表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第二章:茨の道と血濡れの足跡
79/119

Ⅴ-2



 苛立ち紛れに雪を蹴り上げたクロが目にしたのは、幽玄と広がる海原であった。


 雪が降り肌寒く、時間は夜――北半球で、経度もそれほど離れていない。


 ニキが持つもう一つの『魔法権利』は移動を可能にするタイプの『魔法権利』だと当たりを付けていたクロは、期待を込めて携帯端末を取り出してGPSで現在位置を確認する。


「…………」


 移動した。けれど何処に?


 漠然と認知した現実に、現状という色のクレヨンで色を付けていく。画面に表示された地名を読み、地図を拡大して現在位置を知る。心のどこかで、ニキは自分の都合がいいように動いてくれるのではないかという期待感があったのだ。それだけにクロはかなりの落胆を感じていた。


「ヴラジヴォストークか」

「そうみたい」


 背後に控えるコンテナの群れに日本語とキリル文字双方で書かれた看板。ロシアが持つ太平洋側最大の玄関口だ。日本ではない。満州よりは近いが、それでもシロまでは十分な距離がある事実は変わらない。


「クロ、何をそんなに焦っているの?」

「……嫌な予感がする」

「嫌な予感? 寝たきりの妹について? そんなに気になるのなら、誰かに電話してみればいい。ジッと悩んで苛立つより、今やれることをやる。どちらが良いか言わなくても分かる」


 ローザに指摘されたクロは押し黙って携帯端末を眺める。


 確かに自身が感じている不安や心配は悪い予感の域を出ていない。深夜の、それも帰国の手立ての無い現状で無理に焦る必要もないのだ。人伝にシロの無事を確認して、その後に余裕をもって家路についても遅くない。


「すまない。ローザの言う通りだ」


 ローザの言葉に従ってクロは携帯端末に電話番号を打ち込んでいく。数年前――高校時代に何回か掛けた覚えのある番号に。変わっていないことを祈りつつ、着信を待つ。


 リィン、リィンと呼び出し音が響き、――――繋がる。


《もしもし、橙堂だ》

「ケイジさん、俺だ。クロだ」

《クロ? 良かった、無事だったか! そっちはどんな状況だ? シロは無事か? 之江は? 敵は撃退出来たのか?!》

「敵? 撃退? おい、まさか襲われたのか!! あの診療所が、シロが!」


 ケイジの言葉にクロは震え、血の気が引き、顔が青褪めていく。


《……ああ、そうらしい。夜半の市街地で爆発テロを起こして駐屯部隊の気を引いている内に襲撃を受けた。いや、襲撃者の撃退はまだ終わっていない筈……だが待て。クロ、お前は今どこにいる?》

「極東ロシアだ。すぐに戻る。今すぐにでも、無理してでも日本に戻る」

《今すぐ? 無理だぜ。この深夜に航空機は飛ばせないし、許可も下りない。航路でも数時間掛かる。そもそも航空機は当然として、民間船舶も認可が下りた船以外は当分日本に出入り出来ない。AFが出たからな。襲撃者の処理は俺たち軍に任せろ。クロ、お前はそこで》

「分かっている。俺は俺の役割を果たす」

《ちょっと待て、クロ。俺の話を》

「着いたら掛け直す」


 呼び止めるケイジの声を聞き流し、クロは通話を打ち切る。携帯端末を握った手を降ろすと空いた片手で目元を覆う。そして思考を『加速』させ、溢れた情報が口から漏れ出す。


「空路は使えない。義父の伝手で航路を……、いや、そもそも軍が……」

「……クロ?」

「当然封鎖は……だが空路……航路……陸路……ダメだ時間が……」


 ぶつくさと呟き続けるクロを呆然と眺めるレイズィに対し、こういった奇妙な一面を既に何度か目にしていたローザは動揺せずクロから距離を取る。


「あの人、大丈夫なの?」

「問題ない、レイズィ。……いや、問題はあるが私には打開策がない」

「打開策?」

「そう。打開策を用意出来ないのなら、声を掛けない方がいい」


 ローザの言葉にレイズィは眉を顰める。


「ローザってあの人の相方だよね?」

「私たちの目的は達した…………けれど、出来ればまだ、私はクロの相方でいたい」

「なら、一緒に考えないと!」


 歯切れ悪くそう答えたローザの背中をレイズィは手を添えて、嘗て双子の妹(クラレット)にそうされたように一歩を踏み出せない相手に向けて押し出した。


「頑張って、ローザ。隣に立った時間が長ければ長い程、仲は深まるよ!」

「レイズィ、ちょっと……」

「ほらほら、行った行った!」


 ローザは一度だけ振り向くと、そのままクロの元へと駆け寄っていった。




 クロの傍に辿り着いたローザは、コートの袖をちょいちょいと引っ張ってクロの注意を引く。クロは顔を上げてローザを一瞥するに留めすぐに思案に戻ろうとするが、ローザは敢て口を出す。


「クロ、良い考えは浮かんだ?」

「いや……、あまり良い考えではないが、帰る方法なら見つけた」

「そう」


 見つけたと言いながら、クロは全く動こうとしない。ジッと視線をローザの瞳に合わせて動かない。鳶色が澄んだ灰色を見つめ、灰色は翳る鳶色を見返す。


 クロが切羽詰まっているのは一目瞭然だ。


 ウラジオストークから日本に帰る方法は驚くほど少ない。日中に十何本も存在するフェリーの定期便を除けば、残りは馬鹿みたいな料金を請求して一切の融通が利かない航空機をチャーターするか、遥々陸路を南下して遼東半島から船に乗るしかない。AFが発生した現在の日本に対しては、余計に渡航も制限されているのだ。


 いや、それだけではない。


「商用船舶ならフェリーの倍以上出ている筈だ。漁船なら更に沢山。数時間もすれば海に灯りが点り始める。だが俺は今すぐに帰る必要がある」

「軍用の船舶に期待しているなら、私は力になれない」

「やはり、ダメか……」

「私は陸、しかも今は正規部隊じゃない。船舶や航空機を手配できるような伝手は持っていない」


 正規の手段で帰国が出来ない以上、軍属のローザを頼って船を出してもらうのが一番現実的で穏便な方法だ。けれど首を横に振られた今、それ以上を望んではいけないとクロは知っていた。


「すまない、クロ。力になれなくて」

「いや、構わない。残された選択肢が二つに減っただけだ」

「二つ?」

「そこらの船を少し拝借するか、泳いで帰るか」


 その言葉にローザは息を飲む。


 前者は――船を盗む強盗紛いの行いは、まだ理解出来た。朝日は夜の帳の遥か向こうに押し込められている。今なら盗難の発覚も遅れ、運が良ければ海軍の哨戒船に見つかることもなく、無事日本に辿り着けるかもしれない。


「どちらを選ぶかと言えば、断然泳ぐ方だ」

「クロ、正気?」


 だが泳ぐなど正気の沙汰ではない。一月――冬の日本海は大陸から押し寄せる寒気によって波は荒れ、水温は常人の耐えられるものではない。海流もある。思いついても、即座に破棄する類の選択肢だ。


「目的地まで直線距離でおよそ七百キロ。日本海で遭難する可能性は低いが拿捕される可能性なら十分にある。そもそも個人で動かせる船で辿り着ける保証はない」

「心配はそこ?」

「逆に泳ぐだけなら、『加速』が使える。全力を出せば数時間程度で辿り着ける」


 寒空の下、クロはさも当然のようにコートを脱いで屈伸運動を始める。均衡の取れた身体を見せつけながら、クロは一枚ずつ脱いでいく。身体が温まると服を拾い上げて畳む。


 その行為の意味は、問うまでもない。


「本気?」

「ああ、ローザ。もしよければ服一式を預かっていてくれ」

「待って。全力で泳いで帰って、それからどうするの?」


 ローザは頑なにそれを受け取らず、諭すような口調で説得を続ける。


「そのまま陸に上がって(シロ)の無事を確認しに行く? そもそも冬の海を七百キロも泳ぎ切れると本当に思っているなら、クロは冬の恐ろしさを知らなすぎる」


 ローザはそう言うとクロの手から服一式を奪い取り、内側のモノから順にクロへと投げていく。それでも頑なに着ようとしないクロに、ローザは仕方なく服を着せていく。


「自慢じゃないけど、権利者としての私は強い。この大陸で小細工なしで正面からやり合えるのは数人しかいない。その私がロシアで最強の権利者の一角なのは、近代戦争でロシアが欧州国家を打ち負かしたのは、全ては生物を容易に殺す寒さの所為。確かにクロの身体能力は高い。それは認める。でも耐熱方面は薄いと私は見ている。クロは熱関係の『魔法権利』を持っていない。違う?」

「…………、違わない」

「なら泳ぐなんて考えないで。もっと合理的で現実的で確実な方法を――ほら、私を頼ればいい」


 ローザはそういうと残った最後のコートをクロに掛ける。だがクロはローザの提案の内容を察しはしたが、難色を示す。


「海を凍らせて、その上を行くのか?」

「そう」

「それなら無理だ。生身で七百キロを走破するのに時間が掛かり過ぎる。それに海上で限界を感じても引き返せない。俺一人ならまだいい。ローザを危険に晒す訳にはいかない」

「確かに。鍛え上げたアスリートが走っても精々時速二十キロ、クロの『加速』を使っても数時間は海の上に居ることになる。だけど」


 ローザはクロの不安を認め、その返答としてビシッと倉庫群を指差し続ける。


「あそこの倉庫に、以前私の部隊が密輸組織から押収した怪物バイクがある。詳しくは分からないけど、クェーツの話だと時速四百キロ近く出て、尚且つその走行に耐えうるだけの強度も持ち合わせているとか」

「四百……だと……」

「記憶に誤りがなければ、そうだった筈。クロ、バイクには?」

「乗れる。日本の大型免許は持っている」

「ならいい。こっち、来て」


 クロはローザに手を引かれ倉庫群を抜けていく。同じような灰色の建物を横目に、荷揚げされ放置され錆びついたコンテナに――目的のコンテナに辿り着く。


 薄暗いコンテナの中には輝く巨大なバイクが鎮座していた。


 銀色を基調としたバイクは従来の大型バイクより二回りは大きく、タイヤは成人男性が(うずく)った姿と同等――もしくはそれ以上である。国によっては当然走行の許可が下りない規格、それどころか用途すら不明なほどに規格外なバイクであった。


「押収品の横流しはいいのか?」

「問題ない。実験部隊の単独任務。公的記録には残っていない。寧ろ処理に困っていた所」

「そうか」

「そう」


 ローザの許可を得たクロは、近くに置いてあったゴーグルを二つ掴み、モンスターバイクをコンテナから運び出す。少し進むごとに錆びたコンテナは軋み、その音は底が抜けるのではないかと不安を煽る。バイクには燃料が十分に満たされ、タイヤも頑強、エンジンも問題なく唸りを上げた。クロとローザが二人で跨って尚、一人分の余裕がある程だ。


 問題があるとするなら、バイクではなく別の部分だ。


「ローザ、このバイクはかなり重いぞ。それに海を凍らせながら進むのは良いが、進行速度に『氷結』が追い付くのか?」

「氷の厚さは問題ない。けれど『氷結』の速度には不安が残る」

「やはり、そう簡単にはいかないか……」

「だから一つ、提案がある」


 提案――と口にしたローザは淡々とバイクの説明を行った時と違い、何処か気恥ずかしそうに唇を噛み言葉を詰まらせる。クロが首を捻り続きを催促すると、「真面目な話、冗談じゃない」と釘を刺し、やっと提案を口にする。



「クロ、私と恋仲になろう」



 一言――けれど意表を突いた発言にクロは困惑する。『氷結』で海を渡る心配をしていた所に急に愛の告白をされたのだ。真面目な話と釘を刺す理由は分かったが、まるで脈絡がない。


「正直に言う。私はクロに運命を感じた。クロを想うと胸が熱くなり、力が湧いてくる。不可能も可能に出来る。そんな気がする」

「気がする……?」

「根拠はないけど確信はある。無論断ってもいい。恋仲は、お互いの同意がないと長続きしないと聞いた」


 ローザはそう言うと瞳を潤ませ、クロの胸に手を添える。シロには存在しない色気を備えたローザにクロはたじろぐ。動悸が早くなる。


 ローザは魅力的だ。


 寡黙で強くて可愛くて、おまけに料理も上手だ。たった数日過ごしただけではあるが性格の相性も悪くない。シロとはまた違った女性的な魅力があり、今まで希薄だと思っていたクロの男の本能を刺激する。


 何よりはっきりと愛の告白を受けたのは、女性を意識したのは初めてだ。


 今までクロの近くにいた女性はシロだけであった。シロに魅力を感じなかったのではない。ただ近すぎて、好意を寄せられていると知りつつも応え方が分からなかったのだ。兄妹同然で十五年を共に過ごしたシロを、最早女性としてみることができない。血の繋がりは関係ない。過ごした時間が長い二人が男女の仲になることは出来ない。女性としてみることが出来なくなる。ローザを前にすると、嫌と言う程それを思い知らされる。


「だが、恋仲になって俺は何をすればいい?」


 恋仲云々は置いておくとしても、シロを助ける為にはローザの提案に乗るしかない。例えその根拠が良く分からなくても、だ。


「言っておくが俺は生まれてこの方、誰とも付き合ったことがない」

「大丈夫、私も同じ」

「…………」

「言いたいことは分かる。ただ恋人になって何をするかは、自然と分かるモノだと聞いている。恋仲になっても束縛はしない。そういう束縛を嫌がる男性が一定数存在することも知っている」


 滅茶苦茶で訳が分からない理論――けれどこれ以上時間は掛けられない。


「分かった。その提案は十分に検討してから答える。それより今は」


 クロはローザを抱えるとバイクに乗せる。通常の二人乗りのように後部に乗せるのではなく向い合う形で前に乗せ、髪を撫で丁寧にゴーグルを掛ける。ローザはそのままギュッとクロに抱き着くと擦りつけるように頭を上下に動かす。


「先を急ごう。全てはそれからだ」


 それを準備完了の合図と受け取ったクロは、エンジンを唸らせている怪物バイクを走らせた。


チャーリーモルデカイ見てきました

良い感じなコメディ映画でした面白かったです

髭よりボディガードのキャラが一番濃ゆい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ