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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第一章:彼と彼女らの馴れ初め
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Ⅱ-2



 合図の銃声から一分と数秒――秒針が二周するより前に、片は付いた。



 クロは手を振りグローブに滴るAFの体液を落とす。それに合わせて目の下から線が一本、スッと消え去る。


「なんだこれ……何が起こった……」

「俺たちは夢でも見てんのか?」

「いや、でも……おぇっ……」


 クロとシロ、特にクロの戦闘後の光景は凄惨であった。飛び散る元人間の残骸と、引き裂かれたのAFの破片。肌色と鉛色、そして血液の赤色が緑の森を斑に染めていた。


 シロの『閃光』は相手の数など物ともせずに焼き払った。闇夜を裂く電灯のように、AFを宿した彼らはシロの前では無力であった。寄せ付けず、焦げ付いた死体に目も向けない。


 クロは逆に、AFを宿した彼らに近づき、一人ひとり、確実に処理していった。繰り出される抵抗を躱し、僅かな反撃を封じ込め、腹部や喉――AFが潜伏している箇所を、素手で裂く。そこから醜悪な蛸のように触手をうねらせるAFを取り出し、地面に放ってトドメを刺す。その方法で死体の山を築いていた。



 銃声を聞きつけ最初に遭遇した二人が戻ってきたのは、戦闘終了とほぼ同時であった。


「うわっ、なんだこれ!」

「どういう状況ですか、説明してください!」


 居残った隊員たちと違い比較的冷静ではあったが、それでも眉を顰めずにはいられなかった。一方は肉片と斑模様、もう一方は焦げて崩れた謎の物体――何よりそしてそれらに囲まれた男女は、自分たちが通した大学生だったからだ。



 呆然と立ち尽くす数を減らした隊員たちと怪しげな二人、そして周囲に広がる斑模様に点在する人体の破片らしきものから、強引に一つの可能性を組み上げる。


「そこを動くな! 両手を上げろ!」


 咄嗟に一人が――検問でフレンドリーじゃない方が拳銃を構えてクロに狙いを付け、視線でシロを牽制する。


 ここの検問が対テロリストの名目で張られていることから、あらぬ誤解を生んだのだ。常識的に考えれば、素手の二人がこの惨状を作り上げたとは思わない。ただ眼前に広がる惨状は、常識が定めた境界の、遥か先にしか存在しない惨状だった。


「もう一人はどこに行った? 後部座席に座っていた男だ!」


 二人が武器らしきモノを持っていないのならば当然もう一人の男を疑う。


「……ケイジさん何処行った?」

「私たちの背後にいた筈よ、前向いてたから、多分だけど」


 二人は後頭部に両手を添えたまま、道路の方へと寄っていく。銃はまだ、クロに向けられたままである。


「おい、動くなと――――」

「馬鹿っ、刺激するな!」


 呆然としていた隊員の一人が、シロが癇に障りそうなことを叫ぶ。


「刺激――……?」


 案の定、癇に障ったらしい。見なくても蟀谷をひくつかせている姿を想像出来て、実際に想像の通りになっていたのであろう。流石にまずいと思った隊員の一人が、手遅れ気味ではあるが止めに入る。ちぐはぐながら必死に事情を説明しようとした甲斐もあって、半信半疑の隊員二人も疑から信の方へと徐々に傾き始め、いつの間にか銃口もクロから外されていた。


 しかしその努力は、ケイジの帰還と共に一瞬で無駄となった。


「……ん、どうしたみんな固まって」


 何事もなく森の中から現れたケイジに驚いたのでなく、彼の右腕が連れていたモノに驚いたのである。


「AFの注意がそっちに向いてる隙に、ちょっとな」


 ケイジの足元には、逃げようとして森に引きずり込まれた若い一人の隊員が転がっていた。目立った外傷もなく、簡単に意識は失った為に寄生も後回しにされたらしい。


「もう一人は見つからなかった。悪いな、中途半端で」

「い、いや十分だ!」


 呆然とする遅れてやってきた二人の隊員を置き去りに、他の隊員たちは各々感謝の言葉を口にしながら行動に移る。当然、クロとシロも置き去りにされたままだ。


 ケイジは救出した隊員を引き渡し、伸びをしながらこちらに合流する。


「いやー、人助けって気持ちがいいな」


 呑気な感想に二人は溜息で応える。その反応に不満があったのか、ケイジは腕を組み口をへの字に曲げている。


「……てっきり、命を粗末にしないで! とか泣き叫んでシロ辺りに頬を殴られると期待して……いや、覚悟してたんだが、そーいう熱い展開はなしか?」

「なしだな」

「そもそも私じゃケイジの頬まで手が届かないし」


 器用に声真似をするケイジを二人があしらう。


「それに戻ってこなかったら置いていくつもりだったし」

「地獄までの片道ドライブ予定だからな」

「それは怖いな、一応探してくれよ友達なら」


 まるで数分前の出来事を忘れたかのように和気藹々とする三人に、すっかりと平静を取り戻した隊員たちが近づいてくる。一部は依然として瞳に恐怖を残していたが、どうやら自分たちに割り当てられていた恐怖は消え失せたらしい。


 隊員たちは口々に先ほどの出来事について尋ねていった。当然、こちらの素性についても。


 殺到する質問に言葉を詰まらせるクロとシロの代わりに、ケイジが一歩前に出る。


「俺は民警だ、名前は橙堂慶爾。一応一年前まではあんたらの同僚だった。こっちの二人は本当に学生だぜ。美人の方がシロ、不愛想な方がクロ。見ての通り少し変わってはいるが、他は俺たちと変わらない筈だ」


「俺たちと――」の部分で多くが首を捻るも口には出さない。ケイジは自分とその他大勢を一緒くたに扱ったが、その他大勢に化け物がいるかもしれない森に単独で乗り込める程の胆力はない。


「こちらの素性は兎も角、貴方たちは一度ここを放棄して撤退した方がいい。本隊に合流するか駐屯地へ戻って、そこで改めて現状を尋ねてからの方が犠牲が少なくて済む」

「いま私たちが来た道を戻れば、AFには遭遇しない筈よ。もし遭遇しても距離を取って銃で撃てば殺せるから。あ、でも死体には近づかないで極力焼くようにして」


 シロはバラバラにされた死体を指さして「そしたら、あんな風にはならないから」と口にする。隊員たちの唾をのむ音が聞こえる。ここの隊員たちもAFは噂程度で知っていたが、ケイジと同じくが作り話の類だと思っていた。しかし本物だと知ってしまった現在、誰も部外者のクロが提示した撤退に異を唱えなかった。それほどにAFが与えた嫌悪感は大きかったのだ。


 ただ一人、元軍属のケイジだけは「軍紀はどうなってんだ」と苦い顔をしていた。


「こちらは撤収するとして、君たちはどうするんだ?」


 撤収作業を他に任せた一人が尋ね、クロは黙って姉弟が歩いてきた方角を指さす。その口数のなさと迷いのない指先に気圧され、隊員はそれ以上何も言えずに作業へと戻っていった。


「クロは友達が少ない」


 まるでコミュニケーションを取る気がない振る舞いに、シロは思わず嘆息する。


「いないじゃなくて、少ないなのか?」

「ゼロか一以上かで言うと、ほらギリギリ……」


 ひそひそと失礼な会話に勤しむシロとケイジを無視して、クロは車に乗り込む。


「大丈夫だ、クロ。俺たちが友達でいてやる」

「わーっ、私も兄妹兼友達兼その他諸々でいいからさ!」


 二人は置いて行かれたら大変だと慌てて駆け寄り、弁明っぽい戯言を叫びながら車に乗り込んでくる。シロは颯爽とドアを閉め助手席のシートに体を沈めていたが、ケイジはそうではなかった。


「ケイジさん、どうし――……」


 クロが振り向いて尋ねてみると、そこには嫌なモノを見てしまった時の顔をしたケイジがいた。そしてクロの視線に気づき、何が嫌なのかを指さして教える。


 指の先には、こちらに向かってくる隊員がいた。さっき銃を構えていた奴だ。


 小銃と装備一式を背負っている。ケイジは後部座席から「出せ出せ早く出せ」と囁いていたが、幸か不幸かエンジンを掛ける前に追いつかれてしまった。


「自分は三峰兵長です。そちらに同行してもよろしいでしょうか?」

「ダメだ!」


 ケイジが即答したが、一応双方に理由を尋ねることにした。


 三峰は車のナンバーを本部に伝えた結果、最低誰か一人は付いて定時連絡をするように指令を受けたらしい。しかし野営地に残った隊員は誰一人として行きたがらなかったから自分が志願し同行することになったとのことだった。


「なるほど」

「ダメでしょうか?」

「ダメだ!」


 またしてもクロより先にケイジが即断する。


「何が悲しくて男二人で後部座席に!」


 そんな理由で……と、三峰は唖然とする。ただケイジの援護射撃は、全く別方向から飛んできた。


「私はどっちでもいいんだけどさ、三峰……だっけ。付いてきたら死んじゃうかもしれないよ。私もクロも対AFに万全って訳じゃないから、見捨てるべき時には躊躇いなく見捨てると思う。……仮に無理したら助かる状況だとしても、無理したらいけない状況なら容赦なく切り捨てる」


 シロの言葉と真紅の瞳が、間の抜けた三峰の顔を射抜く。


「もしそんな状況になったら私はクロしか助けないし、クロもきっと私を助ける為にしか無理をしない。ケイジも、そんな選択を不公平だなんて恨む可能性があるなら降りて。あの人たちと一緒に、来た道を戻って」


 シロから事前に通知された不公平に対しケイジは何も言わないし、車から降りようともしない。


「最低限自分の身を守れる自信があるのなら乗って、クロがアクセルを踏む前にね」



 三峰は黙々と作業を進める同僚たちと、車の中で自分を見定める三人を見比べ、ほんの一瞬の逡巡を経て車のドアに手を掛けた。



これからは水土日の更新予定

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