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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第一章:彼と彼女らの馴れ初め
33/119

Ⅴ-12



 油断した。


 駐車場の片隅に隠れた之江は、くちゃくちゃと不快な音に耳を傾けながら心の中で何度も謝罪と後悔を口にする。


 見殺しにしてしまった。


 不快な音の発生源は恐らくエントランスホールで遭遇したAFであり、生きながらに貪られる鈴鹿だ。


 悲鳴が聞こえなくなった。もう死んだのかもしれない。


 外に弾き飛ばされた自分を追ってきた鈴鹿はエントランスホール内部から溢れ出た崩落音に気を取られ、それと同時に伸びてきた腕に捕まった。迎撃の隙も許さずに砂埃の中に消えていき、救援の気を削ぐ悲鳴だけが唯一こちらに届いていた。


 周囲に溢れていたAFの気配は、すっかりとなくなっていた。あのAFが姿を見せると同時に、他のAFは之江と鈴鹿を無視して一匹残らずエントランスホールに殺到したのだ。なので今この広い駐車場には之江と鈴鹿を貪るAF、そして持ち主の帰りを待つ乗用車の群れしか存在していない。


 之江はベルトポーチに手を伸ばし、残弾を数えながら気持ちを落ち着かせる。


「あいつは待っている。僕が激昂し飛び出すか、震えながら逃げ出すのを。一対一で障害物は多い、僕に利がある。いつものように落ち着いて、タイミングを計って、コインを一枚でも当ててしまえば僕の勝ち……」


 ぶつぶつと呟きながら、之江は自分に言い聞かせる。頼れる神様がいるのなら必死に祈る局面ではあるが、十八年しか生きていない之江は、そんな神様と出会う機会に恵まれなかった。


 故に、自らに宿った二つの力――『点火』と『円熟』に全てを託した。


 残弾はコインが十七枚にベアリング弾が三個――どちらも鈴鹿が暗がりの中、命がけで掻き集めてくれた代物だ。そして闇に攫われる前に手渡した小銃のマガジン、そこから抜き取ったライフル弾が八発。合わせて二十八回のチャンスが残されている。クロとシロから譲り受けた鎖は、エントランスホールでの不意打ちを防いだ際、この駐車場のどこかに飛ばされて手元にはない。


 AFは、まだ鈴鹿を貪っている。ゆっくりと。見せつけるように、だ。


 之江はその悠長な行動に感謝し、憤怒を籠めたコインを二枚握りしめ、乗用車の影から飛び出した。




 天井の崩落を間一髪で逃れたクロはAFを追うことを諦め、ケイジに後方を固めるシロたちと合流を促す。天井の崩落が終わってからやっと敵の目的に気付いたクロは、自身の手に余る状況に退かざるを得なかった。


「してやられた」

「大丈夫なのは見て分かるが、……追わなくていいのか?」


 戻ってきたクロと舞いあがる砂埃を見比べて、ケイジが率直な疑問を口にする。天井は落とされたが、所詮は床一階層分だ。積み上がる瓦礫も嵩が知れている。


「シロに任せよう。俺では無理だ、手に負えない」


 ケイジには砂埃の先が見えてはいない。そこにはシロに任せるしかないだけの何かがいて、砂埃の晴れない原因と権利者たちが天井のAFにすぐ気付けなかった理由が存在している。


「ヴヴ……アグァ……」

「い、だ……もう……めて…………」


 その存在を示すモノは――――


「……唸り声に悲鳴、ああ、そうか!」


 察しの良いケイジは目に映らずとも砂埃の先の光景を知る。


 そこには多くの人間が――正確には元人間、現在は宿主となった人肉たちが、外からくる激痛と内から与えられる仮初の快楽に喘いでいた。


「そうだ、分かってるなら下がりながら撃ってくれ。足止め程度にはなる」

「焦るな、クロ。今撃つのは逆効果だぜ。床を抜かれ下に落とされ、積み重なった奴らが動くまで時間が掛かる……、なら撃つのは動き出してからでいいだろ」


 正論で制し小銃を構えたまま下がるケイジに、クロは何も言えずに従うしかなかった。天井の瓦礫が飛び散り、床に敷かれたタイルの多くは砕かれ、破片はあちこちに散らばっている。けれどもケイジの足は一切の物音を発さず、その大きな体躯と裏腹に衣擦れどころか息遣いすら聞こえない。


 その動作は、特別な訓練を積んだ者のみに許される技巧であった。


 クロやシロとは違う修練を積み、二人とは違う敵と戦うために編み出された技能を、今のケイジは携えていた。


 クロはその動きを見様見真似で真似してみるが、どうしてもあらゆる部位から音は出てしまう。爪先の向きや足裏の置き方、膝や腰の動作を全く同じにしても無駄だった。完璧主義ではないが、クロは無表情な顔に似合わず探求心が強い。何が違うのか。何が足りないのか。何が原因なのか。戦場の中であるにも拘らず、それを知ろうと躍起になって意識を自分の体に向けていた。


 そんな意識を、胸元に当たった柔らかい触感が引き戻す。シロも崩落の騒音を聞きつけ、様子を見に戻ってきたのだ。


「あいたっ! クロ、ちゃんと後ろを見て歩いてよ」

「悪いシロ、少し夢中になっていた」


「何に」と首を傾げるシロの後ろには、白井と七隈が肩で息をしながら立っていた。二人はシロの的確な指示があるとはいえ、何も見えない暗闇でAF相手に銃撃戦を行っていたのだ。恐怖と緊張は、体力を奪うに足る要因である。


「うわっ……、覚悟はしてたけど、まさかこんなにいるとは思わなかったよ」


 クロと同じく砂埃の先が見えるシロは、溢れる気配に圧倒される。


「そんなに数がいるのか?」

「正確な数は分からないけど、……うん、計画的に寄生と成長を繰り返してたみたい。そう疑わざるを得ない程に数がいるし、何より侵食状況が遅い」


 計画的との言葉に白井と七隈は顔を青くする。人類は家畜を計画的に飼育し、計画的に屠畜する。その行為に何の抵抗も持たないが、自らが家畜と同じ立場に引き立てられると途端に拒否反応を示す。文化的生物である自分たちを殺すのは、天災に似た理不尽な殺戮だけだと心のどこかで確信しているからだ。その確証もないくせに。


「なら長居は無用、早々に之江と鈴鹿を回収し撤収する」

「そうね。八割方罠だと踏んでたけど、踏み込んだら思った以上に時間を食う罠だったのね。無駄足になったのは残念だけど、今日は減らない前菜を食べるだけ食べて、欲張らずに帰りましょう」


 そういってシロは懐中時計をケイジに投げ渡し、代わりにポケットから一つの球体を取り出し今度はクロに手渡した。何かを言いかけたケイジも、懐中時計が示した時間に苦い顔をする。愉快な時間も退屈な時間も客観的に見れば過ぎる速さは同じだが、体感時間は変わってくる。


 最初に設定した一時間という作戦時間は、とうの昔に過ぎていた。


 作戦は失敗した。成果を何一つあげることもなく。


 ケイジは砂埃から抜け出してきた人間の抜け殻に銃撃を加えつつ、愚痴を零す。


「ヘリは呼べない……、つかあのAFを始末しねぇと呼んでも来ねぇな!」

「それ以前に無線が通じないんで呼べないんですよ!」


 ケイジに並び立った七隈は愚痴に答えながら、銃撃の狙いを真似る。成長型AFの外殻には通じない小銃の弾丸も、人間の体内に潜み容易に出てこれない寄生型には有用だ。足を撃ち動きを封じたら、あとは後続が勝手に踏み潰してくれる。


「つまりなにか、俺たちの留守の間に高校が襲われてると?」

「断言はできません。ただ無線や電波の調子が悪かっただけかもしれません。墜落の時に故障したのかも」

「さっき散々試してダメだったんだから、もう諦めなさい」

「しかしですね」

「男ならぐだぐだ言わないで、現実を受け入れなさい。寧ろ無線に応答すら出来ない事態に巻き込まれなくて良かった……くらいに思わないとストレスで胃に穴が開くわよ」


 シロの言葉に押し黙る七隈はケイジの反応を窺うが、ケイジはただ首を振るだけであった。


「腹に風穴が開くのは辛いぞ、七隈伍長殿。それより一旦下がってくれ。あの抜け殻の山はシロが綺麗に掃除してくれる」

「そこの隅で三人固まって、目を閉じて六十秒数えながら祈ってて。どうかこの世からAFが一匹残らず消滅しますように……ってね」

「おいちょっと待て、俺は自分で歩けるぞ! 離せってシロ。やめろ、頼むから俺を見っとも無い姿にさせないでくれ!」


 抗いながらもシロに引き摺られていくケイジを尻目に、床に散らばる破片を手にしたクロは、それを抜け殻の先頭に向けて投げつける。科学を基礎に設計された銃弾ほどの貫通性能は生み出せないが、破片は内部から食い荒らされて空洞に近づいた人間の身体を飴細工のように砕く。敵の進攻を止めるには十分であった。


 三個目の破片が抜け殻を砕いた頃になってやっとシロは前線に戻ってきた。そして何も言わずにクロの前に立ち、細い背中を預ける。クロは残りの破片を投げ捨て、左手でその体を抱き支え、右手でシロから託された球体をギュッと握る。


 お互いに準備は出来ていた。


 今更、言葉を使って確認するまでもない。行動を選択したならば、言葉を交わす必要などない。それは互いの実力への自信であり、二人以外を寄せ付けない排他性であり、絶対の信頼の表れだ。あまりに依存し切った関係ではあるが、戦場で健全について語る兵士は戦闘を重ねると消えていなくなる。不健全な依存状態の方が安定した強さを発揮出来るのならば、そにに越したことはない。自分の命を預ける船は歪な形をしていても、沈みさえしなければそれでいいのだ。


 倒れた抜け殻の亡骸を踏み越えて、一人また一人と元人間たちが寄ってくる。喜怒哀楽を中途半端に忘れた顔は醜く歪んでいた。その様子はまるで地獄に差し込む仏の光明に辿り着こうと群がる亡者さながらであった。


「まるで地獄絵図」

「救いの光があるだけ、地獄よりはマシだ」

「死が救済になるなら、人間を襲い殺すAFは例外なく天使様よ。鉛色の天使――ちょっと良い趣味じゃないわね」


 その言葉を自嘲しながら、シロはクロに抱かれたまま右手を伸ばす。落としたモノを拾う時のように、遠くの何かを掴もうとするように、五本の指は真っ直ぐ目的の場所に向けられていた。


 そしてシロの五指から『閃光』が放たれる。


 以前に屋上で見せた広範囲に浴びせる光とは違い、レーザーのように一本の線となっている。ただSFに登場する未来兵器のレーザー光線と言うよりは日常でも使われるレーザーポインターに近い。もっとも伸びる光それ自体は『魔法権利』としての効力を維持しているらしく、迫る抜け殻の波は『閃光』を恐れ、どよめき後退し、進む後続に衝突し渋滞を引き起こす。


 それは致命的な渋滞であった。


 クロはその渋滞の上に向け、シロから託された小さな球体を放り投げる。そして球体を追うように光の糸が動き、呼吸の一往復が終わるより先に変化が表れる。注がれる光を散らしながらも吸収し、ピンポン玉から野球の硬球程度にまで膨張した球体は、満を持して破裂する。


 破裂した球体からは一センチ四方の銀紙のような金属片が大量に飛び散った。


 もしその球体が薬玉ならば、中からは垂れ幕と鳩も一緒に出てきたに違いない。


 だが球体は薬玉ではないどころか、撒き散らしたのも金属片だけではない。


 金属片は『閃光』を乱反射させ、それを認識した時には既にエントランスホールは『閃光』で満ち溢れていた。


 苦しむ間すら与えられずにAFの大群は『閃光』で焼き払われ、熱を帯びた光線の束は炭化した身体を残すことさえ許さない。人の尊厳を失いはしたものの、人としての外見を維持していた抜け殻の元人間から、その外見すら取り上げた。迸る光の渦と逃げ場を探す熱の波が暗闇と生命を奪い去っていく。


 救いの光は例外を許さない。地獄絵図も鉛色の天使も全てを平等に消し去った。


 そこに残されたのは、焼かれて脆くなった壁の破片と黒ずんだタイルだけであった。




実写版るろけん観てきました


やっぱりキャラごとの役割って大事ですね

実写版は尺の都合が付き纏うのが辛そうでした

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