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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第一章:彼と彼女らの馴れ初め
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Ⅵ-12



 シロを抱え直した之江は、早急にその場を離れようとする。校庭と校舎の間に立ち並ぶ樹木の数々が邪魔で見えないが、クロがその先にいるのは確かなのだ。だが急いでいるとはいえ、頭上への警戒は怠らない。女王は索敵に反応しない――AFを宿していないことは確かだが、それ以上のことは分からない。あの翅が元からのモノなのか、『魔法権利』による後天的なモノなのか……。


 そして知人の面影を残した顔が他人の空似なのか……断定は、まだ出来ない。


 シロの意識はまだ戻らない。之江はその重みを鬱陶しく感じながらも、放棄する気にはなれなかった。手放すのは、恐らくクロと合流してからだと確信していた。


「うわああああああああああああ!!」


 絶叫が、頭上で響く。「七隈の声、まさか――!」と上を向いた之江の目には、ケイジに抱えられた七隈とサザンが窓から飛び降りる姿――正気と状況を疑いたくなる光景が映った。ただ、三人は物理法則に従って落下せず、『影打ち』の助けを得て各階に止まるエレベーターのような慎重さで地表に降り立った。サザンは図書室のカーテンで手を後ろで縛られ、猿轡をかまされている。


「クロと合流してヅラかるぞ!」


 見事な手際で逃走と標的の確保を成し遂げたケイジは、傍に放り出され息を荒げる七隈とは真逆に、平然を保ちながら言ってのける。思わず足が止まった之江も、その言葉に促されて走り出す。だが一つだけ、腑に落ちないことがあった。


「三峰と女王はどうしたの!?」

「ああ、三峰は之江のお蔭で楽だったぞ。機関銃でぶん殴ったら吹っ飛んで動かなくなっちまった。多分死んでないが……、もう長くはないだろうな」


 ケイジは走りながら答える。シロの『閃光』を浴び、之江の『点火』で焼かれて尚、三峰の死は確認出来ていない。その恐るべき生命力で、必ずもう一度、自分たちの前に立ち塞がるだろう。そう、之江は覚悟した。


「女王は、見てないぜ! 多分まだ上に――――」


 ケイジは視界を少しだけ上にずらし、女王が未だに空を飛んでいることを教える。ボロ服と青白い不健康な肌、脱色した白いくせ毛と透き通る四枚の翅――鉛色の空はそんな女王の姿を容易に隠してしまう。


 だからこそ、奇襲を躱せないのは必然であった。。


 長弓から放たれた矢の如く急降下してきた女王は、フックのような軌道でサザン共々ケイジの左肩を抉り取る。サザンの細身は腹部から真っ二つになり消え、ケイジは噴き出す鮮血と溢れる激痛を噛みしめて堪える。


「――――この、野郎ッ!」


 ケイジは一撃離脱する女王に『影打』を飛ばすが、悠々と射程外に逃げられてしまう。そして十分に距離と高さを確保した女王は、一行を見下ろしていた。


「私は野郎じゃないの」


 三対一で有利な戦況の筈が、ものの数秒で追い込まれてしまう。女王に裂かれたサザンは『分裂』により拘束を抜けて復活し早速細剣を構えて対峙し、女王は安全圏から何時でも仕掛けて来れる姿勢を崩さない。その反面一行はシロに続きケイジまでも負傷し、戦えるのは二人――その内権利者は之江一人という苦境に立たされてしまう。


「シロをお願い」と、之江は七隈にぐったりと意識の戻らないシロを手渡し、代わりに二挺の『魔法の銃』をホルスターから抜く。だが嬉々として使っていたこの二挺が、今はどれだけの威力を発揮するのか之江は不安でならなかった。


 細剣を構えるサザンは弾丸では殺せない。無駄弾をばら撒き終わる可能性も十分にあり得る。滞空する女王は一度、AFの外殻を打ち砕く弾丸を弾き返している。この距離どころか至近距離でも致命傷は望めそうにない。


 いや、それ以前に弾丸が――亜光速の弾丸が避けられる可能性もある。


 之江は女王を間近で見ている。女王の異質さとは、背中に生えた滑空から滞空まで(こな)す四枚の翅、遠目では分からない不気味な複眼のような瞳、AFより堅牢な皮膚――分かるだけでもこれだけあり、もう一人の少女の笹穂耳とは違い、十中八九『魔法権利』によって得た特徴だと推察していた。


 昆虫と人間を混ぜ合わせた合成獣のような少女――之江とケイジは彼女の身体能力の片鱗を垣間見ている。二人だけでは、とても手に負えそうにない相手だった。


「せめてクロがいれば……」


 思わず之江が口にする。相手が出来るのは、『加速』と卓越した身体能力を持つクロしかいない。いないのだが――……。


「……そういえば、何故クロは来ないんだ?」とケイジが訝しむ。三人は近くに寄り、相手を牽制しながらその理由を推察する。


「まさか死んだの……?」と之江が言えば、「ついさっき叫び声は聞こえたぞ」とケイジが答える。


「AFに足止めされてる可能性は?」と七隈が挙げれば、「AFの気配はないよ」と之江が辺りを探る。


「……ひょっとしてシロが死んだと思って戦意喪失してるのか」とケイジが顔を青くするが、「之江ちゃんと一緒に飛び降りる所を見てる筈ですよ」と七隈が否定する。


 どれだけ考えても答えは出ず、出たとしても現状が変わるかと言うと、その答えは否である。


 クロが来ない以上、睨み合いをどれだけ続けても最終的には叩かれてしまう。之江はぐっと歯噛みする。正面に立つ笹穂耳の少女は兎も角、頭上を抑える女王には……と之江が顔を上げると、そこには滞空したまま顔を動かす女王がいた。


「まさか、女王もクロを見失ってる……?」


 圧倒的な優位を得ながらも一向に仕掛けて来ない女王――その理由が姿を隠した難敵への警戒であるならば十分に納得がいく。直接的な助力を期待できなくても、その存在は之江たちの助けとなっていたのかもしれない。


 だからといって之江たちが動けば、女王はそれを見逃す道理などなく、追撃を仕掛けるに違いなかった。


 どうしたものかと悩む一行に、思いがけない場所から声が届く。


「クロの……、臭いがする」


 その一言を発したのは、七隈の背中に抱えられたシロだった。未だに目覚めることはなく、その一言は寝言であった。当てにするには危険であり――けれど背中を押すには足りていた。


 之江はケイジと七隈に目配せし、小さく伝える。


「二人とも、僕が合図したら校庭に向けて走って」


 合図として用いる黒白二挺の『魔法の銃』――之江はそれを握る両手に力を籠める。最大の妨げとなる女王は好都合なことに顔を忙しく動かし地上を注視せず、もう一人は距離を詰められさえしなければ脅威ではない。ケイジと七隈も既に準備を終え、いつでも動ける状態を整えていた。


 之江は今一度女王に視線を向け、手に籠めた力を抜く。


「僕なら出来る……僕なら出来る……」と緊張を解すと共に小さく自分に言い聞かせる。その気配を感じ取ったサザンは身構えるが、女王は気にも留めない。視線は相変わらずに四階の図書室とクロがいる筈の校庭周辺を巡回し、時折之江たちに向けられる程度でしかなかった。


”舐められている”とネガティブに考えるより、”チャンスを与えられている”と考える方が幾分か心持が軽くなる。活かさなければならないという圧力よりも、活かす機会が与えられた現実に喜びを覚える。それが、紫条之江という少女であり、全てにケチがついたあの日から、そうやって生きてきたのだ。


 そうでもしないと生きていけなかったし、今もまた、生き残るために銃を構える。


 自然に動いた利き腕――そこに握られた黒の拳銃から撃ち出された弾丸は、身構えていた筈のサザンに反応する間も与えず、彼女の体を吹き飛ばす。すぐさまサザンの『分裂』によって復活するも――、百発百中、有無を言わせず撃ち抜かれる。


 銃弾を避けるという行為は、相手の狙いが逸れることや相手が撃つ前に反応して弾道から逃げることを前提にした博打に近い行為だ。だが『円熟』によって技能を底上げされた之江は、百発百中の銃撃と反応する隙を与えない早撃ちを両立させ、必殺を実現させていた。


 逃げるケイジと七隈に背を向け、立ち止まり撃ち続ける之江は、既に五回もサザンを撃ち殺していた。サザンの『分裂』は疑似的な不死を体現していたが、結局はそれ止まりである。その特性は近接戦闘では無類の強さを誇るが、それを行使する本体が未成熟なのも相成って強化型として十分な身体能力を保持出来ていない。それ故に、たった十数メートルの距離を強引に詰めることも弾丸を避けることも叶わないのだ。


 つまり之江にとって、サザンとは射撃場の人型の的同然である。サザンと的に違いがあるとするならば、少し動く点と各部に丸印と点数が記されていない点、その程度であった。


 初遭遇から今現在、サザンは幾度となく殺され――その都度に『分裂』する『魔法権利』で死を回避してきた。そして殺してきた側の之江たちは、漠然とであるが『分裂』する『魔法権利』の法則性を掴み始めていた。


 一つ、『分裂』前と『分裂』後の意識のリンクには一秒にも満たないが、ラグが存在する。緊迫した状況では気付けないが、今のように距離を取っていれば嫌でも分かってしまう。例えば彼女が『分裂』した直後――、ほんの一瞬だけ目が泳ぐ。それが何を意味しているかは泳いだ先を追えば一目瞭然であり、この僅かなラグこそが、サザンが射的の的となっている最大の原因でもあった。


 一つ、『分裂』は相当の疲労を蓄積させる。一回殺され、一回『分裂』した直後のサザンの動きは目に見えて鈍る時があるのだ。しかしそれを隠した体捌きから、シロの『閃光』やクロの『加速』などと同様に、かなり使い込んでいる『魔法権利』だと推測出来る。そして当然権利の特性上、年若い彼女の体は『分裂』に曝され順応し、強化系であることと相成って強靭な回復力を身に付けているに違いなかった。それは僅か数秒で彼女に穿った多くの銃弾が齎す影響――回復の間を与えない攻撃により鈍った動きが、間接的に疲労の蓄積を証明していた。


 之江は左手で白の拳銃を握ったまま、器用に黒の拳銃の弾倉を取り出してベルトポーチに突っ込み、次の弾倉を装填する。そして引き金には触れず、顔だけを上下に――女王とサザンに向けて動かす。


「味方がやられてるのに、動かない? 薄情なのか冷静なのか……、分からないね」


 立ち向かうことを諦め遮蔽物を目指すサザンを無視し、之江は女王から目を離さずに後退を始める。ケイジと七隈は木々を抜け校庭に到達していい頃合いだった。追手の一人を潰し、もう一人は動く気配がない。逃げるには今こそが最善のタイミングである。寧ろケイジたちとこれ以上離されたら、今度は之江に追いつく余裕がなくなってしまう。


(あまり、考えたくはないんだけど――――)


 之江はゆっくりと移動しながら、更なる想定を組み上げていく。


(――――もし本当に、クロがいなかった場合!)


 冷静に戦力を分析する。残された弾薬とケイジの負った怪我、気を失ったシロの復帰に掛かるまでの時間――そこにクロの不在を前提に組み込んだだけで、結論はただ一つの簡潔なモノに収束してしまっている。


 正攻法では、まず勝てない。空を抑えられている現状、絶対に逃げられない!


 木々に紛れた之江は、先行しているケイジの背中を捉える。どうやら女王の目から逃れる為に、効果は薄いと分かっているにも拘わらずに留まっているらしかった。ただ、一定時間女王の行動を追っていた之江は、それが意味ないこと――女王の興味がこの近辺にも向けられていた事実を認知していた。


 ケイジと七隈の後を追った之江は、慎重に音を立てずに合流する。ケイジの肩の傷口は既に乾いていたものの、顔色は血を失った分だけ青白くなっている。未だにシロの意識は戻っておらず、機関銃を校舎内に棄ててきたケイジは七隈の散弾銃を握っている。


 七隈と違いケイジは余裕を纏い、追い込まれ始めている現状を歯牙にも掛けていないようだった。


「ねえ、ケイジ」

「…………んあ?」


 不意に之江の思考に、新たな可能性が生まれる。


「ひょっとして、まだ切札があったりするの? シロみたいに、さ」


 僅かな期待を込めて、之江は口にする。だが、――――


「いや、俺にはないぞ」


 ケイジはあっさりと期待を切り捨てる。之江は落胆を隠しながらも、頭を抱える。そんな之江の悩みを露にも知らず、ケイジは淡々と現状に必要な処置を口にする。


「女王はクロに任せろ。俺たちは標的の長耳だけで――――」

「待って。クロがいたら悩んでないんだって」


 自分の言葉遮った之江に、ケイジはキョトンとする。


「いや、クロはいるぞ」


 之江が何を言っているのか分からない――そんな口調である。


「それより、ほら」


 そんなことを喋るより先にやることがあるぞ――と言わんばかりに指を差す。木々の隙間から見える人影に、之江は戦慄する。そこにいたのは半身を『閃光』と『点火』によって炙られ、焼け爛らせ、虫の息の筈の相手――――三峰だった。


「…………そんな、そんな!」


 傷だらけの体を朝日に晒してジッと見下ろすその瞳には、鮮明な敵意が宿っていた。





イン・ザ・ヒーロー見ました

脳内よりずっと動き回ってて驚きました

普通に面白かったですオヌヌメ

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