Ⅵ-7
緊張が、不意に緩む。
階段の踊り場に立つ少女の深紅の瞳には、シロたちと同じ動揺が浮かんでいた。
「――――、――……?」
異国の言葉――四人には理解不能な不可解な音の連なりが少女の口からスラスラと紡がれ、無言の睨み合いに繋がる。睨み合いは緊迫を生み、緊迫は未知との接触には付き物である。未知とは、ポツンと目の前に存在するだけで不安を掻き立てるモノだ。
「……何語ですか、これ?」
七隈は短機関銃のトリガーに指を掛けたまま、冷静を装って疑問を口にする。そうしないと、指の力が抜けないからだ。訊きたいことや叫びたいことは、本当は他にもある。正面に立っているのは駅構内にいる筈の少女で、仲間をあんな姿に変えた原因に違いないのだ。
しかし、銃は安易に使えない。
自分たちは気配を殺し、最大限に気を使って進んできた。たとえ消音装置が付いていたとしても、たった一発の銃声がそれを台無しにしてしまう。現に之江は二挺の拳銃をホルスターから抜いていないし、ケイジも使おうとする素振りすら見せていない。更に言うなら、上からの命令は少女たちの確保――生かして捕えて情報を絞り出す為の確保だ。殺しては元も子もない。ボロ雑巾のような扱いは、情報を絞り終えた後に待っている。
「チッ……、ここでかよ」
だが、ケイジは注意の大半を別の場所に向け悪態を付く。ケイジだけではなくシロも、之江も、笹葉耳の少女までも、ある一点に――丁度校舎の二階部分に目を向けていた。
ザッザッ……ザッザッ……
コンクリートの床が軋んでいると錯覚するほどの何かが、上の階を移動している。笹穂耳の少女が道を塞いでいるのは自分たちに対してではなく、その何かに対してでないかと邪推してしまうほど、少女は視線を動かさなかった。
ただ、之江とケイジは違う。
騒音と逸れた注意は、ハードルを一気に下げたのだ。
「いけるな」
「そうだね、やろう」
射るような視線は少女に突き刺さり、交わした言葉は小さく短く、上の階で溢れる足音に紛れて消えてしまいそうなほどだった。脱力した之江の腕と自由自在に伸びるケイジの影は、最低限の意思疎通にも関わらず、背後で起こったそれと同時に動いた。
ぐちゃ……と湿った何かが落ちた音――いや、湿った地面に何かが着地した時のような音が、四人の背後から聞こえる。それも一つや二つではなく、夕立のように大量に――まるで上階の足音が、そのまま外に飛び出しているかと思ってしまう程に。
そしてその音に合わせて、少女の体が弾け飛ぶ。
細剣を握った右腕の肘から先が飛び、少女に驚きを浮かべる間も与えず『影打』が体を固定し、左大腿の一部を掠った弾丸がそこを食い千切り、踊り場の壁に大穴を開ける。早打ち自慢のカウボーイすら屈服させる早打ちを披露した之江の右手には、黒の拳銃――『FUCK UP!』と白字で刻まれた『魔法の銃』が握られていた。
「なんつー威力だよ……、俺が撃ったのかと思ったぞ」
『魔法の銃』は伊達じゃない。護身用とは思えないその威力に、ケイジは息を飲む。
「って、なんで――――ッ!」
そして飲み込んだ息を吐くより早く、少女の体と細剣が動き出す。無惨に吹き飛んだ右腕は繋がり、食い千切られた太腿は元の白さを取り戻している。あり得ない光景に目を奪われつつも、容赦なく左脇腹を狙う銀色の刃をケイジは咄嗟に『影打』で打ち止める。しかし間に合わずに尖端が食い込み、そこで拮抗する。
「にゃろう!」
ケイジは痛みを堪え、機関銃を手放し自分を見上げる少女の横顔に大きな手のひらを叩き付ける。三半規管を揺らす必殺のビンタが炸裂し、少女の細い体を壁際に吹き飛ばす。
だが、――――!
「おいマジかよ!」
叩き付けられた少女の体の陰から新たな少女が現れ、その手に握られた細剣は腕を振り抜き隙を晒したケイジの右腹を狙っている。少女の目の下に『魔法権利』発現の証を見つけたケイジは舌打ちし、振り抜いた右拳を握りカウンターを狙う。
「油断しすぎよ!」
しかし銀の刃が届くより先に、ケイジの巨体の陰から飛び出したシロの光剣が少女の首を躊躇いなく刎ね飛ばす。サッカーボールのように少女の首が転がり、首を失った胴体が倒れ、――――すぐに新たな少女が現れる。
ケイジは拳を寸前で止めて後ろに飛び、それを追って少女が迫る。
「ワンパターン、僕たちを舐めすぎだよ」
そして現れた少女の頭部が、一秒と持たずに破裂する。之江の右手に握られた黒の拳銃が倒れる少女の体にぴったりと向けられ、左手に握られた白の拳銃が次の予想出現地点に狙いを付け、案の定そこに新しい少女が現れる。
だが今度は現れると同時に後方へ飛び、階段を背に距離を取る。負傷は見て取れないが大きく呼吸を乱し、その瞳に焦りを浮かべて片膝を付いている。そんな少女に対し、之江は白の拳銃――『TRUST ME!』と黒字で刻まれた『魔法の銃』の引き金を、機械のように的確なタイミングで絞る。
反射的に射線から逃れる少女――しかし白の拳銃が吐き出したのは弾丸ではない。
『魔法の銃』から飛び出した揮発性の液体――こちらの世界の住人の大多数が即座に理解出来る独特の刺激臭を発する液体は、少女の顔のすぐ横を通り過ぎ二階へと続く階段に飛び散った。その液体と之江の『点火』のシナジーを知らない少女は、過ぎ去った筈の脅威に意識を向けることはしなかった。
故に、突然背後で膨れ上がった熱量に全く対応し切れず、その身を焼いた。
「――――アアアアッ、アアアアアアッッッ!!!」
万国共通の悲鳴を上げる少女は剣を投げ捨て、燃え移った火を消そうと必死に床を転がり回る。押し寄せる熱気に咽返りそうになるのを堪え、四人はその様子を見つめる。
「ガソリンが、なんで銃から出てくんだよ」
之江の黒白二挺の拳銃が『魔法の銃』だと知らないケイジは、驚嘆の声を上げる。「装填したから」と之江が簡潔に答える。銃とガソリン、装填の三単語を繋げようとし、失敗したケイジは口をへの字に曲げる。そして何か言葉を紡ぎ出すより先に、警報機が反応する。
ジリジリジリ、と大音量の警報が校内を駆け巡り、直後にスプリンクラーが頭上に水を撒き散らす。笹葉耳の少女は体を包む炎を消し去ろうと遮二無二駆け寄り、焼け爛れたその身を床に転がした。
屋内の雨が止み、廊下には水溜りと四人を睨む少女が残る。床に伏せ、息を荒げ、体を痙攣させながらも戦意は絶えていない。
「良い考えだと思ったんだけど、この臭いは嫌だなぁ……」
そんな少女を無視し、鼻をスンスンと動かしながら之江がポツリと呟いた。人が焼かれる臭い――火傷から体液が染み出す臭いが、徐々に狂気へと人を誘う。放火魔の再犯率が高いのは、その業火に目を奪われ、その異臭に心を奪われるからだ。之江もまた、ガソリンと『点火』の凄まじいシナジーに満足しつつも、片隅に表れた不安を振り払いきれずにいた。
(これは、使って良いモノなの……?)
ガソリンを使った『点火』の威力は申し分ないが、それ以上に周囲に炎を振り撒いた。AFや敵である少女に使う分には何も問題ない。AFだろうと家畜だろうと人間だろうと焼けて発する臭いに大差ないし、そこを割り切らなければ『点火』を持つ自分が先に燃え尽きてしまう。ただ、その火の粉が仲間に振り掛かった場合――クロが、シロが、ケイジが、七隈が、本当は三峰ですら、焼かれ悶え苦しむ姿など見たくない。それだけが之江の不安要素であり、それを燻らせたままでは自らの身を焼き尽くす炎に発展しかねない。
白の拳銃に刻まれた黒字の『TRUST ME!』――信じたいのは山々だが、その黒字は之江に向けられたものではない。
「それで、この子はどうするの?」
倒れた少女から目を離さず、シロは三人に問い掛ける。
「どうって……、ふん縛って表のクロ回収して撤収するのもアリだな。俺たちの目的は、こいつの身柄の確保――AFや女王の優先度は、こいつほど高くない」――ケイジ、軍人の現実的な思考。
「この火傷は危険です。連れ帰る前に死んじゃいますよ」――七隈、少女の心配。
「権利者はそう簡単には死なないって! それより早くここから移動しようよ、なんだか嫌な予感がするんだよ」――之江、不意に襲う焦燥。
少女は絶対に逃さない――それが一致の見解。
「之江の嫌な予感は順当よ、流石に火災報知器まで鳴らしたら相手も見過ごさない。上と外からAFの気配が近づいてる……、挟み撃ちされるわね」
シロは顎に手を当てて外から上、そして少女を順に眺める。迫る気配はどちらも遠く猶予があり、少女の火傷は既に移動出来るほど快方へ向かっている。
「ケイジ、『影打』でその子を縛って運んで。七隈はケイジの援護、之江は殿――方法は正面突破、先陣は私が切り開くわ」
シロが短く指示を飛ばし、それに呼応して各々が動き出す。ケイジと七隈は拘束する為に後退る少女に迫り、之江は階段方面を、シロは昇降口方面を警戒する。
「――――ッ、――――!!」
「犯罪者の気分になる……。ああ、やめろ、叫ぶな、鬱陶しいぞ!」
悲鳴は一種の共通言語である。言葉は通じないが、真っ直ぐな瞳からは必死さがありありと見て取れる。更にそれが衣服を燃やし肌色を覗かせる少女であれば、尚のこと罪悪感を煽られるのだ。
ケイジは髪をくしゃくしゃと掻き、淀んだ気持ちを切り替える。
「七隈伍長、何があってもこいつを傷つけるなよ」
「え、いや、分かってますけど――……」
既に火傷で傷だらけの少女に対して何を……と、そんな七隈の反応を気にせず続ける。
「傷つけたら多分こいつ、万全の状態で復活するぞ。当然、武器ごとな」
権利者同士の戦いにおいて、種族の差はそれほど影響しない。大切なのは如何に自分の『魔法権利』を押し通すかであり、如何に相手の『魔法権利』を抑え付けるかである。前者に必要なのは確固とした実力であり、後者に必要なのは精度の高い情報である。
「トリガー系の『魔法権利』だな、相手の攻撃による負傷……もしくは致命傷をトリガーに発動させてたんだろうな。恐ろしいほど初見殺しの『魔法権利』だな。一対一だと、まあ気付かずに押し切られるな」
之江が二回、ケイジとシロが一回ずつ――合計四回も少女は『魔法権利』を披露した。その詳細は分からなくても、概要を知るには十分であった。
「まあ、こうやって押え付ければ普通の女の子だけどな」
ケイジは微かに火傷の痕が残る少女の両腕を掴み背中に回し、そのまま荷物にそうするように無造作に持ち上げる。少女は関節を捻じ曲げられる苦痛に一瞬だけ顔を歪めるが、結局はされるがままにケイジに担がれた。
「…………笑ってる?」
その一連の動作を見守っていた七隈は、不意に浮かべた少女の表情に吸い込まれる。
「あっ、上を!」
「……ん? どうし――――」
そして七隈の言葉に反応したケイジが振り向いた先には――――
「――ッ!! なんでここに!」
数体の成長型AFが立ち並び、その狂爪が今まさに襲い掛かろうとしていた。
実写版ルパン見てきましたやはり実写は地雷でした
特に不二子が別人過ぎて酷かったです




