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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第二章:茨の道と血濡れの足跡
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Ⅰ-1 クロ、はじめてのおつかい

これからは週に一回、日曜日に更新

 第二のアメリカ――そう称されるほど多種多様な人種が混在する国、それが現代に蘇った満州共和国である。漢人、満州人、日本人、ロシア人――そしてアフリカ南部から逃れてきた黒人や白人。百年前に建てられたその国は名前と仕掛け人をそのまま、中身を一変させて生まれ変わった。


 僅か十二年前、AFとの闘争により最も被害を被った国が分裂した。


 中国だ。西欧諸国が大航海時代に東南アジア、南アメリカを食い物にしたように、アフリカ大陸に経済的な主従関係を強いようとした中国は、空前絶後の大損により国家として破綻した。


 競うかのように幾つもの自治区が独立を宣言し、中央政府は一党独裁の利点を活かして封殺しようとした。だが戦車が人民を踏み潰すより先に、日米露を中心とした環太平洋条約機構――通称TPTO※の介入により、南北に分断された。


 ※TPTO=Trans Pacific Treaty Organization


 この中国内戦から、それに伴い朝鮮半島で起こった第二次朝鮮戦争までを、多くの人々は東アジア戦争と呼んだ。


 東アジア戦争自体は、一年にも満たない期間で終了した。ただ世界に与えた影響は甚大であった。まず日本は自衛隊の再編を迫られ、結果として日本国防軍が誕生した。同じくTPTOの主要加盟国であるアメリカとロシアは、常にAFの危険が視界の隅にチラつく欧州の大部分を見限り、より安全で発展の望める太平洋沿岸諸国との交流を深め、そして切り分け終わったと中国北部――満州の発展に尽力した。


 建国から十年。とても短い期間ではあるものの、潤沢な支援を受けた満州は大いに発展を遂げ、今や欧州連合の主要国に並ぶ規模の国家となっていた。


 だが、我が世の春を謳歌しているように見える満州にも、潜在的な危険は存在する。



「化け物からアフリカを、取り戻せ――――ッ!」

「取り戻せ――――ッッ!!」

「TPTOは、軍隊を派遣しろ――――ッ!」

「派遣しろ――――ッッ!!」


 満州建国の建前としてTPTOは、溢れるAF難民の受け入れを条件としていた。九州の一件からAFの情報統制は緩められ、自分たちが何によって追い出されたのかを知った難民は、当然の如く受け入れた政府に対してデモという大人気の方法で自らの権利を主張し始めた。


「我々にも、化け物と戦わせろ――――ッ!」

「戦わせろ――――ッッ!!」


 先頭に立つリーダー格の男の声に少し遅れて、多種多様な人の波が拙い日本語で唸る。


 今日は日本語の日。


 満州は中国のボロボロの内政状態を経て起こった内戦の末、日米露の支援を受けて建国した。国家としての機能を回復させ、健全な状態を維持するには圧倒的に人材が不足していた。その打開策として日米露の三国は鉄の掟を結び、各々が担当を分け、それに適う優秀な人材を派遣した。


 その結果、役人は日本語英語ロシア語の三か国語のどれかを使い、主張を少しでも届けたいデモ隊は日ごとに言語を変えて叫び声をあげていた。


 叫ぶことには必死でも、本当はAFと戦う気なんて微塵もない人々。


 寒空に佇むクロは、不意に彼らと数日前の自分を重ねる。


「シロを助けたいと思いつつも、俺は助ける方法を探そうとしなかった」


 クロは抜け殻の日々を――自身の不甲斐なさを、躊躇わず言葉にする。


 そして、診療所での邂逅を思い出す。


 クロと、義父と、――――ジャック医師が交わした契約を。






 シロが昏睡して二ヶ月、クロはその間ずっと浅い睡眠と薄い覚醒を繰り返していた。扉の音や人の話し声など耳に入らず、ただ虚ろな瞳で輝くシロを見つめる置物と化した。


 朝と昼と夜を微睡の中で何日も何日も何日も何日も繰り返した。


 けれど、たったの一言でクロは置物から人間に戻る。


「この子は、治せるね」


 一月下旬、診療所の狭く寒い一室で、恰幅が良い男が、草食動物を思わせる優しい表情を崩さずに呟いた。


「あー、うん。腕の方もいけるね。これだけあれば代用出来るかな」


 男は散ったシロの腕に手を這わせ、長く綺麗な白銀の髪へと手を伸ばす。だが、クロはその手を掴み、男を睨む。男は優しい表情を崩さずに「……どうしたかね?」とクロに問い掛けるが、クロは生気の宿った無表情から言葉は飛び出さない。


「手術を施す相手と材質を見ておくのは、重要だろう?」

「……材質、だと? シロを物みたいに言うな」


 無駄に噛みつく必要はない。()してシロを救う手段を持つ相手を怒らせて得することなど何一つないのだ。けれど、聞き逃せなかった。この壮年の男の口調は、表情ほど優しくはない。それはどこか機械的な響きで、シロを任せる相手としてクロは不安を覚えずにはいられなかった。


「ふむ……、誤解ではないよ。材質は材質だ。訂正の必要はない」


 男は悪びれもせずに答え、掴まれた腕を振り払う。ただ不思議と不快を感じてはいないのか、そんな素振りは表立って見せていない。


 そしてシロから目を離し、体を反転させ口にする。


「決めたよ、黒田君」

「ああ、そんな、待ってくださいドクタージャック――――」


 ジャックと呼ばれた男の言葉を受け、背後から焦燥の声があがる。そこには義父が――シロの実父である黒田会長が立っていた。青くなった顔には汗が滲み、わなわなと震える様は閻魔に身に覚えのない他人の罪状を読み上げられる亡者のようであった。


「落ち付きなさい。そして私の話を聞きなさい。そこのキミもだ」


 そう言いながらジャックは黒田会長の肩に手を置き黙らせる。そして二人に自分の話を聞く余裕が出来たことを確認し、改めて口を開く。


「まずは自己紹介からだね。私の名前はジャック・ヘミングス、本職は技師だが数年前から医者も開業した。……といっても無免許無資格の素人ではないよ。それなりの学校で医術を学び、医師免許は在学中に所得した。医者として患者と接することはなかったが、技師として接することは多々あった。何故なら私は、補装具の権威だからだ」


 ここまでのジャックの仰々しい説明は、彼の素性を知らないクロの為のモノであり、これから行う説明はクロと会長、そして意識のないシロに対して行われる。


「そこの彼女は腕を失った。そして意識が戻らない。因果関係がありそうに見えて微塵もない――と思わせて実は、両者の因果関係は明白だと私は知っているんだ。そして今まで私は技師として、彼女と似た症例は何度か見ている」


 ジャックはニッと笑みを浮かべ話を続ける。まるで草食動物が今まで追い払った肉食動物について語るかのようであり、その溢れる自信はクロの疑念を和らげるには十分効果的であった。


「私が今まで相対してきた患者は、皆一様に権利者――それも四肢のどれかを欠損した権利者だ。欠損が昏睡を必ず引き起こす訳ではないが、昏睡の原因は必ず欠損にあった。私が思うに、権利者の体内を巡る気……いや、『魔法権利』だから魔力か? 兎に角、その循環に異常を来した結果が昏睡だ。逆に考えるなら、その循環を正常に戻すことで彼女は目を覚ます」


 噛み砕いた解説を二人に伝え、理解が追いついていることを確認するとジャックは満を持して本題に入る。


「そして私の『魔法権利』なら魔力循環を可能にする義手が作れる。いや、義手ではないね、本物の……うん、本物の腕を再構築出来る。驚いて声も出ないだろうが、彼女の髪は長さも、恐らく質も申し分ない。二週間も掛からずに片方と同じような腕に戻るよ」


 ジャックの言葉を聞いたクロは立ち上がり、ジャックの手をしっかりと握る。


「……なんだい、この手は?」

「ジャック先生、頼む。シロを治してくれ」


 その必死さを取り繕う気すら見せずに詰め寄るクロを、ジャックは困惑と関心を織り交ぜた瞳で見つめ、一言告げる。


「こちらにも、条件がある」





 立ち止まってジャックの言葉を思い出している数分の間に、デモ隊は己の主張を叫び終え、各々が満足した面持ちで散ろうとしていた。クロもまた、新たな人の奔流に飲まれないように移動しながら擦れ違う際に相手の顔を検め、目的の相手を探す。


 黒、茶、赤、金――数ある頭髪の色から、純白だけを探し出す。


 ジャックがクロに出した条件は、”人探し”である。


 ニコラウス・ルーパー・マクマンベトフ――浅黒い肌の真上に、雪のように白い髪を持つ男。アフガン人の祖父の特徴を色濃く受け継いだオーストリア人。年齢は三十二歳でジャックの旧友、――――そして、今まで一切の消息を掴ませなかった神出鬼没の権利者。


 彼と接触し、本人であるのかを確認する。それがシロの腕と釣り合った条件であった。


 過去の写真すら存在せず、現在の姿は不明――ただ一言、「実際にニキに会えば、彼が彼だと分かる」と、ジャックは言い放った。


 その漠然とした情報を頼りに、クロはデモ参加者に目を向ける。


 白髪の男は沢山いる。けれど誰も三十二歳の若者には見えない。浅黒い肌も、見飽きる程に視界の隅を横切った――しかし雪のような純白の髪は誰一人として持っていない。


 満州共和国の首都――長春に着いて今日で三日。


 クロはまだ、ニキだと思える相手とは出会えていない。


 大陸の一月は、日本のそれとは比べ物にならない程に寒く、温暖な地域で育ったクロには辛かった。このままジッとしていると体の芯まで凍り付く――そんな錯覚を覚え、思わず身震いする。


「今日も収穫なし、か……」


 駅前、繁華街、そしてデモの人混み――人が集まる場所を巡回してニキを探していたが、それらしき人物は一向に見掛けない。神出鬼没と称されるだけのことはあると感心しながら、クロは踵を返す。


 日はまだ高い。次は駅前に――――


「――――キャッ!」


 と、振り返ったクロの腹部に何かが当たる。それが少女の頭であることを見下ろして初めて気付き、そして腹部から血を流している姿を見て、目を疑った。


 少女の腹部には果物ナイフが突き立てられ、彼女の身を包む白いコートはミルクを垂らした直後のコーヒーのように色を真紅に変えていった。


「お、おい……」


 動揺して手を伸ばそうとするクロを、周囲の悲鳴が押し止める。


 不味いことになったが、クロは可能な限り動揺を抑え考える。目の前に倒れる少女は、自分とはまるで関係のない相手だ。当然刺してはいないし、刺す理由もない。


 けれど周囲の人間は、そう思わない。


 擦れ違い際に男が少女を刺した。


 群衆の誰もがクロに目を向けず、ただ倒れた少女にだけ視線を合わせてそう口にするに違いなかった。


 遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。


 逃げるには、あまりに時間が経ち過ぎていた。




読み直しが足らないので誤字脱字が増えるかもしれません

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