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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第二章:茨の道と血濡れの足跡
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Ⅴ-1 魔法と彼の限界




「ローザ、無事か!」


 冷たく暗い地下鉄構内、ローザのケミカルライトの灯りを見つけたクロは駆け寄る。


「クロ、随分と遅かった」


 クロの姿を確認したローザは慌てて顔に付着した返り血を拭い、コートの随所に付着した赤い染みを凍らせ軽く払う。


「そいつは敵か?」

「そう」


 ローザは俯せで倒れた青年の死体を足で引っ繰り返す。皮の剥がれた頬は熟れたトマトのように赤く、激痛に歪ませたまま止まった表情のすぐ下の喉元には、ぽっかりと空洞が開いて赤黒い体組織を覗かせている。


「それなりの権利者。別の場所で出会ってたら負けていたかもしれない」

「そうか」

「心配した?」

「ああ……いや、今はそんなことはいい!」


 そういうとクロはローザの肩を掴み、静かに叫ぶ。


「ニキを見つけた。先程まで一緒にいたが……」

「こちらには来ていない」

「くそっ! 何処に行ったんだ、あいつは!」


 クロは苛立ち気に辺りを見回す。ケミカルライトの薄明りはクロとローザ、足元の死体を照らすのがやっとで、近くにいる筈のニキを照らし出すことはない。


「クロは随分と言葉遣いが乱暴になったのう」


 暗闇から老人のような口調の少年――ニキが現れ、その後ろにはレイズィがポカンと口を開けて突っ立っていた。


「やはりシロがいないと変わるもんじゃな」

「うるさい」


 ローザは眉を顰める。


「レイズィ?」

「え……あ……」


 二人の会話にではなく、レイズィの存在にだ。レイズィは氷の壁の向こう側にいて、氷の壁は健在だ。こちら側に合流するには氷の壁を突き崩すしか道はないが、ニキは物音ひとつ立てずにレイズィをこちら側に引き寄せたのだ。


 権利者を判別する『魔法権利』とは別の『魔法権利』だと当たりを付けるが、どうにも釈然としない。


「大丈夫、もう勝手に跳びはせんよ」

「信用出来ない」

「こんな幼気な僕が信用ならんとは……」


 ニキは軽く首を振り、クロは溜息を吐く。


「ニキ、ローザと合流した。急いでいる。本題に入ってくれ」

「む? そうじゃな。そういう約束じゃったな。しかし、…………」


 クロの催促を遮り、ニキはレイズィに目を向ける。ニキの目的はクロとローザをある場所に連れていくことであり、その為に必要なのがこの地下鉄だと一足先に合流したクロは聞かされていた。


「レイズィは邪魔?」


 何気ないローザの一言にレイズィはぶるっと身震いする。邪魔の次に続く言葉を恐れていたのだ。「邪魔だから消す?」など言われた日には、レイズィは泣きながら蹲るしかない。


「ふむふむ……。なら一緒に行こうか、お嬢ちゃん」


 だがニキはレイズィの恐怖などまるで気にしていない。自然とレイズィとローザの手を握り、クロにも促す。促されたクロは無言でニキの肩を掴み、準備が出来たことを伝える。


 だが、それをレイズィが止める。


「待って、私は行けない! クラレットとブリトニーがまだ――――」

「奴らは放っておいても死にはせんよ」

「で、でも!」

「目を閉じておけ、小娘。ついでに口もじゃ」


 食い下がるレイズィを振り払い、疑いの視線を向けるローザを無視して、三人を抱えてニキは『魔法権利』を使って跳ぶ。


 出入口から遠く離れた地下鉄構内の最奥から、四人の姿は一瞬で消え去る。





 体を覆った浮遊感が消え、元通り重力が包む。


「到着……、じゃな!」

「なんだ、ここは……」


 目を開けて飛び込んできた景色は、書類と書籍の山であった。その本質は地下鉄構内と同じ、人の手が加えられずに放置された無機質な空間である。埃は積もってはいるがその積もり具合も区々(まちまち)で、人の往来が全くなかった訳ではないと教えてくれる。


「関東軍と極東ソ連軍の共同研究所……といっても国同士の遣り取りではなく個人や小集団同士の結び付きの賜物じゃがな」

「関東軍と旧ソ連、百年も前の研究施設?」

「そうじゃな。百年も前になるな」


 ロシア語と日本語が混ざった書物の山からニキは一冊の本を取り埃を払うと、それをクロに渡す。


「ここは、百年前に創られた『魔法権利』の研究所じゃ」


 クロは湧き上がる疑問を抑え込み、黙ってそれを受け取る。表紙には日本語で『年表』と書かれ、厚さは児童文庫ほどしかない。ペラペラと捲ってみると目次のように年代と簡単な出来事が古い文体で記されているだけであった。


 それが物書きの机に置かれていたモノなら、クロは小説の設定資料か何かだと切り捨てていただろう。しかしここは物書きの書斎ではなく、『魔法権利』が絡んでいる研究所らしい。おいそれと切り捨てる訳にもいかない。


「ニキ、これは……?」

「それは、予言書の類じゃな」


 確かに『年表』に記された内容は、ここ百年で起こった出来事だ。第二次世界大戦終結から中東危機、ソビエト崩壊、EU紛争、バルカン戦争、中国共産党崩壊――――そして、アフリカでのAFの出現まで。一年に一記述だけ、恐らくその年に起こった主要な出来事が記されているのだ。


 だが、『年表』も九州のAF出現で止まっている。


 百回の記述――WWⅡ終結から百年の去年で終わっていた。


「これは本物?」

「『魔法権利』は二十年前に発見されたって、ヨーゼフは言ってたよ」

「それは通説じゃな。今ほど強力ではないが権利者自体は常に一定数は存在しておった。ここに集った輩にも権利者はいたろうな。目先の利益――国家の為に尽力するのではなく人類の為に、遠い未来の為に、この場所を残した」


 ニキはそう言うと古い机の引き出しから一枚のメモ書きを取り出すと、三人に見せつける。。


「”百年後、世界は繋がる”……? 繋がる?」

「何かの比喩なの、ニキ?」


 首を捻るローザとレイズィを差し置いて、クロはニキに尋ねる。思い当たる節があるのだ。


「AFの発生原因と関係が?」


 世界が――と聞いて真っ先に浮かんだのは、九州で相対した笹穂耳の少女(サザン)だ。彼女の離す言葉はこの世界のどの言語にも当て嵌まらない。可能性として異世界出身だとも考慮に入れていたが、まさかそんなファンタジーが起こる筈もないと一蹴した可能性だった。


「仕込んだのは奴らだが……、まあ、想像しているようなことではないぞ」

「…………」

「異世界から敵が押し寄せてくる? それはまだ先じゃな。今は、今日は世界があるべき姿を取り戻した日……、明日になれば誰もが気付き、嫌でも騒ぎ(ニュース)になる」

「あるべき姿?」


 したり顔で説明するニキにレイズィが眉を寄せる。


「バベルの塔崩壊前の世界に戻るんじゃよ」

「バベル?」

「旧約聖書だ、ローザ。バベルの塔は神に近づこうと挑戦した一族が積み上げ、神の怒りを買って言葉を奪われ、塔も崩された。言語を乱され意思疎通が満足に取れなくなった一族は塔を作るのを諦め、世界中に散らばったとされている。その辺りから考えるに、恐らく言語が統一が関係しているのだろうな」


 ニキの言葉――レイズィの疑問にクロはつらつらと解説を加え、ニキは首肯する。世界が繋がるとは、言語の統一だ、と。


「だが一つ補足を加えるとするなら、神が言語を乱したとされるのはバベルの塔の崩壊前だ。崩壊前の世界に戻る――では、少し不適切だ」

「クロ、そこは大した問題ではない気がする」

「そうだ、ローザ。今はそれは大した問題ではない」


 クロは他者の言葉や自身の解説など一顧だにせず、ただ告げる。


「ニキ、俺を呼んだ理由はそんなことを伝える為だけか?」

「そうじゃが、何か問題が?」


 飄々と答えるニキに対しクロはその胸倉を掴み持ち上げ、静かに――けれど感情を抑えずに怒鳴る。


「問題? 大ありだ。俺はシロの傍から離れた。お前の為に。お前に呼び出された所為で!」

「呼び出したのはジャックであろう? 僕ではないよ」

「馬鹿を言うな! 腕一本復元出来る権利者を、義父の口利きだけで引っ張ってこれる筈がない。相応の影響力を持つ人物――ニキ、お前の手引きじゃないのか?」

「…………」


 沈黙するニキに、クロは携帯端末に録音されたジャックの声を聞かせる。


「シロに何が起こる? ニキ、知っていることを話せ。シロに何が起こる? ニキ。答えろ、ニキ!!」


 ニキの小さな体を揺すって詰め寄るクロに――その必死な形相に、誰もが眉を寄せる。何がクロをこれほど狂わせるのか。何故シロにここまで固執するのか。


 クロすらはっきり分からない理由を知っているニキに、答えるつもりなど毛頭ない。


「知っておる……が、ここまでじゃな」

「……なに?」

「時間切れ。残念ながらここは閉鎖されるんじゃ」


 ニキが何を言っているのか分からなかったクロは、ほんの一瞬だけ逡巡を浮かべる。


「何故ここが何十年も見つからなかったか。その理由を少し冷静になって考えるがよい」


 そう言うとニキはクロの手を振り解き距離を取る。その目に敵意は微塵も宿っておらず、ただ経験の少ない少年を見る憐れみと経験を積んだ後の期待だけが炯々と輝いていた。


 見守るローザとレイズィを気にせず、クロは再びニキへと手を伸ばす。全てを知っている素振りを見せる少年を、逃す道理はない。


「なっ!」


 だが手は虚空を切り、埃っぽく薄暗い室内は月明かりに照らされた寒空に変わる。


「――――ッ!」


 ニキは消え、周囲にはローザとレイズィしかいない。整頓された古本も、積み上げられた書類の山もない。ただ、虚空が広がるだけであった。


 ニキが『魔法権利』を使って連れて行ったあの場所ではないのは確かである。


「移動したのか、俺たちは!」


 クロは薄く積もった雪を蹴る。


「くそっ!」


 無駄だと分かっていても、今のクロにそれ以上出来ることはなかった。



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