04 封印されし者の左手
普通、ゲームのキャラクターには、その能力を数値化したステータスというものがある。
HPやMPはもちろん、力、素早さ、体力、知性、精神、筋力、技術、気力、魅力、ラック、器用さ、技量、信仰、勇気、伝達力、根気、寛容さ、各属性防御力、各属性攻撃力、回避率、侵食度…などゲームによって採用されているものは様々であり、他にもスキルや称号などもステータスの一部であろう。
またゲームによってはレベルアップ時にもらえるポイントを各ステータスに割り振ることで、自分好みにカスタマイズされたキャラクターを育成することが出来たりもする。
ちなみに私の場合は脳筋スキーであったから、まぁどのようなステータスのキャラクターを作っていたかは推して知るべしである。
*
ゲームを初めて|(?)10日ほどが経過した。
その間、特にイベントは起こっておらず、私は急須と共にただただ鍛錬と勉学に励む日々である。その私は、今日、自室にある勉強机の引き出しからとある一冊の本を見つけたのである。
思春期の少女の持ち物を思わせる赤いチェックの柄の一冊の本には、"DIARY"とまるっこい文字で書かれている。
それを見つけた私は思わず「コレはっ!」と大きな声を上げてしまった。
これはもしや私のステータスをチェックするノートではあるまいか。
私の胸は恋する乙女の如くとくとくと高なった。連日の訓練で傷だらけになった指でそっとめくると…ビンゴ!である。そこには私のバストアップの写真とともに、名前や性別、生年月日などが書かれていた。
タリホー!タリホー!私はステータスを確認する手段を手に入れた!
私のテンションは否が応でも上がる。これで私は自分の能力を数値として把握出来る。それによってより効果的な鍛錬の方法が把握できるというものである。
やった!
私は歓喜に震えた。
…が、喜びも残念ながらここまでであった。
というのも、このステータス。私が求めていたものとはかなり違ったのである。
名前・性別・年齢…はいいにしても、生年月日に星座に血液型、身長、体重、スリーサイズ…ってこんな情報は必要なのだろうか。
名前の下にある点線で描かれた10個のハートマークは一体?
他にも出身地に家族構成、好きな食べ物に嫌いな食べ物?
ちょっと気の強いところもあるが心優しい少女。くるくるっとした金髪の髪と赤いリボンがチャームポイント…ってなんだそれは。
幼少期の夢はお嫁さんで、お父さんみたいな優しい人と結婚すること。初恋は5歳の時。隣の家に住んでいた王子様のように可憐な男の子。迷子になって泣いていた私に優しく声をかけてくれた……と、私はそこでノートをパタンと閉じた。
なんであろうかこの気味の悪い文章は。著しく精神を汚染された気分である。
きっとこれはSAN値を削る呪いのアイテムであったに違いない。全く私としたことが恐ろしいものの片鱗を味わってしまったものである。
ステータスを確認するアイテムと思いきや罠であったか…。私は深く落胆し肩を落とした。
このアイテムは持っていたところで害にしかなるまい。
私は直ちにこれを焼却炉へと運ぶことにした。
経験上、こういうのを後回しにしておくと、あとで後悔する可能性が高いのである。
そして焼却炉に向かっている時、私は彼を見つけたのである。
*
彼は焼却炉近くにある人気のない雑木林の中にいた。
白いローブのようなものを着た彼は、具合でも悪いのかうずくまっていた。
何をしているのだろうか。
気になった私は焼却炉への道をはずれ彼へとそっと近づいた。
そして声をかけようとしたところで、私は気付いてしまった。
うずくまった彼がブルブルと震える左手を右手で必死に押さえつけようとしているのを。
そして彼が「うぅ」だの「ぐぁぁ」だのと唸っているのを。
あー………。
これは所謂アレである。
思春期の少年少女の多くが一度は罹患するというアレ。
劇的な治療薬は未だ確立してないが、年を経ると共に殆どの者は自然と治癒してしまうというアレ。
中にはこじらせてしまい社会不適合者になってしまうというアレ。
後に罹患していた当時を思い出した者が身悶えして当時の自分を罵り、「黒歴史」と呼ぶアレ。
そうアレである。
私は話しかける事はせず、一歩、二歩、三歩と下がり、生暖かい目で彼を見た。
まだ人前でやらかさないあたりには救いが見えるが、しかしあの入り込んだ様子見るに深くアレに侵食されているのは間違いない。
私は南無…と手を合わせ、そっと立ち去ろうとしたのだが、ふとその足を止めた。
かくいう私もまた過去に軽くではあるがアレに罹患していたという事があった。それを思い出したのである。
……これも武士の情け。
私は常に持ち歩いているメモ帳に「貴方は特別ではない」という言葉を書き1枚破ると、そっと彼の側に置いておいたのである。
そう、自分を特別な人間、選ばれた人間なのだという勘違いを起こすのがアレの特色である。
しかしそれは違う。大抵の人間はごく普通の人間なのである。
勇者として異世界に召喚されることはないし、異性の誰もが己を意識していることもない。過去の英雄の生まれ変わりではないし、無論童貞をこじらせたところで魔法が使えるわけもない。
罹患した人間は認めたくはないだろうが、ごく一部を除いた99.99%は本当に普通の人間なのである。
そのことを早く彼にも気付いてほしいものである。
貴方は特別な存在ではない。
早く正気に戻れ。