Ⅴ-5
嫌々ながら労いの言葉を掛けてくる榊大佐の副官を心の隅に留めたまま、クロは榊大佐と相対し、本題について尋ねる。
「俺に訊かずにそっちの柊に訊けよ。大佐っつー偉い身分になるとな、説明その他諸々は部下がやってくれんだ」
「偉いって自覚があるなら後方で大人しくしていてくださいよ、大佐」
豪快に笑う榊大佐を諌めながら、副官の柊が代わりにクロの問い掛けに答える。
「君の言う通り、敵の巣穴――いや、住処……? とにかく、拠点の目星はついている。そこを潰せばAFの襲撃が治まるなんてことはないと多くの専門家が言う以上、我々がそこを攻略することはない。攻撃するには、過剰な程の戦力が必要になるからだ。不十分な戦力で――撃ち漏らせば撃ち漏らすほど、AFは周囲に広がり収拾がつかなくなる」
はっきりと言い切った割には、柊の顔は釈然としない。
「故に、放置する。それが当初の上層部の決定だった。だがこれのせいで、たった一枚の航空写真のせいで軍はこの場を攻略しなければならなくなった!」
そして写真を投げて寄越し、クロはそれをサッと目に焼き付けて柊に返す。
「情報は止めることが出来ない。これは今朝の写真だが、条約に基づき同盟国の首脳にはこの情報と救援要請は行き渡っている。他国の介入は早くて翌日の日中。そして、ここ近辺にいる軍の権利者は非常に少ない」
「俺より上の馬鹿どもが、想定以上の消耗に焦って後方に持っていったからな」
アフリカで発生したAFは、到底一国で対処出来る相手ではなかった。戦闘や兵屯、そして研究で一定の水準を維持するためには、損得勘定を捨ててでも国同士が協力し合う必要があった。
しかし、それはアフリカという広大な大陸の話である。
今回発生したAFは九州というアフリカに比べて遥かに狭い水槽であり、その初期段階の対処は過去の教訓を活かし完璧な出来であった。後は適度に軍を投入し、民衆の目を誤魔化しながら住民諸共九州を無人の野に変えてしまえば終わりである。
そんな消化試合に首を突っ込んで、無駄に戦力を落とすのを善しとする国はない。精々戦局が落ち着いてから九州に拠点を作り、日本主導の共同研究を始めるのが関の山だ。
「で、そんな最悪のタイミングで、ぬっと姿を現しやがった。こいつらを捕まえるには戦力が足りねぇが、――――」
榊大佐は副官の柊の手から写真を取り上げ、弄びながら写真の中の人物に目を向ける。
「捕まえると人類は二十年ぶりに停滞から抜け出せる」
そしてニッと人懐こい笑みを浮かべる。
「<侵略論>……の裏付けが取れる可能性がある、と」
「流石は黒田の倅、<侵略論>なんて与太話をよく知ってるな。まあ、その通りだ」
クロの口から出てきた<侵略論>とは、AFの数ある研究分野の中で、謎に包まれ二十年の月日を費やして微塵も進展を得られない分野で掲げ挙げられた理論である。
その分野とはAFの発生原因の究明であり、<侵略論>とは文字通りAFの発生は他所からの侵略の序章であるとする理論である。他にも<突然変異論>や<宇宙生命体飛来説>、更には<人類進化論>など、確証が取れないのを良いことに様々な説が出回っている。
一見すると荒唐無稽な<侵略論>であるが、人類の一部は既にファンタジーを――『魔法権利』を所持している。故に<侵略論>をファンタジーだと切り捨てられないのだ。
「君たち民間人に頼むのは、軍として情けない限りだ。だが、他国の介入より先に奴らを確保する必要がある」
「抜け駆けとか、そんな小さな理由じゃねーぞ。連携の取れない団体さんで押し寄せて、足を引っ張り合って結果取り逃がしました――だと締まらねぇだろ。悪いがこの依頼、受けてくれ」
そう言って榊大佐と柊の二人は頭を下げる。だが元よりそれを期待してここまで進んできたクロにとって、榊大佐からの依頼を断る理由などなかった。クロは了承の言葉を伝え榊大佐は頷き、柊に目配せする。
「出立の予定はそちらに任せる。必要な人員と物資は可能な限りこちらで用意するが、なるべく早めに伝えてくれよ」
それならば――と、柊の言葉に甘えたクロは次々に必要なモノをすらすらと吐き出していく。途中から柊は慌ててメモを取り始め、メモ帳の二ページ目が埋まった辺りでクロの要求はやっと収まった。
自分より一回りも年下の相手から受けた多大な要求に頭を悩ませつつ、その中で今すぐにでも用意できるモノがあることを告げる。
「それは助かります、非常に」
ホッと満足を口にしたクロは颯爽と立ち去る。榊大佐横からメモを覗き込み、柊は首を捻る。
「なんでこんなモノを……?」
「それが分かんねぇから、お前は奥さんに逃げられるんだよっと!」
疑問を口にする副官に、榊大佐は呆れ声と背中に張り手を送る。仕事して来いと手をひらひら振りながら見送る上官から逃げるように、柊も早足で立ち去って行った。
榊大佐たちと別れてから二時間と少しが経っていたが現状に主だった変化はなく、クロは学校の敷地の一画で、物資の箱の一つを椅子代わりにし手持無沙汰にしていた。
「……おっと、珍しいモノを見ちまったかな」
大きな口を開けて欠伸をするクロを見て、ケイジは驚きの声を漏らす。クロは慌てて口を閉じ、平静を装う。
「俺も人間だ。欠伸くらいはする」
とは言ってみたものの、クロはこれまで他人に欠伸を見られたことがない。今もケイジの接近を微塵も感じ取ることが出来ず、結果として醜態をさらした。
「柊中尉……だったかな、あの人が探してたぞ。残りの物資が届いたから確認してくれって」
「分かった。シロと之江が出てきたらすぐに向かう」
「出てきたら……、ああ」
クロの言葉に反応し即座に理解したケイジは、爪先率ち程度で解決出来ないと知りつつもその巨躯を更に立てに伸ばし、クロの視線の先にある施設の内部を一目見ようと躍起になっていた。
「クロ、『透視』もしくはそれっぽい能力の『魔法権利』ってあると思うか?」
「……俺に訊かないでくれ」
クロは真面目に取り合わない。
ケイジの注意を向ける施設は、被災地用の簡易風呂――そして中に入っているのはシロと之江だ。利用時間外であるにも関わらず、クロが柊に用意してもらった代物だ。
ケイジからは本気で覗く気がないのは見て取れるが、本気じゃなくても覗こうとしていたという事実が二人に知られるだけで容赦ない制裁が下る恐れは十分にある。
そんな制裁を受けて欲しくないクロは、話題を逸らすために嫌でも注意を引く一言をケイジに言い放つ。
「ケイジさん、俺たちのドライブはここで終わりだ」
その唐突な終了宣言にケイジは眉を顰める。その簡素な言葉に秘められた意味を測りかねているようであった。
「明朝に出るって聞いたが……、俺は付いてくるなってことか?」
「そうだ、次は今まで以上に辛い戦いになる。俺は『魔法権利』のないケイジさんを庇いながら戦える自信がない」
クロは、ケイジが激怒すると覚悟してそう言い放った。今までの道中でも四人を結ぶのは一方的な庇護ではなく、信頼を基調とした役割分担である。しかしクロの物言いは、それを真っ向から否定するモノであり、それが本心でないにせよあまりに傲慢であった。
しかしケイジはムッと黙ったまま、深更の闇のような漆黒の瞳をクロの鳶色の瞳に合わせる。怒りや悲しみとは違う何かが渦巻く瞳に気圧されそうになるが、クロはそれを悟られないように気を強く持ち直す。
「…………分かった」
長い沈黙を費やして練り上げた言葉が、ケイジの一言だった。
「なら俺に言わせてみろ、――今回はついていかない、とな」
ケイジが折れたと安堵するも束の間、それが酷い勘違いであると知らされたクロは心の内で舌打ちをする。
「何やってもいいぞ。『加速』で肉体を屈服させても……、『挑発』で精神を屈服させても……、とにかく俺に言わせてみろ」
そう言ってケイジは物資が詰まった箱の一つをクロの正面に移動させ、それにに腰かけて顔を下に向ける。そして左右の指を絡み合わせて、ギュッと力を込める。
完全に耐え抜く体勢を作り終えたケイジを前に、クロは苛立ちを覚える。ケイジの瞳に渦巻いていたのは不退転の覚悟だ。
ケイジもまたクロの覚悟を試している。
ケイジは敢て、屈服という言葉を使った。屈服の持つ言葉の意味は、相手の強さや勢いに負けて従うこと。クロの持つ強さ――『挑発』を駆使して、打ち負かしてみろと言っているのだ。
その気概に応えるのに、『挑発』はあまりに外道な手段だ。
『挑発』は相手の意志を残したまま、その意志から肉体の主導権を奪い取る。本能すらも塗り替える『挑発』を、面と向かって友人に使うことが出来るのだろうか……。
クロは自分の覚悟と下を向いたままのケイジの後頭部を照らし合わせる。
「俺は、ケイジさんに死んで欲しくない」
ケイジだけではない。三峰や之江、そしてシロには生きていて欲しい。
「三峰は命令でここに残るらしい。幾らバーケードで囲っていても、AFが大挙して押し寄せてきたらダメだ。ここは耐えきれない」
初めから激怒され、関係が崩れる覚悟をして始めた話題だ。『挑発』を使う罪悪感とケイジが曝される危険――両者を乗せた天秤は、どちらに傾くか見るまでもない。
「ここの連中は訓練は積んでいても経験が足りない。だが、ケイジさんが残ってくれるとその懸念も軽くなる」
クロは感情の波を平らに整え、いつものように無表情を作り上げる。
「ケイジさん、どうしてもと言うなら付いてきてもいい。…………あんたに、俺たちが戻ってくる場所を守り切れる自信がないならな」
ケイジの背中がピクリと反応するが、それ以上はない。
『挑発』は確かに発動している。ケイジがただ、『挑発』に抗っているだけだ。
「……っ…………!」
必死に堪えるケイジの声を聞きながら、クロの感情の波は再び揺れ動き始める。しかしその理由は、ケイジの頑張りに心打たれた……などの少年漫画的な展開ではない。
ある種の万能性を秘めていると認識していた『挑発』に、小さな穴がポツリと開いているのを見つけてしまった。
「思考停止では使えないな」
抗うケイジに感謝の目を向けながら、そのケイジが折れるのをジッと待っていた。
更新日変更
水土日 → 水日




