジは飛び出した。制止も聞かず無理を通した。
三峰の腿を銃弾が掠る。膝を付き、痛みと共に自分に訪れる死を覚悟した。
「――――そのまま、力を抜いておけ」
だが、弾丸はこちらまで届かず、代わりに抑揚のない声が耳に届く。
声が届くと同時に一本の腕が自分の首根っこを掴み、それが誰の腕なのかを確認する間もなく、強い力で前方へと投げ込まれる。
目の前にあったのは銃を構えた男たち――ではなく、すっかりと見慣れた車の後部ドアが開かれた姿であった。
「おかえり、ケイジとミツ。後で説教ね」
車内ではハンドルを握ったシロが二人を迎える。三峰の下には、先に投げ込まれたケイジが下敷きになり目を回していた。
「またあとで、だ」
開いたドアの先では、自分たちを投げ込んだクロが車内に向けて手を振っていた。その手は皮手袋とガントレットを足して三で割ったようなグローブで、しっかりと覆われていた。
そして右目の下に浮かび上がる一本の印。
その姿を惜しむことなく、車は猛スピードで進みだした。
多くの銃口が残ったこの場に、クロだけを残して――……。