「姫は王女としてのマナーをもう少し身に付けたほうが良いのでは?」
すたすたとイル様の先を歩いていると―――良い香りがした。
香りの元を探してみると、そこには小奇麗な食事処。
「良い香り……」
おいしそうな香りを嗅いで、私は思わず呟いた。
「あれは、食事処ですね。名物は自家製のトマトソースで煮た鶏肉で、それを求めに遠方からも客が来るとか。……私も食べたことがありますが、おいしかったですよ」
最後に小さく付け足された感想。それを聞いた途端、私は目を丸くしてイル様を見た。
当の本人は、……もうつき尽くしたであろうため息をついている。
「……母上に言われたのです。婚約者である貴女の意見も聞かねばならぬと。多少変な方でも、私の婚約者で、ルーン王国の姫君なのだからと」
良い事を言うお母様だ……!! イル様のお母様とは思えないくらい!!
私は心の中で叫ぶ。でも……“多少変な方でも”? その部分は納得できない。
「あの……多少変でも、というのは……」
「分かり切ったことでしょう。変、と言われるのが不快であろうことは分かりますが、事実、姫は変わっていますから」
私の問いに、即答のイル様。
さっき、ちゃんと私の要望に答えてくれたイル様への好感度はマイナスにまで下がった。
「そんな、私は変わってなど……!! 第一、人には個性があって当たり前でしょう?」
むっとして、私は言い返す。
それに対して、涼しい表情で答えるイル様。
「……姫のは個性を通り過ぎていると思うのですが。初対面の時と言い、数え切れぬほどたくさん貴女は―――」
「初対面の時は、イル様が先に失礼なことを言ったんです! 私はまだ覚えていますよ、イル様はふざけた人は嫌いって言いましたよね。でも、私は全然、イル様の前では一度もふざけてなんていないわけで……」
イル様の言葉に被せ、私は言う。
そう、私はまだ覚えている。寧ろ、一生忘れることは無いだろう。初対面での、あんな失礼な言葉。
しかし、イル様も同じようなことを考えていたようで、
「貴女は初対面の日に遅刻をし、その上無様に転ぶという醜態を見せて、婚約者である私が恥ずかしかったくらいでしたよ。寧ろ、失礼をしたの姫のは方でしょう」
そう言い返してくる。
でも普通、自分の婚約者に対して無礼や醜態なんて、酷いことを言うのでしょうか。
「無様!? 醜態!? 婚約者に対してその言い草は無いんじゃないですか? 遅刻したのは悪いと思っていますし、謝罪もしました。でも、転んだのは不可抗力で……」
「だから姫は王女としてのマナーをもう少し身に付けたほうが良いと……」
言いかけて、イル様は急に口をつぐんだ。
私だったら、十言って来たら百言いかえしてあげますが、もう言うことがなくなりましたか? イル様。心の中でそう言いながら、敵意を込めた目で私はイル様を睨む。
しかしイル様は、
「はぁ……もう、やめましょう。こんな争いをしていても仕方が無い。私達が、国民に醜態を晒しています」
そう、ため息と共に言った。
確かに、周りではレフシア王国民が少し面白そうな顔で私とイル様を見ている。
「そうですね。じゃあ、とりあえずその食事処に入りましょう?」
私も頷いて、さっき説明してもらった食事処を指差す。
喧嘩をすると、お腹が空くものだ。
「そうしましょうか」
イル様も頷いて、二人で食事処の暖簾を潜った。
うぬぬ、迷走中。
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今日は合唱発表会でした。
「さよなら」という失恋ソングを熱唱。……イルとリイナは、「さよなら」以前に「愛して」もいませんね(意味不)。