「仲が良いなんて、ふざけないでください!」
暖簾を潜ると、良い香りは強くなった。
「いらっしゃ……って、あらあらイル様!! お久しぶりですねえ」
女主人……だろうか。頭に三角筋をつけたおばさんがぱたぱたと駆け寄って来た。
顔馴染みなのだろうか、イル様もおばさんに微笑んでいる。
「マリ、久しぶりだな」
「本当に。会えて嬉しいですねぇ。……あら、その方はもしかして」
マリさんが、口に手を当てて私を見る。
私は、ドレスのスカートを上げて礼をした。
「こちらは、リイナ・レンスリット姫。ルーン王国の第一王女であり、私の婚約者だ」
「はじめまして。リイナ・レンスリットです。おいしそうな香りがしたもので……」
私は微笑んで、マリさんに言う。
「はじめまして、リイナ様。レフシア王国の王都で食事処を営んでいるマリです。イル様下とご結婚なされたら、時々顔を出してくださると嬉しいですねえ。イル様とは、もう知り合って十数年になるんですよ」
にこにこと、黄色とオレンジの花を散らしながら笑うマリさん。
こんな愛想の良い方がイル様と長年の友達(?)だなんて……!! と、心の中で呟いたのは秘密にしておこう。
「マリ、お前の奨めるものを出してくれるか」
「はい。少々お待ちくださいね」
イル様の注文を聞くと、マリさんはせかせかと台所に入っていった。私とイル様は、近くのテーブルに腰かける。
「イル様、ここへはよく来るのですか?」
なんとか沈黙は避けようと、私はそう尋ねた。
「はい」
しかし、その会話はすぐに終わる。……イル様、もう少し会話を続けようという努力を為さらないのでしょうか。
心の中でそう呟いていると、料理が来た。早い調理に感謝でいっぱいだ。
「どうぞ。リイナ様のお口に合えば良いんですけどねぇ……」
マリさんはそう言いつつ、私の前に皿を置く。
イル様がさっき言っていた、鶏肉のトマトソース煮込み。おいしそうな香りに、食欲がそそられる。
「わ、おいしそうですね。頂きます」
私はマリさんに礼を言うと、フォークを手に取った。
ぱく、と口に含む。トマトソースの味が口に広がる……、
「あっつ!!」
より先に、熱かった。げほげほと咳き込む私に、イル様は呆れてハンカチを差し出す。
「す、すいませ……」
目に少し涙を滲ませて、私はそれを受け取った。
ハンカチで口を押え、ふう、と深呼吸する。そして、
「ありがとうございます」
微笑んでイル様を見たら―――隠しようもない、なんともいえない呆れ半分怒り半分な表情が浮かんでいた。
ええ、驚きはしません。だって、予測出来ていましたから。
「貴女は……もう少し、考えてから口に入れないのですか? 湯気が立っているのですから、熱いというのはどんな人でも分かるでしょう」
本当に何故……、と、こめかみを抑えるイル様。
「熱いというのは分かってたんです! でも、予想以上でしたし、おいしそうだったから口いっぱいに頬張りたいですし……」
私は、少しむくれて反論する。
「頬張る? それは一国の王女としてどうなのですか? 先程も言いましたが、貴女には王女……いえ、女性としてのマナーが足りな……」
「だから、それは失礼だと言っているでしょう!? 私に女性のマナーが足りないんだったら、イル様には王子としても男性としてもマナーが有りません!」
「私はちゃんと有ります。ただ貴女に対して事実を述べているだけで……」
「その事実を述べるにしてももうちょっと柔らかく言うのが礼儀というものでしょう!?」
「礼儀を弁えるべき相手なら、ですね」
「それはどういう意味ですか!!」
ぎゃあぎゃあと喚きあう私たち。……いや、イル様は冷静に言葉を返しているけど。
そして、そんな私たちを止めたのは、
「イル様、リイナ様、あの、お二人は仲が良いはずじゃ……」
マリさんの控え目な声だった。
私たちは振り返り、同時に言う。
「仲が良いなんて、ふざけないでください!」
どこかで言ってたような台詞。
いや、きっと言ってたんだろうな。
それにしても、本当にくっつきませんね。
イルさん、もっと丸くなってください。お願いします←
なんて(笑)




