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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第一章:彼と彼女らの馴れ初め
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Ⅵ-15


 クロの指示を受けた之江はすぐさま地面に手を伸ばし、砂利を一掴みして無造作に放り投げ『点火』を発動させる。砂利は校庭に散らばった灰色と赤色、そして点在する肌色を余さず巻き込み、盛大に燃え上がらせる。『点火』の炎は残骸に次々と燃え移り、燃やし尽くし、消えていく。異臭や熱気が立ち込めるのは一瞬――『魔法権利』によって生み出された炎と共に残さず霧散していった。


 今や校庭は黒一色に染まり、その素が何かなど、もはや分からない有様であった。


 その黒炭を踏みしめながら、四人と背負われたシロは校庭を進んでいく。


「この辺りでいい」と、先頭を行くクロが立ち止まる。一定の距離を保ったままピタリと付いてくる女王もまた、クロに合わせて歩みを止めた。


 クロにとってのルール無用の殺し合いとは異種族同士の、それも存亡を賭けた殺し合いにのみ適用される。今回の相手である女王は――少なくとも女王だけは同種族であり、之江が生け捕りを望んでのこともある。本質は殺し合いであることに違いはないが、人類対AFの戦い――今までの殺し合いにおける問答無用さはなく、両者の思惑が織り成し醸し出す雰囲気は、まるで正々堂々とした決闘前であった。


 ジッと、一定距離を保ったままに睨み合いが続く。


 誰も何も口にしない。それが開戦の合図になる可能性があるからだ。


「一体何なの……」


 だが、その沈黙は女王によって破られる。


「貴方たちは何なの……、どうして私の邪魔をするの……?」


 問われた一行は、その問い掛けの不可解さに眉を顰める。邪魔という言葉を用いて女王は非難したが、クロたちにしてみれば当然の権利を行使しているだけであり、騒動の大元である女王に非難される謂れはない。


 だが、敢てクロはそれを大声で主張しない。


「俺たちが何の邪魔をした?」


 クロは冷静に返しながらも、シロを再び七隈に渡して下がっているようにと指示する。女王の人物像が読めない以上、突然逆上して襲い掛かって来ても不思議ではない。クロが卓越した身体能力を持っているとはいえ、流石に人ひとり抱えて戦うことは出来ない。ならば銃しか戦闘手段を持たない七隈シロをに託し、クロ自身は戦った方がいい。無防備なシロの安全を考えるなら余計に手元には置いておけないのだ。


 故にクロと之江、ケイジの三人は相手の気を引く必要がある。そして気を引いた後の為にケイジと之江はゆっくりと左右に移動する。


「化け物と雑魚と鶏がら女相手に本気になんなよ、之江」

「確かにケイジの言う通り……、僕たちの前に姿を見せただけでもう十分。その無謀と勇気を讃えて額に大きな花丸を贈呈してあげてもいいよ」

「逃げ出したいなら早く消えろ。今なら特別に見逃してやる」


 三人は(こぞ)って挑発と『挑発』を口にする。当然三人は見逃すつもりなど更々ない。ただ虎の子である『挑発』の効き目を良くする為に――クロ以外の挑発に意味があるかは別だが――心にもない罵声を、好き放題浴びせたのだ。



「それよ、それ! その口調にその言葉! 頭が割れそうになるの、やめてよ!」



 ケイジと之江の挑発は兎も角、クロの『挑発』は予想よりずっと、女王に効いていた。頭痛によって本格的に変調をきたした女王は、僅かな痙攣が悪化し嘔吐を始める。それを吐瀉”物”と表現していいのか分からない程、女王の口から物が出てこない。食事を取っていないのか、時折胃液のような物が垂れるだけであった。


 だがクロは敵の不調にほくそ笑みなどせず、ただ『挑発』の効き方が妙である点だけを訝しむ。当然であるが今クロが女王に向けた『挑発』には、相手の体調を掻き乱す効能など備えていない。


 そして不審に思ったのはクロだけではない。


 ケイジと之江も目を細め、興味深く女王を見つめている。


「どういうことだと思う、クロ……? 効きすぎて妙なことになってんぞ」


 散弾銃を肩に担ぎ、ケイジは気安く口に出す。女王の揺れ方がこちらの望んだ結果と違う。三人は、相手に仕掛けさせるつもりで挑発を行ったのだ。それが失敗したからと言って隠す必要性は薄いが、敢て相手に聞こえる声で話す必要もない。……そもそもこちらが交わす言葉を、相手が理解出来るとは到底思えなかったのだ。相手は未知の言語を手繰る戦士にAFと化した元人間、そして頭痛に喘ぐ痩せた少女――誰の目から見ても、情報を元に戦法を変える相手だとは思わないだろう。


 それを察してかは分からないが、クロと之江もケイジに続く。


「分からん……が、見当は付く」

「効いたってよりは、効きが悪いんじゃないかな? もしくは――――」


 之江は女王が苦しむ様子を前に、率直な感想でもある推測を述べる。


「拒絶反応が出てる、とか……?」


 女王が顔を上げ、腕で無造作に口元を拭う。頭痛が治まったのか、その瞳には敵意がありありと浮かんで見えた。確かに女王の苦しみ方は尋常ではなく、それを与えた『魔法権利』を持つクロは、敵意を向けるに値する存在である。


 故に女王の敵意はよく理解出来る。だが、――――


「あの長耳が、何故ああもやる気なんだ?」


 笹葉耳の少女――サザンの様子がどうも落ち着かない。クロたちの会話に細かに、けれど小さな反応を見せ、最終的にクロの言葉を耳にした途端――目が据わった。今は細剣を握り女王の前に立っている。


 いつでもクロに斬りかかれるように――――と。


 クロはサザンの後ろに控える女王と三峰を一瞥する。女王は敵意を向け、三峰もそれに中てられてはいたが、動く気配はない。ケイジと之江も武器を手に警戒を解かず、当初の予定を順守する気でいる。まだ外堀を埋める余裕はありそうだとクロは現状を認識する。


 そして何食わぬ顔で、明らかにずれた話題を之江に振る。


「ところで之江は、英語を使って流暢な会話が出来るか?」

「えっと……、藪から棒に何の話……?」


 当然之江は困惑する。あまりに飛んだ問い掛けにクロの頭を心配するが、疑いを端に除け律儀に答える。


「『円熟』がある今ならペラペラだよ。……一週間前、『円熟』を手に入れる前なら、何を喋ってるかを辛うじて分かるくらいかな」

「そうだ。座学重視で身に付く言語学習は、精々その程度だ」


 十分な回答を之江から引き出せ、クロは満足そうに頷く。


 そして次の矛先は、ケイジに向く。


「ケイジさん、未知の言語を既知の言語に変換する際に必要なモノは何だ?」

「必要なって一口に言うが……、かなりあるぞ」


 そう言うとケイジは黙り、頭の中で答えを纏める。そして数秒も経たずにリストを読み上げるように、スラスラと紡ぎ出す。


「まずは優秀な言語学者が最低でも半ダース――色々な視点が必要だから、これは多ければ多い方がいい。次に未知の言語を自由自在に扱う協力者だ。これも人数が多いに越したことはないし、理解力が高ければ更に捗るが……――――おい、ちょっと待てよ!」


 問われた通りに知識を披露し、様々な事象を客観的に組み合わせたことにより、ケイジはクロが塗り上げたジグゾーパズルのピースの主要部分を嵌めることに成功した。


 言語学者の有無は知る由もないが、マンション焼失事件の推測が本当なら協力者は百人近く存在する筈だ。そして相手方が百人だけを連れ去ったとは考え難い。書籍や辞書――そういった知識の塊を持ち去られた可能性は十分にある。寧ろそうでなければ”拉致だけ”の証拠隠滅として火を放つ意味は薄い。


「頭が痛くなるな……、ああ、くそっ!」


 ケイジは地表を覆う黒炭を蹴り上げ、散弾銃をポンピング――弾頭を装填する。


「つまりあっちの子は、私たちの会話をしっかりと理解して、喋れるのに全く喋れない振りをしてるの!?」

「前半は多分イエスで、後半は不明だぜ!」

「ああ、喋ると聞き取るは別物だ。しかしほんの僅かでも意思疎通が出来なければ、彼女がここにいる意味は薄れていく。女王のお目付け役だとしても、敵方の斥候だとしても、状況を分析して持ち帰るのに最低限の意思疎通は必要だ」


 三人の刺すような視線がサザンに集まる。気付けば女王も冷めた目でその背中を見つめている。そして何も言わない代わりに、サザンに近寄り、そっと背中を押す。


 突然の出来事にサザンは驚き振り返るが、またも女王は無言のまま顎で示す。


 ――――お前が先陣を切れ、と。


 ゾッとする無機質な瞳に刺され、サザンの足は一歩二歩と前に進み――、次第に駆け足へと変わる。女王からのぞんざいな扱いに不平一つ漏らさず、無表情を張り付けたまま、予め指示されたかのように躊躇いなく特攻を仕掛ける。


 そして十秒と掛けずにクロとの距離を詰め、細剣を振り翳す。


 対してクロはホルスターから<アプレーター>を抜き、腰を落として待つ。


 だがその剣先が望み通りに進むことは、やはりない。


「――――ァッ!!」


 サザンの手が武器ごと撃ち抜かれ、聞き取れない言葉で悲痛の叫びが木霊する。しかし驚いたのは一瞬――『分裂』によって死を回避したサザンは、射線から逃れる為にクロを盾にしようと側面部に回り込む。冷静に、何度も身に受けた銃弾から逃れようと考えた末の行動であった。


 事前に伝えられサザンの『魔法権利』の粗方を知っていたクロは、身近に飛び込んできた彼女を歯牙にも掛けない。『加速』と『分裂』の相性は、恐ろしく良い。之江がそうしたように、『加速』を持つクロがサザンを封殺することは容易い。反応速度を『加速』させ、新しい彼女が現れるごとに殺していけばいいだけだ。


 それでも無視するのは、サザンの回復力の高さが厄介だと聞いていたからだ。どれだけ殺しても死なない相手――超回復を行う相手は、相性が良かったとしても、手を焼くのは必死だった。


 先陣を切る少女は最後に回すべきで――故に、クロは相手を無視する。


 サザンは既に、『影打』の影響下に収まっていた。


 サザンの腕を撃ち抜いた之江は「そっちは任せたから!」とケイジに向けて叫び、残りの二人――特に元三峰を注視する。シロが目を覚ますか、クロが女王を処理を終えてサザンの対処に移りケイジの手が空くまで、元三峰は確実に抑えなければならなかった。


 混戦は、絶対に避けなければならない。


 三峰もサザンも女王も、入り乱れた戦いに非常に有用な『魔法権利』を備えている。


 三峰の『拡散』は、無類の攻撃性能と防御性能を誇る。触れただけで致命傷が確定し、銃弾程度の攻撃は容易に防がれる。更にそれをAFの身体能力で行う相手だ。混戦において、これ以上恐ろしい存在はいない。


 逆にサザンの『分裂』は死を回避する『魔法権利』――今まで異質な継戦能力を披露してきた。それ単体での対処は、所詮刃物を振り回す女の子に毛が生えた程度で、それほど難しくはない。けれど混戦においては違う。サザンが死なないことを知っている三峰は、当然サザンがいても容赦なく攻撃を繰り出す。対峙した時の難易度が跳ね上がる。


 最後に女王――どの程度の能力を秘めているのかは分からないが、飛行可能な四枚の翅は、それだけで立派な武器になる。俯瞰から戦況を眺めることも、一撃離脱にも使えるのだ。その気になれば、ひとっ飛びでクロの喉元を締めることも出来る。


 対するクロたちの混戦における脆弱さは、改めて見るまでもない。


 クロには天敵の三峰がいて、之江とケイジの主要武器は銃――射線に仲間がいる状況では散弾銃や威力の高い銃は誤射を恐れ使えない。更に言うなら、銃弾が十分に機能する相手もいない。


「シロがいなければダメダメだね、僕たち……」


 故に敵を分断し、可能な相手から各個撃破――不可能なら遅延戦闘に徹する。


 既にケイジはサザンを捉えている。後はクロと之江がどちらかを始末するか、目を覚ましたシロが加勢して終わりだ。


 簡単に組み上げたシナリオ――楽観的な妄想に近いが、無事に一歩目は踏み込んだ。


 そして、一歩目で止まる。


 シナリオなど用意するだけ無駄なのだ――と嘲笑うかの如く、誰もが足踏みをした。


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