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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第一章:彼と彼女らの馴れ初め
13/119

Ⅲ-6



 茶山は屋上の縁に立ち、駐車場のAF二体を見下ろしていた。


「…………あっ」


 だが背後から注がれる四人の視線に気付き、徐々に顔が青くなっていく。


「ち、違う。これは……、その……」


 怪訝な目を向けられ言葉を詰まらせる茶山を救ったのは、クロの言葉であった。


「三峰、ボーっとせずに撃て。茶山お前もだ。やれるなら残りもやってくれ」


 特に詮索しないクロに、噛みついたのはケイジである。


「ちょっと待て、茶山の手にあるそれは何だ! それが茶山の『魔法権利』なら『軍勢』は誰の『魔法権利』だ!?」


 ケイジの問い掛けは、四人が知らなければならない内容である。だが、切実にその答えを求めようとしているのはケイジと、小銃を下に向け撃ちながらこちらの様子を窺っている三峰の二人だけであった。


「クロとシロ、……お前ら、まだ隠し事してるだろ」


 ケイジの声から険悪さが感じられないのは、追求の先が責めることでなく知ることであるからだ。それ故にクロとシロも、嘘や誤魔化しを用いて蔑ろにせず、正直に答える。


「……隠し事は、まだまだあるよ」

「俺とシロにとって――いや、茶山や三峰にとっても切実な問題になる。だから敢て黙っていた」


 当然『魔法権利』についてだ、とクロが念を押す。


「実を言うと、隠す意味はない。下の二体を片づけたら余さず伝える。約束する」


 ケイジはジッとクロの瞳を見つめ、ハァと息を吐いて了承する。クロの言う通り、隠し事とAF討伐で、優先すべきは言うまでもなく後者だ。


「でも、どうやって倒すんですか? ここからどれだけ撃っても、奴らビクともしませんよ。……今は良いですが、燃えた車でも投げられたら大事(おおごと)ですよ」


 三峰の主張は的確であった。下のAF二体は、茶山に射抜かれたAFと違い街路樹を投げるようなことはせずに、正体不明の攻撃に反応できるよう動かず受け身に徹していた。


 一同の視線は、まずシロへと集まる。


「無理よ。この距離じゃ焼けないのは実証済みだし、無駄に撃つくらいなら何もしない方がマシ」


 次に一同が期待の眼差しを浴びせたのは、茶山である。


「こっちじゃ下の二体は殺せないぜ。そんな便利な能力なら、『軍勢』なんて使わないに決まってるじゃん」


 茶山の手に握られている弓状の『魔法権利』の名称は『警告』である。


「『警告』は、これはヤバイって時にその言葉……いや、意思……? 上手く言えないんだけど、その気持ちを矢として撃ち出すんだよ。基本的に受け身の能力だから、敵が動かないと俺にはどうしようもないぜ」



 茶山の説明を聞きながら、ケイジはシロの言葉を反芻していた。


 危機に瀕した人間が『魔法権利』を発現させたとしても、生存率は二割程度。『魔法権利』が万能の武器になり得ないなら、無情にも蹂躙されるだけだ。


 地獄に垂らされた蜘蛛の糸を掴めるのは一部の人間だけで、地獄の外から垂らされた糸もまた一部だけ――なんとも胸糞悪くなる仕組みである。



「……膠着状態、は悪くないですね」


 三峰は駐車場の二体を見下ろしたまま、隣に来たクロに呟く。


 一見援軍なき籠城であるが、そんなことはない。援軍は朝の日差しである。


 多くの人間は夜目がきかない。そのため灯りのない場所でAFと対峙した場合、前後左右と幅広い警戒を強いられ短い視界で戦わなければならない。それに伴う危険性とプレッシャー、そして疲労――それらを受け入れてまで外に出る必要はなく、今はただ屋上で時間を重ねていけばいい。



 それは古い常識の範囲内での話。


 AFが溢れた世界で――天敵を目の前にした状況で、膠着状態は起こり得ない。




「ウゥゥォォォオオオオオオオオオオオオ!!」



 何の前触れもなく、銃痕のAFのが咆哮をあげる。


「うわっ……」

「なによこれ!」


 耳を劈く叫び声に一同は驚き、その行動の意図を探ろうとする。


 屋上の縁から二体のAFを見張っていたクロと三峰は、咆哮をあげた銃痕のAFと目が合ってしまう。鉛色の皮膚が動き、銃痕の空洞部分を歪む。本物の眼球を備えた場所には炯々と黄色い光が宿り、――その輝きが増した。


「気味が悪い」

「アレ、笑ってるんですかね……」


 AFが笑う――と言う事象は今まで確認されていない。だがしかし、二人の目に映ったそれは間違いなく笑顔であった。


 それも飛び切り、挑発的な笑顔――――……。



「気を付けろ。何か仕掛けてくるかもしれない」


 その笑顔に寒気を覚えたクロは、一同に注意を呼びかける。


 クロの勘は的中した――が、今更警戒した所で、一同に抗う術はなかった。



 その”何か”は、既に仕掛けられた後だったのだから。



 相手の仕掛けに最初に気付いたのは、茶山であった。


 驚愕して自分を足元に目を向け、驚愕の原因に気付きわなわなと震える。


「――――ちょっ、下がヤバイ!」


 茶山は誰の制止を受ける間もなく、一目散に駆け出して行った。


 未だに動かない下のAFと茶山の言葉――その噛み合わない二つの中間を、シロが緩衝に成り得る行動で埋める。クロは反射的に後を追うが、屋上から出るギリギリでシロに呼び止められる。


 索敵可能なシロも下で何が起ったかを、茶山が何故飛び出したのかを察したのだ。


「クロ、これを!」


 シロは銀の爪が入ったトランクを投げて寄越す。クロはトランクを受け取り、装着せずにモール内部に繋がる入り口へと駆け出して行った。





 クロの注意に応じて気配を飛ばし索敵を行った茶山は、即座に下で起こった異変に気付いた。『軍勢』を持つ茶山だからこそ、気付くことが出来たのである。


 モールの内部に辿り着き、慌てた足取りで動かないエスカレーターを降りていく。


 内部は意図的に電灯を消しているために薄暗く、唯一非常灯の緑色だけが闇の中で力強く輝いていた。


 無意識に足を止め、息を整えながら気配を研ぎ澄ます。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 ショッピングモールの二階。勢いに任せて駆けてきた茶山は、ここで選択を迫られることになる。


 右には、食店や服屋などのテナントが並び、左にはモールの一画を占める映画館の入り口がある。


 右にはAFから逃げてきた普通の人間、左には寄生されつつも戦ってくれた人間。



 これから危険に曝されるのは、間違いなく右の人々だ。



 だが茶山は、左の人々のために駆けてきた。右に溢れる危険を知りつつも、確かな予感を受けながらも、自身の目で確認するまでは納得したくなかった。だから、ここまで来たのだ。


 心の隅に怯えを払い除け、勇気を奮い起こす。


 体の向きを変え、震える足をゆっくりと動かし、左――映画館の入り口へと歩き出す。


 一歩二歩と距離が縮まるにつれて、気配が強くなる。『軍勢』に応える声はない。


「あ、ああ…………」


 代わりに茶山を出迎えたのは、床に伏し体内のAFを抑え込もうと努める人々の呻き声であった。暗闇の中には既に息絶えた者も多く、体外に飛び出した寄生型AFを最後の力で捻り潰していた者もいた。


「…………成行……来るな……」

「逃げてくれ…………俺たちは……」

「……なり……ゆき……にげ…………」


 呻き声の各所で、自分に向けられた声が混じっていることに気付く。足の震えが体全体に広がり、目からは止めどなく涙が溢れ出す。呻き声を漏らす人の中には、茶山の友人も含まれていた。もう助からない。友人の体は小刻みに震え、その顔は暗闇の中でも分かるほど絶望で染まっていた。



「あ、ああ、ああああああああああああああああああああああ!!!」



 茶山の悲鳴と同時に、友人の体内からAFが飛び出してくる。


 その血液で濡れた触手は茶山のすぐ横を通り過ぎる。友人が最期の力を振り絞り体を動かしたことで狙いがそれたのだ。


 茶山がその事実に気付いた時には友人は既に動かず、友人の体内から飛び出した寄生型AFは、茶山の後頭部に狙いを定め取り付こうとしていた。



 ドガッッ!



 だが、暗闇に響いた音は乾いた打撃音だけである。


 寄生型AFが茶山に取り付く湿った音も、それに伴う茶山の絶叫もない。けれど茶山の体は脱力し、崩れ落ちる。乾いた打撃音の正体は、クロがトランクで茶山を殴りつけた音であり、それがなければ茶山はAFにやられていた。


「何を呆けている。さっさと立て」


 クロは再び向かってくる寄生型AFをトランクで叩き潰し、同じくトランクで殴り飛ばした茶山に声を掛ける。しかし、茶山の返事はなかった。


「…………やりすぎたか?」


 茶山は完全にカーペットの敷き詰められた映画館の床の上で伸び、ピクリとも動かない。その代わりに映画館の奥からは、ピチャピチャと湿った足音が聞こえる。茶山の意識が途絶えたことで『軍勢』の束縛が消えたのかもしれないとクロは推測する。


 クロは片手で茶山の華奢な体を抱え上げ、AFを無視して屋上を目指して歩き出す。そして片手の塞がった状態のまま器用にトランクを開錠させ、いつでも中身の取り出せる状態を確保する。


「…………」


 屋上に続くエスカレーターに辿り着いたクロは、その凄惨な光景に眉を顰める。


 その惨状の製作者は、少し離れた場所からこちらを見据えていた。


 エスカレーターの入り口は人間の死体で埋まっていた。死体は現地調達したのだろう、エスカレーターから流れる血は真新しく、ショッピングモールの二階は新鮮な鉄錆の臭いで満たされていた。



 惨状の製作者は駐車場にいた成長型AF――その吠えていない方だ。



 クロは茶山を抱えたままゆっくりとAFの周りを歩き、間合いを測る。


 成長型AFは仕掛けてくることはせず、こちらを見据えたままだ。しかし、その付近では寄生型AFが元宿主やまだ息のある人々を引っ張り、エスカレーターに更なる壁を築いていた。


 それらの行動から、クロは瞬時に目的を察する。


「――――足止めか」


 それを口に出すと同時に、クロは茶山を抱えたまま立体駐車場に繋がる自動ドアに向かって走り出す。


 足止めが目的の成長型AFはそれに釣られ、『加速』を使っていないクロを追う。


 AFの瞬発力は流石のものであり、クロとの距離は即座に詰められ鋭い爪がクロを引き裂こうと迫る。


 だが、AFの爪が引き裂いたのはガラス張りの自動ドアだけであった。


 クロは爪が迫る寸前で『加速』を使い安全圏に逃れ、クロを追ったAFは勢いをそのままに自動ドアへと突っ込み、それを粉砕した。


「壊してくれて助かる。実は、ガラスが苦手なんだ」


 それもその筈、クロが『加速』を使ってガラス製品を破壊した場合、増した速度のまま砕けた無数の破片に突っ込み血塗れは避けられないのだ。単純で応用が利くが、それ故に落とし穴が多いのも、『加速』の特徴の一つである。


 故にクロは、AFをガラス張りの自動ドアへ突っ込ませた。


 ガラス片を周囲にばら撒き、自動ドアは大穴を開ける。外と内に一本の道が生まれた。


 まんまと利用されたことを理解したAFは、暗い瞳でクロを睨み付ける。だが当の本人は壁際に茶山を寝かせ、ゆっくりとトランクから取り出した銀の爪を装着していた。


 余裕綽々に――当然、『加速』などは使わずに。


 その姿を見せつけられた成長型AFは激昂し、自身の役割も完全に忘れクロ目掛けて突っ込んでくる。


 どれだけ普通の人間が鍛えようと、全身筋肉の野生動物の前では大した意味を成さずに叩き伏せられる。それは不変の摂理であると同時に、大きな体躯を持つ生物に与えられた特権でもある。


 当然AFにも、その摂理は適用される。


 けれどクロは敢てそれを避けずに、正面から受け止めようとする。


 逃げないクロに嘲りを浮かべていたAFは、力の限りその腕を揮う。


「――――グガッ!?」


 二メートルを超す巨体の突撃を、クロは難なく受け止めた。逆にAFは自分より二回りも小さな人間に受け止められたことに驚愕し、屈辱で身を震わせる。押し返すために力を入れようとして初めて、自身の体の異変に気付く。


 足や腕に少しも、力が入らないのである。


 AFの四肢の付け根――外殻のない筋繊維の剥き出しになった部分には、大きなガラス片が刺さっていた。それは飛び散った自動ドアの残骸で、刺さっているのが誰の仕業なのかは、最早明らかにするまでもない。


 そして、気付く。力が入らない原因は、ガラス片だけでない――と。



「人間には、絶対に力負けしない」


 AFの巨体が、自身の意思に逆らって下へ下へと沈んでいく。


「――――舐めるな、化け物」


 AFの体は、文字が示す通りに震えていた。その肩にはクロの手が力強く添えられ、クロの腕もまた小刻みに震えていた。


 クロから伝えられた震えは、ただの震えではない。この震えは『加速』により想像よりずっと凶悪な影響を与える。


 まず震えは筋肉の弛緩を招き気付く間もなく全身から力を奪う。脳が揺らされることにより平衡感覚も徐々に狂い、筋肉の弛緩と合わせて肉体から自由は消え去る。


 そして些細な傷であったとしても、その傷口は容赦なく広がり続ける。



「――――と、言うことだ。気分はどうだ、茶山」



 クロは目を覚ました茶山の様子を窺う。



「最悪。分かって訊いてるなら、お兄さんの性格も最悪」



 クロは無表情のまま、「戻るぞ」と促し一歩を踏み出す。


 その靴の下には、ぐちゃぐちゃに崩れ落ち肉塊と化した成長型AFが広がっていた。




細かいことは、「魔法だから!」で気にしない方向で

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