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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第一章:彼と彼女らの馴れ初め
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Ⅴ-4



 内部までは持ち込めなかった為、必要な荷物を抱えて裏門の傍に車を放置する。そして巧妙に偽装された通用門を使い五人は高校の内部へと入り込んだ。


 クロは箱を使わず剥き出しの爪を抱え、三峰は小銃を含めた軍の装備一式を背負っている。シロと之江は軽い手荷物を、ケイジはあの大きな機関銃を持ち込む訳にはいかず、手ぶらであった。


 そんな統一感のない五人を、駐留部隊の一人が当たり障りのない挨拶で出迎える。


「良く来たね。大変だっただろう、今日はよく休んで――――」

「ああ、そんなのはいらないよ」


 五人の中で最年少の之江の制止に、出迎えの隊員は眉を顰める。


「それより人員を用意して、四人」

「四人……?」

「そう、四人。僕とクロ、シロと三峰の四人に一人ずつ付けて欲しいんだ」


 自身の権限を越える要求に隊員は困惑し、それが勝手な要求なのかを見極めるために之江と他の四人を見比べる。誰も口を挟まない――その要求を四人は承知しているのだ。そして自分たちと同じ制服を着ている三峰も何を言わないことから、隊員は諦めて首を縦に振る。ただし、飽く迄も自分の任務を譲らずに。


「分かった……が、先に司令部まで来てくれ。折角前線に出張ったのだから、外部の様子を知りたいと大佐が面倒臭くてな……」


 最後の余計だが必要な愚痴に感謝しつつ、クロは之江に代わってその提案を受ける。


「なら特に役目のないケイジさんを連れていけばいい。その代わりに人員は一刻を争う、早く用意してくれ」


 寄生型AFが存在し広がる恐れがある以上、悠長な行動は許されない。面倒な軍人に構ってる余裕などないのだ。有無を言わさぬ口調から漏れ出す雰囲気に逆らえず、ケイジは勿論のこと、隊員も部外者である筈のクロに従って遠くへと走って行った。


「今から四手に別れて寄生型AFを探す。浸食状況を問わない。襲ってこないなら有無を言わさず引っ張って、十五分後に校庭集合だ」


 シロは校舎内、三峰は体育館、之江は外回り、クロは国防軍の兵舎、と各々が担当場所を了承し案内役がやってくるのを待つ。


「もし相手が同行に拒否したら?」

「軍の庇護下にあることを強調して、こちらに正当性があることを周囲に認めさせろ。それでも異を唱えるなら、周囲の一般人ごと引っ張ってくればいい」

「一般人まで呼んだら、余計に騒がれない?」

「内々に処理して後で問題になるよりは、現状を見せて平時の内に騒がれた方がマシだ」

「そりゃそうだが……」


 クロのやり方は強引で、一部の支持は得られない。だが掘り下げて吟味していけば最善に近いことが分かってしまう。


「でも僕も晒し者にされるのは好きじゃないかなー……」

「気にする必要はない。どうせ夜には出ることになる」


 之江の不安をはっきりとした口調で切り捨て、人数を増やして戻ってきた隊員を遠い目で見つめていた。





「で、その結果がこの騒ぎか……!」


 傍に副官とケイジを控えさせた軍の高官が、祭りの出店を前にした子供のような笑顔で推移を見守っていた。長身で鍛えられた体に白く染まった髪、分厚い胸には立派な階級章が輝いていた。


「榊大佐、止めなくていいのですか?」

「何故止める? 本来前線にいる筈の軍の権利者の多くは後方の空白地帯に戻され、蝕まれるしかないここに彼らは現れた。そして軍では到底使えない手段で蟲どもの掃除をしてくれるそうじゃないか」


 口元にニヒルな笑みを浮かべる上官に頭を悩ませながら、副官はケイジに問いかける。


「…………彼ら、本当に大丈夫なのか?」

「その彼らってのは、どっちのことを言ってるんだ?」


 三人の眼下には老若男女入り乱れた三十近くの人々と、彼らを集め対峙しているクロとシロと之江、そしてそれを取り囲む多くの人々――避難民と軍属合わせて千人超が居座る駐屯地の四割近くが集まっていた。その三十人近くの中には、当然軍服姿の者もいる。不満を顔に出す者から、若く美しい女性二人を前に頬を緩める者、汗を浮かべ目に見えて焦っている者まで、その様子は千差万別であった。


 興味深く下を眺める榊大佐と副官の元に、ケイジの姿を見つけた三峰が寄ってくる。


「三峰兵長です!」


 ビシッと敬礼から始め、所属とケイジの行った説明を繰り返し行う。そして一通りの説明を聞き終えた後に、榊大佐は三峰に質問を投げかける。


「三峰兵長、キミは『魔法権利』を持っているのか?」

「いや、自分は…………」


 懐疑を纏わせた鋭い目に見つめられ、三峰は答えに詰まる。軍属である以上、直属でなくとも階級が上の相手に逆らって良い道理はない。しかしクロは、「使い慣れるまで『拡散』については伏せた方がいい」と注意を促した。大佐とクロ――どちらの言葉を選ぶべきか、三峰は頭を悩ませる。


「はっきりと答えなさい」

「まあいい、無理に答えなくていいぞ」


 副官の口調が厳しくなるが、それを榊大佐が宥める。


「軍にいる以上、身の振り方は遠く離れたお偉いさんが決める。俺みたいな足の裏に豆を作る現場主義のお偉いさんじゃなくて、立派で柔らかな椅子に汚いケツを押し付けることが大好きなお偉いさんだがな。些細なことで怒鳴り散らす輩もいるから気を付けろよ? どっかの誰かさんみたいに、死ぬまで最前線から戻ってこれなくされちまうぞ」


 三峰はその実例に自身の未来の姿を探すが、具体像が浮かぶ前にケイジの声が遮る。


「ぼーっとしないで早く戻れ。あいつら、お前を待ってるぞ」


 ハッとして視線を動かすと、ケイジの言う通りに三人はこちらに顔を向け戻ってくるのを待っていた。慌てて戻ろうとする背中を、榊大佐は呼び止める。


「行かなくていい。キミはここで待機、今度のは命令だ」


 ――――命令、と言われては逆らう訳にはいかず、三峰は腕を顔の前でクロスして戻れないことを伝える。遠くの三人はそれを見て再び三十人近くの、理由も知らされず同じく待たされ続けた人々と対峙する。


 ただ数人、これから行われる処刑に震える中身を宿した数人だけは不満以上に冷や汗を垂れ流し、衆人環視の中でガタガタとその身を震わせていた。




 公開処刑とは知らずに集められた多くの人々は、シロと之江を眺めることに飽き、不満を雑談に混ぜ込んで各々が元の場所へと戻ろうと背を向け始める。ガタガタと震えていた男の一人も、その勢いに乗り群衆に紛れようとした、その時――――



 ――――パチン! 指が鳴る。



 雑踏を掻き消すほど澄んだ音が群衆の足を止め、逃げようとしていた男ですら、音を放った主に目を向ける。


 そこには之江が右腕を高く上げたまま直立し、目の下には『魔法権利』発現の証が浮かんでいた。


 そして足を止め言葉を失った群衆には目も向けずに、ただ傍に控えるクロとシロに大して自身の行為の説明を始める。


「脅迫って名前で、僕も『円熟』経由で知った技能なんだけど、こうさ、索敵の応用で気配を――……」


 説明に合わせて之江は再び指を、今度は二連続で鳴らす。すると対峙した三十人近くの中から、音に引き付けられてていた群衆とは全く違う反応を行う者が現れる。


 之江の説明の具体例は、実際に眼前に広がっている。


「気配を連続で当てれば、AFは否が応でも反応するんだよ」


 三十人超の中から約半数近くが、胸や喉を押さえて苦しんでいた。


「外部からの圧力への反抗が人間本来の拒否反応を誘発して、結果として内外から圧力を受けたAFは耐えきれずに体外に飛び出すか、体内で死に絶えるか……」


 之江の言葉通りに苦しんでいた人々の口からはAFが吐き出されるように飛び出すが、逃げる道は何も口だけではない。AFの中には腹を裂き体外に逃げ出す個体もいて、灰色の化物の出現と共に群衆から悲鳴が立ち上る。


 体外に飛び出した寄生型AFは、例外なく次の宿主に辿り着くことなく息絶える。だが多くの人々はそんなことに目を向けず、突然作り出された死体と化け物から逃げようとクロたちに背を向けていた。



「まだ、終わってない」


 そんなパニック状態に陥った群衆に向け、クロは『挑発』を使う。逃げようとする意志とは裏腹に動かない足に困惑しつつも、視線は再び囲いの中央へと寄せられる。


「脅迫で処理可能な範囲は僕がやっちゃった。……残りは、もう助からないかな」


 そう言いながら、中央に残された寄生された人々に向かって小石を投げ、『点火』で燃やしていく。断末魔の叫びを上げながら一人また一人と炎に包まれていく様は、群衆にとって恐怖そのものであった。燃え苦しむ人々は自分たちと同じ姿形で、少し前までは生活を共にしていた普通の人間だ。その彼らが今は謎の少女が仕掛けた未知の力で焼かれていて、その未知の力がこちらに向くかどうかを決める裁量は、少女に委ねられている。


 しかし『挑発』によって之江の蹂躙から目を背けることが許されない多くの人々は、暴虐に曝されている彼らが、自分たち――普通の人間とは違う存在であると気付き始める。


「おい、また化け物が出てくるぞ!!」

「見たことある……街にいた奴だ……」

「もういやよ! ここは安全じゃなかったの!」


 その事実を目の当たりにした多くの人々の恐怖は、即座に懐疑と驚愕に変わる。そしてスポンジに染み込む水のように、動揺は群衆の隅々にまで広がっていく。


 そして動揺に乗じて逃げ出そうと、AFを体内に宿した軍服の男が人混み目掛けて走り出す。


「大人しく待っていろ」


 しかし人混みに入り込む寸前でクロの鋭い蹴りが胴体に突き刺さる。二転三転と地面打ち付けられた男の体は、腹部から上下とAFに分離する。飴細工のようにクロの蹴りで砕かれた腹部からは流血などなく、ピンク色で埋め尽くされる筈の場所にはただ薄暗い空洞が広がっていた。


「やメ……タす……てくレ……」


 そんな状態でも――常人ならば当然即死する状態であるにも拘らず、軍服姿の男は意識を保ち、誰が見ても無意味と分かる命乞いをする。


 これが、AFに寄生された人間の末路だ。体内から臓器を食い尽くされて尚、人間として最低限の意識を与えられ、それすらAFにとって必要ならば取って代わられる。シロの『閃光』を駆使しても、食い荒らされた人間を救い出すことは出来ない。AFは共生など考えず、中身が無くなれば抜け殻のように捨て、次の人間を探すからだ。


 周囲からは動揺とピチャピチャと胃の内容物を吐き出す音が聞こえるが、それらの雑音を覆い隠すかのように寄生された人間ごとAFを『点火』で焼き払う音が轟く。


 最後の一人に『点火』を使うと、その顛末を見ずに軽く伸びをする。


「それじゃ撤収しよっか、事後処理は軍人さんに任せてさ」


 之江はざわざわと統一感のない人々や元人間の燃えカスには目もくれず歩き始める。


 少し離れた場所では、ケイジと三峰を連れた軍人が手招きをしている。そこと之江の進路は全く被っていない。


「ちょっと待って、之江」


 その様子に気付いたシロは之江の背中を呼び止め、之江は不機嫌を隠そうともせずに振り向く。


「なに、シロ……?」


 よく見ると不機嫌は不調を隠すためのカモフラージュらしく、之江の足取りはふらふらと覚束ない。強化型の『魔法権利』で補強しているとはいえ、之江はまだ十代後半――数日前には学校に通い、AFとは何の関わりのない生活を送っていた普通の少女だ。度重なる戦闘で疲労が溜まっていても不思議ではない。そしていま力を誇示したばかりの相手に弱みを晒したくないという心理も、分からないこともない。


「いーや、やっぱり何でもない」


 シロは薄らと『閃光』を発動させながら之江の肩を抱く。そして之江を呼び止めた理由を取り敢えずクロ一人に託し、どこか休める場所を探して歩き出す。


 クロは黙って二人の背中を見送ってはいたが、意識は二人に向いてはいない。


 こちらに視線を向け、クロが意識を傾ける先には初老と壮年の男性――立派な軍服を着こんだ二人が立っていた。初老は値踏みするような瞳を、壮年は嫌悪するような瞳を、絶えずこちらに向けていた。


 クロもシロと之江の背中から目を離し、とある念を込めて軍服姿の二人を見つめる。


 その念とは値踏みや嫌悪ではない。



 クロの瞳には珍しく、期待の色が燈っていた。



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