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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第一章:彼と彼女らの馴れ初め
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Ⅲ-4



「そういえばミツ、あんた『魔法権利』が発現し掛けてない?」


 唐突なシロの問い掛けに、三峰はたじろぐ。


「……俺が、『魔法権利』をですか?」

「だって私の言葉に合わせて、AFの気配を読み取れてたみたいじゃない」


 指摘されて初めて、三峰は自分の感覚に訪れた異変に気付く。体の一部に違和感があったり、奥底から活力が湧いてくる――なんてことはない。ただ視聴嗅覚に加え、今まで味わったことがない感覚――強いて挙げるなら微弱な電磁波のような……、そんな妙な感覚が頭に入り込んで来ているだけだ。


「言われてみれば、確かに」

「……車内で詳細の分からない『魔法権利』を使おうとするな」


 クロの警告で妙な感覚は霧散する。三峰は我に返り、目の下に指を這わせる。


「にしても気配を察知出来るってことは、ミツも発散型の『魔法権利』なんだね」


 シロは自分の負担が減って幸いだ、と狭い助手席で伸びをする。



 人間や動植物――多種多様の存在が分別出来るように、『魔法権利』も大きく二つの括りを持っている。ただ権利の仔細は千差万別であり、とても分別し切れない。それ故に分別基準となるのは力の向きである。


 力の向きが”外向き”か”内向き”か――この二つのみである。


 前者は発散型と称され、体の外へ影響する『魔法権利』の多くが分類される。発散型を持つ権利者の多くが常に一定の力を発散し続け、これがAFの探知に繋がるのである。シロの持つ『閃光』は発散型であり、AFの気配を察知出来る三峰もまた発散型で間違いない。


 発散型に対し、力が内向きの『魔法権利』は強化型と称される。強化型は発散型が外部に放出する力の殆どを体内に循環させ、それを肉体の強化や補修に当てている。クロの持つ『加速』は強化型であり、優れた身体能力の一部はこれに起因している。


 新たな手足として扱うことの出来る強化型と違い、発散型は特に扱いが難しく、不安定なままだと自身や周りを巻き込んで惨事を引き起こす可能性がある。だが使いこなせた場合には、魔法という単語に遜色ない性能を発揮出来るのだ。



 ハンドルを握ったクロが淡々とした口調でいつもより丁寧な説明を行い、それが終わる頃には目的の場所――AFと戦っていた男たちの根城は、目と鼻の先であった。


 根城――と言えば聞こえはいいが、そこはただのショッピングモールである。



「中にも、気配は小さいですが結構な数がいますね」

「でも一区画で固まってるから、隔離……もしくは管理されてるみたいね」


 シロと三峰が眼前の大きな建物内部の敵性情報を読み取っていく。


「……権利者は、お互いの位置とか分からないのか?」

「無理よ」


 すっかり除け者気分を味わい、むくれていたケイジが尋ねる。だがシロはそれを否定し代わりにクロが一点を指差す。


「屋上にいる」


 クロの言う通り、屋上には少年が一人立ちこちらを見下ろしていた。大声を出せば十分に届く距離であったが、屋上の少年はそれをしない。


「そっちから、来い、運転……じゃなくて車は、ダメ」


 少年の身振り手振りを三峰が解読し口にする。四人は僅かな逡巡を挟み、車を置いて少年の元まで行くことを決めた。







 四人は電源が落ちたショッピングモールの中を、それぞれの荷物を持って進む。


 クロは『M240機関銃』の部品が入っていた箱の一つに銀色の爪を収め、ケイジは機関銃の代わりに飲料水と食料を、三峰は持参した小銃と通信用の無線、そしてシロは着替え一式を抱えていた。


 店自体の営業は勿論行ってはいないが、開けたスペースや店舗の中では避難してきた人たちが滞在し、外の街と比べ遥かに人の息遣いで満ちていた。


 ただの階段と化したエスカレーターの先頭を進むケイジは、突然に足を止める。


「映画館まであるのかよ」

「うわっ、急に止まらないでよ!」


 モールの一画には映画館がテナントとして入っていた。AFの気配が集中していることから、AFに寄生されながら戦っていた人々はそのスクリーンの中にいるらしい。


「ただでさえ大きな図体してるんだから、テキパキ動いてよ……」


 苛立ちを漏らすシロの顔には、濃い疲労の色が見て取れた。口には出さないもののクロや三峰の足取りも重く、皆一様に疲れているのだ。シロは昼夜の追走劇カーチェイスで、クロはAFとの戦闘で、三峰は運転と未知の感覚で。


「……お前ら、俺が荷物持とうか?」


 体力の有り余ったケイジが、後ろの三人に振り向き声を掛ける。


「必要ない」

「俺は大丈夫です」

「いいから早く進んでよ、屋上まであと何歩もないでしょ」


 目的地の屋上までは、エスカレーター半分程度の距離しか残っていなかった。






 ショッピングモールの屋上は、駐車場になっていた。


 ここに辿り着く手段は三つ、自分たちのように正面入り口から入りモールの内部から屋上を目指す。隣接した立体駐車場を経由する。最後は、下り専用のスロープを強引に通過する。もっとも、立体駐車場とスロープの出入り口にはバリケード――放置された車を寄せた障壁が築かれていた。どう見ても入れないのは明らかなので、車を置いてきたのは正解だった。


 体格の良い成長型AFならば突破は容易にも思えるが、バリケードが無事なことから一定の効果はあるのだろう。



 屋上に来て早々に立ち止まったまま周囲の観察する四人に、少年は痺れを切らす。


「おっさんたち、早くこっちこいよ!」


 その遠慮ない大声に「おっさんって……」とシロは思わず噴き出し、誤魔化す為に先頭を歩き出す。


「初めまして。私はシロ、よろしくね」

「あ、ああ。俺は茶山成行……、よろしく……、お願いします……」


 茶山と名乗った少年は一瞬シロに見惚れ、差し出された手を恥ずかしそうに握る。


「俺はクロ、二十一歳だ」

「ケイジだ。まだ二十二歳でおっさんじゃない」

「日本国防軍所属の三峰です。年齢は二十歳」


 男三人も困惑する茶山の手を取り合う。だが、茶山は年齢については深く掘り下げることはせずに、三峰の紹介に出てきた言葉に反応した。


「国防軍……、今度はあんた一人で来たのか……?」


 茶山の証言を纏めると、国防軍は何度かこの街を通って行ったが、その多くがAFに殺された。茶山の『魔法権利』を使ってある程度は助け匿ったが、助けた人数が増えると助けを呼んでくると出ていったまま帰らなかった。


「俺たち、見捨てられたのかと思ったよ」


 ホッと胸を撫で下ろす茶山を見て、一行は何も言えなくなる。自分たちも助けるためにここまで来たのではないのだから……。


「それより、おっさ……お兄さんたちも超能力持ってるの?」

「ああ、持っている」


 そういってクロとシロは『魔法権利』の発現の印を見せる。自分以外の権利者を見たのは初めてなのか、茶山は興奮し燥いでいた。燥ぎ、唐突に我に返りケイジと三峰をジッと見つめる。


「……どうかしたか?」

「ううん、聞いてたのと違うなって」


 ケイジの素っ気ない対応に怯み、それ以上踏み込むことはなかった。


「茶山君は、どんな『魔法権利』を持っているんですか?」


 好奇心からか話題を変えるためか三峰が茶山に尋ね、その途端茶山の顔が翳る。


「俺の……は、…………言えない……」


 四人は怪訝な顔を浮かべるが、事情が分からない以上は安易に踏み込んで聞くことをしなかった。ただ一人――クロを除いて、だが。


「何故だ」


 クロの言葉に茶山は肩をビクつかせる。正直な所、四人は茶山の『魔法権利』の見当がついている。それもその筈、四人は茶山の『魔法権利』そのものを目の当たりにしているのだから。


「隠す意味ならない。俺たちは一度、それを見ている」

「…………なら、それを聞く意味は?」


 知っているのだから今更隠す意味はない。だが茶山の言う通り、知っているならそもそも聞く意味がないのだ。


「信頼の問題だ。即席の信頼に意味がないと思うなら、無理に答えなくていい」


 茶山はキョトンとしクロを見る。しかしクロは相変わらずの無表情であり、少しの間を置いて諦めたように茶山は息を吐き出す。


「…………恥ずかしいじゃねーか。みんなに戦わせて、俺は一人安全地帯だぜ?」


 茶山は頬をポリポリと掻きながら続ける。


「俺の……『魔法権利』だっけ、お兄さんたちが知っているのは多分『軍勢』ってのだと思う。特定の条件下で……、具体的に言っちゃうと寄生されて理性がなくなった人間の主導権を、俺が握る能力。助けられない人に鞭打って無理させて戦わせる――こんなの誇れる戦い方じゃねーだろ?」


 茶山は腕を頭の後ろに回し、夜空を見上げる。



「そんなことはないよ、茶山くん」



 しかし茶山の言葉を否定するものが、新たに屋上に現れる。


「リーマンのおっちゃん!」


 その姿を視認した茶山は驚愕の表情を浮かべ、その内情を察したシロと三峰は顔を顰める。


「どうやら、僕も限界が来たみたいでね」


 ハハッと乾いた笑いを漏らすサラリーマン風の男を、茶山は絶望の表情で迎える。


「他の人はどう思うか分からない。だけど僕らは皆、君のおかげで人間として死ぬことが出来る。君のおかげで自我を取り戻し戦った。君がいなかったら、僕らは化け物に蹂躙されたまま無意味な死を迎えていた」


 茶山は涙を流したまま何も答えない。サラリーマン風の男は自分の半分も生きていない少年に優しく微笑みかける。


「君は誇っていい。僕らは皆、君に感謝しているのだから。短い間だったけど君と共に戦った時間は、多分……人生で一番楽しかったよ」


 そして「ありがとう」と言い残し、サラリーマン風の男は屋上から身を投げた。


 唐突な出来事ではあるが、一行は何が起こったか理解した。


 寄生型から成長型への移行――それによって茶山の『軍勢』は効果を失い、実際に失った先例を目の当たりにしていたからこそ、男は自ら飛び降りたのだ。



 一人少なくなった屋上には、涙を流す少年と涙ぐむ男女二人。そして無表情の男二人がただ立っていた。誰も下を見ようとせず、誰も落ちた男のその後を知ろうとしなかった。



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