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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第二章:茨の道と血濡れの足跡
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Ⅳ-8



 腰の引けた男たちの置いて、軽量化した『氷結』の盾と『氷結』の霧を纏わりつかせローザは後退を始める。銃弾は効かない。接近戦は自殺行為だ。そういった印象を付けられた男たちは、銃弾をばら撒くことなく、ただ棒立ちで狙いを付けるだけであった。


 だが、権利者の青年だけは違う。


「おい、お前たちは突っ込め。お前とお前と、そこのお前だ」


 理不尽な命令が青年の口から飛び出し、指名された男たちは怪訝な表情を浮かべる。仲間の無惨な死に様を見せられた直後に、同じ行いをしろという命令だ。いくら青年の立場が上だろうと、何の策もなしに突っ込むことなど納得出来ない。


 戦争ビジネスが成立しなくなって十数年、元軍属の男たちは青年が所属する結社に拾われ、その末端として世界に暴力を振り撒き、時代遅れの遺物として世界からの締め付けを受けてきた。もし青年の所属する結社から見放されでもしたら、たちまち世界に潰され消えて無くなるのは明らかである。今死ぬか、後で死ぬか。どちらにせよ結末は同じだ。


 それに今更、後戻りは出来ない。


 震える足で指名された男たちは一歩を踏み出すが、青年は止める。


「誰がそのまま突っ込めっつった! 考えろ。アレでいけ、アレで」


 足を止めた男たちは振り返る。青年が指差した先には――――




 男たちから距離を取ったローザとレイズィは、それでも懸命に足を進める。


「ごめんなさい、私、さっき……」

「気にしていない」

「私、死体に慣れてないの。今までそういうのは、全部ヨーゼフがやってくれたから」


 レイズィは申し訳なさそうに訊いてもいないことを喋り出す。今はそれどころではないと優しく諭してやりたいが、その手間に費やす労力すらローザには惜しかった。


 故にただ一言、「気にしていない」とだけ返す。


 ローザにとって友軍とは、自分を置いて死ぬ存在だ。実力が足らないか、運に見放されたか――けれど等しくローザの傍で倒れ、冷たくなっていく。入れ込めば入れ込むだけ、別れの時に辛くなるのだ。


 それが分かっていても、クロと自分は例外だと思ってしまう自分がいることにローザは苦笑する。次に倒れるのが誰なのかは、誰一人として知り得ないのだ。


「――――来る」


 ローザは踵を返して背後から迫る敵を迎え撃つ姿勢を整える。『氷結』は他の『魔法権利』と違って身体能力や感覚器官強化の恩恵をあまり受けることがない。背中を向けたままでは敵を迎え撃つことが出来ないのだ。


 銃弾でも、人間でも、――――金属の車両が相手でも。


「くっ……!」


 敵の追撃方法として車両を使う選択肢は十分にあり得る範囲で、ローザも予想は出来ていた。けれど予想が出来ても有効的な対策は――――、いや。


 ローザは霧と盾に費やした水分を全て前方に集める。


 対策は、ないことはない。ただ、成功するか分からないだけだ。


 ローザは追加で二本のアンプルを前方で割り、更に扱う水分を増やす。水分が増えれば増えるほどに扱いは難しく、『氷結』の展開も愚鈍になる。


 だが愚鈍になればなるほど、『氷結』の威力は増していく。


 ローザに向かって進む車両は、接触まで十メートルという距離でその役目を終える。その運転席を含んだ前方部分は数本の巨大な氷柱に貫かれ、路線を滑りながら金属の悲鳴を上げ、止まる。


「…………!」


 だが、氷柱には赤色が含まれていなかった。


 ローザは慌てず冷静に、貫いた氷柱に干渉して薄く引き伸ばして壁を作る。運転席が無人であることは、十分に想定出来る範疇の選択だ。ローザは向かってくる車両を確実に止める為に車両の前方を潰さなければならないが、彼らは車両を進めさせさえすれば良く、何も前方に乗る必要はないのだ。


 武装した男たちは、車両が引く荷車に乗っていた。


行け(ムーヴ)行け(ムーヴ)!」と叫びながら蜘蛛の子を散らすように降りてきた男たちは、目の前に広がる薄氷に弾丸を叩き付ける。以前に弾丸を受け止めた『氷結』の盾とは違い、薄氷の壁は銃弾を浴びてボロボロと崩れ再生はしない。


 ローザは新たにアンプルを取り出し『氷結』を使おうとするが、不意にその手が止まる。そして即座に踵を返したローザの背後には、傭兵の一人が投げ込んだ発煙筒から噴き出した煙がシュルシュルと小気味良い音を伴い濛々と上がる。


「……スモークグレネード、それは想定していない」


 この狭い地下鉄構内で発煙筒を使うなど正気の沙汰ではない。通気口があるとはいえ、即座に換気が行われるような代物ではなく、一度使えばかなりの時間地下鉄構内は煙で満たされることになる。


 ローザは自身の見通しの甘さと相手の場作りの上手さに歯噛みする。


 ここまで充満した煙を『氷結』で抑え込むことは出来ない。対処出来るとしたら、それは発煙筒が投げ込まれた一瞬だけだ。


 五感を存分に使って戦うタイプでないローザは、煙の中では戦えない。


「ダメ、動かないで」

「でも!」

「静かに」


 けれどもローザは冷静に、レイズィの目元に『氷結』でゴーグルを作り出すと、布で口元を抑えるように指示を出す。石のように動かない二人のすぐ傍を、幾つかの足音が通過する。足音は二人に気付いていたが手を出さない。ローザも相手の装備を確認するまでは手が出せなかった。どちらも下手に手を出せば、目的も命も投げ捨てた小細工なしの殴り合いになると分かっていたからだ。


 そしてローザは、覚悟を決める。


「やはり、持ってた」


 煙越しに見えた傭兵たちの顔はガスマスクに覆われ、その首からはガスマスクとは別に多機能の暗視ゴーグルが下げられていた。その装備を見ただけでローザは男たちの次の手が分かったが、発煙筒と同じく打つ手がない。


 ローザは相打ち覚悟で罅が入ったアンプルを床に叩き付け、ガシャンと砕ける音が地下に反響する。


 察知されて反撃を喰らうのは、勝てる可能性があるだけまだマシだ。僅かな灯りを奪われ、暗視ゴーグルを利用して暗闇の中で奇襲されるとローザに勝ち目はない。それならば多少のリスクを負ってでも、勝てる見込みのある方法を選ぶしかない。


 アンプルから漏れ出した水蒸気が煙幕と混ざり、ローザの影響下に収まる。


「危ない!」


 だがローザが『氷結』を足音に向ける寸前で、何かに足元が掬われる。崩れた姿勢で驚き、目を剥いたローザの鼻先に――――


「――――ッ!」


 膨大な熱量が通過する。水蒸気は『氷結』の干渉を離れて水分に戻り、受け身を取ったローザは足元を掬って自分を救った相手と熱量の出所を知る。レイズィの『具現』だ。


「――――ハッ! そっちの劣等人種と違って、欧州人のガキは良い勘してるな!」


 煙幕の向こうから男の声が聞こえる。その内容は兎も角、熱量の出所は権利者の青年で十中八九『魔法権利』由来のモノだ。でないと『氷結』の冷気が満ちたこの場の空気を制圧することは出来ない。


「うるさい!」とレイズィは煙幕の向こうに叫び返し、ローザの傍に駆け寄る。


「気を付けて、銃を持ってる相手が二人残ってるよ」


 レイズィはローザの正面に『具現』を配置すると、少し遅れて弾丸の雨が降り注ぐ。かなり小降りになってはいたが、当たれば痛いでは済まない。


 ローザはレイズィに引かれて離脱し、『具現』とそれを狙う銃弾が追随する。


「アナタ、見えてるの?」

「私と『具現』の視界は繋がってるし、『具現』の眼に光は必要ないみたい」

「それは便利」


 斥候や潜入に向いていると軍人的な感想を思い浮かべて、口にするのを止める。今は余計なことを考える時ではない。通り過ぎた足音を追うには遅すぎる。


 ならば今やるべきなのは、目の前の敵を倒すだけだ。


「フランス人……、いやイタリア人か? 死にたくなければ、今すぐ投降しな!」

「ふざけないで! 私はそんな誘いには乗らないよ」

「かーっ、分かってねぇな! 白人なんだろ、お前は。ならロシア人なんていう似非白人、劣等人種の隣に立ってんじゃねえ!」

「…………」


 レイズィは劣等人種と蔑まれたローザ本人より憤りを顕わにする。けれど手を出せず出さず、二人は煙幕に紛れて機会を待つしかなかった。


「劣等劣等って、どんだけ優秀なつもりなのよ!」

「白人だからなぁ! 人種の格付けは簡単だ。俺たち西欧に住んでる白人が一番、西欧以外に住む白人が二番、それ以外のアジア人黒人似非白人どもが底辺だ」

「ふっ、前時代的」

「先進的でもあるんだな、これが!」


 青年がそう叫ぶと、一陣の風が吹く。熱風――地下鉄構内ではまず吹く筈のない暖かい風だ。熱風は視界を塞いでいた煙幕を吹き飛ばし、この場に残ったローザとレイズィ、青年と暗視ゴーグルを装備した傭兵二人の姿を晒し出す。


 レイズィは驚き、訝しむ。


 恐らくこの熱風が青年の『魔法権利』だ。けれど相手に有利な筈の煙幕を吹き飛ばす理由が分からない。レイズィの『具現』で煙による目隠しの利点は薄くなってはいたが、それでもこちらに姿を見せるメリットはない。



 ローザは焦り、唇を噛む。


 あの熱風は間違いなく青年の『魔法権利』だ。煙幕が消えたことでローザは視界を取り戻したが、人知れず戦闘能力を奪われてもいた。相手が吹き飛ばしたかったのは煙幕ではない。ローザが溜めて、纏った冷気だ。


 天敵だ。


 生暖かい空気に包まれ、ローザは久しぶりに冷や汗を流す。『氷結』を存分に活かせる地下鉄構内は、ローザの強力な『魔法権利』を完封出来る棺桶に早変わりしてしまった。防御攻撃問わず、ローザが『氷結』を展開させようと冷気を滾らせたら、周囲の水分諸共、即座に熱風で吹き飛ばされる。熱気と冷気を拮抗させること自体は出来る。けれど自由に操れなければ『氷結』の強みは半減してしまうのだ。


 いや――、とローザは首を振る。


 相手の熱風には致命傷を与えるだけの威力がない。銃撃に注意して時間を稼げば、クロが来てくれる。クロならばこんな権利者に遅れを取ることはない。


 時間さえ稼げば、と考えていたローザのすぐ傍を『熱線』が通過する。


「――――ッ!」


 ローザに向けて放たれた『熱線』は、レイズィの『具現』を真っ二つに切断する。熱風が煙幕を振り払った後に訪れた澄んだ空気に、燻った臭いが混ざる。遅れてやって来た熱気から、ローザは相手が何をしてきたかを察する。


「不可視の熱弾」

「熱を束ねて撃ち出した……?」

「恐らく」

「滅茶苦茶よ!」


 レイズィは次の『熱線』を警戒しながら、弾除けの為の『具現』を用意する。『具現』は銃弾を防ぐことは出来るが、束ねた『熱線』を防ぐことは出来ない。


 再び『熱線』が『具現』に迫る。


「チッ、面倒くせぇな!」


 だが、『熱線』は届かない。


 ローザの『氷結』が作り出した冷気は『熱線』が送り込んだ熱を打ち消すことが出来る。『熱線』と『氷結』の相性の悪さは、その熱量ではない。熱風による単純な空気の移動の所為であるのだ。


 ローザに幾分か余裕が戻る。


 レイズィの『具現』が弾丸を受け、ローザの『氷結』が『熱線』を和らげる。その防御パターンを確立した今、距離を取り続ける限り二人が傷つくことはない。弾切れを待てばいい。


「俺の『熱線』を舐めんなよ、劣等人種ッ!」


 青年は苛立たしげに金髪を掻き毟り、ローザを睨み付ける。


 明確な敵意を向けられ尚、落ち着きを取り戻したローザは飄々と答える。


「やってみればいい、欧州人」



アニー見てきました

ミュージカル映画特有の明るいノリとコメディで安定感がありました

ただちょっと題材と明るさのギャップが酷くて……

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