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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第一章:彼と彼女らの馴れ初め
2/119

Ⅰ-2

2015 1 19加筆済


 九州北部の街角は赤く染まる。


 太陽は今日の務めを終え、既に顔を半分ほど隠していた。繁華街は通り過ぎ、帰宅するサラリーマンと夜の街に繰り出そうとする若者とも、あまり擦れ違わなくなってきた。夏はとうの昔に終わり、夏の残り香のような茹だる暑さを携えてやってきた秋も、今はくるりと手の平を反して冬の味方に付こうとしている。


 街で擦れ違う人々の服装もまちまちだ。肌寒そうな夏物を着て震える者から動き辛そうな冬物を着込んだ者、当然サラリーマンは皆スーツで季節など無視して職場と家を往復している。


 そんな人混みから抜けて、ブーツとジャケット――その他もペアルックで固めた大学生くらいの男女と、彼らに歩調を合わせて貰っているスーツ姿の初老の男性が小走りに道を進んでいく。


「義父さん、無理していませんか?」


 先頭を走る青年――クロは、義理の父を労わりながらもその足を緩める気配はまるでない。ぜいぜいと息を切らしながら付いて来る初老の男性は、青年の背中を追いながら悪態を吐く。


「パニックのパの字もない! こんなことなら、車を使えばよかったわい!」

「この近辺に車が少ないだけで、市街地に寄れば帰宅ラッシュに捕まりますよ」

「それに、お父さんは運動不足。忙しいのは分かるけど、飲んで喰って動かなければ、お腹にお肉が溜まっていくよ。ほら、たまには運動もしないと」

「腹に肉など付いとらんぞ」

「えー、最近顎にお肉ついてるの私、知ってるから」


 クロの隣に並んだシロが、白銀の髪を夕日の赤に塗り替えたまま叱咤激励する。初老の男性は不満そうな顔を浮かべていたが、体内に酸素を取り込むことに必死で、それ以上の言葉は出て来ない。


「それに、もうすぐ到着するよ」


 帰宅途中のサラリーマンを軽やかに躱し、シロは指を差す。衝突せずに済んだサラリーマンの二人組は最初は前を見ずに走る常識のない若者の顔を拝んでやろうと振り向き、夕日を背に輝くシロの美しさに見惚れて立ち止まる。


 シロの指差す先にあるのは、大きな敷地と倉庫を持つ海運会社であった。


 黒田海運と記された看板は雨風に曝され少し錆びていたが、会社自体は数少ない政府認可の海運会社――当然錆びてなどいない。


 初老の男性――黒田海運会社の会長は、自身の城を確認すると歩調を抑え、息を整える。建物の中では大勢の部下が、会長である自分を待っている。非番の者まで余さず呼びつけたのだ。時間ぎりぎりに現れるのは申し訳ないと思うものの、急いで現れたとなっては上に立つ者の尊厳に係わる。


 額の汗をハンカチで拭いながら、黒田会長は二人を置いて建物に入っていく。


「無駄な見栄。そう思わない、クロ?」

「経営者には必要なことだ、シロ。昔読んだ本にも書いてあった」


 汗一つ掻いていないクロとシロも、父の尊厳について意見を交わしながらその後姿を追っていった。





 会社に集まっているのは二百人弱、当然全員を一度に集めるには会議室やその他部屋では広さが足りず、必然的に集まり集められた人々は言われるままに玄関口で待機するしかなかった。


 集められたのは、黒田海運の社員とその一親等――所謂家族全員だ。社員は皆迅速に集まれたのは定期訓練の成果だと口々に誇り、その家族は怪訝な顔で彼らを眺める。社員以外は、何の理由も告げられずに連れて来られたのだから、それは当然の反応だ。


 事情を知る者――社員の宥める声と説得する声があちこちから聞こえるが、その声色に隠されているのは安堵だと、聞かされる側は気付けない。


「あー、あー、清聴! 聞こえておるかね?」


 そんな中、臨時で作られた台の上に黒田会長が現れる。社員は皆姿勢を正してそちらを向き、その家族も釣られて台の上の初老の男性に注目する。


「全員……は、揃っておらんが猶予はない。当初の計画通り、シロの『魔法権利』で無事を確認できた者から移動して船に乗れ。海に出るぞ!」


 黒田会長の号令に合わせて、若い数人が歓声を上げる。それが徐々に波及して静まるまで、理由も教えられずに集められた人々は冷めた目で辺りを眺めていた。


 その様子を、また少し離れた場所で眺めていたシロが口を開く。


「クロはどっち? 見知らぬ他人の大量死を間接的に喜ぶ人と、その見知らぬ他人の中から助け出されたのに呆れてる人」

「悪趣味な質問だ、シロ」

「ふっふー、私たちは当て嵌まらないもんね。どちらにも、絶対に」

「そうだな」

「それじゃ、私はやってくるね」


 社員が事前に準備を整えてこの日を待っていたように、クロとシロの二人にも相応の役割が与えられていた。来ないかもしれない日を待って、来ないことを願って、これから何が起こるか知る者たちは暮らしていたのだ。


 だが来てしまったなら、動くしかない。


 粛々と定められた作業が進められ、安堵と不安が入り混じるエントランスホールに、甲高い女性の声が響く。


「ちょ、ちょっと会長さん! 海に出るって、どういうことなんですか?」


 作業に勤しむシロや社員たちの雰囲気に流されていた親族の気持ちを代弁するように、一人の女性が戸惑いながら手を挙げていた。誰もが思い、口に出せなかった疑問を尋ねたのだ。


 多くの視線が会長に集まり、回答を催促する。


 黒田会長は顎鬚を撫でながら、どう答えたものかと思案する。


 誰もが彼の答えを待ち、黒田会長は自然と視線を泳がせる。


 そしてエントランスホールの隅っこでクロを見つけると、こちらに来いと手招きする。このエントランスホールを満たす疑惑の解消を、クロに任せると言っているのだ。


 渋々――けれどそれを顔に出さずにクロは義父の傍に立つ。


「俺に任してください、会長」

「頼むぞ。我が息子」


 人前では決して義父(ちち)と呼ばないことを知りつつ、自分の息子であることを強調する義理の父に対し、クロは何とも言えないむず痒さを感じる。


 多くの視線が突き刺さる最中、クロの第一声は


「理由は説明できない」


 当然場は騒然とするが、柔和な会長とまるで違うクロの鋭い眼光に射竦められ場は次第に静まっていく。説明できない、で終わりでないのは明白だ。クロは台上から引いていないのだから。


「説明できない確固たる理由も存在する。だがその理由を知る貴方たちの子が、配偶者が、親が、納得してここにやってきた。それは信じるに足る要因だ。ここに来たことを後悔する日は来るかもしれない。だが、恨む日は来ない。それだけは保証する。だから暫くは、会長を信じて何も言わずに従ってくれ」


 そう言い切ると、クロは台から降りる。


 クロは何一つ説明していない。論点をすり替えて煙に巻いただけである。だが誰一人として異を唱える者は現れず、反論も拍手も感想もなく、誰もが淡々とした作業に飲み込まれていった。


 何度も頷く義父を視界の隅に残し、クロは元いた場所に戻りシロの帰還を待つ。


 数分後、早々に確認作業を終わらせたシロが早足で戻ってくる。


「相変わらずの無茶振り、嫌なら断ればいいのに」

「あの程度、なんてことはない。……それより、シロはどうだった?」


 クロの問い掛けに、シロは目の横をポリポリと掻きながら答える。


「まだ来てないみたい。誰の中にもいなかったよ」


 確認作業が終わり、集まった人々は順次移動を開始する。その多くがシロを一瞥し、不可解な顔をして通り過ぎる。確認作業の途中と現在で、シロの顔に一つの小さな相違点があるのに気付いたのだ。白磁の如く澄んだ滑らかな肌、それを下地に整った美貌を惜しげもなく晒しているシロだからこそ、目についたのである。


「お姉ちゃん、コレは?」


 移動する集団から飛び出した子供が近寄り、目の下を指さしながら尋ねる。


 シロは答えを待つ子供の前で右目を手で覆い隠す。


「大丈夫、ちゃんとあるよ」


 そして手を離した後には、右目の下辺りに一本の縦線が浮かび上がっていた。フェイスペイントにしては地味で、シロの真っ白な肌に浮かび上がるには目立つ印だ。


「『魔法権利』使わなくても分かるんだけど、使った方が確実だから」


 安心し親の元へ戻る子供に手を振りながら、自分に言い聞かせるようにシロは呟く。


「『魔法権利』、か……」


 クロは自分とシロに宿る、異能の力を強く感じる。


『魔法権利』――とは、書いて字の如く魔法を使う権利のことだ。ただ、ファンタジーに出てくる魔法とはまるで違う。空を飛んだり、火の玉を出したり、そんな一般的認知度のあるモノではない。体が光ったり、重い物を簡単に運べたり、地球上に偏在する事象の一端を体に宿している……ただそれだけに過ぎない。大層な名前の割に、特技や個性の延長との認識が主である。


 そんな特技や個性を何故『魔法』などと仰々しい言葉を使うのかというと、その理由はただ一つ――現代科学でその原理を全く説明出来ないからだ。


 いや、その原理は説明できないが、それが発現した原因は推測されている。


 酷く強引で、理不尽な推測――しかし合理的で、単純な原因だ。



 人類に天敵が現れた。



 ある者は唱えた。我々人類がかの天敵と戦う為に世界から与えられた異能――それが『魔法権利』であると。


 それが真実かどうかは、まだ誰にも分からない。


 だがシロとクロ、二人の『魔法権利』が必要な時が迫っているのだけは確かであった。

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