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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第一章:彼と彼女らの馴れ初め
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Ⅵ-17


 『点火』と『拡散』の応酬――狩人同士の追走の最中、元三峰が不意に静止する。


 攻撃を受けた訳でも、負傷が限界に達した訳でもない。ただ、何の脈絡もなく行動を中断した。


 之江は数秒、荒くなった息を落ち着ける時間に費やす。舞い上がる黒炭の粉が汗で肌に付着し不快であったが、拭う間すら惜しい。之江は今まで通り、黒の拳銃で元三峰の体に狙いを付ける。


 だが弾丸を撃ち出すより先に、元三峰の足が動く。コンマ数秒――疲労で震える腕が、その指先が、引き金を引く時間を遅らせたのだ。


 元三峰の足は、地団太を踏む子供のように数回上下に動く。


 その行動を目にした之江は、焦って白の拳銃を抜き、仕掛けた『点火』を余さず発動させながら銃撃を加える。早くも撃ち尽くした黒の拳銃を強引にホルスターに収め、空いた右手をコインの詰まったベルトポーチに突っ込み、相手の動きを待つ。


 之江が徹底した攻勢に転じたのは、元三峰の行動の意図を瞬時に理解したからである。


 理解し、防ぐ手立てがないことも知った上での攻勢。下手な鉄砲何とやらを実践するくらいしか対処法が思いつかなかったのだ。


 之江は目の前に広がる光景に舌打ちし、数歩だけ退いて距離を取る。


 濛々と立ち込める砂埃は、元三峰が校庭の表層に『拡散』使い現れたモノだった。以前にアスファルトに使った時よりきめ細かく、広い範囲を覆い隠している。


 不可抗力とはいえ、之江は元三峰の姿を見失ってしまった。


 あろうことか一番危険な相手に、自由を与えてしまったのだ。


 その姿を見つけ出そうと砂埃を凝視するが、黒炭と土のカーテンは何の影も映さない。焦りながらも目が離せない。もし出てきた時に反応出来なければ、命に係わる。自分だけでなく、他全員の命にだ。


「どこ……、どこにいるのさ……」


 必死になって索敵の気配を飛ばすが、砂埃の先から返って来ずに、元三峰の存命を告げる。之江の呼吸が落ち着くごとに砂埃も薄くなり、朝日に照らされて影を作り出す。


 之江はその影に白の拳銃を向けるが、発砲はしない。


 砂埃を突っ切って徐々に近づくその影は、――――


「キミは、お呼びじゃないッ!」


 元三峰にしては、あまりに小さい。


 飛び出してきたのはサザン――目晦ましの合間に入れ替わったのだ。


 之江はコインを一枚弾くが、砂埃から飛び出したサザンは難なく避け、細剣を携えて之江に迫る。之江が一方的に銃弾を浴びせた時とは違い、両者の距離は近い。


 それでも、之江は撃つ。


 サザンの薄い胸が破裂し、――次のサザンが現れ、之江に迫る。


 二歩下がって、一発撃つ。


 サザンが消え、次のサザンが距離を詰める。


 白の拳銃には残弾二発、黒の拳銃は残弾ゼロ――元三峰が姿を隠した際、滅多矢鱈に銃弾を吐き出したツケが回ってきた。予備マガジンには残弾の余裕があるが、装填するだけの余裕は残されていない。


 之江は諦め、残弾ゼロの黒の拳銃を抜き、覚悟を固める。


「僕はやれる……僕はやれる……」


 強く自分に言い聞かせ、『円熟』した技巧を全身に滾らせる。


 距離を詰め終え、銃弾を恐れないサザンは素直に刀身を之江に叩き付ける。


 近接戦闘に持ち込めば、確かにサザンは無類の強さを誇る。但し従来の強さを発揮するには、一つ大切な条件を満たさなければならない。そしてサザンが対峙する相手も、ある特定の条件を満たせば、サザンの強さを八割方無効に出来る。


 肩口を狙ったサザンの銀の斬撃は、二挺の拳銃によって防がれる。軽い金属音が響き、勢いを乗せて振り下ろしたサザンの細剣は、受けられた反動で跳ね上がる。そして腕も共に跳ね上がったことによりサザンは大きな隙を晒す。


 之江はサザンの隙だらけな顎を、黒の拳銃を握ったままグリップで殴りつける。脳を揺さぶる程の衝撃を受けるも、サザンの『分裂』は問題なく発動し、次のサザンが現れる。


 『分裂』が攻撃を受けることで発動するのは明白であったが、どの程度の攻撃で発動するかが分からない以上、手加減した攻撃で無力化を試みるのは危険性が大きく、非合理的であった。手加減するくらいならサザンの体力が尽きるまで全力の攻撃を浴びせ続ける方が合理的であり、実際にシロと之江は、その方法でサザンを退けている。


 だがそれが無理でも、他の方法で無力化することは可能だ。


 之江はサザンを殴りつけ役割を終えた右腕を泳がせ、新しく現れたサザンに白の拳銃を向け、何の躊躇いなく引き金を絞る。


「――――ッ!」


 またも金属音が鳴り響き、少し遅れてサザンの瞳に驚愕が宿る。追撃を繰り出そうと振り上げた腕の先――そこにある筈の細剣は、根元を撃ち抜かれて刀身が折れ、本来の機能を失っていた。


「まだ、やるの?」


 サザンの細剣は『分裂』と共に復活するが、細剣が傷ついても『分裂』は発動しない。そして細剣がないサザンは、牙と爪を失った野犬と同じだ。油断しない限り、遅れを取ることはない。


 だがサザンは首を横に振り、柄だけになった細剣を棄てる。


「――。――、――――……」

「何言ってるか分かんないけど……、もう戦う意思はないのかな」


 サザンは軽く頷き、以前のクロの推測の正しさを証明する。


 それでもサザンを警戒し、之江は少し距離を取る。黒の拳銃のマガジンを交換し、終わると残弾のない白の拳銃をホルスターに収める。


 之江は元三峰のサザンを探していたが、完全に戦意を失ったサザンの姿が視界に入り込む。ジッと顔を上げ一点を見つめる彼女を訝しみながらも、念の為にその視線が向かう先を追う。


 之江の視線の先――之江の瞳が捉えたのは、女王と共に落下するクロの姿であった。


「すまん、之江! 無事か? ――――っと、うおわっ!」


 その軌跡を呆然と眺める之江とサザンに、ケイジが寄ってくる。額から血を垂らしていたが微塵も気にした風もなく、寧ろ二人が同じ場所で突っ立っている方に一瞬驚き、顔を引き攣らせる。


 だが直後、二人の視線に気付き、ケイジは顔を青くして駆け出した。






 急上昇する女王に掴まるクロは、地上五十メートルという高さに目を回しそうになる。高層ビルなどから見下ろす光景とは違う、足場のない高さの持つ不安定感が恐ろしさとなり、クロを苛んでいた。


 女王の体は、クロがほんの少し力を籠めるだけで折れそうになるほどに細く、腰付近に回した腕は柔らかさを感じず、ただ骨の肩さだけが伝わってくる。


「これで十分なの」と女王は突然に上昇を止め、滞空姿勢に入る。


 手を出すにも出せない状況――女王が落ちると、クロも落ちる。


 そしてこの高さから落ちたら、間違いなく死ぬ。


 クロは女王に手が出せず、女王はクロを落とすだけでいい。


 動悸が早くなる。必死だったとはいえ、欲を出さずに手を離すべきであったと、クロは自身の浅ましい行動を呪った。


 クロは女王の細い胴体に手を回したまま見上げ、女王も幾つもの小さな粒を内包させた瞳でクロを見下ろす。空に散らばる雲はいつもより近く、昇り切った太陽は二人を照らしている。風は全く吹かず、じわじわと汗が滲んでくるのが分かる。


「一つ聞きたいことがあるの、良い?」


 見ると女王の顔にも汗の珠が浮かんでいる。お互い余裕がない現状、余計なやり取りは首を絞めるだけになると判断し、クロは素直に頷き続きを促す。


「それじゃ訊くけど――――」


 期待と不安が混在した女王の瞳がクロを見据える。


「私の目的って何なの? 何回も何回も頭の中を探してるの。でも分かんないの。全く浮かんでこないの」


 女王の問いはクロを唖然とさせ、徐々に言いようのない困惑が満ちる。突然真っ白の箱を見せられて、「この中には何が入っている?」と尋ねられている気分であった。答えられる筈もない。


「その質問の根拠は何だ? 何故敵である俺に尋ねる?」


 だが女王は真っ白い箱ではなく、様々な色が混在した箱だ。本来は敵であるはずだが、今はコミニュケーションを取る気がある。何か重要な情報を喋る可能性もある。無下に扱う訳にはいかなかった。


「分からないの。でも、貴方の言葉は時折、頭に響くの……」


 それが『挑発』のことだとクロは確信するが、敢て口にしない。


「話しは変わるが、お前は何故AFを――あの化け物を街に放つ? それ自体が目的でないのだとしたら、他に――――」

「何故? それが分からないから、訊いてるのッ!」


 追及を避け、言葉を選び、会話を誘導しようとしていたクロに、女王の怒声が飛ぶ。


「そもそも、あの女の光を浴びてから調子がおかしいの! 体がムズムズするし、お腹も減ってくるし、ミツも言うこと聞かないし……!」


 女王が頭を抱えて体を揺すり、それに合わせてクロの体が大きく振られる。女王の動揺に連動して高度は少しだけ下がるが、それでもまだ十分に高い。


「言うことを聞かない? まるで今までは命令してきたかのような口振りだな」


 驚きと疑いを半々に、鎌をかけるつもりで追及する。女王は悔しそうに口を結び、顔を背ける。


 女王がAFに指示を出す可能性は、ケイジが道中の車内で説明した通りにクロの頭にも入っていた。けれど、女王の存在すら知らなかったクロは、当然それ以上の情報を知る筈もない。


「ちょっと待て、高度を落とさずまだ飛んでろ」とクロは高度を落とし始めた女王に一方的な要求を突き付け、口を閉じ、思考を『加速』させる。記憶を探り、もの凄い速さで会話や知識の端々から必要な情報を抜き取っていく。


 ケイジの言葉――女王は異形の人間を従える。最初の女王は、素性が明らかな同族。

 AFの習性――AFは群れを作る。人間を襲うが、獲物を取捨選択し戦い方も選ぶ。

 茶山の証明――AFは同族を攻撃しない。『魔法権利』で遠隔操作も可能。

 女王の境遇――何者かに拉致された可能性。異形の笹葉耳の少女とは顔見知り。

 女王の思考――自我意識の混乱。何かの細工を施された可能性。

 女王の言葉――「あの女の光」とは、十中八九シロの『閃光』。

 シロの『魔法権利』――『閃光』は浄化の光。病も何も、悪しきモノを消す光。


 幾つもの仮説を並行して組み立てては消し、修正と補完を加え、可能性と道筋を絞り、より真実に近づけるよう研磨する。


 『加速』した思考が脳細胞を半田付けのように焼いていく。どれだけ思考を回しても、辿り着けない。大切で致命的な何かが欠けている――それは女王が探しているモノと良く似ていると直感が告げる。


 不意に、女王と目が合う。


 顔を歪ませるクロを、不安げに見つめる瞳の色は、到底敵対者に向ける感情ではない。見知らぬ街で迷った子供が、出会った大人に助ける求める時の表情だ。


「――――分かった」


 その表情に、クロは静かに応える。


「お前は、俺と一緒に来い」

「…………え?」

「少し時間は掛かるかもしれないが、一緒に目的を探してやる」


 唐突なクロの提案に、言うまでもなく女王は動揺を強め、若干の不安を残したまま表情は次々と塗り替わる。


「だから、投降しろ。悪い扱いはしない」


 忙しく表情を変える少女を眺める趣味も余裕もないクロは、手早く宣告を済ます。


「…………本当に?」

「本当だ。俺は嘘を吐かないし、実行出来ないことは口にしない主義だ」


 嘘とは、己を見繕う為の方便である。他者により良く見られたい。自分の失態を晒したくない。そういった心理が苦し紛れに捻り出す虚構に過ぎない。


 シロ以外の評価に意味がないクロにとって、そういった情動とは無縁である。そして入念な観察と聡明さが嘘が齎す危険性を徹底的に示している以上、クロに嘘を吐く理由もないのだ。それが相手に伝わるかは、また別問題であるが……。


「…………分からないの」


 自信満々に言い放ったクロに対し、女王は自信無さ気にぼそりと呟く。


「貴方の提案はとても魅力的なの……。心の底から受け入れたい気持ちが溢れているのだけど、頭の中では……、無理なの。抗えないの……」


 緩やかに、けれども高度は着実に下がり始める。


「何が、分からない?」

「分からないの。無理なの。ダメなの。抗えないの。あら、あらが、ああ、あああああああああああああああああ!!!」


 ウイルスに侵されたコンピューターのように歪な悲鳴をあげ、それに合わせて体が小刻みに震える。小さな粒を密集させた複眼の瞳が絶えず動き、小さな口に生え揃った歯は噛み合わずにカチカチと音を立てる。


 悲鳴は徐々に呻き声に移り変わり――――消える。


「――――おい、おい!!」


 クロは伸ばした右手で必死に女王の頬を叩き、呼びかけるが反応はない。女王の翅は呻き声と共に消え、脱力した体は強張ったクロの体を巻き込んで落下する。


 目は覚ましそうになく、このまま地面にシミを作ることは確定事項と化した……が、最初ほどの高度はない。このまま落ちて、この身に訪れるモノの割合は、死と大怪我の半々で済む。体勢を整えて、致命傷にならない場所から落下したなら大丈夫な筈だ。


「またシロにドヤされるな……」


 クロは我が身に訪れるシロの罵声と心配を心待ちとしつつ、それより先に振り掛かる激痛に対する心構えの一環として、地表の確認をする。


 地表の確認をし――――そして絶句する。



 そこには元三峰が立ち、二人の到来を心待ちしていた。



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