「リイナ様、あんな息子ですけれど、よろしくお願いしますね」
「お妃様、今何と?」
耳をもみもみマッサージしてから、そう聞き返す。
変わらぬ笑顔のまま、お妃様は言った。
「口付けしてしまうの。リイナ様とイルが」
……まだマッサージが足りなかったらしい。
ぐりぐりぐりーっとこめかみを揉んで、再び尋ねる。
しかしそれに返ってくるのは、やはり同じ答え。
「……何故ですか……?」
どうやら空耳ではないらしい。
お妃様のとんでもない発言をそう判断した私は、震える声で尋ねた。
汗がだらだら流れ落ちる私と違い、爽やかな笑顔のままのお妃様。
「昔からよくあるじゃない。王子の口付けで愛に目覚める姫君のお話。今はイルのことを良く思っていなくとも、口付けすればきっと愛に目覚めるはずよ」
きゃぴきゃぴというお妃様は、少女のように可愛らしくて。
でも、話している内容には、とても同感出来なかった。
それにお妃様、王子のキスで愛に目覚める姫君のお話なんて、私は初めて聞きました。
「いや、でも、お妃様、そんなお話みたいに行くことなんてありませんし……」
「大丈夫よ。王子に姫なんだから、きっと上手く行くはずだわ」
「いや、でも、王子と姫と言っても、私とイル様の仲ですし……」
「その二人の仲に愛が芽生えるのよ。感動的じゃない」
「いや、私にはそんなことが起こるなんて、まったく想像出来ないんですけど……」
「大丈夫。リイナ様なら大丈夫な気がするの」
私の反論を、ことごとく笑顔で流すお妃様。
さすが、イル様とアルヴィン様とアリス様のお母様。
そんなお妃様に困り果てている私に助け船を出してくれたのは、イル様だった。
「母上……。急に口づけだなんて、話が飛びすぎです。リイナ様も私も、そんなことは全く望んでいませんし、それで私たちの仲が改善されるとも思えません」
そんなイル様の言葉を聞きながら、こくこくと私は頷く。
恋愛には付き物の口付け。年頃の娘が聞いたら、その単語だけで黄色い悲鳴を上げる口付け。でもその相手がイル様と考えるだけで、悪夢にしか思えない。
「あら、イル、そんなことはないわ。いくら仲が悪かろうとも、女の子はキスに憧れるものよ」
「いえ、そんなことはありませんし、私と姫の場合は特に……」
「いいじゃないの。国の為よ、国の為」
にこっと笑うお妃様は、国の為といいつつも、本人が一番楽しんでいるように見える。
ちなみにアルヴィン様が、「母上それでは是非私が……」なんて言っているけど、こちらは無視することにした。
「母上、ですからこんなことが国のためになるはずもありません。母上が楽しいだけでしょう」
「あら、違うわよ。レフリア王国とルーン王国が仲が良いって思われた方が、国政的にも良いじゃない」
「それはそうですが……」
ぐ、と言いよどむイル様。
しかし、今回ばかりは応援したい。だって、彼がお妃様に負けてしまったら、私はイル様と……。
考えるだけで、寒気と悪寒がしてくる。
余裕の笑みを崩さないお妃様を、じっと眺めるイル様。
「……とにかく、そんなことはしませんので!」
いつも理詰めで相手を黙らせるイル様にしては珍しく、少し大きい声でそう言う。
そして、つかつかとその場から立ち去ってしまった。
あらあら、なんて、お妃様は頬に手を当てている。
そして、
「……リイナ様、あんな息子ですけれど、よろしくお願いしますね」
花が咲いたような笑顔でそう言われて……、私も、笑顔を返さぬわけにはいかなかった。
何故タイトルがお妃様の台詞なのか、謎です。←
そして…、
九月の更新、一回だけで申し訳ありませんでした…。
じゅ、十月こそは…っ!
と思いつつも、中間テストの月です。←
ううう、中間テストの前日が誕生日だなんて…。