Ⅴ-7
「あー、楽にしてくれていい。君ら三人は軍属じゃない。背筋を伸ばす必要もなければ立って話を聞く必要もない。途中で抜けるのだけは許さないが、それ以外は、まあいいだろう」
テント内部に作られた司令部の上座を陣取った榊大佐は空いた椅子を三人に勧め、シロと之江はこれ幸いと座り、クロは必要ないと断った。三人の席を空けるために数人の下士官が立たされてはいたが、誰一人上官からの指示に不満の色は見せてはおらず直立を保っていた。
榊大佐は一同を軽く見回し役者が揃ったことを確認すると、傍に控えた柊に現状と作戦の説明を促す。柊は咳払いを挟み、ボードに張り出された地図と複数の写真を指差しながら説明を始める
「まず今回の作戦の目的は、この二人の少女を拉致することです。二人の詳細は航空写真のみ。片方は普通の人間ですが、もう片方は一目で分かる程度の特徴があります。最低でもこちらの少女だけは確保してください」
榊は三方向から撮影した少女の特徴を全員に見せつけ、それが十分だと判断し写真を剥がして次に移る。次に張り出されたのは、建物の写真であった。写真の各所に写る路線から、その建物が駅であることが分かる。
「こちらが攻略目標です。写真からは分かり難いと思いますが、この近辺や駅構内にはかなりのAFが集中していると予想されます。ですので事前に察知され封鎖される恐れのある陸路での接近は不可能――接近は空から行い、こちらの高架線から駅構内へと侵入します」
柊の説明は妥当なモノであるらしく、集められた士官は誰一人意見を言わずに聞き入っている。
「人員は一個分隊七名とそちらの三人、計十名をヘリを二機に分けて輸送します。地上の露払いと護衛を兼ねて攻撃ヘリを三機付けますが、護衛と最低限の掃射に留めます。路線上の着陸地点の確保に攻撃ヘリを投入するのは得策ではありません。着陸地点を見透かされ、そちらに戦力が集中すると搭載武装が弾切れとなり、結果輸送ヘリ共々引かざるを得なくなります」
柊が手配した三機の攻撃ヘリは『MH-6』、リトルバードの愛称を持つほどに小さい。敵の対空攻撃が投擲程度であるなら、こういった小回りの利く機体の方が撃墜のリスクは低くなる。
ただ、その代わりに低下する制圧能力を補う方法を用意しなければならない。着陸地点を確保出来ない状況で人員を地表に降ろすことは、自殺と同じ意味を持つ。
「問題ない。俺が先に降りて、AFを一掃する」
ざわざわと安全な方法を模索していた士官たちが、クロの言葉に合わせて固まる。半数は安堵を浮かべ、残りは怪訝を浮かべて。
「なら低空から侵入し先にクロさんだけを降ろし、その後地上を制圧後に人員を展開。作戦時間は一時間、人員の回収も一時間後を予定しています。それまでに標的の確保と可能ならばAFの殲滅を行ってください。……何か質問は?」
柊が纏め、そして質問を受け付ける。周りの士官を抑えいの一番に手を上げたのはシロであった。
「三人が私とクロと之江だとして、ケイジと三峰は同行しないの?」
「橙堂慶爾については関知していないが、三峰兵長は今作戦に参加させず、こちらの防衛に就いてもらう」
ここまでの旅路を共にしてきたとはいえ、三峰は軍属である。上からの指令であるならそれに従う義務があり、本来なら部外者が口を挟む隙などは一部もない。
「ミツの『魔法権利』は防衛には向かない。防衛能力なら私か之江の方が高いわよ」
その一言で、再び場が騒然とし始める。シロに非難にも似た視線が随所から注がれ、クロは思わず頭を抱えそうになる。シロの言葉は正しい。今の所、三峰の『拡散』は近接戦闘でしか威力を発揮できないが、ここはバリケードに囲まれている。近接戦闘を強いられる状況とは――『拡散』を使って戦わなければならないのは、AFに侵入を許した後である。
それでも、三峰を残すメリットはある。
「てめぇら、ざわつくな! 外部からの意見の一つで動揺してんじゃねーぞ!」
不甲斐ない士官たちを榊大佐が一喝する。ここに三峰を残すのは、軍としての面子以上に現実的なメリットがある。静かになった一瞬を利用して、クロはそれをシロに告げる。
「黒田の娘、兵長がここに残されるのは戦闘員としてじゃねーぞ」
「大佐の言う通り、現状で三峰兵長に期待するのは戦闘ではなく索敵です」
「同じ情報でも民間人から流される情報と軍人から流される情報じゃ重みが違うし、現場も民間人からの情報だと動かし難くなっちまうんだ。……俺は気にしねぇが、俺は数時間後には戻るからな」
榊大佐と副官の柊の援護射撃もあり騒然としていた場は落ち着いてきたが、シロは未だに釈然としていないらしく、更にふくれっ面になっている。柊はどう対処したらいいか分からずにいたが、クロが無言で首を横に振る姿を見て触れないことを決めた。
「それでは出発は明朝四時。こちらは一旦解散としますが、そこの三人と白井曹長は残ってください」
柊は解散を告げ、司令部の中には呼び止められた四人と榊大佐、副官の柊の六人だけが取り残されることとなった。柊は直立不動で榊大佐の傍に控え、四人を呼び止めた理由を話そうとしない。
「……お前ら、今回の作戦どう思うよ?」
榊大佐は残された四人に対し、軍議では聞けなかった意見を求める。
「作戦自体は悪くないし、寧ろ良いと思う。ただ、――――」
他を抑えて、真っ先に答えたのはシロであった。
「ただ、悪い予感がするの」
「だよなぁ……、実は俺もなんだよ」
シロの不安に榊大佐は同調する。その態度に之江は眉を顰め、口調を少しだけ強めて榊大佐を責める。
「なんでそれをさっき言わなかったの? 部外者の僕たちと違って、大佐さんの言葉ならみんな真剣に考えた筈だよ」
その意見を榊大佐は軽く手を振り切り捨てる。
「決行すること自体は覆せねぇんだ。トップである俺が不安を口にしたら、全体が動揺するだろうが……。まあ、どうせあいつらに訊いても良策は出てこねーよ」
愚痴方面に逸れ掛けた話題を、咳払いで修正し榊大佐は続ける。
「AFが本格的に活動を始めて、今日で三日目だ。九州の下半分は奴らの勢力に染まっちまった。もしAFが北部の都市圏に到達したら、人口密度的に絶対に止まらねぇんだ。それが分かっているからこそ、軍は意図的に空白地帯を作って寄生先を与えず、圧倒的優位から――空と権利者を使って数を削ってるんだよ」
苛立ちが募ってきているのか、徐々に口調が強くなっていく。
「そんな戦力を裂けない状況で、あの二人が姿を現した! 俺たちには無視出来ねぇから行くしかねぇが、ここから捻出すると元々薄かった防備が更に薄く、これ以上空白地帯から戦力持ってくると、突破される可能性が上がりやがる!」
普段の軽さはすっかりと影を潜め、榊大佐は激昂する。
「あの蟲どもは、頭脳戦を仕掛けてきやがった! 標的の確保のためには避難所と空白地帯、片方は危険に晒す必要がある。だが、一番死に近いのはお前らだ。下手したらこれも俺たちを釣り出すための罠かもしれねぇ……」
「僕たちが一番死に近いって……」
その物言いに之江は呆れ、無理矢理に訂正を加える。
「シロとクロと僕の心配は要らないし、部下が死ぬのが嫌なら三人だけでも構わないよ」
傲慢にも思える発言に同席している白井曹長は嫌な顔をするが、口が動くより先に之江の言葉が飛び出てくる。
「そもそも、僕たちを留まらせたのは結論の出てない分析を聞かせるためなの? ならはっきりと断言するけど、AFは絶対にここを攻めるよ」
目の下に一本の印を浮かべて、之江は捲し立てる。
「AFの一番安定する行動は、駅構内で僕らを迎え撃つことじゃない。権利者の減ったこの避難所を攻め落として、逆に拠点とすること。僕の『円熟』が、そう囁くんだよ。逆に攻めない理由があるなら教えて欲しいくらいだよ」
女子高生の剣幕に圧され、軍属の三人は何も言えなくなってしまう。考える三人にシロとクロが補足する。
「でも裏を返せば、これは好機でもあるの」
「俺たちが標的を捕え戻ってくるまで防がれたなら、戦力は簡単に覆る。ここ一帯のAFも一掃出来る。問題はさっきシロが指摘したように、三峰の『魔法権利』は防衛に向かない」
「ただ捕縛にも使えないから、連れて行っても…………ねえ?」
出てきた情報を小まめに書き留めていた柊は、ここにきて初めて発言する。
「ならば、作戦について必要な変更は回収の仕方と時間くらいか……。大佐、この程度の変更は構いませんよね?」
「作戦の構築はお前と曹長に一任している。変更も同じだ、好きにやれ」
そう言い残した榊大佐は席を立ち、テントから去った。
「それではキミたち、有意義な意見、非常に助かった。検討を祈る、それでは」
柊もまた、忙しく資料を纏めて榊大佐の後を追っていった。
「なにあれ、嫌な感じ」
「之江、軍人って大体あんな感じだよ」
シロと之江の酷評から逃げるように白井曹長もさっさと出て行き、クロもまた、お喋りに興じる二人を置いて外に広がる夕日へと歩き出した。




