「これから私が、リイナ姫を恋に落とすのです」
「わあ、とても賑やかですね!」
私が街に入った、第一声がそれだった。
鳴り響く笛の音、それに合わせて踊る踊り子。そして、果物や食べ物屋の客寄せの声。
活気に溢れていて、とても豊かで賑やかで楽しげな街だった。
「そうでしょう。特に、レフシア王国は音楽が盛んなのです」
アルヴィン様が、歯を見せて笑いながら言う。
へえ、と、私は素直に頷いた。ちなみに、ルーン王国で盛んなのは食文化である。
「アルヴィン様も、何か弾けたりするんですか?」
「はい」
私の質問に、アルヴィン様は頷いた。
そして、そうだ、と瞳を輝かせる。
「今、ご覧に入れましょうか?」
「へっ?」
きょとんとしている私に構わず、アルヴィン様は近くの旅芸人からヴァイオリンを借りる。
そして―――弾き始めた。明るいようで切ない、綺麗な曲。
たとえ弾いているのがアルヴィン様だとしても、私はその演奏に聞き惚れた。もう一つ言うと、さらっとした金髪の、外見(だけは)良いアルヴィン様に、ヴァイオリンは良く似合う。
「……どうでした?」
弾き終えると、アルヴィン様は私を見つめて問う。
素晴らしかったです、と、私は素直に言った。拍手付きで。
「良かった。これは、レフシア王国でも人気の曲なのです。悲しいけれど熱い愛の曲で」
にこやかな笑顔で曲の説明をするアルヴィン様。
ふんふんふん、と私は聞く。
「リイナ姫のことを想って弾きました」
「げほッ!! ごほごほ……」
アルヴィン様の言葉に、私は激しく咳き込んだ。
「大丈夫ですか?」
真っ白いハンカチを差し出すアルヴィン様。
あ、ありがとうございす、と言いながら、私はハンカチを受け取る。それで口を抑えると、段々と咳が収まってきた。それを見て、再びアルヴィン様は話し始める。
「熱く、悲しい恋愛の曲……。まさに、私のリイナ姫への想いを―――」
「ちょ、ちょっと待ってください。なぜ、悲しいのですか?」
熱い恋愛、には、もう突っ込まない。
けど、なぜ悲しいのだろう?
「悲しいのです。リイナ姫は、兄上の婚約者。弟である私とは禁断のこ―――」
「ま、待ってください。“恋”ではないでしょう? だって、私はアルヴィン様を慕ってなどいませんし……」
どさくさに紛れて酷いことを言ってしまったけど、仕方ない。
だって、“禁断の恋”って、まるで私とアルヴィン様が両想いみたいだから。
しかしアルヴィン様は、いいえ、と言った。
「これから私が、リイナ姫を恋に落とすのです。許されぬはずの、禁じられた恋に。禁じられても愛することこそ、本物の“愛”でしょう?」
そう言って、片目をつぶるアルヴィン様。私は引き攣った笑みを浮かべた。
誰か、私とアルヴィン様の間に入ってきてください。アルヴィン様と二人きりだなんて嫌です。というより、私がアルヴィン様を好いたら“許されぬ恋”は“許された恋”になると国王様は言っていなかったでしょうか。
そんな言葉を、私は心の中で言い続ける。
誰か、来て。そう心の中で願った瞬間、
「アルヴィン、姫、ここにいましたか」
誰かの声が、私とアルヴィン様を呼んだ。良かった、誰か来た。一瞬は、そう思った。
でも……この、聞きなれた声は―――、
「兄上!」
「イル様!」
やはり、イル様だった。
私とアルヴィン様が話していて、誰かに入ってきて欲しいって時に必ず現れる。これがイル様でなければ、私はその人を好くと思うのに。
私は心の中でそう呟く。しかし、それはアルヴィン様も同じだったようで、
「兄上はいつもいつも、私とリイナ姫の会話中に来るのですね」
そう、イル様に言っていた。
仕方ないだろう、とイル様はため息をつく。
「アルヴィン、アリスが呼んでいたぞ。早く話したい用があるらしい」
「アリスが? ……それを、なぜ兄上が伝えに来たのですか? わざわざ街に来ることでもないでしょうに」
アルヴィン様はそうイル様に尋ねる。ちなみに、アルヴィン様に頬には『私とリイナ姫の仲を邪魔してまで』と書かれていた。こんな事に疎い私が分かるまでに、はっきりと。
「仕方ないだろう。お前が姫を振り回していそうだったからな。もちろん、私はお前が姫を振り向かせようと振り向かせまいと構わないが……弟に振り回させておいてそれを兄である私が放っておいたら、アヴィンセル王家の名が廃る」
「それはそうですが……。何も私は、リイナ姫を振り回してなどいません」
少しむくれた様子で、アルヴィン様はそう答える。
イル様、確かに私はアルヴィン様に振り回されていました。イル様の言っていることは正論です。でも……。
建前くらい、もう少し婚約者らしいことを言っても罪にならないのでは?
そんな私の呟きは、やはり目の前の困った兄弟には届かない。
アルヴィンの恋路、やっぱり厳しいですね。
てか、今回は気持ち悪すぎだったかな?