Ⅳ-4
茶山や他の生存者を乗せた輸送ヘリが飛び立って数分後に、四人は人間もAFもいなくなったショッピングモールを後にした。
いや正しく表現するのなら、後にしようとしている、だ。
「今日の予定と『魔法権利』について。どちらから聞きたい?」
今ハンドルを握っているのはクロで、助手席にシロ、ケイジと三峰は後部座席に収まっている。そしてこの問い掛けの対象は後部座席の二人に対してである。
しかし、当の二人はどちらかを選ぶことは出来なかった。
「『魔法権利』のことは色々と聞きたいんですが、今日の予定も大事です。俺の欲求で予定がずれるのも困りますが、知りたいと言ったのも俺なんで後回しにするのも……」
「俺はどっちでもいいぜ。聞いた所で変わんないしな」
三峰とケイジ――決められない結果は同じでも、理由には天と地の差があった。
「今日の予定からにしようよ、私も知らないし」
決めきれない男二人と即決するシロ、ここにも新たな差があった。クロは内心ホッとしつつキーを捻りエンジンをかけ、いつでも車を出せる状態にする。そして髪の地図を持ち上げて三人に対して説明を始める。
「今日は一日掛けて、ここまで行く」
「クロ、その赤丸は何?」
クロが地図上で指差す先には、黒丸がついていた。そして黒丸の付近に幾つか赤丸が記されている。
「俺も知らない。それより今日の予定だ」
シロの質問であろうと容赦なく撥ね退け強引に話題を戻すクロ。
「目的地には一時間も掛からない。なのでこれから時間を使って、昨日の成長型AFを探して殺す。以上だ」
その手段を全て省き目指す結果だけを伝えるという簡潔な説明の仕方に、三方向からため息とブーイングが飛んでくる。
「こちらから探す手段はないが、奴は自身の『魔法権利』に絶対の自信を持ち、その力に魅了されていた。故に必ず俺たちの前に姿を現す」
この発言は三者三様の驚きを与え、別々の反応がクロを困らせる。
「探す手段がないって……」
「人間以外も『魔法権利』って持てるんですか!」
「おいクロ、また故にと前の言葉の間の説明が抜けてるぞ」
クロはハンドルを握りアクセルを踏まず、一つずつ思考を固めていく。
「まず探す手段だが、幸いにも発散型が二人いる。索敵で気配を探りつつ、相手にこちらの存在を気づかせる」
「ああ、なるほど」
「発散型の索敵は、潜水艦のソナーと同じ仕組だと聞く。潜水艦のソナーと同じならば、力を飛ばすことで精細な情報を得ることが出来る。だがその代償としてこちらの場所も知られてしまう。今回はそれを使って誘き出す」
三人はクロの提案に異論などなく、それを受け入れる。
「誘き出して倒すってのは良いんだが、勝てるのか?」
ケイジの疑問は他二人の心配も代弁していた。相手の場に誘われたとはいえ、クロは昨夜に対面勝負で殺されかけた。他の三人も武器や状況が万全ではなかったが、あのAFのみにあっさりと打ち負かされている。
「問題ない。今度は『魔法権利』を使う間すら与えない」
だがクロには妙策があるらしく、三人の不安を物ともしない。その詳細を伏せたままクロはアクセルを踏み車を発進させる。
「次は本題、『魔法権利』についてだ。他言無用、頭の中だけに留めてくれ」
そう切り出したクロは、ゆっくりとした速度のまま続きを紡ぎ出そうとしていた。
「時に諸君、この地球上でAFを一番多く殺しているのは何かを知っているかね?」
クロが言葉を選ぶ最中に、シロが奇妙な口調で割り込む。誰を意識したのかは分からないが、まるで年を食った学者のような口調であった。
「何って……、生物以外もアリなら銃弾とかじゃねーのか?」
「問い掛けがあやふや過ぎてちょっと……」
困惑しながらもダメ出しする二人の返答など気にもせず、シロはしたり顔で自分の喋りたいこと喋り続ける。
「実はAFを一番殺してるのは、銃弾でも人類でもなくて、一羽の鷲なの!」
「へえ……、そうなんですか……?」
「ミツ、何よその反応……」
シロの意図を掴めずに三峰は曖昧な相槌を打つ。隣のケイジもそれは同様らしく、無駄なことは喋らず完全に受け身になっていた。二人の食い付きの悪さに呆れたシロだが、コホンと咳払いを挟み気を取り直して進める。
「それで、なんで鷹が世界に散らばる弾丸より沢山のAFを殺せてるかと言うと!」
「強力な『魔法権利』を複数持っているからだ」
楽しみにしていた締めの台詞をクロに先取りされ、シロの衝動的な拳が運転中のクロに飛ぶ。
「それは『魔法権利』を二つ持っていた茶山と似た境遇ってことか?」
「そうだ。『魔法権利』は人間にしか発現しないが、権利を持つ者は人間だけとは限らない」
「早い話がね、『魔法権利』ってのは魔法を扱う権利で、その権利は『魔法権利』持ってる相手を殺せば奪えるのよ」
シロはサラッと重要な事柄を吐き出す。
「いま俺がシロに殺されたら、シロは『閃光』と『加速』の二つを扱えるようになる」
そしてクロもまた、恐ろしい具体例を平気で口にする。
補足としてクロが挙げた具体例は、『魔法権利』を持つクロとシロが詳細を語りたがらなかった理由を端的に示していた。断続的にAFと相対する状況で、一人はAFに対する圧倒的な耐性と戦闘力を保持し、もう一人はそれらを全く持っていない。そんな状況に置かれた二人に今の情報――”AFに対する圧倒的な耐性と戦闘力は奪える”などと知らされたら、疑心暗鬼で戦う所ではなくなってしまう。
そしてクロとシロがこの件を話したのは、この四人の内で疑心暗鬼が起こる可能性がないと判断したからだ。
「つまり茶山少年やあのAFは、他の権利者を殺して奪ったんですか?」
眉を顰めながら分析する三峰に、クロは首肯する。
「人間からAFに、AFから人間に。より強い者に『魔法権利』が集まる仕組みか。碓氷の野郎……、だから茶山を回収に来たのかよ」
ケイジは悪態をつくが、碓氷と言うケイジの元同僚の判断は適切であった。
「もし茶山が同行しなければ、俺があの場で殺していた」
物騒なことを平気で漏らすクロを咎める者は車内にいなかった。
茶山の持つ『軍勢』は人類が使ったならばその効能が限定的過ぎるが、AFの手に渡ったならば脅威などでは済まない。人類はより組織的に動くAFの集団と戦わなければならなくなり、現状より更なる苦境に立たされる可能性もあった。
そうなるくらいなら、殺した方がマシだ。
「ケイジさんの提案がなければ、茶山は絶対に残っていた」
確信を持って宣言するクロに、ケイジと三峰はその根拠を尋ねる。
「『魔法権利』は万能の道具ではない。その利便性の中にはデメリットになり得る要素も孕んでいる」
「…………つまり?」
「有名なのはアイデンティティーの喪失――ってほど酷いものじゃないけど『魔法権利』に性格が引っ張られるらしいの。ほら、茶山が屋上から下に行った時、アレはきっと『軍勢』の影響を受けての行動よ」
ケイジと三峰は二人の説明を熟考し、クロとシロは更に適した説明の仕方を模索する。
「つまり新たに入手した『魔法権利』次第で、クロさんが冗談を言ったり表情豊かになる可能性もある、と……?」
「そうだ、可能性はゼロじゃない」
三峰の挙げた例にケイジはマジかよと驚愕を漏らし、シロは無言のまま複雑な表情で視線をクロに向けていた。
「クロが表情豊かになっちゃったら、今以上に女の子が寄ってきちゃう!」
そんな無言のシロに、ケイジが裏声で声を当てる。その不意打ちにシロは目を見開き、すぐさま恨めし気なモノに変わる。
だがその表情の変遷は、即座に真剣なモノに落ち着いてしまう。
「……クロ、気づかれたよ。ゆっくりと近づいてきてる」
シロの報告を受けたクロはアクセルを踏み込み、条件を満たした場所を探すために速度を上げる。
「それで結局、俺たちは何をすればいいんだ?」
組み立ててからまだ一度も使っていない『M240機関銃』に再び弾を込めながらケイジが三人を代表して指示を仰ぐ。クロは少しの間を置いて、信頼と期待の眼差しを浴びせてくる三人に簡潔に告げる。
「三人は囮、頑張ってくれ」
三人は一瞬で眼差しの種類を切り替えたが、前を向いてハンドルを握るクロにその事実を知る由もなかった。