「イル様との一日は、まだ始まったばかり」
「これがポーン、歩兵です。動かせるのは一マスだけですが、最初は――――」
チェスの駒――――ポーンを手に取ったイル様の講義。
ルールを覚えて、イル様に余裕の勝利をして、見返してやろう。
そう心に決めた私は、どうにか覚えようと頑張っているけれど――――。
ややこしすぎる。
キングやクイーン、ポーン、ビショップ、ルーク、ナイト。この単語を覚えることで一苦労なのに、その上一駒ごとに動ける範囲が違う。
もっとも、イル様と過ごさなければいけない時間の暇つぶしにはなるけれど。
「……姫? 聞いていますか?」
「……へっ? も、もちろんです! これがポーンで、これがビシップですよね」
「それはナイトですし、ビシップでは無くビショップです」
びしりと否定され、思わず黙り込む。
そろそろとイル様を見ると、彼はなんともいえない顔で頭を抱えていた。
「……イル様」
ぽつりと呼ぶと、顔を上げる。
彼の深い紫の瞳を見据えて、言った。
「私、チェスでイル様に必ず勝って見せますから。ですから、その時は――――」
すうっと息を吸いこむ。
イル様の表情が“勝てるのか?”と思っているように見えるのは、とりあえず無視。
「もう、私を馬鹿にしないでください」
私の宣言を聞いたイル様は、数秒間視線を彷徨わせた。
そして、申し訳ないですが、と頭を下げる。
「姫が私に勝つかどうかは別として、それ以降姫を馬鹿にしないという約束は出来ません――――それに、私は馬鹿にしているのではなく、事実を述べているだけなのですが――――」
「一言多いですっ!」
「……とにかく、守れるかどうか分からない約束を交わすわけにはいきません」
最後の言葉だけ聞けばかっこいいのに、やっぱりイル様はイル様だ。
私もいろいろ言ってやりたいのを、なんとか堪える。
これから数時間、イル様と二人っきりなのだ。
言い争いをしてたら、疲れてしまう。
「……イル様」
「なんでしょう」
「喧嘩は、最後の一時間にしましょうね」
「……はい?」
「私、最後の一時間に一日の全てをぶつけますから。それまではなんとか耐えて見せます」
「……前半は置いておくとして、姫が“堪える”ということを覚えるのには、私は賛成です」
「……っ」
ぐ、と動きかけた拳を、凄まじい精神力で抑える。
イル様との一日は、まだ始まったばかりだ。
全然進展ないですね!←
…じ、次話は進展…な、はず…っ!←
最近、小説じゃなくてイラストばっか描いてます(笑)。
もちろん小説書くのも楽しいですっ!