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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第一章:彼と彼女らの馴れ初め
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Ⅲ-5



 時間を重ねるごとに静謐さを増していく闇夜の屋上に、茶山の嗚咽が悲しげな色を付ける。


 だがここには彼を慰める者も、叱咤する者もいなかった。


 三峰は茶山の心情を察しもせずに、好奇心などという下劣な動機から迂闊な質問をしたことを後悔した。サラリーマン風の男の言葉は、茶山の苦悩を一時的に和らげたかもしれない。しかし『軍勢』を使う度に、同じ苦悩が何度も茶山を蝕むことは明白であった。


 まだ年端のいかない少年に『魔法権利』はあまりに大きく、そして辛い力であった。



 三峰の中にも同じく、未知の『魔法権利』が眠っている。それを意識した途端に、抑え込めないほど大きな不安と恐怖が胸の底から湧き上がる。



 そんな三峰を呼び戻したのは、不意の一言だった。


「敵が来る」


 涙で顔を濡らした茶山が額を上げ、正面入り口のある方角に顔を向けて呟いた。


 数回の瞬きで平静を取り戻したシロも、周囲に索敵の気配を飛ばす。


「……本当、結構いるわね」


 怪訝な顔を浮かべつつも索敵を止めなかったシロにも、やっと反応が返ってくる。しかし反応は微弱で、茶山の言葉がなければ気付くこともなかった。


 発散型の索敵は、潜水艦のソナーと同じ性質を持っている。波状の力を飛ばし、それがAFに当たれば反射される。その反射された力が返ってきて初めて、AFの存在を知ることになる。


 故に、索敵の距離は飛ばせる力に比例する。


 単純な力の総量だけなら、シロより茶山の方が優っている。


 確かにシロは『魔法権利』の扱いに幾何(いくばく)かの自信を持っているが、世界で自分が一番強いなど誇ったりはしない。しかし、この事実がシロの自尊心を微かに傷つけたのは確かである。この細い体の少年がクロと共に修練に励んだ自分より優れているとは考えたくなかったのだ。


「――――シロ!」


 目の前にはクロの顔があり、クロの両手はシロの肩に添えられていた。そしてクロの声と存在がシロを瞬時に現実へと引き戻す。余計な考えを振るい落とし、クロの言葉に集中する。


「成長型は多少残るだろうが、今回は普通に『閃光』で焼いてくれ。総数を減らして尚、ここに残れば各個撃破。逃げるようなら、それでいい」


 周囲を見渡すと三人の視線が顔を近づけたクロとシロに集まっていた。


 クロの両手はシロの肩に添えられ、両者の顔は近い。


 心に生まれた僅かな歪を察して、クロは声を掛けてくれたのだ。その事実が、シロには堪らなく喜ばしかった。



 シロは思い切って目を瞑る。



 だがクロは「任せたぞ」と言い残し去っていった。


「おい、こら、クロの意気地なし!」

「あと少しじゃないですかー! 勇気見せましょうよー!」


 シロは目を開け、少しだけ期待した自分に腹を立てた。ケイジと三峰の二人は、無責任に囃し立てていた。クロは我関せずと言わんばかりに敵の来る方角を眺めている。


 そんな四人の様子を見て、茶山は少し元気を取り戻した。






 ショッピングモールの正面駐車場には、沢山の車が残されていた。その大多数の所有者は既に死に、僅かに残った車の所有者も車が壊された程度で不満を漏らすことはない。


 いま正面駐車場を隔てた先に、成長型寄生型大小合わせて総勢数十匹のAFが揃い踏みしていた。


 それを屋上から見下ろすのは、僅か三人――クロとシロ、そして茶山であった。


 AFと対面しても茶山に震えはない。あの鉛色の異形に恐怖を感じていないのか、それとも戦いを経る内に見慣れてしまったのかは分からない。ただジッと睨み、戦う意思を示していた。


 茶山は自分も戦闘に参加すると宣言した。


 最初はクロも断った。AFに寄生された人間を操る『軍勢』と人間に寄生した状態であってもAFならば焼き払える『閃光』、相性は言うまでもなく最悪で、多数のAFを倒すなら断然『閃光』の方が優れていたからだ。


 それでも尚、茶山は譲らなかった。


 「『軍勢』はギリギリまで使わない、だから戦わせてくれ」と、食い下がる。


 クロには、何故茶山が戦闘に参加したがるのかが分からなかった。


 分からなかったが、断る理由もなく最終的に了承した。




 存亡を掛けた異種族間の殺し合いに、公平な開始の合図などない。


 いや、殺し合いならまだ公平だ。


 この場で戦端を開いたのは、一方的な殺戮であり、暗闇を切り裂く希望の光だった。


 一同がジッと見守る中で、屋上の縁に立ち両手を広げたシロは、下に集まるAFに向けて、全力で『閃光』を解き放つ。


 シロの体から迸る光は、ほんの数秒だけ空間を支配する。


 『閃光』が収束しても尚、熱として余韻を残すその力にクロ以外の三人は驚愕する。それが続けざまに計三回も放たれれば、驚愕は更に増す。



 辺り一面に広がるのは、秋の夜とは思えない熱気と異様な臭気であった。異臭の正体は駐車場のアスファルトや置き去りにされた車が『閃光』の熱を残さず吸収しタイヤと窓ガラスを溶かした臭い、それに焦げたAFの臭いが混ざったものである。


 駐車場にはバッテリーや電子機器がその熱量で故障し火花を散らし、気化したガソリンに引火して燃え上がる車が、幾つもあった。駐車場に備え付けられ、けれど割れた電灯の代わりとして周囲に明かりを提供していた。


 その先には寄生型AFと小柄な成長型AFが、『閃光』を三回も浴びたために消し炭同然の酷い姿と成り果てていた。


 だが、シロは顔に疲労と不満を浮かべ、悔しげに整ってない環境を呪う。


「……ダメね、距離があり過ぎたみたい」


 その更に先には、大柄な成長型AFがその姿と戦意を十分に維持したまま立っていた。数は三体と少ない。一際大きなAFが一体と、二メートル弱が二体――その内の一体は頭部付近に二つの銃痕が開いている。まるで暗い眼窩のような陥没によって、只でさえ醜悪なAFは、より(おぞ)ましさを増していた。


 しかし生き残ったAFには目もくれず、シロは自分の仕事は終わったと言わんばかりに屋上の縁から撤収する。


 その直後、シロの立っていた部分を高速で何かが通過し、少し遅れて大量の礫が降り注ぐ。シロを狙って投げられた何かは、車三台を巻き込んで漸く止まる。


 一同の視線が、その何かに釘付けになる。


「あの野郎、街路樹投げやがったのか!」


 何かの正体を一番最初に見抜いたのはケイジである。だが問題なのは何かの正体ではなく、その威力であった。


「危なかったな」


 クロの淡々とした声に危機感は微塵もなかったが、数秒前まで直撃コースにいたシロは端整な顔を真っ青に染め上げている。


 そして本日二本目の街路樹が登場し、追って大量の礫が降り注ぐ。


「ちょ、ちょっと洒落じゃ済まないわよ!」


 二本目の街路樹は一本目より遥か手前に――屋上の縁に隠れる一行の傍に落ち、命中した車を凹ませ、吹き飛ばし、炎上させた。


 クロとシロ――二人の『魔法権利』の弱点は、距離を取られ一方的に攻撃される状況に陥り易いことである。シロの『閃光』で焼き殺せない相手であったり、クロの『加速』で距離を詰めることが出来ない場所であったり、と些か状況は限定的ではあるが、そうなってしまえば打つ手ないのも事実である。


 現在の状況は、まさにそれだ。


「アレ持ってきておけば良かったかもな」


 ケイジの言うアレとは当然『M240機関銃』のことである。三峰は必死に持参した小銃で応戦していたが、この距離では外殻を貫けない。小銃と車三台押し潰す街路樹の威力差は歴然であった。


「……この銃じゃ厳しいみたいですね」


 姿を隠し弾倉を交換する三峰の頭上を三本目が通り過ぎ、三峰は反射的に頭を覆い、声にならない悲鳴をあげながら移動する。



 街路樹は、まだ十分な数がある。それこそ屋上の一区画を植物園に変えてしまうことも可能なくらいには。


 三峰はそれでも小銃で応戦を続け、クロは飛来した礫を握ったまま動かない。シロとケイジは端からやる気もないのか、隅の方で応援に徹している。


 埒が明かない――少なくとも、このままでは事態が好転しない。


「――――ッ、俺がやるよ!」


 打つ手のない四人の代わりに、茶山が『魔法権利』を発現させる。


 茶山は意を決して身を乗り出し、四本目の街路樹を引き抜こうとしていたAFの頭部を射抜いた。ドッと巨体の倒れる音が聞こえ、当面の脅威は消え去った。


 しかし、茶山以外の誰一人として茶山の戦果を確認しようとしない。


 四人の視線を引き付けていたのは、茶山の目の下の一本線。そして手に握られている藍色で半透明の弓である。



 それは誰が見ても、『軍勢』とは違う『魔法権利』であった。



 喜びを浮かべる茶山は、まだ彼らの視線に気付いていない。


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