Ⅵ-5
「…………何をしている?」
高校を囲む二メートルのブロック塀の上から覗き見るクロの顔は、今までにないほどに呆れ果てていた。眼下には三人が銃を手にあれやこれやと忙しそうにしていた。
「あ、クロ。そっちはもういいの?」
クロの存在に気付いたシロが手を止め顔を上げる。之江と七隈もマガジンに弾を詰め込む作業を止め、シロに釣られて顔を上げる。
「ああ、調達は終わった。……行くぞ、ケイジさんも待ってる」
三人に向けて手を伸ばすクロの頭の影からは、白銀の棒が覗いている。シロもクロに向けて手を伸ばす。クロはその手を掴み取りシロの体を片手一本で容易に引き上げた。
「次は七隈だ、来い」
機関銃を抱えたままの七隈も、クロの片腕のみでブロック塀の上に引き上げられる。驚き顔の七隈を校舎側に降ろし、一人残った之江もすぐにクロの隣に並び立たされる。
そしてクロは、之江の腰に刺さった二挺の銃を見て眉根を寄せる。
「之江、その銃は……」
「シロが使っていいって言ったんだけど、…………ダメだった?」
「ダメじゃない。寧ろ良い」
ブロック塀から降りたクロはそれ以上踏み込まず、一方的に受け答えを終わらせ歩き始める。その不可解な態度を紐解くために、之江は慌ててその背中を追う。
そして、その背中で揺れる一本の鉄パイプに興味を奪われる。
「それってナイフとか鎖とかと一緒に送られてきた武器……、武器だよね?」
「そうだ。<アプレーター>や<霧肌>も、こいつの前では霞んでしまう」
之江に背を向けたままクロは鉄パイプを取り出し、うっとりとした面持ちで白銀の棒を眺める。よく見るとそれは円柱――普通の鉄パイプのようではなく大部分は円錐に近く、刀剣のようにグリップが備え付けられている。そして何より妙なのが、グリップ側が細く先端が太いという野球バットのような形状だ。製作者のどんな意図がこの鉄パイプに込められているのか、まるで汲み取れない。
見た目は無骨な鉄の棒、中身は研ぎ澄まされた日本刀。
口下手だが人一倍思慮深い、そんなクロと酷似した武器――それが之江が感じ取った印象である。
「之江、ここからは別行動だ」
クロは歩みを止め、シロとケイジと七隈が待機している方向を指差す。三人は身を隠すのに適した場所――万一の場合は迎え撃つのに適した場所を確保し、之江の合流を待っていた。
「本当に、独りでいいの……?」
事前に組んだ計画では、これからクロは一人別れて別行動を取る。しかし買って出た役目は隠密行動の類ではなく、単身で大勢の注意を引き付ける役――つまり囮である。
そして囮作戦で主導権を握る為だけに、クロはAFの住処をノックして回るのだ。
誘い出された敵を逃さず吸い込む為に渦巻を作り、今まさにその中心に立とうとしているクロは、いつもと変わらない口調で、変わらない一言を呟く。
「問題ない」
そしてクロは、AFの気配が溢れる校舎側へ躊躇せず進んでいった。
特に隠れることもせず、四人は古い物置の前で座り込む。高校の敷地の片隅であるとはいえ、ここは敵地である。本来なら隠れ潜み機を待つべきであるが、今回はその必要がなかった。
今この敵地では、重機で建物を壊すような激しい音が絶えず溢れてる。
遥か先――ここから見えない場所で、クロが暴れているのだ。窓ガラスを割り、壁を殴り崩し、気配をばら撒きながら敵の注目を集めている。そして四人が座るこの物置の前はクロに吸い寄せられるAFがまず通過しない場所――所謂安全地帯である。
しかし安全地帯に何時までも留まっている訳にはいかない。既にクロの方では戦闘が開始し、敵の銃声は絶えず聞こえてくる。クロが囮としてAFを引き付けるのは、残りの四人を動き易くする為なのだから。
「……準備は良い? 武器とか、弾丸とか」
移動開始まで、まだ時間は少し残されている。それこそ装備の最終確認程度にしか使えない時間であるが、その確認を行うか否かで追い込まれた時に握る武器の信頼度が段違いに変わる。
「俺たちは問題ないぜ」
ケイジと七隈はぐるっと体を見回し頷く。ケイジの武装はお馴染みの『M240機関銃』と予備の拳銃が腰のホルスターに一挺――目に見える範囲ではそれだけであった。
「ええ、いつでもいけますよ」
反面、七隈はケイジと比較にならない程の重武装である。まずは左手にケイジの『M240機関銃』の為の弾薬箱が一つ、左肩から腰の右側に伸びるベルトの先にはケイジとクロが武器管理庫から奪取してきた『FN P90』――AF相手には心許ない短機関銃と、背中からは黒くて長い散弾銃『レミントンM870』が覗いている。
「……ちょっとクマさんに押し付け過ぎじゃない?」
見兼ねたシロは思わず口を出すが、七隈は「大丈夫ですよ」と首を振る。
確かにガチャガチャと小回りが利かないのは七隈であるが、重量はケイジの機関銃の方が遥かに重く、担う役割も大きく違う。ケイジは火力を前面に押し出して殲滅、七隈は小回りの利く短機関銃での牽制と散弾銃での面制圧――狭い建物を移動しながら堅牢な外殻を持つ相手と戦うには、どちらも必要になる。人数がいるなら気にする必要もないが、ここにいる人類は四人だけだ。
この四人だけ、広い校舎を制圧しなければならないのだ。
之江も準備は終え黒白の拳銃を手にシロを見つめている。遠くで轟いていた銃声は既に途絶え、代わりにAFの断末魔の叫びが微かに聞こえてくる。
その叫びを思考の隅に追いやって、シロは気を引き締める。
「寄生された人間は、助けない。容赦なく見捨てる」――シロが宣言する。
「分断されたら、合流を第一に」――之江が思い出す。
「敵の武器は壊し、次に使わせない」――七隈が想定する。
「女王どもは、可能なら生け捕りに」――ケイジが確認する。
危険を減らすため……、敵地で迷わないため……、各々が行動指針を口にし、各々が魔窟へ向けて歩き出す。
「それじゃ行こうぜ。……生きて帰れるといいんだが」
「なに弱気になってるの。やめてよ、僕も気が滅入るよ」
「生きて帰らないとヤバいんだよ、俺は。…………死んだら碓氷に殺されちまう」
碓氷という人名に首を捻る之江の横で、ケイジは頭を抱えている。
「頼むぜ、本当に……」
弱気を呟くケイジを先頭に、四人は校舎に――AFの巣窟に踏み込んでいった。




