「“王子”としては、イル様を尊敬すべきなのかもしれない」
(今だけ)息の合った私とイル様の言葉を聞いて、一瞬固まるマリさん。
でも、次の瞬間、
「あら、喧嘩する仲が良いんですね」
そんな言葉が、彼女の口から飛び出した。
「マリ……。お前は、本当に楽天的な女性だな」
イル様が、隣でそう呟いた。
あらあら、と、マリさんは笑う。
「本当ですよ。イル様もリイナ様も、丁度良い二人に見えますし」
マリさんの笑顔を見ながら、
「そうですか……? 本当にそうだと良いのですけど……」
と、言葉を選びながら言う。
ちょっと口を滑らせたら、イル様の批判がどんどん出てきちゃいそうだから。
「ええ、ええ、そう見えますよ。イル様はしっかりしたお方だし、リイナ様も頭の良さそうな人に見えますし……」
マリさんがそう言った時、イル様の口元が緩んだ気がした。そして、
「頭が良さそう、とは」
誰にも聞かれないような小声で、そう呟く。微かな笑いと共に。
あの、聞こえてますけど何か。けど、分かりました。分かったんです。もう反論しません。流してやります。
自分に言い聞かせるように、私は心の中で言う。反論したら、新たな喧嘩の種を蒔くだけ。イル様の言葉なんか、聞くことはない。
だから私はイル様を視界に入れず、マリさんの話を聞きながら料理を食べ続けた。
*******
「ごちそうさまでした」
私は目の前の空になった皿を見て言った。
「とってもおいしかったです。ありがとうございました」
皿を片付け始めたマリさんに、そう微笑む。
あらあら、と、マリさんも笑った。
「こちらこそ、リイナ様に食べて頂けて、嬉しいですよ。また是非、イル様といっしょにいらっしゃってください」
「ええ、是非、また来させて頂きます」
一人で、という言葉は心の中で言いながら、私は笑顔で頷く。
「マリ、今日も旨かった」
私の隣では、イル様もそう言いながらお代を渡そうとする。
「あっ、そうだ、お代……ッ」
「良いです。もちろん姫の分も、私が払いますから」
慌て始めた私に、イル様はそう言う。
でも……、と、私はイル様を見た。
「そういうわけには……っ」
「これは普通です。女と男が共に街を歩いたら、男が払うのは当たり前でしょう。それに、ここで払わなければ私は紳士ではありませんし」
「……イル様には紳士の欠片も無いと思うのですが」
「ですからなぜ貴女は喧嘩の種を……っ!」
「け、喧嘩の種は大体イル様ですよ!」
「……分かりました。終わらないようなので一度支払いを済ませましょう」
イル様はため息と共にそう言うと、マリさんに向き直る。
「いいえ、お代は要りませんよ。イル様とリイナ様の、二人揃っての記念すべき一度目の来店なんですから。ご馳走します」
マリさんはそう手を横に振るが、イル様は無理やりお代を渡す。
「良い。受け取ってくれ。受け取ってくらないとこちらが困る」
「えっと……。では、とりあえず……」
マリさんは躊躇いながら、お代を受け取った。
なんで、好意に甘えないんだろう。私だったら、ありがとう、と言ってご馳走してもらうのに。
マリさんに礼を言い、店を出てからイル様にそれを尋ねる。
「なぜ、イル様はマリさんのご厚意に甘えなかったんですか? 私だったら、ご馳走して貰うのを選ぶんですけど……」
私のその問いに、イル様は、
「聞くほどのことですか。一度好意に甘えれば、それからもそうしてしまうでしょう? そしたら、経済に響くと思いませんか?」
そう、私に問い返してきた。
「……別に、イル様一人で経済に響くとも思えないのですが……」
「その考えが、景気を悪くするのです。塵も積もれば山と成る、という言葉を、姫は知りませんか?」
「……難しいことを考えているのですね」
私のその言葉に、イル様は足を止める。
そして、私に向き直った。
「それは当たり前でしょう。私たちは、一国の王族なのですから。たとえ姫がどんなに抜けている方でも、国の行く末を考えるのは貴女の義務。私は、それを果たしているだけです」
私の目を見てそう話すイル様は、確かに一国の“王子”だと感じた。
性格は駄目。口も駄目。婚約者としてはもっと駄目。でも―――“レフシア王国の第一王子”としては、尊敬すべきなのかもしれない。
私より背の高いイル様を見上げて、少しそう思った。
テスト終わりました!
ですので、2週間ぶりの更新です。
……経済の下り、無理がありますよね。
丁度その頃、授業で不景気・好景気についてやっていたもので(^^;)
後々読み直して恥ずかしくなりました←