「姫は、乱暴な方なのですね」
「リイナ!!」
お母様に怒鳴られ、私は縮こまった。
「イル様を殴るとは何事ですか! まったく……肝が冷えましたよ。
分かっているの? イル様は、貴方の婚約者なのよ!」
「で、でも……」
もごもごと言う私に、
「でもも何もありません!」
とお母様は一括する。私は、むか、と心の中で呟いた。
「じゃあお母様は、全然腹が立たないんですか?」
「そりゃあ……」
そう言って、お母様は目を泳がせる。絶対怒ってるはずだ。私の短気はお母様から受け継いだのだから。
「腹は立っているわ。当たり前じゃないの。大切な一人娘をはっきり“嫌い”と言われて。
でもね、国のことを考えなさい。今回はお互いに非があったから大事にならずに済んだけど、本当に肝が冷えたわ」
お母様の言葉に、私ははあいと項垂れる。
でも、やっぱりなんとなく気に食わない。せめて、と思って、
「……でも、国同士なんて関係なく、私はイル様が嫌いなんだけどなぁ……」
と心の中を呟いてみる。お母様はやっぱり聞いていて、
「あのねぇ……」
とため息をついた。でも、お母様だって嫌でしょ。婚約者に嫌いなんて言われたら。
「リイナ。イル様は頑固な方だけど、とても出来る切れ者なお方なのよ?
それに……お顔も、良かったじゃない」
最後にそう付け加えて、ぽっと頬を赤くするお母様。
ちょっと待ったぁぁぁ!! お母様、貴女にはお父様がいるでしょ!? なんで頬を染めるの!!
私が心の中でそう叫んでいるなんて露知らず、お母様はふふっと笑う。
「ね? 嫌いって言われても、不細工な方に嫁ぐよりはずっと良いでしょう?」
私は、少しむくれて頷く。そりゃあ、イル様のお顔は上の上ってくらいかっこいいけれど。
あの黒髪に薄いブルーの切れ長の瞳を見た時は、胸がどきどき高鳴ったけれど。
でも、人間は性格でしょう? 年頃の娘のほとんどは、性格半分顔半分って言っているのに。
「……私の婚約者は、あんな方だったとは……」
もう一度ため息をつく私に、お母様は苦笑した。
「まぁ、二人で少し過ごせば何か進展があるかもしれないしね?」
*******
「姫様。訊きましたよ、イル様は素晴らしい美男だとか。街でも、イル様のお話で盛り上がっていますよ」
翌朝、朝一番に侍女のナミが楽しそうに私に言う。待って、なんで貴女まで頬を赤く染めてるの。
そう心の中で呟いて、私はあっと気付く。
ナミは、あの時大広間にいなかった。それに国の王女が婚約者から“嫌い”だなんて言われたなんて広まったら、少なからず混乱が起きるだろうから秘密なのだった。
「そうよ……ナミはイル様の本性を知らないのよ……ッ! だからそんなことが言えるのよぉぉぉッ!」
「ひ、姫様?」
私を、おろおろと心配そうに見つめるナミ。
「一体、どうなさったんですか? イル様は、姫様のお気に召さなかったのですか?」
きょとんと私を見つめるナミ。
「その通り。だって私に“嫌い”って言うのよ? 一国の王子が初対面の王女に言うことですか。
しかも、私は婚約者なのに」
そうナミに愚痴を言って、はぁーっと大きく息を吐く。
そして―――ナミの様子がおかしいことに気付いた。
「……ナミ? どうしたの?」
私はきょとんとしてナミを見つめる。ナミは、目を丸くして家をぽかんと開いて、私を見つめていた。
そして、しばらく口をぱくぱくさせてからようやく言葉を発した。
「姫様……今、なんと?」
「……あ」
私は、固まった。そういえば、これは口外してはいけないことだった。
『ま、いいや。私天然なんだし、えへ☆』で済むことじゃない。
「……姫様は、本当にイル様にそんなご無礼なことを言われたのですか……?」
ナミが、もう一度問うてくる。どうしよう……。
ナミは、私が幼い頃から仕えてくれている優しい侍女だ。とても私のことを好いてくれている。
でも、そのせいか、私に関することでは鬼のように怒る。例えば、今回のような時とか。
「……イル様は、どこにいらっしゃいますか?」
「……え、ナミ?」
マイナス100度なナミの言葉に、私はおろおろとした。
だめ。このままじゃ、ナミは昨日の私リターンズになってしまう。今すぐにでも、イル様を殴りに行くだろう。
「姫様に“嫌い”と? なんたる無礼。姫様はこんなにも美しく可愛らしいというのに……ッ!!
姫様、早くイル様はどこにおられるかお教えくださいませ!」
「ちょ、ナミ! ダメでしょ! 貴女がイル様を殴ったらそれこそ大変なことになるわ!」
「姫様に言われたくありません!」
何気に酷い事を言ったナミを、私は力づくで抑える。その時―――扉がふいに開いた。
「……これは」
扉のすぐ傍で目を丸くしてとっくみあっている私とナミを見ているのは、あろうことかイル様。
嫌なものを見る目つきで、私をしばらく見つめる。
そして、彼は言った。
「……姫は、乱暴な方なのですね」
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