「私はイル様に対し今まで一度も、決して、胸をときめかせたことはありませんもの」
翌朝……私を起こしたのは、当たり前のようなナミの声。
「ナミ……」
「おはようございます、姫様」
昨日はユアンといちゃいちゃしたせいか、ナミはきらきらとしたオーラを纏っている。
心なしか、肌もつるつるな気がする……。これが、愛の力か……。
「貴女……昨日の夜遅くまで、ユアンの部屋には明かりが灯っていたのに……よく、そんなに元気ね……」
苦笑を浮かべる私に、ナミは顔を紅くして笑う。
なんでかしら……凄く、自分が悲しい……。
「姫様、お食事のご用意は整っています。あと一時間後には出発らしいので、お早く」
「分かったわ」
私は頷いて、ベッドから出る。
またあの馬車旅が始まると思うと、心が重かった。
*******
「今日は、馬車ではなく馬で参りましょう」
イル様の部下の白い髭の男が、私に茶色い馬を見せながら言った。
「馬で旅を?」
「はい」
私の問いに、白髭が頷く。
「でも……今日も、長いのでしょう? ずっと馬の上は……」
それに、私は馬に乗るのがあまり得意じゃない。
王女だから乗馬が上手でなくても別に良いけど、イル様にそれを見せるのは嫌だ。
「ですが、もうそろそろ国境を越えます。レフシア王国の一番の名物は“景色”なので、リイナ王女様にも、ぜひご堪能して頂きたいと思いまして。
馬車の窓では、とてもその壮大な景色は充分に味わえませんよ」
白髭は、「ぜひ、ぜひ!」と言い続ける。
「……分かりました。今日は、馬で参りましょう」
私は苦笑して頷いた。
どうか、イル様の前で馬から落ちませんように。
*******
さて……どうしたものか。
私は、目の前の茶色い馬を見る。王女様って、動物と仲良いイメージが、民にはある……らしい。
でも、私はどっちかというと、好かれもせず嫌われもせず。つまり、乗馬の得意でない私を乗せて、勝手に馬がにこにこと運んでくれるような関係じゃない。
「……姫様、大丈夫ですか?」
ナミが、少し心配そうにみてくる。
そんなナミは、ちゃっかりユアンの馬に乗せてもらってる。二人乗りって、見る側からだとこんなに嫌なのね。
そしてイル様は……黒い馬を見事に乗りこなしている。
乗馬技術は見事。でも……王子なのに、黒い馬ってどうなんだろう。
イル様は何度も言うけど、黒髪に切れ長のブルーの目という外見。美系なことに違いはない。
でも……その色って、悪役の色じゃないかと思う。そりゃあもちろん、私にとっては悪役だけど。
「絶対、王子様って金髪よね……」
私は、ぽつりと呟く。何度も言うが、美系だということは認める。
でも、私の理想は、金髪にブルーの瞳で、切れ長でない瞳の王子。……イル様を見て、性格を知って、本能的に理想がイル様と反対になったのかもしれないけど。
「何を、言ってるんですか」
隣で、イル様がため息をついた。
「別に。ただ単に、考えことをしていただけです」
「……金髪ですか。外見ばかりに捉われるとは、嘆かわしい」
そう言って、私の嫌いな切れ長の瞳で私を見るイル様。
嘆かわしい? なんて失礼なことを言うんだ、この王子は。
「金髪、というと、私では御不満ですか?」
「……えっ!?」
イル様の言葉に、私は思わずつんのめった。
お茶を飲んでいたら、間違いなく吹き出していただろう。
「姫……慌てすぎです」
イル様は、ため息をついてそう言う。そしてお決まりの、私を見る醒めた目。
もうその目はやめてほしい。
「だって……不満ってイル様のお顔のことですか?」
私の問いに、イル様はええと頷く。
「別に貴女にどう思われようと良いですが、少し気になったもので」
イル様の言葉に、はぁ……と私は考え込む。
イル様の外見を見て、最初はときめいた。胸がどきどきした。それは確かだ。
でも……それを言うのは、なんか嫌だ。だって、今は嫌いなんだし。
「悪いとは、思いません。でも……別に、好きではありません」
そう言って、馬のスピードを速める。
「ほう……では、あの日貴女の頬が赤く染まったように見えたのは、私の見間違いだったのでしょうかね?」
イル様の言葉に、私は固まった。
「な……それ、は……」
「……リイナ姫?」
イル様は、私をじっと見つめる。確かに、美系だ。
“好きではない”と言ったのは、嘘だ。でも……こんなにかっこいい顔を“好きではない”と言わせるほど、イル様の性格が嫌いなのも確かだ。
「見間違いではありませんか? 私は、今までに一度も、決してイル様に対し、胸をときめかせたことはありませんもの」
私はイル様ににっこり笑いかけて、再び馬を進めた。
が―――前に、足場の悪い道があることに気付かず……急に馬の背が揺れ―――
「きゃぁぁっ!!」
イル様の目の前で、無様に馬から落馬した。
タイトル長いですね……。
そして、今日からテスト一週間前なので、更新が難しくなります。
御勘弁ください。