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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第一章:彼と彼女らの馴れ初め
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Ⅵ-3



 一行と三峰の距離は約十五メートル――お互いの声が十分に届く距離だ。


「おはよう三峰、随分と大胆なイメチェンだね。……変わったのは中身だけど」


 そう言った之江自身も、頭には鈴鹿の遺品のヘルメットが乗っている。


 しかし之江の挑発的な軽口にも、三峰はピクリとも反応しない。之江に釣られるように車を降りた面々は、誰も一言も発することもなく、ジッと押し黙っている。シロは悲しみを隠そうともせず、クロとケイジは激情を無表情の下に押し込めて、白井と七隈は違和感を覚えつつも警戒し、各々が複雑な思いを抱いて見つめていた。


 三峰もまた、深い悲しみを秘めた瞳でこちらを見据えている。


 之江は迷っていた。


 三峰の体は既にAFに蝕まれている。発する気配の大きさから助かる見込みが薄いのは間違いないが、之江(こちら)から仕掛けていいのか分からないのだ。悲しそうな顔をするシロは、三峰をどうするつもりなのだろうか。之江は一瞬だけ、クロに指示を求めようと視線を向け、そして――――


「――――ッ!」


 一発の銃声が、睨み合う両者の間に響き渡る。硝煙が立ち上る拳銃を握っているのは三峰で、突如左肩を襲った衝撃に体勢を崩したのは之江――防弾仕様のジャケットが弾丸を防ぐが、衝撃までは止められない。肩が揺れる。


 三峰は悲しみを一転させゴミ箱を漁る野犬を見るような冷たい目で之江を睨み、之江は驚きで目を見開いていた。ゾッと血の気が引きそうになるが、それ以上に不意打ちに対する怒りが、之江の頭に血を上らせ、戦意を滾らせる。


「――――このッ!」


 之江は痛みを噛み殺し崩れる勢いに身を任せベルトに手を伸ばし、鎖を掴み取る。拳銃を握る三峰の腕は、ぴったりと流れる之江の体を追っている。之江は相手が外すことだけを願って、鎖を振り抜いた。


 二発目は、銃声だけ。三峰が狙いを外したのかと思ったが、そうではなかった。


 三峰の腕は、見当違いな方向を向いていた。


「シロ、しっかりしろ! あいつは……三峰は、もう敵だ!」


 三峰の銃撃は、ケイジによって外されたのだ。


 ケイジが叫び、三発目の銃声が轟く。しかし銃弾は明後日の方向に飛んでいく。よく見ると三峰の右腕は、ケイジの『魔法権利』――『影打』によってガッチリと固定されていた。三峰がそのことに気付き、ケイジに恨めしい視線を送る。


 その視線を送った三峰の首筋に、之江の鎖が命中する。


「よしっ!」


 痛みを噛みしめていた口内から思わず喜びの声が漏れ、即座に否定される。


「よし、じゃないですよ」


 鎖の先端は三峰に触れると同時に霧散してしまう。鎖の衝撃と『点火』は、『拡散』によって苦も無く防がれる。そして唖然とした之江を無視し、三峰は『影打』の拘束を強引に振り払う。


「くそっ! 数少ない俺の見せ場を奪うな!」


 ケイジの叫び声に耳もくれず、三峰の銃口はぴったりとシロに狙いを付ける。今まさに『閃光』を放とうとしたシロは、自分を睨む銃口にギョッとする。この距離なら、銃弾の方が『閃光』の発動より早く届いてしまう。自分が銃弾を防ぐ術や射線から逃れるだけの身体能力は持ち合わせていないことを理解しているシロにとって、この向けられた銃口はまさに死刑宣告と同義であった。


 瞳を凍てつかせた三峰は、そのまま四発目の凶弾を吐き出させる。


 三峰が狙いを付けて引き金を絞るまで一秒も掛かっていないが、その僅かな時間であっても二人の男が動くには十分な猶予であった。ケイジは振り払われた影で三峰を拘束しようと再び『影打』伸ばす。クロは『加速』を使い、隣に立つシロを抱き寄せ、躊躇いもなく三峰に自身の背を晒す。ちょうど二人の対角線上――三峰の凶弾は、どれだけ工夫してもシロには絶対当たらない位置を確保した。


 そして吐き出された銃弾は、またしても虚空に消えていった。


 もしクロが動かなければ逸らされた弾丸はシロの足を穿ち、もしケイジが動かなければ銃口は華麗に滑りクロの背を穿っていた。もし二人が動かなければ、シロの整った鼻筋は額から流れ落ちる血液で真っ赤に染まっていただろう。


 四発撃って命中は最初の一発だけ――それも防弾ジャケットに阻まれ致命傷ではない。


 しかし三峰の表情と行動には、焦りが微塵も表れていない。


 滲み出ているのは、明確な殺意だけだ。


「――――ッ!」


 存亡を掛けた異種族間の殺し合いに、ルールなどない。その事実を噛みしめながら、シロは自分を庇うクロを押し退け三峰に向けて容赦なく『閃光』を――慈悲の光を放つ。


 クロの体の影から現れた三峰の姿は、それを拒むかのように目を閉じ膝を折り左手を地面に付けている。


 そして迸る『閃光』が三峰を包み込もうとした瞬間、三峰を黒い砂塵が『閃光』を遮断し、侵食するかの如く黒が白を押し返していった。


「……道路(アスファルト)に『拡散』を使いやがったのか! くそっ!」


 その鮮やかな手口を見届けたケイジは、思わず悔しさをぶちまける。空中には黒く細かいアスファルトの粉末が五メートルほど巻き上げられ、視界を塞いでいる。


「――――不味い、下がれ! 車の後ろに隠れろ、急げ急げッ!」


 ザァーっと砂塵が風に流される音を掻き消すほどの警告が、クロの口から飛び出した。クロは叫ぶと同時にシロを抱えて動き出す。之江とケイジは既に走り始め、それに釣られた七隈と白井も荒れた道路を必死に駆け抜けた。


 動き始めた一行の背後――砂塵が作り出す壁の向こうから、柔らかい着地音と金属の擦れ合う冷たい音が漏れ出している。満ち溢れる気配と音の正体を察しての警告だった。


 そして砂塵が消え去るを待たずに、壁の先から銃弾の雨が降り注ぐ。


「ぐあぁっ!」


 一人や二人ではない。最低でも五挺以上の銃火器がこちらに向けられ、その容赦のない敵意を最後尾を走っていた白井の背中に集中する。


「――――そ、曹長ッ!」

「行くな、死ぬぞ!」


 間一髪で車の影に隠れた七隈は、倒れた白井を助ける為に飛び出そうとするが、その背中は飛び出すより先にケイジに捕まれ引き戻される。


「離してください、曹長が――――!」

「手遅れだ、諦めろ!」


 無数の銃火を浴びせられた白井は、自身の最後を悟らせる猶予すら与えられず絶命していた。死んでいるにも関わらず浴びせられる銃弾によって、その背中は捏ねる最中のハンバーグの素のような惨状になっていた。とても人間に許される姿ではない。


 涙を流し自分の無力さを噛み締める七隈を横目に、ケイジは『影打』で白井の小銃を手元まで引き寄せる。その残弾を確認しながらケイジはクロの意見を求め、シロは車の窓を貫き頭上を通り抜けた弾丸に悲鳴を上げる。


「どうするんだ、クロ!」

「このままじゃ車が持たないよ!」


 駅から一行を運んだ箱型の車は盾となり銃火を浴びていた。だが所詮は民間品――側面は貫通し、穴だらけになっている。銃弾は一枚目の横壁を貫通することで弱まり、二枚目の横壁――背を預けている鉄板には多くの凹みを生み出していた。タイヤも同様に撃ち抜かれ、長方形の車体が僅かに傾く。銃弾が突き抜けてくるのは、もはや時間の問題だった。


 背中を車に預けシロを包むように抱えたクロは、その姿勢を崩さず相手の殺意が作った凹みに手を這わせ、金属と金属がぶつかり合う音のように短く、簡潔に、皆に告げる。


「俺がやる。援護してくれ」


 クロは頭上のサイドミラーをもぎ取り、全員の反応を見る。誰もクロの宣言に文句は付けず、ただ無言で頷いていた。それを確認したクロはシロを伴い、もぎ取ったサイドミラーを手に、敵の弾幕が薄い車の前方へと移動する。


 クロはそこからサイドミラーを少しだけ差し出し、映し出された光景を傍に控えたシロが口にする。


「敵の数は六人。気配の数と一致してるし、互いの距離は近いよ。障害になりそうなのは、精々『拡散』抉られた道路の凹みくらい。みんな軍服で銃を持ってるけど、ミツはいないよ」

「そうか。三峰がいないのは、幸運だ」


 クロがそう呟きサイドミラーを引っ込めると同時に、敵の弾幕がそこに移動する。


 クロは役目の大半を終えたサイドミラーをシロに手渡し、代わりに腰から二本のナイフを引き抜く。クロの目の下には『魔法権利』の兆候が浮かび上がり、自分に集まる視線に向けて首肯きで応える。


「いい案配だ、行ってくる」


 クロがそう告げると同時にシロはサイドミラーを上空に放り投げ、『閃光』がそれに追従する。曇り空に突如として現れた即席の灯台によって、一瞬だけ銃火が途切れる。人間の手の平ほどの大きさしかないバックミラーは『閃光』によって抜群の存在感を保持し、銃を握った隊員たちの――いや、AFを体内に宿した元隊員たちの視線を釘付けにしていた。


 そして視線が地上に戻った時には既に、クロは銃口の目と鼻の先であった。


 クロが左手で振るった<霧肌>は左端の元隊員の首を簡単に刎ね飛ばし、血が噴き出す前にその体を残りの元隊員たちに向けて蹴り倒す。クロに向けられた元隊員たちの半分が噴き出した鮮血に染められ、視界は正常な機能を失う。


 視界が鮮血に染められて尚――染められているが故、クロの姿はより悍ましく映る。


「う、うわああああああああああ」

「人間らしい声を上げるな、鬱陶しい」


 視界を真っ赤に染めた二人目は、その巨体に似合わない悲鳴を上げながらクロに銃口を向ける。しかし銃口は横から叩き付けられた<アプレーター>によって逸らされ、銃弾は地面を穿つ。銃口を元に戻す間も与えられずに『加速』を利用した<霧肌>の早く鋭い斬撃によって四肢を切り分けられた巨漢は、地を這う芋虫のように地に落ちることを許されずに宙を浮いている。その太い首に突き立てられた<アプレーター>によって、まるで吊り下げられたサンドバックのように醜く浮かんでいた。


 その体に、味方からの銃弾が叩き込まれる。


 包丁の背で生肉を叩くような鈍く湿った音が数秒続き、そして止まる。


 虚ろな瞳の巨漢との睨み合いを止めたクロは、残りの四人と対面する。彼らは弾切れの小銃を握ったままガタガタと震えている。しかし彼らの戦意は擦り減っていても敵意は衰えていないらしい。現に全員が震える手で次の弾倉へと手を伸ばし――治まらない手の震えが装弾を阻害していた。


「やめてくれ……殺さないでくれ……」


 先頭の三人目が、涙を流しながら命乞いを始める。だが泣き顔の下では相変わらず震える両腕で小銃と弾倉を握り締め、必死に動かしている。


「死にたくない……死にたく……」


 ガチャ……と金属が嵌る音が命乞いに被さる。硝煙と血煙、そして命乞いとすすり泣きが渦巻き混ざり合ったこの場所に、元隊員の歓喜と興奮に満ちた奇声と複数の銃声が、新たに加わった。


「ヘハハッハハ、ヒヒッハハハ…………ハハ?」


 だが奇声を上げる元隊員は、目の前に無事な姿で立つクロと崩れ落ちる自分の体を見比べ、その差に驚愕する。銃を握った両腕は綺麗に切断され地に落ち、訓練で鍛え上げた体幹はには新たに幾つもの銃創が刻まれていた。


「”死にたくない”――は、やめておけ。お前たちは死んでいる。その命乞いは、人間の心に響かない」


 直後に銀色の刃が迫り、三人目の首も飛ぶ。宙を舞う彼が見たのは同じように銃火を浴びた残りの仲間たちと、自分たちと同じ服装で仲間たちを撃ち殺した敵の一人――鬼の形相で涙を流す元仲間の姿であった。


 どうしてこんな目に、と悲運を嘆く間もなく、彼の意識は虚空に消えていった。



最近やっと幕末高校生見ました

玉木宏が美味しそうに蕎麦食べてました

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