Ⅴ-9
余裕綽々なケイジとは逆に、クロの表情はどこか険しい。
「悪いな、クロ。俺には俺の仕事があるんだ」
俺の仕事――が、一瞬何を指すのかは分からなかった。クロとシロに同行した時点のケイジの職業は民警の筈である。二人はケイジを連れていくために半ば放棄させる形になっていたにも拘わらず、道中でケイジはその職務に全く言及していない。
二人の間に起こったいざこざを知らない他の五人は口を閉じ、その推移を見守るしかなかった。
「まあ、なんだ、弁解は後でするとして、取り敢えず中に入ろうぜ」
まるで帰宅途中に同僚と居酒屋に寄るサラリーマンのような軽い口調で、ケイジは漆黒が蠢くプラットホームの先を指差す。今この場で言い争うのは得策ではない。そんなことは百も承知のクロは、渋い顔をしながらも頷くしかなかった。
駅構内へと繋がる階段に溢れる暗闇は、一行の足を月明かりの元に釘付けにしていた。
「バイオなんとかってゲームみたいな雰囲気がありますね、正直超怖い」
「アホ言うな、七隈。こっちまで怖くなるやろ」
若い隊員の二人――鈴鹿と七隈は身震いする。
階段の先は、完全な暗闇ではない。随所に緑の非常灯が点り、それが暗闇に輪郭を付け気味悪さを助長させる原因でもあった。
「索敵が機能しない」
「僕、ちょっと甘く見てたかも……」
恐怖を感じているのは、クロや之江も同じであった。拡散型を持つ権利者にとって、索敵は第二の目であり触覚である。しかしAFがぎっしりと詰め込まれた屋内でソナーと同じ仕様の索敵は意味を成さない。目の前に広がる暗闇の如く、索敵が機能する範囲が狭まってしまうのだ。
「情けないこと言わないで、さっさと進もうよ」
そう言って暗闇に踏み込んでいくシロ。拡散型を持つ権利者として一日の長があるためか、少しも臆した様子がない。
階段を中程まで進んだシロは、踏み込めずにいる六人を見上げ手招きをする。
「コツがあるのよ、コツが。いいから早く――」
「ギシャアァァ――!!」
その背中に複数のAFが飛び掛かり、全てが足元にすら到達出来ずに崩れ落ちる。
「……早くおいでよ、怖がらなくていいから」
襲い来るAFを振り向きもせず『閃光』で消し炭に変えたシロは、手招きを続ける。
「一人で進み過ぎだ、シロ」
「こ、怖くて止まってた訳じゃないよ! ただ、僕も心の準備が必要で、うん」
輝きながら闇を裂いて進むシロを見失わないように、一人また一人とその後姿を追っていった。
カン、カン、と金属が跳ねる音が建物内部を駆け巡る。
一行の先頭を進むのは、一定の間隔を開けながら銀玉を落としている之江だ。そして落とした銀玉は『点火』で貴重な光源となっている。
「無駄遣いは出来ないのに……」
苦い顔をしてベルトポーチの残弾をジャラジャラと確認するが、AFへの迎撃と光源の確保にかなりの数を費やしたため、音が鳴るのがやっとの数まで減っていた。
「うわぁっ!」
何かに躓いた。恒常的に行っている索敵に加え、残弾の確認に気を回し過ぎて足元がお留守になっていたのだ。之江はギリギリで踏み止まりつつ、自分の進路を妨げたそれを苛立ち気に見つめる。
足元には、人間の抜け殻が転がっていた。
「大丈夫かい、之江ちゃん」
後ろを歩いていた鈴鹿が心配して声を掛けるが、返事の代わりに聞こえたのはゴクリと生唾を飲む音であった。そして誰に何を告げることもなく、之江は抜け殻の一つに手を伸ばす。
「何やっとるんや、之江ちゃん!」
鈴鹿の制止や驚愕を物ともせずに、之江は抜け殻の身に着けている衣服を漁り始めた。ある程度の距離を空けた行軍とはいえ人数は少なく、前方で起こった事態は即座に後方まで伝わっていく。
「あった、あった」
「何やってんだ、之江。死体漁りは良い趣味じゃねーぞ」
「それは百も承知だよ」
目的の物を無事に探り出した之江は、その言葉を否定せずにケイジと鈴鹿にそれを見せつける。
「なんやそれ、財布か」
「そ、財布。でも用があるのは中身の方なんだよね」
当たり前のことを口にしながら之江は中身の物色を始める。拾った財布の中身に興味を持つ者はいても、財布そのものに興味を持つ者は稀有であり、之江もどちらかと言えば稀有な部類の人間であったらしい。
之江はぎっしりと詰まった万札には目もくれず、別の何かを探して財布を物色し続けていた。その様子から目的を察したケイジは、一つの助言をくれてやる。
「金持ってるやつはな、札束が入ってる財布とは別に小銭入れを持ち歩くんだぜ」
「えっ、そうなの?」
ケイジの言葉を受け入れた之江は何の未練もなく札束が詰まった財布を捨て、次の死体を探し出す。
「死体を漁るのは、やめておけ」
鼻歌と共に死体を漁るハイティーンに、追いついたクロが制止を呼びかける。とても良いとは思えない絵面を前に同じ思いを感じていたのか、他の面々も横で頷いていた。
しかし制止を呼びかけた当人が気にしているのは、絵面ではなかった。
「非効率的だ。コインが欲しいなら自販機を抉じ開ければいい」
「いや、僕みたいなか弱い乙女が自販機の扉を抉じ開けられる訳ないでしょ」
そう言いながら身近な自販機に近づき銀玉を扉に挟みこむと、『点火』で鍵ごと扉を吹き飛ばす。その慣れた手つきから察するに、一人で戦っていた時には何度か同じ手口で飲料水を確保したのだろう。
数種類のコインをベルトポーチに収めるジャラジャラとした金属音が鼻歌と交じる。死体漁りと比べたら幾分かマシだが、その行為自体は褒められたモノではない。しかし見咎める者がいないのは、既に自販機を管理する人間や利用する人間が存在しないことを知っているからだ。
新たに入手した武器を指で弾く之江を先頭に、一行は一階のエントランスホールに到達する。明らかに減ったAFの急襲回数と背後から向けられる視線を好機とみなし、振り向いて簡潔に一言だけ、感想を漏らす。
「このままじゃキリがないよ」
目標の確保が、この出征の目的である。敢て口に出すことはしないが、それは之江にとってはどうでもいい部類の目標であり、同行したのも協力しているのもクロとシロがいるからだ。軍人たちが必死になって探す二人の少女――その片方が持つ特徴とやらは『魔法権利』の影響による身体の変質という可能性も十二分にある。
「之江の言う通りだ。駅構内はそれなりの広さがあるとはいえ、二組で探せば逃げも隠れも出来ないし、見逃す可能性もぐっと減る。だが、――……」
二手に分かれる。クロの提案に反対する者はいなかった。現在一行の立つエントランスホールは、分岐や集合の目印として適している。
しかしクロを含めた全員はとある懸念を抱き、それが足が鈍らせる原因でもある。二手に分かれるなら、もっと適した箇所はあった。それでも今まで別れなかったのは、暗闇やその中に蠢くAFを恐れての判断ではない。ただ一点、その懸念を振り払えなかった為である。
『魔法権利』を持つAFの存在する。有利な対面が、一気に逆転し兼ねない相手が建物の内部に存在するのだ。
「アレは間違いなく強化型の『魔法権利』……、私はあんまり相手にしたくないかな」
「ヘリを落としたあいつか」
「腕伸びとったしな、普通のとは違うんやろ」
単純にスペックだけで比較するならば、『魔法権利』を持ったAFに人間は勝つことが出来ない。『魔法権利』を使い、武器を携えて、徒党を組んで初めてAFを圧倒出来るのだ。相性次第では勝てることもあるが、強化型相手だとそれすら許されない。
身体能力の差は、技術の差を物ともせずに覆す。
それが自然界のルールであり、弱肉強食の神髄でもある。
「俺に任せてくれ」
一行の立つエントランスホールは広く、薄らとした灯りだけではクロの表情を完全に照らし出せはしなかったが、僅かに覗くのはいつもの無表情。
だが、纏う雰囲気がまるで別人のように変わっていく。
「俺が、やるしかない」
――殺気。そう、殺気だ。右手で鞘から<アプレーター>を抜き、クロは確かに殺気を放っている。ジッと前を見据えたまま……、そして前方に位置するのは之江と七隈、そしてケイジの三人である。
徐々に張り詰めていく空気と三人に視線を固定させたクロに耐え兼ねた之江は、助けを求める意味も込めてクロの背後に佇むシロに視線を送る。暗闇に佇んで尚、シロの整った輪郭は白く際立ち、表情も、視線の変遷も、その一挙一動全てがいつも以上に他者を惹きつけ離さなかった。
その煌々たる姿を視界に入れた之江は、激しく後悔する。
「な、なんで急にナイフ抜いてるんや!」
動揺する鈴鹿と反対に之江は次第に気持ちを落ち着かせていく。クロが殺気を放ったまま、臨戦態勢のまま動かないのは、始動を前の三人の誰かに託したからだ。
「言葉にしないと分かんないよ!」
之江は鈴鹿の襟首を掴み後方へ投げ、その反動を十分に利用してケイジをクロたちの側へ蹴る。どちらも之江より遥かに大きな体躯を持ってはいるが、不意を突いた甲斐もありされるがままに力の流れに乗っていた。
そしてシロの視線が示した場所に注意を向けた之江の目には、ケイジを踏み台に宙を走るクロがいた。
<アプレーター>を構えたクロが向かう先にはAFがいた。灰色のコンクリートの天井に張り付き、鉛色の体を同化させたAFが醜い体をぬっと晒し、一行を待ち構えていた。




