プロローグ
「死んでよ。早めに」
いや、いきなりそんなことを言われても。
額に当てられた銃口は冷たく、それは現実なのだと物語っているようだった。
僕の目の前にいるのは、赤い、長い髪の女の子だ。
「だから、死んでよ。早めに」
死んでよの意味はわかるんだけど、早めにって何? 早くじゃないの?
「状況が呑み込めてないんだけど……」
引きつった顔で僕は言って、手をあげた。彼女は表情も変えず、引き金を引こうとした。何を言っても聞かないらしい。僕は諦めてため息をついた。あ、こんなことしてる場合じゃないね。
大きな銃声。その前に僕は彼女の後ろに回る。怒ったのか、彼女の目が鋭くなる。僕は笑ってみせた。
「どうしたの? もう終わり?」
僕の挑発にのったのか、彼女は銃をとにかく発砲し続けた。そんな乱暴に使っちゃダメだって。あぁ、壁に穴が……。
「お前、何者だ!?」
「え? 僕はね……」
言おうとした瞬間、扉が開かれた。明かりが中に入ってくる。僕らは扉を開けた人物を確かめるべく、光を見た。
「いい加減にしろ」
太い、大人の男の人の声がした。予想通り、そこには四十代ぐらいのおじさんがいて。
「アスリア。もうやめろ」
おじさんは彼女に近付き、頭をグーで殴った。痛そう……。
彼女は頭を押さえながら僕を睨んできた。
「標的じゃないの?」
今度はおじさんが僕を睨んできた。二人して睨まないでよ……。
けれど、おじさんのほうはすぐに目は優しくなって、口許が微かに上がった。
「……とりあえず、落ち着いて話そう」
ここはとある丘の上の教会。 周りは花で囲まれている、小さな教会。
この丘から見る景色は絶景で、水平線までよく見える。風は心地よいし、空気が澄んでいる。
「お前がここの神父か」
教会の長椅子に座り僕らは話していた。
「まぁ……、はい」
それを聞いた彼女――アスリアは疑いの眼差しを向けてきた。
「こいつが神父なわけない。私の弾を避けたんだから」
笑いながら僕が視線を合わせようとすると、アスリアはふい、と首を横にした。ひどい……。
「事実だ。仕方ないだろう」
おじさんは腕を組んだ。
「それで、話というのは」
僕がおじさんに聞くと真剣な顔になり、僕に迫ってくる。
「アスリアをここで預かってくれないか」
僕とアスリアは目を見開いて、おじさんを見た。アスリアなんか信じられないって顔をしてる。
「ふざけんな!! なんで私が」
「もう決まったことだ」
「だって仕事も」
「少し、休んだらどうだ」
アスリアは目を伏せた。すごく、さびしそうな表情。僕は言葉を探した。
「えっと……、彼女の仕事ってなんですか?」
アスリアは何も言わなかった。言えないのかもしれない。おじさんは顔色一つ変えずに言った。
「暗殺業だ」
僕は固まってしまった。
暗殺って、人を殺す仕事だよね? だからアスリアは銃を持っていたのか……。
「こいつには休暇が必要なんだ。頼む」
おじさんは頭を下げた。アスリアはおじさんの姿ですら見ていない。
そこまで頼まれるとなぁ……。別に悪い話じゃなさそうだし、僕に損があるわけでもない。それに、もっとアスリアについて知ってみたいと思った。
僕は少し考えた。おじさんは頭を下げたままだ。
「……わかりました。彼女を預かります」
おじさんはゆっくり頭を上げた。安心しきった顔。でも、アスリアに表情はない。
「僕は唯。よろしくね」
アスリアに手を延ばした。アスリアはしばらくその手を見ていたけど、興味がなくなったかのように視線をはずした。
「こんな奴だが、よろしく頼む」
最後に深々と礼をされて、僕も深く礼をする。おじさんはそのまま扉へと向かう。アスリアはおじさんが出て行くまで後ろ姿を見つめていた。
そして、僕らの奇妙な、教会での生活が始まる。