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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第一章:彼と彼女らの馴れ初め
10/119

Ⅲ-3




 成長型AFが、正面からにじり寄ってくる。


 大きな体を前面に押し出し威圧的に迫るその姿は、小さな草食動物を見下す肉食動物のようであった。


「……これは、まずいんじゃないか」


 クロは冷や汗を浮かべつつ、身に着けたグローブを見つめる。


 専用の防刃繊維で編み込み、耐熱やその他耐性を可能な限り混ぜ込んだ生地。手の甲側には鱗の如く小さな装甲を組み込み、手の平側には鑢のようなザラザラとした仕上がりになっている。クロの『魔法権利』と相性のいい特注品だ。


 だが、そんな芸術品も今は見る影もなくなっていた。装甲の三割は飛び、鑢は人間の血液とAFの体液で機能不全に陥っている。更にそれらの液体は生地にも染み込み、じっとりと重く不快な感触を残している。



 一つ幸運な点があるとするなら、それは一対一の勝負であることだった。



 様々な地域や研究所から流される情報や解析から、AFはその醜悪な見た目とは裏腹に多様でな戦闘スタイルを持っている。全ての個体ではないが、個性を持つAFも少なからずいると判明している。


 猪突猛進にひたすら防衛線を破ろうと突っ込んでくるAFもいれば、囮や分断工作を使い各個撃破を好む個体もいる。


 対面するこの個体は、どうも一対一で相手を打ち負かすのが好きらしい。


 個性――と一言で片づけるには奥が深く、危険を顧みずに敢てこの天敵を研究したいと望む科学者も多数いた。持ち出し厳禁のAFを研究したいがためだけに、アフリカに新しく研究所を建てて移り住んだ変人もいた。



 クロとシロが初めてAFに遭遇したのも、その変人の研究所であった。


 クロとシロが初めてAF相手に戦闘訓練を積んだのも、その変人の研究所であった。


 クロとシロが初めてAF相手に仲間を失ったのも、その変人の研究所であった。



 焦らず、初心を忘れず、慢心せず、戦わなければならない。さもないと、死ぬ。


 呼吸を徐々に浅くし、そのリズムに合わせて上体を左右へ小さく揺らしていく。


「さあ、何秒持つかな」


 言葉に合わせて一歩目を踏み出す。そして二歩目は、遥か先にあった。


 風すら置き去りにし、クロはAFとの距離を詰める。素手で戦うクロの最大の欠陥は、距離を取られると手も足も出ないことであった。


 故にどんな相手であろうと、まずはお互いの呼吸が聞こえる距離まで詰める。


「――――ッ、ギィアァ――!」


 突然懐に飛び込んできたクロにAFは驚き、その太い腕を勢いよく薙ぎ払う。


 右から左へと風が流れる。しかし風に乗るかの如くクロは既にAF懐から消えて距離を取り終えていた。


 トントンとボクサーのように爪先立ちでリズムを取り平静を装っていた。だが隠そうともしない苦い顔と隠しようのない左グローブから滴る液体がクロの不利をありありと相手に教えていた。


 今度はAFが距離を詰め、勢いよく殴りかかる。当然のように拳は空を切り、道路を割り、小さな陥没を生み出す。


 避けられることを予見していたAFは即座に顔を上げ、クロの居場所を探る。どれだけ優れた『魔法権利』を持っていたとしても、クロの肉体は人間のものである。相手の体力が尽きるまで――相手が逃げきれなくなるまで追い回せばいい。


「そんな考えだろうが、無駄だ」


 クロの声は、下から聞こえる。クロはまた、拳を悠々と掻い潜り懐へ飛び込んでいた。声に反応したAFが見下ろすと同時に、クロの手刀が膝を切り裂く。だが、――――


「……足りない」


 手刀は表面を削る程度で、致命傷には程遠い。


 成長型AFの外殻は硬く、拳銃の弾丸では全く歯が立たない。だが外殻以外――たとえば関節などは鋭敏な動作を維持するため、剥き出しの筋繊維を晒している。


 外殻と筋繊維――比べて軟弱なのは後者だ。しかしこの比較は筋繊維の脆さの証明にはならない。寧ろ筋繊維こそ、大型AFの二枚目の鎧であり、その厄介さは野生動物を仕留める猟銃の殆どが、大口径であることが教えてくれる。



 つまりクロでは――クロの身に着けたグローブだけでは、このAFを倒せない。


 『魔法権利』で懐から即座に離脱し、AFの攻撃を紙一重で躱しながら叫ぶ。



「シロ――ッ! 爪をくれ――――!」


「よしきた!」と間の抜けた掛け声と共に、ケイジがトランクを投げる。


 そこに放物線を描き向かってくるトランクを受け取らせまいと、AFの拳が迫る。


「ドンピシャだ!」


 クロはその拳に合わせ――いや、その拳から腕へと駆け上がり、無防備になったAFの首筋に鋭い蹴りを叩きこむ。鉄板を底に敷き詰めた特別製のブーツがAFの肉が削ぎ、少し遅れて体液が噴き出す。



 予想外の攻撃にバランスを崩すAF、反面クロは悠々とトランクを受け取る。


 開錠キーを入力することをせず、ケースの一部を握り潰し強引に中身を取り出す。


 そして『魔法権利』を使い、取り出した新たな武器を一瞬で身に着ける。



 AFが崩れた態勢を立て直した時、その正面には新たな武器――銀色に輝く爪を装備したクロが立っていた。


 幾つかの手順を経ての姿であったが、費やした時間は二秒のみである。そしてそれは、クロの『魔法権利』があって初めて成せる業であった。



 クロの『魔法権利』は『加速』である。



 体を『加速』させて車に追いつき、『加速』した動きで飛んできたAFを蹴り落とし、『加速』した反射神経で敵の攻撃を避ける。しかし全ての動作は『加速』のみでは不十分であり、クロの鍛え抜かれた肉体と『魔法権利』の融合が、これらを可能にしていた。



「……ッ! ギギッ――――」


 AFは、本能的に距離を取ろうとした。だが、クロは『加速』で距離を詰め左右の爪を突き立てる。外殻に打ち負けることなく突き刺さった爪は、それでも動きを止めない。


 ガガガガガッ! ガガガッ!


 削岩機が硬い岩盤を削る時によく似た音が、死んだ街に響く。


 必死に抵抗しようとしたAFの腕が足が『加速』したクロの爪に触れ、枯れ葉のように吹き飛んでいき、遂にはクロより遥かに大きな巨体は半分以下に削り減らされ、倒れてしまった。




 こちらを遠巻きにしていた他のAFが、一騎打ちで敗れたことにより騒然とし始める。


 クロが成長型AFを倒したのを確認してすぐ、シロはギアを入れアクセルを踏み込もうとする。


「……妙ですね」


 しかしAFは一向に向かってくる気配がない。それどころか夜の暗闇の先ではAFの気配が増えているにも関わらず、喧騒は益々激しくなっていた。


 目を細め、必死に暗闇の先を見定めようとするが、それより先に戻ってきたクロが詳細を簡潔に伝える。


「戦っていた。AFと人間が……?」


 クロの顔には疲労ではなく困惑の色が浮かんでいた。その言葉を後押しするように周囲からはAFの唸り声だけではなく、悲鳴にも似た人間の叫び声も混ざっていた。


「あり得ないわ!」


 寄生型AFが体内に入り込んだとしても、AFの個体が小さいモノであれば人間の意思が優先される。しかし体内に入り込んだAFは次第に成長し、体と意思の主導権を徐々に握っていく。そして奪う主導権の第一段階が、同族殺しの回避である。


 AFに寄生された人間がAFを殺せないように、AFもAFに寄生された人間を殺さない。そのルールがあるからこそ、AFは容易に人を喰らい数を増やすことが出来たのだ。


 しかし、その例外を車内の三人も目の当たりにする。クロを追ってきたAFが、同じくそのAFを追ってきた男たちに殴殺されたのだ。


 憎しみを籠めて鉄パイプを振り下ろす彼らは、既に普通の人間とは一線を画した存在なのだろう。事実シロは、彼らの中にいる寄生型AFの存在を探り当てていた。


「……上手く釣り出せたな、シロ」


 クロが窓越しで三人へと語り掛ける。


「今夜は安全な寝床を得られる、……多分な」


 目の前の異種族間の乱闘騒ぎと夜間の安全、それらがどのように結びつくか分からないケイジと三峰は、二人に解説を求めた。


「人類や多くの生物と同じように、AFでも同族殺しはタブーだ」

「でも片方は目の前で堂々とタブーを破り、もう片方は縛られている。ルールが破られるってことは、それ相応の力が働いてるってことよ」

「そして現にルールに縛られない例が二人、ここにいる」


 明言こそしないものの、何らかの『魔法権利』が絡んでいる可能性が高い――と、クロとシロは予想しているのだ。


 異種族間の乱闘は、数を減らしたAFが逃げ去る形で終結していた。AFと戦っていた人間たちは手にした長物を放り出し、座り込み休んでいた。


「……『魔法権利』が関係しているとして、安全とどう繋がるんですか?」

「この街で戦って生き残れるほどの『魔法権利』の使い手なら、それなりの拠点を構えている筈だ」

「私たちは、そこに一晩だけお邪魔させてもらうの」


 クロとシロの筋書きに不安を覚える三峰であったが、座り込んでいた一人がこちらに駆け寄ってくる。


「罠の可能性はないのか?」


 ケイジの言葉で、僅かにクロとシロの頬が引き攣る。


「…………その時は、その時だ」


 どうやら考慮していなかったらしい。だが駆け寄ってきた青年には、敵意など微塵もなく、ただ案内するから付いてこい、とだけ告げた。


 座り込んでいた多くの人が立ち上がり、のろのろと歩き始める。


 三人を乗せた車はその最後尾を進み、クロは車の速度に合わせ『加速』させずにゆっくりと歩いていた。



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