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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第二章:茨の道と血濡れの足跡
57/119

Ⅰ-3



 残り三歩、二歩、一歩――足音は滞ることなく進み、扉の前に立つ。


 扉越しに聞こえるカチャカチャと金属同士が擦れる音が緊張感を高める。


 クロは指先を動かしながら、身体がどこまで動かせるかを確認する。強化型の身体能力底上げと『加速』の副次効果を受けてはいるが、二ヶ月近く座っていたクロの肉体は確実に衰えていた。削げ落ちた筋肉は見苦しくない程度まで取り戻してはいたが、質は比べ物にならない水準を彷徨っている。


 少なくとも、成長型AFの攻撃を真正面から受けれない程度には。


 だが幸か不幸か相手は人間――対処に、それほど筋力は必要ない。


 扉から死角の位置で銃を構えたローザはクロに視線を送る。クロはその視線に頷き返し、『加速』した感覚の中で扉の先の相手が動くのを待ち――――


 そして、扉が開かれる。


 ゆっくりと開かれた扉から、僅かに顔だけが覗く。動きを十分に『加速』し終えたクロは相手を確認せず、取り敢えず襟元を掴み店内に引き摺り込む。


「――――うわっ!!」


 勢いよく引き込まれたその人物は短い悲鳴をあげ抵抗するが、クロの腕からは逃れることが適わない。ローザはピタリとその男に照準を付け、クロは自身の手の先にいる相手を見て眉根を寄せる。


 艶のある金髪に、右目を覆った眼帯――デモ現場でクロの無罪証言を買って出た青年であった。


「ひぃ――――っ!! な、なんで――――」


 青年の左目(アイスブルー)が捉えたのは、腕を握るクロではなく店内の惨状であった。ローザにすら目を向けず、ただ倒れた死体を見つめ、わなわなと震えていた。


「ああ、ジョセフさん……ハロルドさん……」


 青年は一人ずつ名前を呟き、震える手でカメラを掴み左目に当てる。パシャリパシャリと軽快な音と共にシャッターが切られ、フラッシュが暗い店内を照らし出す。その一瞬の輝きは凍った店内を解凍し、シャッターが押される度に無惨な現場が鮮明に蘇る。


「クロ、あの人は錯乱状態……?」


 いつしか震えが止まった手で、一心不乱にシャッターを切り続ける眼帯の青年を、ローザは少しだけ不安を滲ませた表情で見つめ、時折助けを求めるかのようにクロに視線を向ける。


 クロは仕方なく青年の左肩を叩き、興味を引こうとする。


 だが、反応がない。


「おい、……おい、大丈夫か?」


 言葉に出来ない不安に駆られて、クロは青年の肩を揺する。すると今度は正常な反応を見せる。


「――――あ、ああ、はい。ええと、すみません、死体を前にすると、撮らずにはいられなくて……」


 さらりと耳を疑うような性癖を口にしながら、青年は顔を上げる。澄んだ青(アイスブルー)の瞳の周りを涙で赤く縁取られていたが、彼の奇行を目の当たりにしたクロとローザには、彼に同情の念など微塵も沸かなかった。


「あれ、キミはデモの……?」

「あの時は世話になった。礼を言う」


 クロは横道に逸れそうな話題を冒頭で切り捨て、本題に切り込む。


「俺はクロ、彼女はローザ――当然、この惨状を作り出したのは俺たちではない。あんたがこの店に来たのが初めてなら無駄になる……だが率直に訊く。この店は何故襲われた? 何か心当たりはあるか?」


 眼帯の青年は一度に捲し立てられたクロの言葉に気圧されるが、それ以降は特に動揺も見せず、答えていく。


「私の名前はティモシー・久世、他人からはティムと呼ばれてます。一応元戦場カメラマンで、バルカン半島や北アイルランド、インドネシアなどで活動してました。今は見ての通り普通のカメラマンです」

「普通の?」

「そして心当たりの件ですが、ありますよ」


 散らばった椅子から無事なモノを選び出し、腰かけカメラに収めた写真データを眺めながら答える。驚きと疑いを混ぜ合わせた複雑な表情を浮かべるクロとローザと違い、ティムは余裕を――平静を保っていた。


「ここはTPTOの協力組織の一つで、満州には華南出身の人々も沢山います。その人たちの仕業でしょう。TPTOの中国大陸政策の基本は、華北と華南の援助に意図して差を付け、対立を極力大陸の内側に抑え、中華人民共和国時代の領土認識を払拭することです。当然、頭の良い中国人――特に華南の人々は良く思いません……が、実はそれで終わりません。レンズを通して見ると、それが良く分かります」


 環太平洋条約機構(TPTO)が快く思われておらず、その関連で襲われたのだ。ティムの分析が正しいのならば、ローザは兎も角として、一般人のクロが襲われる道理はない筈だ。


 クロは頭を振る。考えても答えは出そうにない。ただ一つ分かるのは、――――


「二人とも、カウンターの裏に」


 カメラを片手に首を傾げるティムとされるがままのローザをカウンター席の内側に放り込み、クロは襲撃者が持っていた短機関銃を二挺拾い上げ、その片方を掲げカウンター席に問い掛ける。


「ティム、使うか?」

「お構いなく。私の武器はカメラ、銃は邪道です」


 カウンターの内側に隠れたまま、ティムは手だけを出してひらひらと振る。


 これから何が起こるのか――クロは逸早く物音からそれを察して、二人を退避させた。


 新手の襲撃者だ。


 第一陣の失敗に今更気づいたのか、店の前には車両が止まる音と薄く積もり始めた雪を踏む音で溢れていた。クロは短機関銃を構え、『加速』を使って彼らが踏み込んでくるのを待つ。


 だが、相手は何時まで経っても踏み込んでこない。


 クロは訝しみ、窓際まで近づきカーテンをずらす。クロの想像通り外にはAKで武装した男たちが数人立ち並び、軽トラックのような車両。そして、その荷台には――――


「おい、いたぞ!」


 外の男の一人がカーテンの揺らめきと、そこから覗くクロの顔に気付き叫ぶ。クロは慌てて窓から離れカウンターの内側に飛び込み、その後を追って鉛玉の雨が降り注ぐ。


 耳を劈く轟音を伴った弾丸は、窓ガラスを、扉を、カーテンを等しく抉り取る。僅かに形が残っていた椅子やテーブルは完全に木屑に変わり果て、着弾して飛び散る壁の破片と一緒に三人の頭上に降り注ぐ。


「オープンカフェになるな」


 カウンター席の内部の鉄板が弾丸を弾く衝撃を背中で感じながら、クロは呟く。ローザは頭に積もった木屑を払いながら、クロに説明を求める。


武装車両(テクニカル)だ。トラックの荷台にPK機関銃(ペカー)が乗っていた」

「人数は?」

「六人だ。内一人は運転、一人は機関銃、残りはAK47で武装している」


 掃射によって濛々と店内で舞い上がった埃は、逃げ場を求めるように外部に移動する。機関銃の掃射は既に止み、僅かに届く話し声から、数人が死体を確認する為に踏み込むらしかった。


 今にも敵が踏み込んでくるという状況にも拘わらず、ローザは拳銃(マカロフ)をホルスターに収める。


「クロ、機関銃、始末出来る?」


 散らばったガラスの破片を踏む音が聞こえる。クロは短機関銃を置いて、代わりに床に落ちていた長めのバターナイフを拾い上げる。


「可能だ」

「他は私が抑える。始末して」


 平坦な遣り取りを終えると、ローザは自身の『魔法権利』を発現させる。淀んだ硝煙に満ちた空気が張り詰め、露出した素肌がピリピリと刺すような痛みに曝される。それが寒さの所為だと理解した時には、既にローザの仕事は終わっていた。


 店内はローザの位置から外に向けて薄い氷の床が続き、絶えず周囲の熱を奪っていく。


「素手はダメ」


 興味を引かれ、思わず手を伸ばし触れようとしたティムをローザが制止する。その理由はパリパリと氷を踏み抜き進む男たちが実体験で教えてくれる。顔を出さない三人からは見えないが、薄氷を割って進む誰かが倒れ、短い悲鳴と身動ぎが冷たい店内に響き渡る。


 その僅かな動揺に付け込み、クロは身を晒してバターナイフを投擲する。


 途轍もない速度で回転しながら空を切るバターナイフは、ブーツを床から離せない男や倒れて半身を凍らせた男を無視して通り過ぎ、機関銃を握った男の右目に突き刺さる。


 クロを捉えた男の視界の半分は、突然銀色に――そして赤色に染まった。


「ギャアアアアアアアァァ――――ッッ!!」


 深々と刺さった右目を襲う激痛により、機関銃手の男の身体は跳ね上がり絶叫する。そしてそれを掻き消す轟音を、彼の指は――指に掛けられた引き金が生み出した。半狂乱になりながら再開させた掃射――最初とは違い、今度は人間に着弾し血煙を濛々と湧き上がらせる。


「始末した……筈だが、掃射は止まないな」


 再びカウンターの内側に身を沈めたクロは肩を竦めるが、ローザは首を振る。


「十分。三人は消せた。そして掃射も」


 弾切れか、それとも他の要因かは分からない。だが掃射は終わった。


 ローザの言葉通り、半狂乱で引き金を引き続けた甲斐もあって店内に侵入した三人の男は喫茶店の壁や内装と同じく、悪戯っ子に好き勝手千切られたシフォンケーキのようになっていた。


 掃射がないのを良いことに、クロは短機関銃を両手にカウンターを乗り越える。


 窓も扉も壁もない――店の境界が酷くあやふやではあったが、クロは躊躇わずに店外に飛び出す。ただ一人残ったAK47で武装していた男は、右目から下を真紅に染め上げた男を武装車両の荷台から引き下ろす所であった。


 ちょうど密着した状態の二人に、クロはセミオートで弾丸を浴びせる。


 湿った打擲音が二人の身体で跳ね、二人は纏めて荷台から転がり落ちる。雪が薄らと積もった道路に倒れた二人を見ずに、クロは左手の短機関銃を向けて引き金を引きトドメを刺す。


「――――ひぃっ!!」


 服に付いた泥を落とすかのように仲間の命を奪ったクロとミラー越しで目が合い、運転手は短い悲鳴を漏らしながら前だけを見据え、アクセルを踏み込む。だが軽トラックはタイヤを撃ち抜かれ傾き、速度が出る出ない以前に真っ直ぐに進まない。


 男は反射的に異常を確かめようと横を向くが、ドアと弾丸がぶつかり合う金属音に驚きのけ反り、少し遅れてガラスが砕ける。


 銃弾――ではない。短機関銃その物が投擲され、ドラのガラスを砕き、フロントガラスにも蜘蛛の巣状の罅割れを生み出していた。


 男は狭い車内で震えていたが、不意に視界に飛び込んできた黒い物体――クロが投げた短機関銃に最後の希望を抱き、手を伸ばす。そしてアクセルから足を離し、短機関銃を割れたドアのガラスから突き出して無造作に引き金を絞る。


「弾が出ると思ったか?」


 弾丸を吐き出せない短機関銃に交差して、クロの左腕が車内に入り込む。クロは呆気に取られる男の襟首を掴み、力の限り引き寄せる。


「何故俺たちを襲った? 依頼されたなら、依頼人の詳細を言え」

「ざ、ざけんじゃ――――」


 ガシャ! と潰れる音が男の怒り声に被さる。開いた口をパクパクと動かしながら、目を見開いた男が意識を向けるのは車両のサイドミラー――いや、クロの右手で握り潰されたサイドミラーの残骸であった。


「喋る。喋らない。……選択は慎重に、だ」


 その時になってクロの左腕が首に回っていることを再認識した男は、クロの瞳に怯えて震え、短機関銃を落とし、失禁する。


「あ……、あ、ああ――……」


 行き過ぎた恐怖が発声の邪魔をするが、そもそも何を喋っていいかも分からずに口だけが動いている状態である。


「喋れる。喋れない。……お前のこれからは、俺が握っている」


 よく考えろ――と、クロの瞳が輝くが、男に悩む余裕など残っていなかった。



フライトゲーム見てきました

リーアムニーソンカッコいい謎解きは酷いけどカッコいいから帳消し


来年の96時間の続編も楽しみ

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