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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第二章:茨の道と血濡れの足跡
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Ⅳ-2



 地下鉄構内へと続く入り口の随所にローザは持参した罠を仕掛け、熱感知されないように『氷結』で覆い隠していく。クロは周囲を警戒しながら、その作業を見守る。


「ローザ、それは?」

「指向性音響地雷の亜種」

「地雷?」

「敵戦車を操縦士と随伴歩兵ごと無力化して鹵獲する為に作られた兵器、その対人版。殺傷能力は抑えられているけど、効能は絶大。侵入者が罠に掛かれば鼓膜と平衡感覚に深刻なダメージが与えられ、当分動けなくなる。更には地下鉄構内の私たちにも確実に伝わる。仕掛けておいて損はない」


 ローザはワイヤーを指差しながら説明を続ける。


「今回の任務では、専用武装の使用制限が大幅に解除された。地雷(これ)もその一つ」

「……その割には荷物が少ないが」

「それは当然。私の戦いに必要なモノは、ただ一つだけ」


 そう言うとローザは小さなアンプルを懐から取り出す。


「大量の水。地下でも雪原でも砂漠でも、水さえあれば私は無敵」





 放棄された都市地下鉄計画はかなり進んでいたらしく、図面通りにトンネルが掘り進められレールも途中まで敷設されていた。


 放棄するには計画は進み過ぎていたようにも見える。


 非常灯すらない漆黒の一本道を、二人はケミカルライトの薄明りを頼りに進む。地下鉄内部は外のような肌を刺す寒さがない代わりにじっとりと不快な湿度に満ち満ちていた。掘り進めていく最中に水脈にでも当たったのかもしれないとクロが考えていると、後ろを歩いていたローザから不意に声を掛けられる。


「『相談屋』は来ると思う?」


 クロは足を止めずに灯りの位置を若干下げる。


「奴らはもう来ている。足跡がある。臭いもする」


 溜まった泥に刻まれた足跡を指差してクロが告げる。足跡から見るに人数は最低でも三人以上で、その中には小さい足跡も幾つか紛れていた。


「権利者同士の戦い……、気乗りはしない」

「そうだな」

「クロは怖くないの? 権利者同士の戦いが……、あっと言う間に死んじゃうかもしれないのに」

「全く怖くない……と言えば嘘になるが、不安を感じる程でもない」

「……強いから?」

「違う」


 クロは即答する。


「シロを危険にさらす必要がないからだ」

(シロ)も権利者?」

「ああ、九州でAFと戦った時に俺を庇って片腕を失った。まだ目覚めない」


 クロは淡々と答え、それきり黙ってしまう。ローザもシロについてはタブーだと薄々察してはいたが、聞かずにはいられなかったのだ。


「責任を感じているの?」

「当然だ」

「分かった。でもクロ、一つだけお願いがある」


 ローザはクロが反応するより先にその背中に抱き着き、ギュッと力を籠める。


「私といる間だけは……、私と一緒に戦う時はシロのことは忘れて」

「無理だ」

「お願い、クロ。いま貴方の隣にいるのはシロじゃない。私よ」

「それでもだ」

「クロ、どうして……」


 頑ななクロにローザは涙する。クロもクロでローザの言葉を拒んではいたが、その表情は頑なとは程遠く、背中に顔を押し付けるローザは気付かない。


「寧ろ俺が知りたい。何故俺に固執する? 俺たちは即席のパートナーだ」

「…………」

「それ以上の関係には至らない。それ以上を望む必要性も薄い」


 クロはローザの腕を振り解き歩き出すが、再びがっしりと掴まれる。その不意の行動にクロは驚き、ローザの口から飛び出した言葉で更に驚く。


「私とクロの出会いは偶然ではない。即席では終わらない」


 クロは動揺を隠すために、縋り付くローザを引き摺りながら進み始める。ローザとの関係は即席のままでは終わらない、口には決して出さないが、同じ予感をクロもひしひしと受けていたのだ。


「本当に即席の関係なら、私かクロのどちらかは既にこの世を去っている」

「……どんな理屈だ、それは」

「経験則、……そしてニキの存在」


 クロの背中にしがみついた状態でローザはいつもの調子で続ける。シュールな光景だが見咎める者はいない。更に言うなら一本目のケミカルライトは既に切れ、二本目を点けることなく進む二人は完全に闇に溶け込み、淡々とした声と引き摺られる音だけが虚しく響く。


「ニキは私たちを意図的に集めた。他の誰でもない私たちを」

「意図的に? 俺を寄越したのはジャック医師だ。シロの片腕と引き換えに、俺を寄越した」

「それについては調査報告を聞いた。ジャック医師……、本名はジャック・ヘミングス。アメリカ人。研究者のような風体で実際に元軍属の研究者、現在はTPTO直属の医療機関に所属。TPTOの要人ランクがAの最重要護衛対象の一人。特別な力が働かない限り諸外国は元よりTPTO加盟国にすら行くことは許されず、合衆国内でも厳重な警護に囲まれている」


 クロは足を止め、二本目のケミカルライトを点火する。見る見るうちに優しく科学的な緑色の薄明りが地下鉄構内に満ち、クロとローザの真剣な顔を照らし出す。


「こういう言い方は気に障るかもしれない。でも、敢て言う」

「…………」

「そんな重要人物が異国の、……それも何の関わりのない一人を治療する為だけに日本まで来る? 普通は来ない。政府やTPTOが許さない」

「……だとしても、だ」


 クロはゆっくりと自らの気持ちを言葉に置き換えていく。


「俺にはシロしかいない。どんな不自然も不思議も関係ない。シロがいい……、シロだけいればそれでいいんだ」

「それは思考停止」

「どんな問題がある? 誰が何を言おうと、シロは俺の――……」


 そこまで口にしてクロは言葉を止める。そこから先は、クロ自身が未だに答えを出せていない領域であったからだ。


 クロとシロの関係は非常に深く、そして密接すぎて既に客観的に見ることなど出来なくなっていた。小さい頃に引き取られてから十五年近く、クロとシロは常にお互いを隣に置き、誰よりも相手を信頼して生きてきた。親や兄妹といった括りから大きく外れ、恋人や配偶者といった関係よりもっと運命的で、計り知れない関係だと自覚していた。


 けれども、いざシロが隣にいなくなって初めて分かる言葉には出来ない異質さに、クロは戸惑いを隠せなかった。


「シロは俺の……何?」


 義妹だと言って逃げるのは簡単だった。だがその道に踏み込んでしまえば、後戻りは出来ない。言葉にして確定してしまえば、もう取り消すことなんて許されないのだ。


「…………何?」

「……何でもない。忘れてくれ」


 クロは唇を噛み、再び歩き始める。ローザはしがみ付かずにクロの隣を歩く。答えを待つ為、答えを必要としない為に。





 地下鉄構内を進む二人は無言で、静謐な空気に包まれている。


 時計の短針が指し示す数字は十一、地下鉄に侵入して数十分が経過した。路線は一直線に伸び、作りかけの駅を二つほど通り過ぎたが敵とは遭遇していない。


 路線図通りならそろそろ行き止まりの筈だが、どうやら路線図は正しくないらしく目先にはまだまだ暗闇が蠢いている。


「分かれ道だ」


 十数分ぶりにクロが口を開く。分かれ道と言っても見える場所にはなく、遥か暗闇の先だ。空気の流れ、足音の反響、そして微かな匂いの変遷からそう判断したのだ。


 クロは何本目かのケミカルライトを地面を滑らすように投げる。


「二つに分かれている。片方は路線すらない」

「左だ。左に人の気配がある」

「罠の可能性は?」

「ニキの匂いがする」

「毎回言おうと思っていた。匂いで分かるって犬みたい」

「匂いは言葉の綾だ。特別嗅覚が優れている訳ではない。やっていることは索敵の応用だ」

「索敵?」


 索敵という言葉にローザは反応する。けれどもその反応は、あまり良いモノではない。


「索敵って何?」

「AFを探る為のだな、……本当に知らないのか?」

「知らない」


 ローザは索敵を知らないが、それは権利者としての義務を放棄していると言っても過言ではない。『魔法権利』は人類の敵であるAFを倒すためのモノだとクロは義父に教わっていたし、事実大海原と共に人類を守る双璧であったのは疑いようもない。


 今まで多くの権利者が戦場(アフリカ)に赴き、人類の為にと命を燃やしてきた。


 けれどローザは、『相談屋』は、ニキを追う奴らは、最初からAFなど見ていない。


 見ている相手は人間で、打倒すべき相手も同じ人類だ。


 軍の命令や金、権力やもっと単純な欲望――そういった(しがらみ)から抜け出せない人類に心から辟易するが、クロは即座にその考えを振り払う。


「そういう時代なのかもしれない」


 昨今の社会情勢は、最早アフリカからAFが飛び火することはない程に安定している。病室で小耳に挟んだ限りでは、九州で発生したAFの個体も順調に数を減らしてゼロになる日は当初の予測よりずっと早く迎えるらしい。そんな万全の状況下で対AFのみに特化した権利者が必要かと問われれば、それは答えるまでもない。政治や軍事の知識が乏しい一般市民のクロですら、それは分かる。


 『魔法権利』の在り方は変わっていた。


 AFから人間に、その矛先も。


「それより、左に行く。俺が先行する。ローザは少し距離を置いて付いてきてくれ」

「了解」

「俺はライトは点けない。最低限の舗装はしてあるみたいだが、足元には気を付けろ」


 クロは残ったケミカルライトの束を全てローザに渡すと、一本だけナイフを抜き出して暗闇の中に消えていく。ローザは数秒置いてケミカルライト、そして自分用の武器を握り締めてその後を追った。



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