Ⅵ-10
校舎の四階――その天井の裏は屋上になっている。
屋上には三峰――『拡散』を使う元仲間がいる。
そして今、頭上には穴が開いた。上と下は、繋がってしまった。
敵が、やってくる。
「大丈夫だよッ!」
サザンに注意を引かれた三人と違い、天井を注視していた之江は迷いなく与えられた役割を果たす。
ガァンッ! ガァンッッ!!! と穴から飛び降りた人影が全貌を晒す前に、黒の拳銃がその人影を穿つ。一発目は右大腿部を骨ごともぎ取り、二発目は重力に引かれる人影の左胸部を抉り取った。
圧倒的な火力と弾速を前には、三峰の『拡散』は何の意味も持たない。
「シロ、逃げて!」
そう思っていたのは、三人だけである。客観的かつ十分に距離を取って現状を見つめていた之江だけは違った。
「そいつは――――、三峰じゃない!!」
重力に従って全貌を現したのは、普通の人間……いや、普通の元人間であった。腕を胸の前で組み何かを包むようにしていた彼の首から上は、之江の的確な三発目で確認する間もなく弾き飛ばされ屋上に戻っていく。
最悪の展開、防ぐことの出来ない攻撃――こちらの行動を読み切った相手の安定行動の結果が、あの落ちてくる元人間だった。
元人間は、手榴弾を抱えてやってきた。
銃弾ではどうにもならない相手が、天井から降ってきた。
ケイジと七隈はその姿と目的と知るや否や踵を返している。だが、シロは――――
間に合わない!
シロは近すぎた。少なくとも之江たちには、打つ手がなかった。
そして爆炎が、学生の為に用意された筈の廊下に広がっていった。
「シロ……! シロォォッ!!」
衝撃をやり過ごした之江は、無我夢中に爆心地に駆け寄っていった。抉られた床や飛び散る肉片を気にすることもなく、並び立つ二つの人影に向かって銃を向けた。
「三峰ェェッ! お前は――――!!」
手榴弾で露払いを済ませた三峰は、悠々と満足気にその成果を眺めていた。隣にはシロの捕えていた少女が悔しげな表情で辺りを眺めていた。
之江の黒の拳銃――シロから授かった『魔法の銃』が、敵討ちとばかりに残弾を吐き出していく。三峰は咄嗟に体を捩るが、三発が捩った後の体に吸い込まれ――無惨に散っていった。しかし『拡散』を使って弾丸を散らしても、命中部位には血が滲んでいる。たとえ砂場の砂サイズに『拡散』されたとしても、音速を遥かに超える弾速が『拡散』によって和らいだとしても、ダメージはゼロじゃない。
しかし三峰は撃たれたにも拘らず、まるで透明人間のように之江を無視し、サザンにある一点を指差し示す。指された先は近くの教室で、吹き飛んだ扉からは図書室のような数人掛けの大きな机が幾つも並んでいるのが見える。
「シロさんは、あそこにいますよ」と之江にではなく、サザンに告げる。
三峰とサザンはシロが生きていることを知っていた。三峰は気配によって、サザンは自身の『魔法権利』を利用されたことによって。
サザンは歯噛みしながら、数秒前を思い出す。
シロは、サザンを盾にした。
手榴弾を胸に抱え落ちてくる男に対し、シロはサザンを抱えたまま身近な教室に向かって走り出した。サザンは間に合わなかった時の保険――華奢な体では、衝撃の全てを防ぎ切ることは適わない。だが薄い肉の盾と特製ジャケットならば、たとえ間に合わなくても衝撃を和らげることや破片を受けることは出来ると踏んでの行動だった。
結果としてシロの教室に向けた逃走は間に合い、サザンという即席の盾と合わせて、ほぼ無傷で乗り切った。
判断速度、集中力、そして幸運――それらを使って即席のアクションスターとなったシロが、焦げ付いた扉の向こうで三峰の指を睨んでいた。煤けた頬と髪をそのままに、大きく開かれた瞳は炯々と赤い輝きを宿し、見た者を委縮させる圧力を発していた。
「シロッ!?」
シロの無事を確認した之江が思わず歓声を上げ、それに被さるように銃声が轟く。三峰は差し出した腕を懐に突っ込んで正門前でも使った拳銃を取り出し、表情を変えずにシロに向けてぶっ放したのだ。
だが弾丸はシュルシュルと剥かれ、運動エネルギーと共に半ばで消滅した。
「之江とケイジとクマさん、今から使う『魔法権利』は、……クロには内緒よ?」
シロは図書室の中央に立ったまま、三人に告げる。
「もし漏らしたら、殺すから」
たっぷりと溢れ出る威圧感により、三人は頷きを強要される。整った顔に、凶悪な笑みが浮かぶ。シロの印象が反転する表情――クロの前では決して見せない表情だった。
「……シロ、キレてるの?」
「分からねぇ。あんなシロ、俺も初めて見るぞ」
クロの隣に立つシロの姿しか知らないケイジは驚きの声を漏らすが、今はシロの豹変に気を取られている場合ではない。
今この場に立つ敵は二人――その両方が、シロをジッと見据えているのだ。
ケイジも之江も七隈も、まるで眼中に入れていない。
敵に値するのは唯一シロだけである、と彼らの態度が暗に示していた。
「二人がかりでもいい。相手になってあげるから、早く来なさい」
そしてシロもまた、自分一人で十分だと言わんばかりに挑発する。
「特にミツ。……人間の内に、人間として殺してあげてもいいのよ?」
シロの一言に、三峰と三峰の中に入り込んだAFが反応する。三峰に寄生したAFはシロを恐れて暴れ、AFに寄生され一体化した筈の三峰はシロの慈悲に震える。苦痛と歓喜を織り交ぜた複雑な表情を顔に張り付けた三峰は、一歩を踏み出して図書室に立ち、シロと同じ空間を共有する。
握った拳銃を放り投げ、カラカラと音を立てて床を滑る。その滑りが壁に当たって止まり、静寂が訪れるとすぐに三峰は尋ねる。
「……いいんですか?」
「ダメなら初めから言わないでしょ」
一歩二歩と、三峰はゆっくり前に進んでいく。あと数歩――シロとの距離がそこまで近づいたその時、三峰の足がピタリと止まる。
(アハハ、ミツって死にたいの?)
女王の声が、体内のAFを経由して聞こえてくる。
(死って残酷なの。体が空っぽになる感覚……、どんなに追いつめられても、死は安易な逃げ道にはならないの)
齢十六の少女が、どのように女王となって、どのようにAFをばら撒いたのか――その仔細を知らされていた三峰にとって、女王の言葉は生々しく痛々しく、そしてより切実なモノに違いなかった。
(嫌よ、私。ミツに死んで欲しくないの)
孤独な女王は、初めて得た仲間を失いたくないと漏らす。サザンは、厳密に言えば仲間ではない。協力者や監視役、報告係――実利的な役割を担って遠くて近い異世界にまでやってきている。
「俺も、本当は死にたくない。しかし……」
感情と意思が激しく渦を巻き、三峰の心を乱していく。だが、シロは違った。
「しかし……は、ないのよ。残念ながらね」
三峰のちぐはぐな思考を切り捨てて、覆らない決定事項を一方的に伝える。
「私はミツを殺さなければならないの。クロの為に」
そこで初めて、三峰は気付く。凶悪な笑みを浮かべたシロの表情――自分たちと車で移動していた時分には、決して覗かせもしなかった表情のままだという事実に。
「クロとミツじゃ、相性が悪すぎるのよ。勝てないとは言わないけど、大怪我で取り返しがつかなくなってからだと遅いでしょ? だから――」
唖然と聞き入る三峰や之江たちを無視して、シロはうっとりと口にする。
「私がここで、殺しておくの」
有無を言わせぬシロの理屈と物言いに、味方である筈の之江たちまで震え上がり、声を出せなくなった。
凶悪な笑みを浮かべて立ち竦むシロに対し、最初に刃を向けたのは三峰ではない。
三峰の背後から飛び出したサザンが、細剣を構えて直線的にシロに突っ込んでいく。
「貴方は後でもいいのよ? 弱いし、クロの見せ場にもなるし」
『閃光』で光剣を作り出したことにより、シロの目の下に一本の線――『魔法権利』発現の証が浮かび上がる。だが、発現したのは『閃光』だけではない。
「――――ッ!」
急な体調の変化により焦ったサザンが、細剣を振るう。剣先は十分に届く距離ではあるが、その剣筋は異常に鈍い。まるで水中で剣を振っているかと思う程に、サザンの動きは精細を欠いていた。
そんな状態のサザンの首を、シロは躊躇いなく刎ねる。
細剣での防御は何の意味もなく、『魔法権利』のお蔭で即座に二人目が現れる。
「あと何回殺せば限界が来るのか、気になるね!」
シロは二人目が動き始めるより早くに袈裟切りにする。肩からバッサリと焼き切られた少女は悲鳴を上げる隙も与えられずに倒れ、三人目にリレーする。
少し離れた場所に現れた三人目の少女は、その段階で息を荒げて立つことも儘なら無い状況であった。それでも立ち上がろうと木製の大きな机に手を掛けるが、あっさりと崩れ落ちてしまう。
崩れ落ちたのは、サザンだけではない。
木製の大きな机もまた、大した力が加えられていないにも拘らず崩れ落ちたのだ。
「そろそろかしら……ねえ?」
床に口づけをしたサザンの背中に、余裕の表情を崩さずに歩み寄ったシロの容赦ない追撃が刺さる。三人目も僅か数秒で消されたサザンは、焦りと疲労を隠そうともせずに四人目を作り出す。
窓際に現れた四人目のサザンは、滝のような汗を流しながら窓枠に縋り立つ。
サザンの『分裂』――擦り減った体力と精神状態で、その打ち止めは近かった。
対するシロの限界は――――…………
ルーシー見てきました
中弛みもなく、個人的に今年見た映画では上位でした
スカーレットヨハンソン可愛い




