表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第二章:茨の道と血濡れの足跡
77/119

Ⅳ-8


 凛としたローザの挑発に、権利者の青年――オーキッドが応える。


「そんな小細工が、何度も俺に通じるかぁッ!」


 オーキッドは青筋を浮かべ、『熱線』の束と熱風を同時に繰り出す。


 青年(オーキッド)と傭兵の周囲に熱気が集まり、それが一度に射出される。先程より勢いのある風が肌を焦がす熱量を伴って二人を包み込む。シベリアの凍土が一瞬でサハラ砂漠に変わり、寒さに慣れた二人の体を容赦なく襲う。


 一方的で緩やかで、恐ろしい攻撃だ。


 細く束ねた『熱線』程の殺傷力はないが、熱中症か脱水症状――それが逃げ場のない地下鉄構内で熱風を浴び続けた人間の終着点だ。


 だが熱風一つで倒せるほど、ローザは優しい相手ではない。氷塊のように堅牢で、華奢な見た目ほど打たれ弱くもないのだ。


「――――ガァッ!」


 オーキッドの隣で銃を構えていた男の足元に氷の刃が突き刺さり、前のめりになった体は突如現れた剣山のような氷の牙に食い破られた。


 そこでオーキッドは初めて異様な状況に気付く。


 自身の周りは、在り得ない程に冷え込んでいる。上半身はサハラ砂漠に変わっていたが、下半身はシベリアの凍土のままであることに。そしてそれを成し得たロシア人は、熱風にまるで堪えていない。



「『魔法権利』の差。潜在能力の差。実力の差。経験の差」



 背後から少年の声が聞こえる。


「お主じゃローザには勝てんよ、絶対に」


 聞いたことのない声、現れる筈のない敵――老人のような喋り方の少年の声を背中で受け止めたオーキッドは、ローザが発した冷気とは関係なく寒気を感じる。


「やってみなきゃ分かんねぇだろ!」


 オーキッドは半狂乱になり『熱線』を振り回す。細く収縮した『熱線』で背後を振り払い、電灯用の送電線を焼き切り、レールを融かす。残ったもう一人の傭兵など気にせず、ただ少年の影を裂こうと躍起になる。


「はぁ、はぁ……」とオーキッドは息を荒げる。


 天井の両脇に設置された電灯の一つは消え、傍には氷で引き裂かれた遺体と肉の焦げた悪臭を放ちながら悶え苦しむ傭兵と変形した耐熱プラスチックの小銃が転がっていた。


 少年の姿は勿論、ローザとレイズィの姿もない。


 オーキッドは氷で引き裂かれた仲間の顔から暗視ゴーグルを剥ぎ取ると、舌打ちして残された電灯の配線を焼き切った。





 オーキッドの『熱線』の乱舞から逃げ出したローザとレイズィは、『氷結』の緩衝と『具現』の盾を以てしても無傷では済まなかった。


「あんなに距離があったのに、うぅ……痛い……」


 レイズィは左肩を押さえ、まん丸の瞳に涙を溜めながらも歩き続ける。コートの左肩部分は『具現』を突っ切った『熱線』に焼かれ、その下には『氷結』で軽減したにも拘わらず酷い火傷を負わされていた。


「生きてるだけで十分。傷も、私よりは軽い」


 ローザは『具現(クマ)』の肩を借り、右足を引き摺って歩く。膝から脛辺りを覆っていた丈夫な黒タイツは斜めに焼かれて縮れ、薄明りの下では分からない程にローザの白い肌は焦がされていた。炭化した表面では次第に血が滲み、右足を動かすごとに滴り落ちる。


「分かれ道、やっとここまで」

「クラレットは辿り着いたのかな? 途中で疲れて倒れてなければいいけど……」


 片側の電灯が切られたことでより暗くなった地下鉄構内でローザは足を止め、ジッとレイズィを眺める。


「強化型なのに?」

「あの子、体弱いから。社長やヨーゼフから『魔法権利』を貰うまで、あの子はずっとベッドの上。体力なんて、ある筈ない」

「……なら、何故?」


 レイズィは口惜しさを噛み締め、その理由を口にする。


「ローザが私の命を保障したから。無理してでも、あの子は走るよ」

「なるほど」


 そう言うとローザはレイズィの左腕を掴む。痛がるレイズィを気にせず、ローザは右の道を選ぶ。クロがいるのは左の道で、クラレットが進んだのも左の道だ。


「合理的な判断」


 驚くレイズィにローザは言い訳染みた言葉を呟く。


「私とクロが合流したら倒すのは容易。けれどアナタと妹に危害が及ぶ。三人を背にあの『熱線』と対峙するのは無理。反撃を抑えて防御に徹して、やっと私と一人。それなら対峙出来る。三人を守りながら戦えない」


 ローザは敢て血を滴らせるように足を動かす。


「敵の権利者は私を追ってくる。私の血の跡を、凍えた体温を」

「…………」

「私とクロなら、倒すのは容易。私とクロ、レイズィとクラレットなら全員が死ぬ確率が半々。私とクロとレイズィなら、誰か一人は間違いなく死ぬ。多分死ぬのはアナタ。でも私とレイズィだけならば、…………」

「……ならば?」

「やれば、分かる」


 ローザの言葉と同時に、灯りが絶える。動揺はない。完全な暗闇を何食わぬ顔で受け入れたローザは、そのまま反転する。


「作戦は簡単。レイズィが後ろで私が真ん中、『具現』が前」

「距離を取るの?」

「そう。壁を作る」


 ローザはレイズィに告げると、残りのアンプルを全て取り出す。


「レイズィ、アナタの『魔法権利』は姿を隠してこそ本領を発揮する。だけど通常、地下鉄構内に隠れる場所などない」


 地下鉄構内は徐々に、ローザの言葉に合わせて確実に、ローザの世界へと変わっていった。


「けれど私ならその条件は満たせる。遭遇戦なら兎も角、敵の戦力と能力の一部を把握した迎撃戦において私の『氷結』は無類の強さを誇る。必要な冷気も有効な方策も用意した」


 残ったアンプルを全て取り出すと、ローザはそれを地面に叩き付け過剰ともいえる水分を作り出す。ローザは水分の七割を自身の背後に回し、『具現』とローザを前部に残し巨大な氷の隔壁を作り出す。


「後は、迎え撃つだけ」


 ローザはその場に座り込み、目を閉じる。ローザの前方では『具現』が待機し、後方ではレイズィが『具現』を操る為に控えている。パリパリと空気が割れ、地下鉄構内を侵食していく。


「ローザ、私は何をしたらいいの?」


 氷の隔壁をノックしてレイズィが問い掛けるが、ローザは答えない。配置した『具現』も凍り付き動かせず困惑する。再びノックしようと壁に手を伸ばすが、拒絶するかのような冷気に手を引く。


「…………」


 『具現』の視界を通して様子を窺うが、ローザは座り込み微動だにしない。周囲の様子を見ようにも、凍り付いた『具現』もまたピクリとも動かない。光のない空間から熱まで消え去り、生命の存在を許さない世界が生まれていた。


「…………来た」


 それを払拭する熱風が、暗闇から訪れる。続いて『熱線』の乱舞が切り結ぶ。


「レイズィ、後は機を見て動いて」


 『熱線』は確かにローザと『具現』に接触したが、『熱線』に以前のような威力はない。寧ろ熱風と『熱線』に当てられた『具現』は解凍され、自由に動くようになる。


 レイズィは『具現』の頭を動かし、周囲の様子を探る。


 座り込んだローザは膝を抱え込み動かず、遠くでは暗視ゴーグルを装着した青年が慎重に歩み寄って来る。それ以外は誰もいない。『具現』では感知出来ない『氷結』と『熱線』の応酬が繰り返されるだけだ。


「ふざけた権利だ。劣等人種が持つべき権利(ちから)じゃねぇな」


 オーキッドが唾を吐き、瞬時に凍り付く。


「暗視ゴーグル」

「あ?」

「機能していない。この気温では軍用であっても動作不良を起こす。寒冷地仕様でも想定していない気温、レンズは体から発散する僅かな熱で曇り、電子センサーの類も使えない」

「だから外せと? その手には乗らねぇよ。そもそも俺は目でお前を追ってねぇんだ。熱感知で大体の位置が分かんだよ」


 フンと鼻で笑い、オーキッドはローザに『熱線』を差し向ける。しかし『熱線』はローザが張り巡らせた『氷結』の世界に熱を奪われ消滅する。


「それにこの冷気、俺の『熱線』を防寒具代わりにしても防ぎ切れねぇ。もし暗視ゴーグルを外したら、耐性のある俺でも眼球が凍り付いて潰れちまうぜ」

「誰もそんなことは言っていない」

「ああん?」

「暗視ゴーグル、装着したままでは勝てない」


 ローザはそう告げるとゆっくりと立ち上がり、目を閉じたままフラフラと歩き始める。オーキッドは曇った視界(ゴーグル)と僅かな物音、『熱線』の影響で身に付いた熱感知でローザの行動を把握する。


「お前に勝てない? 笑わせんな、劣等人種! 俺は『救いの刃(セイヴァーズ)』の一員、お前に負けてたまるか!」

「違う。私じゃない」


 次の『熱線』の為に熱量を絞り出していたオーキッドの背後から、ぬるりと暗闇が立ち上がる。


「アナタを倒すのは、――――レイズィ」


 背後から迫る気配に気付いたオーキットは慌てて振り向く。


「――――がっ!」


 振り向いたオーキッドの顎に『具現』の拳が突き刺さり、脳が揺れ、耐えられずに片膝を付く。


「てめぇ……、いたのか!」


 凍って動かせずにいた『具現』は『熱線』に溶かされて自由を取り戻し、結果として不意を打てたのだ。『具現』には体温がない。暗視ゴーグルの機能を奪われ、熱感知に頼ったオーキッドは『具現』の存在に気付けなかったのだ。


 立ち上がろうとしたオーキッドに再び拳が振り下ろされ、地面に叩き付けられる。


「この……ッ!」


 べりっ――――と、起き上がり『熱線』で焼き払おうとしたオーキッドの耳は、何かが剥がれ落ちる音を聞き取る。『氷結』に邪魔されることなく『熱線』で『具現』を焼き払ったオーキッドは、そこで初めて違和感に気付く。


 痛み。


 それも叩き付けられた衝撃とは違う、刺すような痛みが頬に走っている。


「ひっ!」


 恐る恐る触れると、頬は凍ったタオルのように冷たく刺々しい表面に変わっていた。


「このっ、劣等人種め!」


 剥がれたのは自分の肌で、凍っているのは傷口だとは理解していた。『熱線』で凍った傷口を溶かすのは容易だ。けれど溶かせば出血と今以上の激痛は避けられない。


「私を蔑むのは構わない。好きにすればいい」


 引き攣った表情のままオーキッドは睨み、ローザは目を開き対峙する。周囲はキンキンに冷え、二人は手を伸ばせば届く距離――『魔法権利』を使った戦いで、オーキッドに勝ち目はない。


「何を言っても、アナタは勝てない」

「…………なんだ、投降でも呼びかけんのか?」

「投降? 劣等人種に投降?」


 ローザは劣等人種と蔑まれたことを根に持っている訳ではなく、ただ単純な疑問をオーキッドにぶつける。無表情のまま、笑いもしない。


 その様子が逆に自分を煽っていると感じたオーキッドは憤り、心拍数と体温を上昇させる。


「ありえねえよなぁ……、なぁ!」

流石(ハラショ)


 オーキッドは至近距離からローザの顔面目掛けて『熱線』を叩き込む。けれどローザは『熱線』を避け、オーキッドの襟首を掴む。


「まだ! まだだ!」


 滾るオーキッドにフッと息を吹きかけると、眼球から唇までが凍り付き、『熱線』により瞬時に溶ける。氷が溶け――そこで気付く。


 『熱線』は熱量を集める『魔法権利』で、熱を生み出す『魔法権利』ではない。主に空気中、自分や仲間の体温から一瞬だけ借りて撃ち出していただけだ。


「その心意気は認める。…………、でも終わり」


 『氷結』を纏ったローザとその周囲には、既に抵抗出来る程の熱は残っていない。


 熱は、残っていないのだ。


 周囲にも、自身の身体にすらも。


天才スピヴェット見てきました

今やってる劇場は少ないでしょうが、かなり面白かったのでお勧めです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ