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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第二章:茨の道と血濡れの足跡
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Ⅳ-6



 銃声と共に薄暗い作業灯が消える前――ローザとレイズィが追い付かれるほんの数秒前に、二人は思いもよらぬ相手と遭遇する。レイズィと真逆でゴテゴテとフリルが付いた動き難そうな服装に、険が抜けた物腰以外はレイズィと瓜二つの少女が、そこに立っていた。


「…………アナタ、病院の」

「あら、すっかり仲良くなってますわね」

「ク、クラレット!? どうしてここにいるの!」


 レイズィは荒くなった呼吸を必死に抑えながら、目の前にいる筈のない存在に驚く。


「どうしてって……、あれ?」

「あれって何よ」

「ええと、何でしたっけ?」


 途中まで言葉を紡ぎ出し、クラレットは首を捻る。自分が何故ここにいるのかは分かるが、どういった過程を経て立っているのかが思い出せないのだ。


「それより、今は早く移動を」


 次第に近づいてくる車輪の音をローザは思い出し慌てて促そうとするが、どうやら猶予は然程残っていないと認識する。接敵まで、最早十数秒しか残っていないのだろう。


 分かれ道は視認出来る程度の距離に――けれどクロが戦っている場所までは距離がある。線路は通じていないが、訓練された兵士であれば女三人に追いつくことなど容易い。


 いや、とローザは考えを改める。


「レイズィ、こっちの子は『魔法権利』は持ってる?」

「持ってますわ」

「強化型?」

「腕力にはちょっとだけ自信がありますの」

「ちょっと、クラレットは……!」

「なら走って! クロを呼んできて」


 相手の進行方向は事前に分かり、尚且つ人数も二人から三人に増えた現状、思考停止で後退を選ぶよりは伝令と足止め、役割をきっちりと分けた方がいい。


 だが、もう遅い。


 クラレットが動き出すより先に薄明りの先から屋根のない荷車を引いた小型車両が現れ、荷車と小型車両の乗員には合わせると十人前後もの武装した男たちが所狭しと詰め込まれていた。


 ローザは滲んだ焦りを取っ払い、軍人としての顔――無表情の仮面を取り付ける。


 三人を発見した車両は速度を落とし、十分に距離を取って停車する。ローザは二人を庇うように前に立ち、次々と降りてくる男たちと対峙する。


「…………」


 じっとりと舐めるようにローザを、レイズィを、クラレットを眺める男たちの視線に三人は生理的嫌悪感を覚える。数は八人――全員が西洋人らしく彫りが深く鼻が高い顔立ちだ。口元を覆い隠している者もいる。銃を持った傭兵風の男が七人に、銃火器の類を身に着けていないジャケットの青年が一人。


 集団から浮いた格好に、人一倍気味悪い笑みを浮かべた青年。


 権利者だ。


 瞬時にそう確信出来るだけの雰囲気を青年は放ち、ローザはそれを嗅ぎ取った。


 七つの銃口に未知の『魔法権利』――幾ら有利な環境とはいえ、ローザ一人で相手にするには分が悪い。更に相手の出方次第では、その均衡も大きく揺らぐことになる。


 緊張しているのは、ローザたちだけだ。


 相手の男たちはへらへらと、まるで冷やかしで見世物を観る時のようにローザたちを眺め、仕掛けて来ない。それは自分たちが圧倒的優位に立っていると知っているからで、女は男に勝てないと本気で嘲っているからだ。


 ローザにとって女性軽視や男女平等はどうでもいい事柄であった。男と女が違うのは身体機能の面から見ても当然で、違うなら分けるのも納得がいく。それで油断してくれるなら、利用しない手はない。


 新手の一人が、ふと口を開く。


「おーい、お嬢ちゃんたちの中に『相談屋』ってのはいるかー?」


 どうしようもない気軽さだ。警戒などまるでしていない。一方で突然現れた男たちを警戒して身を強張らせていたレイズィは、僅かにその警戒を緩める。


「わ、私とこの子が『相談屋』!」


 震える声を張り上げて、レイズィは指名に答える。


 クラレットは微妙な立ち位置だが、現在のレイズィは囚われの身である。ローザと真正面から戦って負けはしたが、拘束はされていないし戦闘能力も奪われていない。クラレットのような端から戦う気のない者が増援でないのなら、ローザから逃げることも再び戦うことも可能な状態だ。


 故に、僅かな希望に縋った。


「ぶはっ、マジで返事しやがった。見ろよあの間抜け面!」

「スラムの乞食のガキどもより酷い面だぜ」


 だが、その返答は嘲笑であった。


 下品な笑いが暗く狭い地下鉄構内に満ち、男たちは只管に嗤い続ける。


 何が可笑しくて嗤っているのか、なんとなく察したレイズィは思わず泣きそうになる。嗤われているのは、自分だ。あの男たちは決して『相談屋』に送られた増援などではない。


 寧ろ、その逆で


「俺たちはぁー! お前たちをぶち殺しにきましたぁ!」


 『相談屋』に対する口封じ要員であった。


「え……?」

「俺たちはぁー! 口封じに来たっつってんだ!」


 男たちは何が可笑しいのか再び調子を上げて嗤い、唖然としたレイズィを指差し腹を抱えて嗤い転げる。『相談屋』の雇い主は、端から非合法に手を出した弱小組織に大金を支払うつもりなどなかったのだ。頭金だけ渡して使い捨て、当然残りは渡さない。弱小組織は誰に泣きつくことも出来ずに潰されるだけで、雇い主に実害はない。口を封じて変な噂も流させず、満額払わないので相場より遥かに安い出費で成果を得ることの出来る、コストパフォーマンスの良い裏ワザであった。


 涙目のレイズィとは違い、初めから期待していなかったのか「最低ですわ」とクラレットは切って捨てる。


 だが嗤いながらも、男たちの銃口は三人に向いている。


「クラレット、アナタのやることは変わらない」


 ローザは瞳に涙を溜めたレイズィを豊満な胸元に抱き寄せ、クラレットに囁く。


「走って、クロを呼んできて。私はレイズィと一緒に敵を足止めをする」

「足止めって……、大丈夫ですの?」

「相手の権利者次第。……それでも、私は死ぬつもりはない」


 そしてクラレットの背中をトンと押し、力強く告げる。


「アナタの姉も、可能な限り私が守る」


 だから早く行け、とローザは無言で催促する。相手の笑いの渦は終息し始め、本来の目的に――こちらへの攻撃に戻ろうとしているのだ。


 クラレットを逃がす機会は今しかない。


「急いで」


 今を逃せば、クラレットの背中を狙う銃弾を逸らせなくなる。


 ピンと空気が張り詰めるより僅かに早く、クラレットは走り出す。


 一瞬の間を置いて「逃がすな、殺せ!」とお決まりの台詞が飛び出した頃には既に銃口の幾つかは弾丸を吐き出し、男たちの殺意は完全にクラレットへと向けられていた。


 だからこそ、初撃は防げる。


 ローザは背中に集め、隠していた『氷結』の霧を全てクラレットに集まった射線に移動させ、密度を上げて盾とする。極僅かな氷粒だが、多数が集まれば弾道を逸らす程度の働きは可能である。逸れた弾丸に当たるかどうかは完全に運次第であるが、良く訓練された男たちの放った弾丸はクラレットの背中目掛けて真っ直ぐ飛んでいた甲斐もあって、全て氷の霧で逸らすことが出来た。そして逸らした弾丸に当たることもなく、クラレットは狭い地下鉄構内を走り抜けていった。


 強化型の『魔法権利』を持っているらしいが、クラレットの足は特別速い訳ではなかった。けれどその姿が小さくなり、瞬く間に見えなくなったのは地下鉄構内が暗いからだ。


「追え」


 呆然とする男たちに場違いな青年が命令する。男たちはハッと我を取り戻し、前進を始める。先頭の二人が進み、後続がローザとレイズィに狙いを変えて制圧射撃を開始する。


 当然、ローザも黙ってはいない。


 レイズィの顔を自らの豊満な胸部に押し付けたままのローザは、コートの袖から二本のアンプルを取り出す。取り出したアンプルは先程まで使っていたモノより遥かに小さく、医薬品を扱う市販のモノとは比べ物にならないほど頑強で、『氷結』の瞬間冷凍で罅を入れるしか瞬時に開封出来る手段がない代物だ。


 ローザはそのアンプルを掌に乗せると息を止め、『氷結』を使う。


 このアンプルの中身は同じ、空気中の酸素と反応して水を生成する液体だ。


 違いがあるとするなら、その純度により生み出せる水量が桁違いだと言う点だけだ。


 慣れた手付きでアンプルを取り出し砕くまで、ローザは瞬き一回分も費やしていない。けれど男たちはすぐさまローザの動作に気付き、牽制の銃撃を仕向ける。男たちは一点(ローザ)を狙う訳でなく敢て狙いを分散させることで、クラレットの時のような防御方法を取らせまいとする。


 だが、弾丸は一発たりともローザに届くことはない。


 驚愕しながら引き金を引き続ける男たちの目の前には、氷の盾が現れていた。


 弾丸は容赦なく氷の盾を穿ち、砕いていく。けれど砕かれた端から氷は溶け、盾の一部として復帰する。銃撃戦において至近距離ともいえる場所から三人の男が弾丸を叩き込んでいたが、そのほぼ全てが盾に吸収されてしまった。


 その異様な光景を目にしても男たちは銃撃を止めない。


 効果的とは言えないが発砲を継続してローザを壁際に――盾の奥に釘付けにする。クラレットを追う為に先行した二人が通り過ぎるまでは、どれだけ効果が薄くとも続ける必要があるのだ。


「手も足も出ない! 私が『具現』で――――」


 胸から飛び出し、(はや)るレイズィの口元をローザの冷たい掌が覆う。


「アナタの出番は、もう少しだけ後」


 砕けた氷が二人の頭上に降り注ぎ、こちらを抑え付ける銃声の陰に隠れてクラレットを追う二人の足音が近づいてくる。リスクを恐れては勝てない。それは相手もこちらも同じことだ。


 ローザは新しいアンプルを取り出すと『氷結』を使って罅を入れ、タイミングを見計らって反対の壁に投げつける。アンプルから漏れ散った液体はシュワシュワと音を立てながら水蒸気へと変わっていく。


 その様を見て先行していた二人の足取りが乱れる。


「行け、行け!」


 だが援護する男たちは先を急かす。謎の薬品と発生する気体――歴戦の傭兵である彼らがそれから連想するモノは、ただ一つしかない。有毒ガスだ。しかし彼らはその可能性を排除していた。ガスを使う相手とは、必ず自らが脅かされないだけの装備を用意している。ローザとレイズィがガスを防ぐだけの装備を所持しているとは考え辛く、だとしたら次に可能性として高いのはガスに偽装したハッタリだ。


 止まるのは相手の思う壺。先行する二人は足早にその場を通り抜け――――破裂した。


 銃撃が止む。二人の人間と一緒に、場の空気まで凍り付く。


「まずは二人。レイズィ、立って。移動する」

「あ……、ひぃっ!」


 ローザは盾を維持したままレイズィの手を引き立ち上がらせるが、レイズィはその手を振り払う。ローザに殺された二人から目が離せず、その残虐な殺戮をやり遂げた人間が隣に立っていたことに本能的な恐怖を覚えたのだ。薄氷に立つ感覚だ。いつか自分も冷たい水底に招かれるのではないか、そんな恐れをいだいてしまった。


 レイズィも男たちも、何が起こったか分かっていなかった。


 男たちも幾多の戦場を渡り歩き、今も渡り歩いている現役の傭兵だ。『魔法権利』を持っていなくても、『魔法権利』を持つ者と対峙した経験は少なくない。時には倒し、時には苦汁を舐めさせられた。仲間の死から多くを学んだ。『魔法権利』の知識も対処法も見極め方も、それなりに身に付いているのだと自負していた。


 故に彼らは、ローザを見誤った。


 ローザの『氷結』が単に氷を作り出し、自由自在に操る程度の『魔法権利』だと思っていたのだ。だが現実は無情な結果として――体内の血液の全てを凍らされ、不自然に膨らんだ仲間の亡骸として転がっている。


 氷を作り出す? そんな生温い『魔法権利』ではない。


 肌色とボディアーマーを突き破った膨張した血液から、この場にいる誰もが思い知らされた。


「ひひっ、面白いじゃないか。ロシア人」


 ただ一人、初めから勘付いていた同種の人間を除いて。


第二章の書き溜め終了

後は手直しと投稿していくだけですね

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