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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第一章:彼と彼女らの馴れ初め
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Ⅵ-8



 もし振り向くのが一秒でも遅かったなら、ケイジの首は床を跳ねていた。


 だが間一髪で気付いたケイジは横薙ぎの爪を『影打』で押し止め、少女を抱えたまま攻撃をしゃがんで躱す。


「――――三峰の『拡散』か、くそっ!」


 ぽっかりと虫食いのような空洞を幾つも抱えた天井を恨めし気に見つめ、仕掛けてきたAFの足を払い右肩で体当たりを喰らわせる。二メートル程度の成長型AFは大きく後退って尻餅を付き、それを押し退けるように新たに三体の成長型AFが向かってくる。


 ケイジは咄嗟に床に置かれた『M240機関銃』に目をやり、口惜しそうに視線を逸らす。少女を担ぐ為に置いた機関銃――AFを粉々にする為に持って来た暴力装置を、拾って使う時間的余裕は残されていなかった。


 少女を背負った左半身と空手の右半身――数秒後に押し寄せるAFの撃退など、どう考えても無理であった。


 それでも応戦しなければならないとケイジが拳を握ると同時に、ガァンッ! と先頭のAFが側面から銃撃を浴びる。そしてポンピング音の直後に到来した二発目により、壁に叩き付けられ動かなくなる。


 散弾銃を構えた七隈は注意を引くことを承知で、背を向けたAFに三発目を放つ。


「ギシャアアアアアアアアアア!」


 だが散弾の殆どは外殻に弾かれ、AFは七隈に目もくれずにケイジに直進する。七隈は必死に狙いを付けるが、散弾がケイジに当たるのを恐れて短機関銃に持ち替え、背を向けたAFの膝裏に掃射を加えた。貫通に特化させた弾丸が筋肉を穿ち勢いは衰えるが、それでもAFは止まらない。


 しかし、ケイジにとっては十分であった。


「上出来だぜ、七隈伍長!」


 ケイジは空いた右手で拳銃を取り出す。二体に数を減らしてはいるが、成長型の持つ強固な外殻は衰えた訳ではなく、当然ただの拳銃では効果は薄い。だがケイジを裂こうと振り上げた腕――その関節部分は、外殻で覆われていない。


 パン、パンパン――『影打』で固定し、そこに撃ち込む。


 撃ち抜かれた右腕は宙を舞い、バランスを崩したAFは勢いをそのままケイジに覆い被さろうとする。ケイジは敢てそれを避けずに『影打』で固定し、一歩二歩と下がり距離を取る。大きく弧を描いて振り下ろされたAFの左腕は空を切り、その反動に耐え切れずにAFは大きな音を立てて倒れ込む。


 その後ろから現れる影を軽快し――背中に掛かった重量が消えたことに気付く。


 顔のすぐ横を何かが掠め、ハッと反射的に振り返る。階段方面を警戒していた筈の之江が逃げるかのように走っている。その背後には銃を持った元隊員と成長型AFが数体が迫り、そして万全の状態に戻った少女が銃火と階段に向かって疾走していた。


 ケイジは自身に迫る最後のAFのことなど忘れ、少女の後姿を目で追っていた。


 降り注ぐ銃弾の雨を無視し、すれ違いざまに繰り出された之江の銃弾も甘んじて受け止め、少女は息を切らせながら階段の先へと消えていく。


 釣り上げた魚が針を外して逃げた時のような虚脱感がケイジを包み、之江の拳銃が発した咆哮がそれを振り払う。


「ケイジ、七隈、走って走って!」


 片手間でAFの頭部を撃ち飛ばした之江が、呆然とするケイジの腕を掴み、かなりの重量がある筈の『M240機関銃』を拾い上げ手近な教室に飛び込む。少し遅れてシロと七隈、――そして敵が放つ銃弾が教室に飛び込んできた。


 職員用の教室の、生徒用より丈夫なスチール机を幾つか引っ繰り返して飛び込んでくる銃弾をやり過ごす。書類が飛び散り床を白く染めるが、そんなことに構ってはいられない。扉を挟んでの銃撃戦――こちらから撃ち返しているのは之江だけだが――その合間にケイジは敵の周到さに歯噛みする。


「ああ、くそっ! 逃げられちまった!」


 ケイジは弾帯を装着し、苛立ちをぶち撒ける為に銃撃戦に参加する。距離を詰めようと接近する成長型AFが砕け散り、銃撃を続ける元隊員たちが障害物ごと撃ち抜かれる。その段違いの威力と速射性能により、相手の攻勢から始まった銃撃戦は僅か数秒で収束してしまった。


 静まり返った室内――その机や椅子の中で無事な物を選び、一行は腰を下ろす。


「それにしても、『拡散』で天井に穴開けられるのは全く想定してなかったぜ」

「やっぱり先に三峰を殺らないと、安心して制圧も出来ないよ!」


 ケイジが残弾を確認しながら愚痴を零し、之江がマガジンに弾薬を詰めながらそれに答える。白の拳銃――『TRUST ME!』のガソリン入りマガジンを取り出し、通常弾のマガジンにに取り換える之江。その一部始終を見守っていたケイジは、目を擦りながら尋ねる。


「なあ、之江。俺の見間違いだったら悪いんだが……」


 自信なさげに切り出すケイジの態度に、之江は困惑しつつ続きを促す。


「そのマガジン、妙に大きな弾が入らなかったか……?」


 ケイジが目にしたのは、之江が七隈が持っている弾薬箱から幾つか取り出し、装填している姿であった。そして弾薬箱の中身は機関銃用の弾薬であり、之江の持つ二挺の拳銃には噛み合わない代物である。一般的な拳銃弾の全長は30ミリ前後。対して之江が装填していった弾薬の全長は70ミリ――全長が倍以上の弾薬が入る筈ないのだ、常識的に考えて。


「『魔法の銃』だから当然よ。幾つもの『魔法権利』が付与された銃――だから『魔法の銃』」


 ケイジの疑問に対し、シロが之江と七隈にした説明を繰り返す。


「その弾薬が入ったのは『収納』の『魔法権利』が作用したからで、他にも『加速』『再構築』、ええと『改造』『圧縮』『再現』『保全』とか色々なのを付与して作った至高の品……、製作に参加した権利者が『魔法権利』を惜しげなく注ぎ込んだ最高傑作よ」


 ケイジは挙げられた『魔法権利』を指折り数え、驚き顔でシロを見る。


「『加速』ってことは、クロも参加してんのか……」

「……『圧縮』の権利者が所謂武器職人なんだけど、そのおじさんがクロの『加速』を見て閃いちゃったのよ。――これでやっと『魔法の銃』が作れるって」


 シロはムスッと「長期の休みごとにドイツに呼び出されて大変だったのよ」と付け加えて歩き出し、教室から出る。


「シロの『閃光』は入ってないの?」


 之江が手にした拳銃を横目に、その背中を追う。


 付与とは、その名の通り『魔法権利』を物体に定着させる技能である。定着させること自体は特別な行為ではなく、コインを使った『点火』や影を経由させる『影打』――そういった権利の一環として用いられている技能である。付与に必要な条件は『魔法権利』の適正であるが、それすら大多数は満たしている。


 問題は権利の劣化具合と持続時間――この双璧を乗り越えて初めて使い物になる。


「私の『閃光』は付与向きじゃないから、専ら加工専門よ。『圧縮』で潰した金属を私の光の剣で焼き切るの。お蔭様で『閃光』で虫歯の治療が出来るくらいには器用になったけどね……」


 床に這うAFにトドメを刺し、持ち主を失った銃器を光剣で切断し、シロは二階に繋がる階段へと進む。そして思い出したかのようにくるりと振り返り「早く進もう」と三人に促す。


「ちょっと待ってよ」


 素直にシロを後を追うケイジと七隈とは違い、之江は後方をチラチラと振り返る。


「シロ、外にいたAFはどうしたの? 気配が全くないんだけど……」


「気配がないのは当然よ。だって――――」


 シロは階段の中腹まで進み、見下ろして告げる。


「私が全部殺したんだから」


 不敵な笑みを浮かべるシロを見上げた三人は、反応に困り立ち竦み、シロもまた三人の反応により笑顔が困り顔に変わっていく。


「……分かってるとは思うけど、冗談よ?」


 シロは慌てて取り繕い、そのまま投げ捨てる。


「私が殺ったのは、ほら、半分だけだから……」





 屋上に立つ女王は、苛立ちながらもジッと下で行われる遣り取りを凝視している。下とはシロたち校舎内を指すのではなく、あくまで視認可能な範囲の出来事――クロとAFの戦闘である。


「…………」


 いや、最早校庭で行われているのは戦闘と言う名の殺し合いではなく、限りなく一方通行の殺し合い――クロが只管に多数を蹂躙しているだけだった。


「追加で送ったやつの動きが一瞬、私の手から離れたのは気のせいなの?」


 元々校舎内に残していたのは、図体だけで使えない成長型や図体すらない貧弱な寄生型ばかりである。戦い慣れした成長型や銃を扱える寄生型を一蹴出来るクロ相手に、一方的にやられること自体は別段不思議なことではない。


 サザン――笹葉耳の少女が遭遇した校舎内にいるらしい敵の始末は三峰に任せ、女王は手を休めずに<安全地帯>を振り続けるクロを眺め、その姿と三峰の懇願を重ね合わせる。


「俺を仲間と戦わせないでくれ……、ねぇ。出来っこないの」


 不意に視線が重なる。四十代の女性と十代前半の少年――親子らしき元人間の二人を叩き切った直後であるからなのかクロの目は冷たく沈み、また元の身体能力の低い非戦闘員を相手にしているからなのかクロの動作は恐ろしい程の余裕に満ちていた。初期に受けた切り傷擦り傷の殆どは塞がり、動きにはキレが戻っている。AFを宿したどんな人間に対しても、慈悲の心は微塵も向けはしない。


 あの男は、正真正銘の化け物だ。


「ミツが戦わなかったら、誰がアレと戦うの」


 狂気に身を委ね、人類に災厄を振り撒いた少女が思わず身震いする。自分がAFの種を撒き散らしたのは、人類に当然の報いを受けさせる為だ。痛いことも、苦しいことも、気持ち悪いことも、気持ち良いことも、全ては報復の為に耐え抜いたのだ。


 ならば、と女王は推測する。


 なら機械のように殺戮を続けるあの男も、固い信念を持って戦ってるに違いない。


「そこに付け入るしかないの……、あの男は侵略の障壁になるに違いないの……」


 女王も定まらない焦点でクロを見下ろし、ブツブツと呟く。



 そして突然、体が固まる。



 クロが何かを囁いたらしい。女王にはそれだけしか分からなかった。


 強化型の『魔法権利』によって水増しされた聴力を以てしても、この距離で声は届かない。しかし、女王の体は確かにクロの囁きを聞き取った。下の男の口は動き、声は聞こえないのに理解が出来てしまった。


”降りて来い。俺が怖いのか?”――――と。


 見え見えの『挑発』に、数秒置いてカッと熱くなる。巧妙に隠された感情がごちゃ混ぜにされ熱を持ち、自分の意志では止められなくなる。


「……上等なの」


 女王は『魔法権利』を発現させ、屋上の柵を乗り越えようとする。ボロボロの衣服が風に靡き、少女の痩せた体をより艶めかしく飾り付ける。


「待ってください。その『挑発』に乗ってはいけない」


 体を強化させ、今まさに飛び出そうと足を掛けた時、落ち着いた声と共にその体が抱え上げられる。


「あ、ミツ」

「サザン単独では、下の連中は手に手も足も出ないみたいです」


 クロの視界から女王を遠ざけ、申し訳なさそうに立つサザンの横に並ばせる。同じ年頃の二人であるにも関わらず、その風貌は活発なスポーツ少女と引き籠りの少女ほどに違う。しかし、この場で全権を握っているのは毅然とした態度の異国の少女でも、元軍人で権利者の三峰でもなく、このボロ服を纏った少女――女王である。


「どれだけAFを投入しても然り、クロと同じで時間稼ぎにしかなりません」

「そうなの?」


 名君でも暴君でも暗君でも、この少女が女王であることに変わりはない。


「――――、――……」

「サザンちゃん、こっちだと何言ってるのか分かんないんだって」


 乾いた笑いでサザンの言葉を一蹴し、三峰にどうすればいいかと意見を求める。サザンに意思や知識がない訳ではないが、言葉が通じなければそれだけでコミュニケーションは大幅に制限される。両者に身振り手振りで伝える気がないなら尚更に。


 三峰はそんな二人の様子を横目に、平坦に言う。


「やはり校舎内に入り込んだ奴らを分断し、各個撃破するのが無難です」


 ふんふんと女王は頷き、三峰の提案を受け入れる。


「それじゃあ三人で行くの。私の『魔法権利』、存分に使える相手がいるのは嬉しいの」


 そう言って女王は、三峰とサザンの手を握り校舎内部へと続く階段を降りて行った。



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