Ⅴ-3
一方通行のドライブに新たな同乗者が増え、それが女子高生ときては男三人女一人のむさ苦しい旅路が幾らかマシなモノになる筈だった。
ただ新たな同乗者の登場は、新たな問題の到来でもある。
クロとシロがケイジを拾い、三峰が同行し、そして新たに之江が参加した一行――人数は五人。その移動手段は車であり、無慈悲にも四人乗りである。
「クロが運転、私が助手席、ミツは後部座席で熟睡、……ケイジの巨体とミツに圧迫されて之江は更に細くなるかもね」
シロの提案に当然の如く之江は却下を言い渡す。之江はボロボロの制服を脱ぎ捨て、シロが予備として持って来たジーンズとシャツを借りている。身長差は十センチ以上あり裾は余ってるにも拘らず、ジーンズの腰回りの余りは一切なく、寧ろシャツの胸元は大きく余り、ボロボロの制服を脱ぎ捨てる代わりに、之江の心がボロボロにされてしまった。
「女子高生の僕を男二人でぎゅうぎゅう詰めにしちゃう? そんな犯罪チックな光景、絶対に作り出しちゃダメだと思うよ」
ボロボロにされた心のまま、シロに懸命に噛みついていく。
「それよりケイジが運転、シロが助手席、クロが後部座席で、僕がクロの膝の上……、これだと完璧じゃない?」
「そんな犯罪チックな光景、私は賛成出来ないわ」
女二人の諍いに、男三人――内一人は之江の存在すら知らない――は迂闊に口を出せなかった。座席が四人分しかないのは事実であり、誰かが必ず貧乏くじを引かなければならないからだ。
「まあ、落ち着けよ二人とも」
しかし、流石にキリのない諍いを静観し続ける訳にはいかず、ケイジは折衷案ですらない第三の意見を紡ぎ出す。
「五人つっても、全員が無理して座席に座る必要はないだろ。荷物を寄せれば一人分のスペースは確保出来るだろうな」
ケイジは言い終わると無言で三人に視線を向ける。「自分の体は大きくて入らない。そっちで誰か一人を決めてくれ」と、無言の瞳は告げていた。
ケイジの提案に女二人は非難を浴びせ、それにケイジが応戦することで場は余計に騒がしく収拾が付かなくなっていく。今まで静観を決め込んでいたクロも、三峰を荷台に放り込む案が三人から出てきた辺りで慌てて仲裁に向かう。
最終的にはクロが持ってきた提案を三人は渋々と了承し、順次車に乗り込み始める。クロの案は誰の目から見ても寝ている三峰を荷台に放り込むよりはマシであり、貧乏くじを引くのが自分でないと知ると誰も文句を出さなかった。
助手席に座った之江は地図を片手に隣のシロへ苦言を漏らす。
「でも、他に行く当てはないよ」
「うーん、それは分かるけど……僕はお勧め出来ないかな」
一行の目的地――数分後に到着する先を、之江は知っている。
「クロさんが受けた説明だと、そこはこの近辺で一番の避難所で軍が駐屯してるみたいじゃないですか。これからの動き方を決めるには悪くない場所だと思いますよ」
目を覚ました三峰が、いつものように丁寧な口調で年下の之江に意見する。
「だから、それが愚策なんだよ。目に見える成長型AFの脅威と違って、寄生型AFは当人たちにすら悟られずに蔓延するから。事実こことここ、ここの三か所は僕が近くまで行った時には手遅れだったよ」
之江は地図に印された目的地の黒丸以外の赤丸を三か所指差し、死亡宣言を下す。
「軍にも少なからず権利者はいたみたいだけど、僕ら一般市民と同じだよ。AFとの遭遇は初めてって人が多いらしくて、誘い出されて分断されて殺されての繰り返し。それで結局AFの気配を察知出来る人がいなくなって、内側からじわじわと……って感じ」
国防軍という名称ではあるが、防衛相手は専ら人間の軍隊を想定している。対AFの軍事ドクトリンを確立しているのはアメリカ合衆国陸軍と海兵隊、アフリカからの飛び火の可能性がある地中海の沿岸国、そしてアラビア半島の諸国程度である。強力な軍事力と国力を持っているものの遠く離れた日本やロシア、オーストラリアなどは対AF戦闘を円滑に行えるノウハウを持ってはいない。
当然、軍には権利者も少ない。
「一般市民でも『魔法権利』が発現した人はいる筈ですよ。そういう人たちの助力を得れば多少は……」
「三峰、お前それ本気で言ってるのか?」
ケイジは呆れ声を三峰に向け、続けてダメ出しをする。
「俺はここ数日、お前らに付いて『魔法権利』ってのを見てきた。『加速』『挑発』『閃光』『拡散』『軍勢』『警告』、そして之江の『円熟』と『点火』。九種類もあって、寄生型AFを体内から取り除けるのは、シロの『閃光』だけ。単純に考えるなら十人に一人だが、これもどうやらシロが例外なだけだ」
シロは自分が例外であることを認め、ケイジに推測の続きを促す。
「だが、気配を知るだけなら発散型の権利者なら可能らしい。三峰の言う通り、一般人の権利者たちから寄生型AFを宿している人を教えてもらうことも出来る」
その段になってやっと、三峰は『魔法権利』という仕様の欠陥に気付く。
「安全に取り除く術がないなら、取り除けないのと同じだ。集団から取り除くには宿主ごと殺すしかない。だがな、自分たちを頼って逃げてきた無辜の市民や同じ釜の飯を食ってきた同僚を、一個人の感覚に任せて処理出来る軍隊なんて存在しない」
ケイジは大きく息を吸い、三峰に言い聞かせる。
「お前は既に『魔法権利』を持ち、この中では唯一の軍人だ。今から覚悟しとけ」
「覚悟……?」
「『魔法権利』を持った軍人である以上、必ず取捨選択を迫られるぞ」
車内に重苦しい雰囲気が流れてはいたが、そんなことなどお構いなしにクロが声を掛ける。
「上からは目的地が見えた」
上から――と言うのは、四人乗りの車でクロが提示した五つ目の座席は、荷台ではなく屋根の上であった。冷たい風も朝より雲を減らした秋空も、クロにとっては障害になり得ない。
「警戒は怠るな。小さな気配は幾つかある」
再び屋根の上から注意を促すが、ケイジ以外は発散型の『魔法権利』を持っている。クロに言われるまでもなく、対AFの心構えは終わっていた。
「あ、そうだ。僕から一つ、訂正があるんだけど……、いいかな?」
そしてクロの注意が下に向いている内に、之江が切り出す。
「あんまり知られてない……と言うより、難易度が高すぎて誰も出来ないだけだけど」
そう前置きを残してから、之江は改めて訂正に入る。
「発散型の『魔法権利』を持ってる人は、体内にいても小さな寄生型AF程度なら難なく殺せるよ。この先で僕が実際にやってみせるから、心の隅にでも残しておいてね」
「多分他の人には出来ないだろうけど……」と付け加え、之江は視界に映った学校を、一行の目的地を指差した。
「全体の3%程度……許容範囲内だ」
「これから増え始めようってタイミングで、天敵の登場ね」
目的地である九州学院大付属第二高校の正門の前に並び立つクロとシロ。しかし正門は締められ、その先には大きなコンテナがバリケード代わりに敷き詰められていた。外壁は補強され上には有刺鉄線が張り巡らされている。一定の間隔を開けて立つ鉄塔は照明と見張り台、そして銃座を兼ねているらしい。
存分に改造を加えられたその外観は高校ではなく、簡易要塞さながらであった。
「お待たせしました、裏に移動しましょう」
その見張り台に立つ一人から許可を貰った三峰が戻ってくる。
「ケイジさんと之江さんは?」
「二人はまだ車の中にいる」
車の方へ足を向けるクロとシロとは異なり、三峰は頑丈に改造された正門に目を奪われていた。
「これだけ頑丈に閉じてても、AFは入り込めるんですね」
「AFは人の流れに依存して広がる。しかし、例外もある」
クロの例外と言う言葉に引かれ、三峰は正門から二人へと視線を向ける。
「メカニズムの究明は進んでいないが、AFは海を越えられない」
「加えて言うなら、寄生されてても潮風を浴びるとかなり衰弱するし、拒絶反応で体外に飛び出す奴もいるわよ。ほら、海辺の町覚えてる?」
シロの言葉で三峰は昨日訪れた港町の風景を喚起する。民家の窓ガラスは割れ、乗り捨てられた乗用車は内外共に血に染まり、空き缶のように人体の破片が散らばっていた。そんな光景を――――。
初めて見た時は吐き気を覚えた風景も、記憶の中では……いや、それらに慣れてしまった今の三峰にとっては、それほど衝撃的ではなかった。
「アレは陸から海に向かって風が吹く日中を狙ってAFが押し寄せ、海風の吹く夜間を避け撤収した結果よ。寄生せず襲えるだけ襲って立ち去る。それほどまでにAFは海を恐れているの」
「逆に言うなら、『魔法権利』やバリケード程度ではAFは止まらない」
クロとシロの言葉が本当であるなら、避難所や拠点は海辺に構えた方がいい。なのに、軍が市内に拠点を構え続けるのは何故だろうか……、と三峰は考え、自身の持てる知識で導ける範疇を超えたため考えるのを止める。
三峰はただ、二人に促されるまま後を付いていく。
もどかしさを感じながらも、二人の後を追うことは決して悪いことではないと、三峰は同じ権利者として理解してしまっていた。
それが本当に良いか悪いかは、また別として……。




