Ⅵ-14
三峰の背中から這い出たのは、鉛色の体の随所に赤色――火傷痕のような模様を散りばめた外見のAFであった。その体躯は三峰より一回り小さく、熊のように筋骨隆々とした従来の成長型AFと異なり、体躯自体はより人間に近く、それが成長型に移行してすぐからなのか、それとも『魔法権利』を持つ三峰がAFとなり、特別な存在と化したからなのか……どちらなのかは分からない。
だが、禍々しい存在に違いはなかった。
「肌色が無くなったのは良い。幾分か、やり易い」
そんな三峰の変容を前にして尚、クロは淡々としている。恐怖を煽る色彩など取るに足らない――とまでは言わないが、元仲間の容姿をした敵を攻撃するよりは、遥かに抵抗が少なくて済むのである。
「一先ず、校庭まで退いた方がいい。見通しが悪い場所で三峰の相手はしたくない」
「索敵が通じないもんね、あいつには」
撤退の提案に異論を唱える者はおらず、颯爽と移動を開始する。先行するのは散弾銃を構えたケイジ、その後ろにシロを背負ったクロと短機関銃を受け取った七隈、殿には二挺の『魔法の銃』を抜いた之江が就く。
追撃に合うことはない。相手方は……いや、女王は自分たちと戦う意図はないのではないのかと疑う程に、戦力の振り分け方も戦い方も淡泊で適当に思えた。
それ以上に不可解なのは、三峰の体内からAFが這い出る最中の表情――――
とても、悲しそうな顔をしていた。
取り返しのつかない光景を眼前に、やるせない思いを募らせる人間の表情だった。
之江はほんの少しだけ逡巡し、「お願いがあるんだけど……」と足を速めてクロの背中に追いつく。そして軽快に呼吸を弾ませながら、”お願い”を口にする。
「絶対にあの子を……、女王を殺さないで」
その真剣な声色にクロは一瞬考え込み、合間の一切を省き本命に切り込む。
「知り合いなのか?」
「死んだ筈の知り合いに似てただけ――――でも、多分……」
之江は言葉を濁しながらも頷く。クロは「そうか」と答え、それきり黙ってしまった。
不意に生まれた奇妙な沈黙は、先行し校庭に足を踏み入れたケイジが破る。
「興味深いな。二人で何の話をしてんだ?」
ケイジの足は校庭に踏み入ってすぐに止まっている。それより先は、クロに蹂躙されたAFたちが崩れ落ち、点在する肌色を除きほぼ赤と灰に染め上げられていた。息絶えた鉛色のAFから赤色と肌色が染み出す原理は、実に単純明快――喰った人間を消化し切れていないのだ。
千人超を収容していた避難所だ――好き勝手に貪り尽したに違いない。
ケイジは神経が図太いことを誇ってはいたが、この血の池には踏み込めなかった。
そんなケイジの躊躇いを一顧だにせず、この惨状を作り上げたクロが平然と答える。
「女王についてだ。奴は、之江の知人の可能性がある」
「ほう」
ケイジは目を細め相槌を打つ。既に背後の残骸など気にも留めず、今はただ之江だけを見据えている。
「それじゃやはり、女王はこっちの世界の人間――という認識で良いのか?」
「多分だよ。僕が三年前に住んでいたマンションのご近所さんに似てたってだけ」
ケイジの声のトーンが人知れずに落ちていく。
「何故そう思った……、根拠はあるのか?」
「死んだ筈なのに、死体が出てきてないからだよ。僕の家族だって、全員死体がないまま葬式を済ませた。そうなのが当然だと思ってたけど……」
「詳細を話してくれ」
ケイジとは別のベクトルに沈んでいく之江に、クロが促す。だが応答は、之江ではなく七隈から届いた。
「三年前って……、まさか、あのマンション全焼事件ですか?」
之江は無言で首肯する。世俗に疎いクロと三年前に日本にいなかったケイジは、ただ黙るしかなかった。
「事件なのか事故なのかは僕には分からない。出火原因は不明。だけどマンションが燃えて、崩れて、大勢死んだのは確かだよ。二百人近く住民がいて、瓦礫の撤去が終わっても遺体が半分も出てこないんだもん。事件と言われても仕方なくはあるね」
自身の家族がそこに含まれているにも拘らず、之江は淡々と世間の評価を口にする。
「なるほど、確かに……」
ケイジは之江の言葉を受け、黙り俯いたまま考え事を始める。当初の目標は元凶――もしくはそれに関連する者の確保だ。だが元凶の最有力候補であった笹葉耳の少女は言葉が通じない。尋問に必要な未知の言語の解読は、現状では不可能に近かった。技術的な意味ではなく、きっと精神的な余裕が足りずに徒に時間を浪費して終わることは想像し易い。
クロもまた迷っていた。失った家族を迷わず口にした之江に対して、クロは何か慰めの言葉を掛けるべきか悩み、自身が口下手であることを思い出し静かにその口を閉じる。状況を整理して考えてみれば、今の之江に慰みの言葉を投げ掛けるなど、見当違いも甚だしかった。
之江にとって女王とは、死別した家族に会える可能性を孕んだ存在なのだ。
喜びこそすれど、悲しむ道理はない。
だが、之江のどこか釈然としない部分から湧き出した様々な感情は混ざり合い、結果として表情には薄い翳りが表れていた。之江の心中は、之江本人にしか分からない――他人が深く踏み込むべきことではないと理解はしていた。
「之江、何か思うところがあるのか?」
だが、踏み込まない理由もない。これまで無骨な率直さを体現してきたクロを知り、それでも無神経だと詰る者は殆どいない。嫌な顔をする相手もいるにはいるが、クロがシロ以外の評価を重要視していない以上、相手の表情は大した意味を持たないのだ。
「うん、ちょっとね」と、之江は嫌な顔一つせずに答える。寧ろ胸に渦巻く靄を、誰かに話すことで振り払いたいといった期待すら見て取れる。
「僕、凄いことに気付いちゃったんだ! 紅緒ちゃんが……、あの女王が僕の知ってる相手だとしたらさ……、つまり火事で死んでなかったってことでしょ?」
「そうなるな」
「だとしたら、他の人たちも――僕の家族も含めて百人近くが、まだ生きてる可能性だってあるんだよ!」
興奮を隠さず、叫ぶように言葉を紡ぐ之江――平静を取り払ったその姿に、七隈やケイジまでもが目を見張る。
「父さんも母さんも兄さんも、全員が無事に生きてて! 生きてて、生きてて……、あの子と同じように……、僕たちの敵に……、敵になる可能性があるなんて……」
之江の双眸からは涙が止めどなく流れる。だが両手は拳銃に塞がれ、拭うことは出来ない。上を向いて堪えようとするが、涙は溢れ頬を伝う。そして上を向いたことにより、頭二つ分大きい他の三人に泣き顔を晒してしまう。
一方で男たちの反応は三者三様であった。
七隈は一回り小さな少女の涙に義憤を覚え奥歯を噛みしめ、ケイジはまたも思慮に耽っている。そしてクロは、珍しく無表情を取り払い、代わりに苦りきった表情を張り付けていた。
「すまない、之江。迂闊なことを訊いてしまった」と、クロは背負ったシロを右腕のみで器用に抱え、空いた左腕でヘルメットを被った之江の頭を抱き寄せる。之江は数秒だけクロの好意に甘え、ハッと我に返って慌てて飛び退く。
「クロ、ひどいよ」
そう一言呟いて、之江は仕方なく左手の白の拳銃をホルスターに収める。
「クロ、ボクの弱みに付け込むなんてサイテーダヨ」
思案を終えたケイジが、之江の声真似をする。
ケイジにどのように反論しようか悩んだその一瞬、背中のシロが倍近く重くなる。クロは慌てて首を向けるが、シロは相変わらず寝息を立てたままであり、気付けば重さも戻っている。
首を傾げるクロに、之江は誤解を招かないよう弁明を加える。
「ひどいのはクロの服だよ、そんなに汚れてるのに……」
左手で額と鼻頭、そして頬に付着した汚れと涙をゴシゴシと拭う。
「ボク、クロに汚されちゃったヨ」
「……頼むからやめてくれ、ケイジさん」
クロは苦い顔をそのままに溜息を吐く。之江はその遣り取りが琴線に触れたのか、微かな笑いを零す。クロは心の中でケイジに礼を言った。もしあの場にケイジがいなければ、雰囲気が和らぐ所か深く沈んでいったに違いないからだ。
だが、折角和んだ雰囲気は刹那に張り詰める。
「来たか……」と、ケイジが呟く。こちらに近づいてくる人影を捉えたのだ。
先頭を進む女王とその少し後ろに付き従うサザン――サザンは細剣を抜いてはいるが、女王は飛ぶどころか『魔法権利』を発動してすらいない。サザンの表情はクロと同じように凍り付き、ピクリとも動かない。女王は不満を余すことなく顔に浮かべてはいるが、叫び出す気配などはなく、鬱々と内側に溜め込んでいるようであった。
「……待てよ、おい、俺の見間違いか?」
「大丈夫だよ、ケイジ。僕も多分……、同じことで驚いているから」
そして更に後ろに位置する場所にいる三峰は――――
「之江、後ろの死骸を全て焼いてくれ」
三峰はAFに成り変わってから、二回りも大きくなっていた。
「今すぐに頼む」
その手には肌色が――人間の破片が握られ、口元は真っ赤に染まっていた。
るろけん後編見てきました
師匠との遣り取りがちょっと冗長でしたが
vs志々雄の殺陣が凄くて帳消しでした
十本刀とか知らない




