「リイナ様、今すぐにイルお兄様から離れてくださいませ!」
私もイル様も、無言で街を歩く。
が、ふいにイル様が振り向いて、
「姫、この後、どこか見たい場所はありますか」
そう尋ねた。ふいにそう聞かれても、私はこの街を知らないんだから分かりません。
「見たい場所ですか? えっと……」
「イルお兄様!!」
特にはありません。そう答えるより先に、高い少女の声がした。
この声は……、
「アリス」
「アリス様!」
イル様の妹、アリス様の声だ。
紫の地に緑の装飾という不思議なドレスを着ているアリス様は、つかつかと歩いてくる。そして、がしっとイル様の腕を掴んだ。
「さ、行きましょうイルお兄様」
そう言って、イル様をぐいぐい引っ張る。
えっと……私、アリス様に無視されました?
「アリス? 私は今姫に街の案内を」
「そんなことはもういいんです。リイナ様には、もうすぐアルヴィン兄様が来ますもの。これ以上、イルお兄様とリイナ様をいっしょにいさせるわけにいきませんわ」
ふん、と、私を睨むアリス様。そして、びしっと私に指を突きつける。
「リイナ様、今すぐにイルお兄様から離れてくださいませ!」
大きな瞳で睨まれると、凄く怖い。でも、それ以前に―――好きでイル様といっしょにいるわけじゃない。寧ろ……何度も言うけど、離れられるものなら離れたい。
イル様のことは、どうぞどこへでも連れてってください。
心の中でそう言って、私はすっとイル様から離れた。
「どうぞ、アリス様。私は全然構いませんので」
にこ、と、アリス様に微笑む。
この答えは、私もアリス様も望んでいた答えだったはず―――なのに、アリス様はなぜか、怒りで頬を赤く染めた。
「こッの、女狐姫! 私はもちろんそのほうが嬉しいです! でも、全然構わないなんて、そんなのイルお兄様に対する侮辱ですわ! 大体、パーティの時も貴女は―――」
ぎゃあぎゃあ言うアリス様の口を、イル様が塞いだ。
少し疲れた表情をしているのは、気のせいだろうか。
「アリス、いい加減にしろ。姫はお前の義姉になる方なんだから、そんな無礼は……」
「あ、姉……? やめてください、そんなの! イルお兄様の妃には、私が……ッ!」
義姉という単語を聞いて、もっと逆上するアリス様。
イル様……自分が、火に油を注いだと分かっているのだろうか。もんもんと考える私に構わず、二人は会話を続けていく。
「いいかアリス。姫は私の婚約者だ。……アルヴィンが変更しようとしているが。でも、今のところは……」
「だから、アルヴィン兄様とリイナ様が結婚をすれば……ッ!」
「だから、“今のところは”と言っているだろう。アリス、とりあえず落ち着け」
落ち着け、という言葉に、アリス様は黙り込んだ。深呼吸をして、少しうるんだ瞳で私を睨む。そして―――べぇっと舌を出した。
「絶ッ対、イルお兄様は渡しませんわ!」
そう捨て台詞を残して、イル様の腕を再び引っ張り始める。
渡しませんわ、も何も、私は別にイル様と取り合う気なんてさらさら無いんだけど……。
しかし、それを言ったらまたアリス様が逆上するのは目に見えて分かっているので、とりあえず黙っておく。
アリス様は、
「さ、イルお兄様、無駄な時間を過ごしてしまいましたわ。早く行きましょ」
と、私と話す時とはまったく違う声音でイル様に言っている。
はぁ、と、イル様が大きなため息をついた。
「だから、私は……」
「アルヴィン兄様が来るから良いんです! とにもかくにも、これ以上イルお兄様とリイナ様がいっしょにいるのは堪えられません!」
いや、しかし、そうは言っても。そんな言葉を繰り返すイル様を、アリス様は半ば強引に引っ張っていった。つまり、私は結局、一人でここに残されている。
アルヴィン様が来る、というのは、本当だろう。でも。来るまで暇だし……軽く歩こうか。そう思って、きょろきょろ街を見ながら歩く。そこで―――、気付いた。
「私、方向音痴だったんだっけ……」
後ろを振り返るけど、イル様たちと別れた場所は見えない。
しかも、いつの間にか裏町っぽい所に入り込んでしまっている。そして、
「……嘘でしょ」
前の方から、柄の悪そうなお兄さんたちが歩いてきた。
お決まり展開。お決まりだけど、本当に困る展開。
「どうしよう――――」
ふと気付けば、天然王女のストックが残り一話。
やばい……これはものすごくやばい……。
死ぬ気で書きます(びし)