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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第一章:彼と彼女らの馴れ初め
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Ⅵ-13


 三峰は、どうやら戦線に戻るつもりらしい――と溢れるような殺気が、それを教えてくれる。その姿をぼんやり眺める之江の肩をケイジが叩き、意識を現実に引き戻す。


「見てみろよ、アレを」


 ケイジが促す先には女王が――之江たちどころかサザンすら無視して飛び回っていた。

之江は眉根を寄せ、「……眼中にないんだね」と吐き捨てるように呟く。女王は三峰が無事だったことを喜び動き回り、負傷した三峰が心配で見守る為にあの高度から動かなかったのだ、と之江は薄々ながら察してしまった。


 そんな推察を行ってしまった自分に辟易しつつ、そんな推察をさせた女王が――理由は分からないが、敵である以上に癪に障る存在となっていた。


 之江は苛立ちを隠しながら空になった『魔法の銃』の弾倉に弾丸を詰めていく。九発目を入れ終えた所で、ベルトポーチから予備の弾丸がなくなったことに気付く。之江は中に弾丸が残ってないと知りながらも、ジャラジャラとコインを指で弄りながら考える。


 どうやったらクロなしで奴らを出し抜けるか――ただ、それだけを。


「でも三峰が出てきたお蔭で、ちょっと糸口は掴めたかな」


 僅かな可能性――それを逃さない為に、霧散させないように、少しでも実感出来るように、之江は敢て口にする。


「……糸口? なんのだ」と食い付いてきたケイジに、之江は一連の推測を伝える。今の戦力では女王に勝てないこと。逃げる余裕もないこと。三峰の登場で女王の興味が完全に移ったこと。――――そして、女王の興味が移った理由の推察。


「確かに。……だが、女王は本当に三峰を守るのか?」

「分からない。ただ、成功しても失敗しても、間違いなく女王は僕たちに向かってくる。違いがあるとするなら、三峰が生き残るか残らないか――それだけかな」


 もし三峰と女王が、クロとシロのような関係を築いているなら――互いが身を呈すほどの深い絆を育んでいるのなら、その処理は一気に簡単な部類に落ち着く。


 手負いの三峰を生かさず殺さず、こちらが主導権を握りながらじっくりと嬲ればいいのだ。そうすれば女王は三峰を庇い、庇うことで自身も傷ついていく……筈だ。


 当然、それに必要な条件は幾つかある。


 一つは三峰が『拡散』を存分に使えない、今のように負傷で衰弱した状態であること。ここを違えると三峰は自分の身を自分で守ってしまい、結果女王の行動を制限出来ずに、無駄弾と労力を必要以上に使った結果、窮地が待っている。


 そして何より前提条件として必須なのが、女王が三峰を助けるような関係であること。


これは敵である女王本人しか分からないこと――前提として組み込むには、あまりに不確定で危うい条件である。ただ、こちらの陣営に有利に働く不確定要素が幾つか存在するのは事実であり、それらを引き合いに出し始めたらキリがない――堂々巡りに惑わされて決断を渋る程度の器しか持たない人間は、どうせ良い結果など掴めはしないのだ。


 深刻な顔をした七隈が、一回り下の少女に向けて不安を吐き出す。


「一旦退くのは……?」

「ここまで来たら、逃げるなんて選択肢は残ってないよ。……と言うより、上を抑えられている以上、逃げる場所は残ってない――の方が正しいかな」


 所詮自分たちは木の陰に隠れているに過ぎず、その木々の周囲は開けて見晴らしが良い。そして一方は女王の真下を通り校舎に繋がる道が――犠牲を覚悟するならば、校舎という女王の目を封じる絶好の隠れ場所に続いている。だがその茨の道を選んだとしても、一時凌ぎに必要な代償としてはあまりにも破格で、正直なところ釣り合わないのだ。


 だから、戦う。僅かな突破口が残されている内に。


「七隈、その長方形のヤツ、僕に貸して」


 之江は白の拳銃をホルスターから引き抜き、空の右手にと七隈の肩から下げられた短機関銃を所望する。シロの体一つに持て余していた七隈は、之江の申し出に二つ返事で答えた。


 之江は短機関銃の弾倉を取り外して、指でなぞるようにして残弾を確認する。


 そして意を決して顔を上げ、


「じゃ、僕は行ってくるよ。もしもの時の合流地点は――――」


 と、自分の襲撃失敗まで想定して言葉を紡ぐ。


「――――外の車、だろ? ヤバくなったらシロを叩き起こすから、こっちは心配せずに思い切りやってこい」



 攻撃を受けた女王たちの注意や敵意は、相手が余程捻くれていない限り、ほぼ間違いなく之江に集まる。「任せて」と之江は答えながら、枯葉を踏まないように歩き、発散する気配を抑え、空気と同化して進む。


 進む――といってもそれほど離れている訳ではなく、ほんの十数歩横に移動しただけであった。之江は慣れた手つきで初めて触れた短機関銃を構え、照星で簡単に狙いを付ける。相変わらず女王は無邪気に飛び回り、三峰の視線は元之江のいた場所――現ケイジと七隈がいる場所に釘付けになっていた。


 二人の立ち位置に、変化はない。


(好都合、かな……)


 既に移動する必要もなく、体を動かす必要もない――引き金に掛けた指以外は。


 左腕をホルスターに入った白の拳銃に添え、之江は右腕の先にある短機関銃――まるで一体化したかのように手に馴染むそれの引き金を絞る。概算で百メートル弱――音より早い弾丸は、狙った先に届くのに一秒も要しない。


 之江が今立っている位置は、一言で表すのなら絶妙であった。


 僅かな腕の動きで狙った先――三峰と女王のどちらにも弾丸をばら撒け、尚且つこちらの姿は幾重にも重なった葉によって隠されている。当然身を隠したところで撃ってしまえば元も子もないが、撃つまで相手に悟られないのが大切なのである。


 だが撃ち始めさえすれば、女王の卓越した動体視力や反応速度など意味を成さない。


 之江は短機関銃を握ったまま、左手で白の拳銃を抜き相手の出方を待つ。


 大きな動きがないことを確認し、――――引き金を引く。


 案の定、撃った直後――弾丸が届くより先に女王の顔が動き、その視線が迷いなく之江を捉える。そして女王の脇を通り過ぎた弾丸は、女王の妨害に合うことなく標的を穿つ。


「――――わっ!」


 女王が驚愕の声を上げる。いくら優れた動体視力で弾丸を追えたとしても、反応速度は空気を裂きながら進む弾丸に及びはしないのだ。但し及ばないのは不意打ちに近いからであり、弾道が暴かれた状態では対応されてしまう――之江は、そこまで過剰に女王を評価していた。


 故に之江は、最も成功率の高い方法を選ぶ。


 着弾を確認した之江は、焦らずに『点火』を発動させずに待ち、三峰に狙いを定め短機関銃の銃弾をばら撒く。当然、女王が反応することを前提にして。


 之江は多くの人間が誤差と判断する程度の間を置いて、左手の『魔法の銃』――白地にに黒字で『TRUST ME!』と刻み込まれた拳銃から、再び弾丸を吐き出させる。狙いは三峰の足元、三階と四階の合間――第一射が穴を開けた、まさにその場所であり、指に力を籠めると同時に先行し壁に潜行した弾丸を『点火』で燃え上がらせる。唐突に現れた炎は壁に大きな亀裂を生み出した。短機関銃の弾丸と炎に埋もれて、本命の弾丸は滞りなく亀裂の入った壁に突き刺さり――――


「…………やった!」


 その床ごと壁を突き崩し、その破片と共に三峰の体を外に放り出した。


「まだ、やれてない」


 突然背後から聞こえた声で、之江は達成感から現実に引き戻される。


 女王は之江の放った弾丸を目で追っていたにも拘らず、それを無視した。ただ単純に反応出来なかったのか、今の状況を予期して無視したのかは定かでないが、結果として女王は今、足場を崩され重力に引かれて落下する三峰を追っている。瓦礫が多少の邪魔をするとはいえ、掬い上げるまで二秒と掛からないことは明白であった。


 之江は慌てて銃口をずらすが、それより早く風切音が耳元を通り抜け、曇天を裂く程の一撃が女王と三峰の合間に突き刺さる。


 投擲――銃弾とは違う何かを桁外れの動体視力で捉えてしまった女王は、慌てて進路を変える。我が身に迫る鉄パイプのような何か――その速度も質量も所持者も、とても手に負える範囲を超えていると理解してしまったのだ。


 間一髪で投擲の軌道から逃れはしたが、そこで女王はとある失策に気付いてしまう。


 三峰を失えば奴に勝てない――なのに、避けてしまった。奴の圧力に中てられ、屈してしまった!


 またも慌てて進路を変えた女王は、三峰が地表に衝突する寸前で助け出すために全力で翅を震わせ、墜落予定地目指す。女王の進路と飛行速度は、三峰を拾い上げる為に必要な条件をギリギリで満たしていた。


 間に合ったら困る――故に、背後の人物は之江の腰に手を伸ばし、


「少し借りるぞ」


 と短く告げ、之江のホルスターから黒の拳銃を抜き取り、之江に劣らない程の慣れた手付きと速さで前に突き出す。


 その銃口は、之江が使っていた時とは比べ物にならない速さで弾丸を捻り出した。


 『加速』を付与され速度を調節された三発の弾丸は、女王の少し先――予想進路に躊躇いなく飛んでいき、その軌道を追うこともせず之江は「クロ!」と顔の横で伸ばされた太い腕の持ち主の名を叫ぶ――だがクロは険しい顔のままピクリとも反応しない。


 クロの鳶色の瞳は、緩むことなく女王と三峰、弾丸の行く末を見守っている。


 当然ではあるが、見守るほどの距離もなければ、時間も掛からない。命中までコンマ数秒、反応出来るか出来ないか――仮に出来たとしても避けるか、それとも無視して突っ込み三峰を助けるか。その二択を女王に叩き付けた。悩む時間は、一切与えずに。


 しかし常識的に考え得る二択を投げ捨て、女王は本能で窮地を乗り切る。


 女王は直進を止めなかった。正確には、速度を維持したまま直進し、細い体の捻るだけで華麗に弾丸を躱したのだ。


 クロは今一度狙いを定め、引き金を引こうと力を籠め、やめる。


 無駄弾になると悟り、――――何より撃つ必要がなくなってしまった。


 元々吐き出された弾丸は単3サイズの乾電池より細い。外殻を纏った筋骨隆々といった風体のAFなら兎も角、痩せ細った少女――それも滞空から急加速まで遣って退ける相手に、約百メートルの距離を置いたまま撃ったとしても当たる筈がないのだ。たとえ当たる弾道であっても、最低限の動作で避けられるに違いない。


 しかしながら、それは杞憂に終わった。


「いい気味だな、女王め」


 嘲りと怒りを隠そうともしないクロが、之江のホルスターに黒の拳銃を戻す。


「残念だ。……きっと殺すより、生け捕りの方が簡単だ」


 心底残念そうに、楽しそうにクロは呟く。その冷たい瞳が映すのは、顔を青くして滞空する女王ただ一人である。


 三峰は、地面のシミになった。体を捻った分だけ、女王は間に合わなかったのだ。


 一連がクロの思惑通りに進んだ。……なのに、その姿はどこか不安定である。


「クロ、大丈夫……?」


 と之江は耐え切れずに声を掛ける。


「大丈夫ではない」と平時と少しも変わらない声色で返答が届く。確かにクロの姿はとても大丈夫とは思えない。全身にAFの返り血を浴び、防刃性能を持つ頑丈なコートは所々裂かれて、クロ自身もかなりの出血を強いられたことは明白であった。別れる前と比べると、心なしか顔色が悪い気もする。


「シロの無事が確認出来ていない。正直、気が気でない」


 続けざまに出てきた言葉を聞き、之江は間抜け面を晒してしまう。呆れ声を必死に飲み込み、之江は気休めであり事実を聞かせる。


「シロは無事だよ。…………意識が戻らないだけで」

「意識不明を無事とは言わない」


 冷静な反論に何も言い返せず、之江はムッとする。


 シロの状態は、確かにクロが言うように意識不明である。だが縄が掛けられた首に骨折はなく、他に目立った外傷もない。呼吸も顔色も体温も安定している。まるで眠っているかのような状況に――眠っているようであるからこそ、之江に心当たりが生まれたのだ。


 シロが使った『魔法権利』、その反動なのではないか――と。


 その『魔法権利』は、シロから固く口止めを約束された代物――クロに話す訳にはいかない。約束云々以前に、クロ関連でシロを怒らせると恐ろしいことになる。そんな予感を之江はヒシヒシと汲み取っていたのだ。


「だが今はそれでいい。シロが生きていれば、それだけで十分だ」


 之江の奥底に芽生えた恐怖を知らずにではあるが、クロは早々に終わらせる。


 そんな状況報告にも似た他愛ない会話を途切れ途切れに続けながらも、二人の視線は決して遊んではおらず、確りと女王を捉えていた。


 女王は今もまだ三峰のシミの真上付近に留まっている。


 もし逃げるのならば、『円熟』によって熟練のガンファイターとなった之江が追撃を浴びせる。向かってくるのならば、速度と筋力共に勝るクロが迎え撃つ。下手に動いて重大なミスを犯すより、相手を先に動かして的確な処置を取ろうという腹積もりなのである。


 その前段階としての待機時間――――次第に雲行きが怪しくなってくる。


「あいつは、本命の方の標的か……?」


 三峰の死体を見下ろす女王の元に、何処からともなく現れたサザンが集う。それに釣られるように動いたケイジたちもまた、クロと之江との合流を果たす。但し誰一人合流の喜びを口にすることなく、ジッと眼前の光景を見守る。


 宙を舞う女王と地に立つサザン、そのすぐ傍には三峰の躯――その中で不意にサザンが細剣を抜き、その尖端を三峰に突き立てる。死者への冒涜的な行為に見えたが、そんな陳腐な感想は即座に投げ捨てざるを得なかった。


 剣を刺された瞬間、三峰の躯が――――跳ねたのだ!


 それだけならば反射の類とも十分に考えることが出来た。だが三峰の体から抜き取られた細剣の先端は、綺麗さっぱり失われていた。


「冗談、だよね……? 四階から落ちたんだよ」


 全てを見ていた之江が、驚愕の声を漏らす。だが他の三人は、之江ほど驚いてはいなかった。クロとケイジは経験によって、七隈は状況を掴めていない為に、平静を保つことが出来ていたのだ。


「想定の範囲内だ」と、クロは淡々と口にする。


 一般的な人間が四階の高さから飛び降りたら、死ぬ。それは抗いようのない事実であり、変えようのない道理である。


 人間の道理に従って、三峰の肉体は死んだのだ。


 だが、AFは違う。人間を凌駕した強靭な生命力は、自由落下程度では失われはしない。人間の肉体という緩衝材があれば、尚のことである。


 三峰は呆気なく死体に戻り、三峰を食い荒らしたAFが満を持して姿を現す。


 誰に触れられることもなく三峰の躯は小刻みに動き、クロの想定通りにその背を割りながらAFが現実へを現れようとしていた。


 死者への冒涜とは――、人類への挑戦とは――、死に誘う深淵とは――


 まさに、この光景であった。



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