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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第三章:許されざる者
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Ⅱ-8



 仮に<安全地帯>を手にしていたとしても、事態は好転しなかったとクロは割り切ることにした。うじうじと後悔する必要などない。あの三人を撃ち殺して取りに戻れば、全て元通りになる。


「…………っ!」


 クロに撃たれた男が物陰に隠れ、遅れてくる二人を援護する。それは夜目は利かないからなのか大まかな位置に向けての闇雲な射撃であり、クロの頭を押さえ付け、仲間の二人が追い付く時間を稼ぐには充分であった。


 クロは弾倉を替えると、銃声の方向だけを頼りに反撃する。


 反撃には相応のリスクが付き纏う。こちらの位置がはっきりと掴めていない相手に対し、目印となる銃火を示すことになるのだ。当然射撃は集中するし、防弾対策が完璧なクロではなくソニアが被弾すると致命傷に繋がりかねない。


 だが、銃弾を減らす方法は他にもある。


「ぐあっ!」


 敵を潰せばいいのだ。


 クロの放った弾丸が当たったのは偶然も含んでいた。けれど半分は相手の驕り――銃弾に対する防御性能を過信していたのだ。彼らのボディアーマーは5.56mm弾を貫通させない程度には頑丈かもしれないが、そのボディアーマーはボディ(胴体)しか守らない。


 故に彼らは、足に向かって飛ぶ銃弾を防ぐ術はない。


 クロは偶然の戦果を確認し、必要なら追撃を行う覚悟も決めて物陰から飛び出した。クロの銃弾を浴びたのは二人――片や胴体に受けて態勢を崩すも物陰に飛び込み、片や銃弾を右腿と膝に受けて前のめりに転倒していた。


 転倒した相手の顔面目掛け、クロは容赦なく引き金を絞る。


 倒れた所為で逆に狙える範囲は狭くなり、相手の牽制が続く最中により正確な射撃をクロに強いる。倒れていても反撃しようと小銃を向けている勇猛さは驚嘆に値する。もう一人の撃たれた男も、何食わぬ顔でクロに銃口を滑らせている。


 一瞬――引き金を引き銃声が木霊した瞬間から、クロを包む世界の全てが緩慢な流れに飲まれていた。


 クロにとってこの感覚は特段珍しいモノではなく、それどころか戦闘特有の現象でもないのだ。ただ『加速』を使った状態で何も考えず、ジッと座っていれば似た感覚を味わうことが出来る。言うなれば度を越えた集中の行き着く先であり、やるべき行動をAIに指示した後にロボットが動く姿を見ている感覚だ。考える必要も、悩む必要も、まして行動を変える必要もない。ねっとりとした集中の中で、自分の身体を眺めるだけだ。


 ぐちゃり!


 そしてクロの緩やかな感覚は、倒れた男が脳漿をぶち撒けた姿を視認して終わる。


 クロの放った二発弾丸は男の目出し帽からはみ出した肌色付近――眼球を撃ち抜いていた。男はぴくぴくと痙攣しながら右腿と膝、そして住人の消えた眼窩から血を吐き出していた。何発もの銃弾を浴びて平然とし、尚且つ顔周りを隠していた所為もあり権利者の線も疑っていたが、今度は復活する予兆はない。


 クロは即座に物陰に飛び込んで身を隠し、次の狙いをどちらに定めようかと考える。


「…………」


 けれど相手は撃って来ない。ジッと物陰に姿を隠してこちらの出方を窺っているのだ。


 クロの身体能力を見て、相手は主に二つの可能性を思い浮かべる。一つはその卓越した身体能力を前面に押し出して攻撃してくること。もう一つは攻撃に超反応の反撃を合わせられることだ。


 前者を恐れる者は先制して頭を押さえ付けようと躍起になり、後者を避けたい相手は殻に閉じこもり逆にカウンターを喰らわせようと画策する。


 どちらも厄介なのに違いないが、後者は避けたいと言うのがクロの本心であった。


 クロの身体能力は優れているが透視能力を持っている訳ではなく、身体能力は全て常人の延長線上で、強いて言うなら超能力の類は『加速』しか持ち合わせていない。存在を薄らと感知していたとしても数歩手前に現れた相手に銃を突き付けられて、その弾丸を何発も避けられるかと訊かれると首を横に振るしかない。そして防弾コートを頼りに突き進むのは、あまりに危機感が薄すぎる。


 残った二人は隠れ、クロも同じく率先して身を晒すことはない。


 膠着状態に陥ると分かっていても安易に身を晒せないのは、銃弾が容易に人間の生命を絶てると知っているからだ。誰でも自分の命は惜しい。戦場という地獄の縁に立ったとしても、初めから飛び込む予定でやってくる者は殆どいないのだ。


 クロが好んで銃を使うことがないのは、その威力を思い知らされるからだ。


 『加速』を使った戦闘は多岐に渡って作用し、応用も利く。けれどその大部分――例えば投擲や急接近、そして避けようのない的確な攻撃は、全て銃火器で代用可能だ。銃の射程距離は投擲より長く、弾速は引き金を引くだけで音速を超える。的確な射撃は訓練次第で身に付く技術だ。『加速』のようなオンリーワンは必要ない。


 自分が体得した技能は全て他で代用出来る。それがどれ程の恐怖なのかは、体験しないと分からない。


 アイデンティティの問題……だが、今はそれはいい。


 クロは大きく頭を揺らし、蔓延った薄暗い考えを霧散させる。『魔法権利』と銃火器、どちらが優れているのかを比べるなど、問題にするまでもないのだ。


「銃火器を使う権利者が一番強い」――少し頭が回る相手に尋ねると、そう答えるに決まっている。悩むのもアホらしくなる程に清々しく簡潔な答えだ。


「…………」


 クロは凝り固まった頭を動かす為に、まずは足を動かす。相手に悟られないように、悟られても捕捉されないように、静かに素早く物陰を移動する。


 今は残った二人を始末する方法を考え出さなければならない。


 欲を言うのなら、暗いこの場所を移動し続け距離を詰め、近接戦闘でトドメを刺してしまいたい。漏れ聞こえる物音から相手は移動しておらず、銃口を巡らせて移動するクロを探しているのだと分かる。


 クロはじっくりと巡回しながら、正確な相手の位置を割り出そうとする。


「――――ッ!」


 だがクロの右肩に当たった小石により、その試みは半ばで中断させられた。


 咄嗟に手を伸ばし硬い床を跳ねる寸前の小石を掴み取れはしたが、大きな動作が生み出す衣擦れと動く影は相手にクロの居場所を教えるには充分であった。


「…………」


 相手は慎重に徹するらしく撃って来ていない。クロはホッと肩を撫で下ろし、小石を投げた相手を睨む。そこにはソニアがいて、奇妙なジェスチャーを使ってクロに何かを伝えようとしていた。


 口の前に当てた手をバッテンの形に、そして両手で口と鼻を覆っている。


 その簡単なジェスチャーから、クロはソニアの意図を簡潔に読み取った。クロはコートを襟を立てそれで口元と鼻を覆い隠すと、ソニアに頷き返す。


 ソニアは、『魔法権利』を使うつもりだ。


 薄暗い地下で、ソニアの髭がぴくぴくと動く。それを合図にソニアの周囲で鱗粉のような細かい粒子が舞い始める。続々と広がりるそれに合わせるようにして、フードに隠れたソニアの黒髪が深紅に染まっていく。


 ソニアは自分の『魔法権利』を『保菌』と呼んだ。


 ならば今散布しているのは、間違いなく人体に有害なウイルスか何かだ。現状を打破する為だとするなら、即効性の高いモノに違いない。どういったモノかは本人に尋ねるのが一番だと分かっていたが、毒々しい色合いに変わったソニアの周囲に近づく気にはなれない。


 相手の注意を引き、そして逃がさないようにする為に、大まかに掴んでいる二人の場所に向け乱射する。片手で、精密さなぞ最初から放り投げた射撃だ。


「ファック! 出やがったな、引き籠り!」


 ばら撒いた銃弾に燻り出されたのか、二つの銃口がクロに応える。掴んでいた位置より若干近くにいたことに驚きはしたが、それはソニアのウイルスを真正面から浴びていることに繋がる。その威力がどの程度なのか期待しながら、クロは口元を覆ったまま応戦を続ける。


 撃ち合いが始まってから十五秒ほどで――戦闘時の体感で言うと一瞬の間だが――相手の一人がよろめき、倒れる。銃火器やタクティカルベストに装着した金属がコンクリートの床に接触する音が聞こえる。そして意図せず体内に入り込んだ招かれざる客を追い返そうと大きく咳き込み、逆に体内に多くを招き入れていた。


 クロはもう一人の様子も窺うが、俯せに倒れた体と投げ出された手が力なく沈み、持ち主から離れた小銃が寂しそうに床に転がっていた。


「凄いな……」


 屋内である点を考慮しても、三十秒も経たずに二人を無力化した『保菌』にクロは恐怖を抱く。流石のクロもこれほど強力だとは思っていなかったのだ。専門的な知識を持たないクロでも、口元を覆った程度でウイルスを防げないことは知っている。


 危険をその身に感じる度、過信と油断が命取りになると散々言い聞かせた筈なのに、クロはまたしても同じ過ちを犯していた。


「もういい、ソニア」


 ソニアの了解を伝える声が聞こえる。


 幸い今回はウイルスをクロの免疫力が打ち倒したようであったが、下手を打てばあの二人と同じく床に倒れていただろう。この場で『保菌』を戦闘手段に選べることから、ソニアは相当使い慣れているのだということは予想出来た。だがいざ俯瞰から眺めてみると、やはり自分が如何に危ない橋を渡ったのかが分かる。


 倒れた男たちとソニアのウイルス――その双方を警戒しながら物陰から出たクロは、自分の中に巣食った恐怖を振り払い、倒れた男の一人に銃弾を撃ち込む。


 ダンッ! ダンッ! と両足の太腿に一発ずつだ。


 一見すると死体に鞭打つ行いにも取られかねないが、――――追って来る可能性を捨て切れない以上、トドメは刺すしかない。


「っっ! いっいてぇ――っっ!!!」


 撃たれた男が、激痛の助けを借りて意識を取り戻す。両足に作られた銃痕に手を当て、海老のように身を逸らせて叫び声を上げる。


「うそっ、有り得ない」


 その姿を見てそう呟いたのは、自身のウイルスの恐ろしさを一番知っているソニアであった。ソニアの撒いたウイルスは空気中で長い時間生き残れはしないが、体内に入り込んだ後に免疫力が少しでも負けていると毒素を強め、意識を奪うウイルスだ。最早そのベースになったウイルスすら覚えていないが、強化型の『魔法権利』を持っていない人間が耐えれないことだけは確かなのだ。


「可能性の問題だ」


 クロはもう一人を引き摺り、ソニアの前まで連れてくる。男は体の大部分を動かせないらしく、気の弱い者なら視線だけで殺せる程に力強く憎しみを籠めてクロを睨んでいた。


 ただ生憎クロは図太く、憎悪の視線にも慣れていた。


「俺はずっと、撃たれたにも拘らず平然と追ってきたこいつを見て、何か仕掛けがあると疑っていた。見ろ。ボディアーマーは確かに貫通させてはいないが陥没している。それだけの衝撃が複数、それも肺の付近を襲ったなら普通は動けない。少なくとも、数分は歩けなくなる」


 クロは男の右腕を掴み、背中を足蹴にして腕を折る。


「骨折や意識を奪う衝撃は、恐らく意味を成さないのだろう」


 それを薄らと理解したクロは、とある心当たりに辿り着いた。


 "骨折火傷といった出血を伴わない傷には滅法強く、その強化型の身体能力と治癒力を大多数に与える厄介な『魔法権利』"――以前診療所の外に張っていた狙撃手たちを見て、ローザが教えてくれた情報だ。


 それは同時に、敵が繋がることも意味している。


「『黄金の羊』……。狂った羊飼いに飼い慣らされ、幼子を祀り上げる狂信者」

「黙れ、クソ執行官(オオカミ)……」


 クロは無抵抗な男の襟首を掴み上げると、その頬を掌底で打つ。柔らかな布の手触りの先には、ゴツゴツとした歯や顎が存在感を示し、クロの手の平から逃げるようにして口から白い塊が飛び出してくる。


「『黄金の羊』……、そう、やはりそうなのね」


 ソニアは地面を跳ねる奥歯を踏み潰し、クロの掴まれた男の前に立つ。クロはその姿を一瞥し、男を睨むソニアの形相に押されて思わず手を離す。攫われ監禁した一派に対して向ける視線としては正しいが、親の仇を見るような目に、親の仇に直接てを下せる機会を得たかのような喜びを織り交ぜて、ソニアは立っていた。


「ふふっ、ふふふふ! やっと見つけた! やっと尻尾を掴んだ!! ティムに報告しないと。準備しないと! 復讐復讐復讐復讐、私の人生を、元の軌道に戻せる日がやってきた!」


 怪訝な目を向けるクロを気にも留めず、ソニアは男の口元に自身の手を叩き付ける。


 クロはその行動の危険性に気付き、慌てて距離を取る。暗い地下、十メートル以上距離を取ったせいでソニアと男――二人の姿は曖昧な影としか認識出来ない。もしクロが用心深い人間なら、ソニアの行動に口封じの影を見たかもしれない。


「さいっっっこうに凄いのをあげる! 楽しい楽しい、そして痛いのをお前にあげる! 水を吸った麩菓子のように、熟れすぎた果実のように、溶けて溶けて溶けて溶けて、自分が自分でなくなるのを見せてあげる」

「嫌だ! 助けてくれ! 指が溶け……嫌だ! やめてくれやめてくれ助けてくれ死にたくない死にたくにゃい死にゃたふにゃ…………」


 男は徐々に呂律が回らなくなり、ボトリと何かが落ちる音が響き渡る。


 ソニアが同じ人間に対して、ああも惨い仕打ちが出来るのは、相当な怨念を背負っているからこそだろう。アンヘルとズィルバーに対して似たような騙し討ちを仕掛けた経験があるクロは、ソニアに対して口出し出来ず、またするつもりはなかった。


 ソニアの姿を見て、ただ、思ったのだ。


 クロは常々、自分が他人と比べて目的も目標も持たない人間だと思っていた。ニキは何かを腹の中に隠して動いていたし、敵対していた『黄金の羊たち』にしても目的を持って行動していた。紅緒も同じだ。クロには話そうとしないが、それなりの行動理念は持っている。


 けれど、クロは何も持っていない。


 執行官の仕事は逃げ道として与えられたモノで、紅緒を連れ歩くのは自分の言葉に責任を持つ為だ。本当はシロと会えない二年間など望んでなどいないし、シロを取り返した今のクロは、『黄金の羊』に対して意趣返しをしようと望む程に歪んではいない。


「死ね! 死ね! お前たちは残らず死ね! アハハッ、アハハハハハ!! いい気分、最高の気分! なんて美味しい空気……猛毒、猛毒猛毒! 猛毒と腐った血、芳醇な香り、最高のブレンドよ! ハハッ!」


 それでもはっきりと意志を示して行動するソニアを、クロは羨んだ。


 崩れた男の体を何度も踏みつけながら高笑いを続けるソニアは、少なくとも機械のように行動を決めるクロよりは人間らしく見えるのだ。


 クロはぐっと偶然拾い上げた写真を握り締める。


 表にはソニアが――裏にはタロットの『死神』の絵柄が浮かんでいた。


 くしゃくしゃになった耐熱紙に写し出されたソニアは、やはり今目の前にいるソニアと同じように、はち切れんばかりの笑顔を浮かべていた。



二週間に一回、日曜更新

の、つもりが気付いたら日曜が終わっていたでござる


俺の日曜どこいった

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