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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第二章:茨の道と血濡れの足跡
56/119

Ⅰ-2



 何かしらの計略に巻き込まれた。もしくは狙われた。


 救急車と一緒にやってきた警察の――特に民警の対応から、クロはそう判断せざるを得なかった。


「俺は、やっていない」


 微かに雪を伴った風が吹き荒ぶ中、警察署への同行を拒否したクロは、コートや上着を脱ぎ、自身の身の潔白を――ナイフなど持ち歩く余地がないことを証明した。事実、今回のクロの装備には武器の類は一切含まれておらず、それどころかコートもブーツもグローブも、防弾防刃機能付きの特別製ではなく市販のモノである。


 だが公警が宥めるのを無視して、民警は執拗にクロに迫る。


「お前がやったんだろ!」

「やっていない」

「なんだその反抗的な態度はッ! 目撃者は大勢いるんだぞ!」


 ただ、民警の言葉は周囲の同意をあまり得てはいなかった。


「刺した現場を見たのは誰だ?」


 寒空の下に晒されたクロの鍛え上げられた肉体は、とてもナイフで少女を刺した狡い通り魔が持てる代物ではない。見るからに強かで屈強な外見でありながら、毅然とした態度で否定を続けるクロを犯人だと断言出来る目撃者はいなかった。


 それでも民警は引き下がらない。


 公警と群衆の白けた視線が彼らのやり取りに向けられているのを気にも留めず、親の仇であるかの如くクロを離さない。


「いいから署まで――――」

「ちょっと、ちょっと待ってください」


 コートを羽織ったクロに掴みかかろうとした民警の男を、群衆の中から飛び出した青年が止める。流暢な日本語だが、その姿形はどう見ても純粋な日本人ではない。


「彼はやっていませんよ!」


 男の身長はクロより少しだけ低く、コートを着込んでいるにも拘わらず体躯は細いと分かる。艶のある金髪は短く切り揃えられ、白い首筋には立派なカメラがさげられていた。だが彼の一番の特徴は、そんな所にはない。


 彼のアイスブルーの透き通った左目と違い、右目は黒い眼帯で覆われていた。


「証拠もあります。ほら、ここに」


 眼帯の青年は首から下げられたカメラを、警察だけでなく群衆にまで見せつけるかのように高々と掲げる。中身を検めようとした民警が公警に止められ顔を赤くする。そして民警を抑えている隙に残りの公警が青年のカメラが捉えた映像を吟味していく。


「確かに、彼の手には何も握られてはいない。コートの袖にもナイフを収める仕掛けなどもなかった。しかし、何故この写真を……?」

「私はデモの取材に来ていたんです。それで、明らかにデモの参加者とは異質の彼に興味を惹かれ、写真に収めたらこの有様です」


 眼帯の青年がカメラを手にクロの無罪を立証する傍ら、クロは推理に耽る。


 あの民警の態度からして、自分を陥れようとしているのは民警――もしくは彼らに圧力を加える存在に違いない。しかし民警は政府から警察権の一部を委ねられているだけあって縛る規律は厳しい。誤認逮捕は勿論、ほんの僅かな捜査要綱から外れた捜査を行っただけで罰則を――それこそ会社が取り潰しになるほどの罰金を支払わなければならない。酷いレベルになると二度とその国の地を踏めないこともある。


 本来それらの罰則は各種恩恵と成功報酬があって初めて釣り合うモノであり、圧力を掛けられたからといって、おいそれと選べるモノではない。


 だが、それを承知した上での行動なら――――もう手段は選ばない筈だ。


 クロは「おい」と説明を続けるカメラマンの肩を叩き、振り返った眼帯の青年にそっと告げる。


「助かった。この借りはいつか返す」

「はい、…………えっ?」


 デモを終えた参加者――そして騒動を眺める為に集まった野次馬たちは収束に近づいた騒動に興味を失い背を向け始めた、まさにその時、その唐突な言葉が含む意味を汲み取れずにいた眼帯の青年を残し、クロは早足で人混みに飛び込んだ。


 誰もが驚き、動き出す前にクロの姿を見失い呆然とする。


 だが民警の男たちだけは、ホルスターから手を離し口惜しさを噛み締めていた。






 人混みを抜け出し大通りを歩くクロは、ふとショウウインドウに映った自身の姿を目にする。不精髭は生え、『加速』の影響で黒く癖のある髪は伸び、肩を超えていた。


 クロは自嘲する。


 その風体は浮浪者と言うよりは修験者のようであったが、その中身は動けなかった無能だ。悲しみに沈み、助ける手段が見つからないことを恐れた臆病者だ。


 毛先を指で弄りながら、クロは考える。


 自分の髪型は基本的に短髪で、ここまでの長髪にしたのは生まれて初めてである。鬱蒼とした不精髭と現在の髪型を合わせると、とても以前の自分とは似つかない、別人としか思えなかった。


 けれど、敵はクロを見つけた。


 やり方は杜撰ではあったが、見知らぬ誰かを陥れる為だけに危ない橋を渡るとは考え辛く、やはり自分を狙ったに違いなかった。合理的に民警の杜撰さと現在の容姿から結論を導き出すなら、内通者――若しくは以前からクロを陥れる機会を窺っていた相手、そう考えるしかなかった。当然、心当たりはない。


 クロはガラスに映った自身と別れ、目的の場所を目指して歩き出す。


 住所と地図を思い浮かべ、現在位置に当て嵌め進む。大通りから路地に入り、右に左に入り組んだ道を歩く。クロの目的地はジャックと義父の協力者の住居――緊急時にはここを尋ねろ、と教えられた場所であった。


 地図が間違っていなければ、そろそろ見えてくる筈だ。


 だが目的地を視界の隅に捉えた瞬間、クロは嫌な予感を抱く。


「…………まさか、おい」


 足取りが次第に速くなる。雑居ビルの一階に構えた喫茶店、協力者が経営しているその店は真昼間だというのにカーテンが閉まり、戸が開いているにも拘わらず営業中とは思えない程閑散としていた。


 ほんの一瞬、クロは閑散とした雰囲気が人通りの少ない所為だと期待した。


 だが店内に踏み込み、その期待はするだけ無駄だったと知る。嫌な予感は的中した。


 十人は優に座れるL字型のカウンターに、数えるのも億劫なほど四人掛けのテーブルや椅子が散らばった喫茶店内部は、何故か巨大な冷凍庫のように寒く、まるでギャングの抗争跡地――いや、射撃場の如く椅子や机の内装を初め、店員や客に至るまで執拗に撃たれ、悪趣味な現代アートのようであった。薄暗くて具体的に何人が犠牲になったのかは分からないが、足元に散らばる薬莢の数は膨大である。


「妙だ」


 クロは鼻をひくひくと動かし、疑問を口にする。床に広がる血の量に反して、血の臭いが殆どない。よく見ると血は凝固していたが、硝煙の臭いが濃く残っている以上、ここの死体が作り出されてから時間が経っているとは思えなかった。


「Который?」


 光を取り込もうとカーテンに手を掛けた瞬間、背後から声を掛けられる。その声の高さから声の主は女性で、使われた言語はロシア語だと分かる。しかし、振り返ってその姿を確認することは出来ない。


「待ってくれ、話せば分かる。…………ロシア語は話せないが」


 背中に押し当てられた硬い何かがクロの動きを制限する。銃火器の類に違いはないが、彼女は襲撃者側の人間でないことは明白であった。喫茶店に弾丸をばら撒いた襲撃者ならば目撃者に銃を向けた段階で引き金を引き、何らかの理由でクロを捕えたい相手なら当然素性は熟知している――ロシア語で話しかけて来ない筈だ。


「俺は知人に言われてここに来た。人探しだ。状況が知りたい、ここで何があった?」


 クロは冷静に口にする。念の為、英語と中国語でも同じ趣旨のことを伝えるが、相手の反応は薄い。内容がダメなのか、それとも使った言語がダメなのか判断出来ない。クロは悩みながらも、次の言語を探るが――――


「日本語、少し喋れる。聞くは、問題ない」


 背中から固い感触が外れる。クロが振り向くと、声から想像した通りに女性が立っていた。ロシア人特有の灰色の瞳と、それと似た色をした髪の毛は両耳の下辺りで纏められている。想像していたロシア人とは大きく違い身長は低いが、低身長に似つかわしくない女性的な凹凸を彼女は持っていた。


「貴方、誰? 何故、状況知りたい?」


 白く品は良い――けれども動き易そうなコートを着込んだ彼女は、漆黒のロシア製拳銃(マカロフ)を片手に警戒を緩めない。表情は冬の湖のように微動だにせず、クロに負けず劣らずの不愛想振りであった。


「俺の名前はクロ。ここに協力者がいると聞いて来た」

「クロ……、英語で言うブラック?」

「違う。そのクロじゃない」


 クロはコミュニケーションを取れることに安堵し、改めて店内と店内に倒れた人々を見渡す。協力者――と漠然に伝えられていたが故に誰がクロの協力者だったのか分からないが、死体にも幾つかの分類があることに気付く。


「西欧人」


 仰向け死体の一つを足で引っ繰り返したクロの後ろから、ロシア人が告げる。確かに顔立ちは平らな東洋人や寒さで彫りが深くなる東欧人とは違い、典型的な西欧人であった。


「こいつらは襲撃者」

「あんたがやったのか?」

「そう」


 店の扉を閉める彼女と死体を軽く見比べ、クロは慣れた手付きで死体のコートを剥ぎ、所持品を検めていく。出てきたのはH&K社の短機関銃用の弾倉が二本、同じくH&K社の拳銃、ボディアーマー、付近に落ちていた消音機(サプレッサー)付きの短機関銃。そして、――――


「これを頼む」


 灰色の彼女は無言かつ無表情で受け取る。


 通信端末と手帳を見つけ、端末をロシア人に渡しクロは手帳の中身を検める。これだけの装備を揃えた襲撃――まさか返り討ちに合う可能性など少しも考えなかったのだろう、クロの間の前にある手帳の中身には、持ち主の個人情報がびっしりと書き込まれていた。


「また民警か……」

「また? クロ、またって何?」


 思わず漏れた呟きに、灰色の彼女が反応する。端末から目を話し、ジッと見つめる彼女にクロは事のあらましを簡潔に説明する。彼女は少し悩み――無表情のままだから”黙り”が正しいが――クロに自身の考えを伝える。


「私たち、人を探している」


 一気に別方向に進みそうな話題であったが、彼女の言葉には思い当たる節がある。


「まさか、……ニキか?」

「ニコラウス・ルーパー・マクマンベトフ。彼と接触する、それが私たちの任務。上官に言われた通り、ここに来た。けれど相棒のクェーツは殺された」


 灰色の彼女は瞳に悲しそうな色を僅かに浮かべ、転がる死体に目を向ける。


「なるほど。ニキ絡みの襲撃者……盲点だったが、その可能性は高い」


 確かに可能性自体はあったが、根拠は乏しい――クロはそれを分かっていたが口には出さない。それは憶測止まりで答えが出ない、悩むだけ無駄な類の疑問だと察していたからだ。同じ場所で停滞するなら、実際に動き回った方がそれだけ停滞を打破出来る可能性が生まれる。


 クロは何か他の情報が落ちていないか、死体の所持品を漁る。


「クロ、提案がある」


 その背中に灰色の彼女は――ローザは右手に身分証を掲げ、声を掛ける。


「ローザ・エゴーロフナ・セールイ、それが私の名。所属はロシア東部方面軍独立実験中隊。私と貴方、目的は同じ。共に戦う、出来る?」


 クロは少しだけ考える。戦う――と言っても、誰と……? 襲ってきたのは民警だが、以前襲われたからと言ってこちらから先手は打てない。無法者の根城に殴り込むのとは訳が違うのだ。いや、それ以前に、――――


「何故、俺が戦えると思った?」


 クロは喫茶店に踏み込んでから、戦える素振りなど見せていない。当然『魔法権利』は一度も使わず、やったのは精々状況説明と死体漁り程度だ。戦える――と判断するには、どうにも根拠が弱い。


「クロは、『魔法権利』持っているから。違う?」

「……違わないが、そう判断した理由を聞いていいか?」


 クロは必死に驚きを心の内に押し止め、ローザに尋ねる。


「驚かなかった。私一人で始末したかと聞いた後、それを受け入れた。襲撃者の死体に触れた時も同様。死体には弾痕はない。けれど受け入れた。普通は疑う――疑わないのは、それを可能にする力、知っているから」


 ローザは灰色の瞳に熱を籠め、クロを見つめる。「私は貴方の期待に答えた。次は貴方が私の期待に応える番だ」と、彼女の瞳は語っていた。


 しかしクロは踏み込めない。


 ローザの言葉を疑う訳ではないが、彼女の素性はあまりに不明瞭で、敵の目的もはっきりと知らない時点でおいそれと共闘の約束などして良いのか、決められなかったからだ。


 ふと、クロはローザから視線を外し、外を見る。


「誰か来る」


 気配を感じた――など言えば聞こえはいいが、ただ単に足音を聞き取ったのだ。今この店内にいるのは物言わぬ死体と、無口なクロとローザだけだ。外では雪が降っているが、風は吹いていない。――――僅かな足音でも、明朗に響く。


 クロはローザを店の奥に追い遣り、扉の傍に寄り、『加速』を発現させる。


 誰が――何が来ても良いように、クロは覚悟を決め待ち構える。





ガーディアンオブギャラウシ見てきました


マスコットキャラはロケットでなくグルート

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