「リイナ姫は酔って―――いえ、泥酔しておられます」
「お、お酒っ!?」
ナミの言葉に、私は思わず水―――いや、お酒を吹きそうになる。
そういえば、少し苦い気がする。
「ひ、姫様、早くお水で酔いを醒まして……ッ! 絶対に、酔った状態でイル様に会ってはいけませんよ!?」
「わ、分かってる、わよぉ……ッ! だ、大丈夫よ、ほんのすこーしの……お酒、くらいぃっ」
ああ、駄目だ。私は、心の中でそう呟いた。
心の中は冷静を保っている。でも……口からは、言おうと思っていない言葉。
「ほんの少しのお酒ではありません! 少なくとも、3杯は飲んでいるじゃないですか! 早く部屋に行って、休みましょう?」
「大丈夫だって……私、もっと、飲むのぉ……」
「姫様、酔っているということは分かりますから、だから―――」
「これは、何事ですか?」
ナミの言葉を遮ったのは―――何でこのタイミングなのだろうか―――イル様。
イル様は、決して好意的ではない目で私とナミを見ている。
「なんでもありませんわ。姫様が少し疲れたようなので、部屋におつれしようかと」
尖った声で、ナミが言う。
イル様は頷いて、
「そうですか。これは、邪魔をしてしまいましたね。姫は顔が赤いようだが、熱ですか? もしそうなら、医者に連絡を致しますが」
そう、言った。思ったより優しい言葉に、私は思わずきょとんとする。
「いいえ、熱ではありません。普段は姫様に冷たいのに、此度だけは優しくするのですね」
あら珍しい、とでも言いたげな瞳をして、ナミが言う。
「当たり前でしょう。姫は我が国の大切な賓客であり婚約者。その扱いを疎かにしては、レフシア王国の名が廃ります」
イル様はそうため息をつくと、私を抱き上げる。そう、つまり、これは世に言う“お姫様抱っこ”。
“今すぐにおろしてください、お願いします。イル様に抱っこされるなんて、具合が悪くないものも悪くなります”そう、言いたい。心から。なのに、
「大丈夫ですよぉ、イル様。私はまだまだ飲めますから」
口からは、訳の分からない台詞。
は? という目で、イル様は私を見る。
「飲めますから、とは?」
そう尋ねて―――、近くのテーブルにある、5杯の空になったグラスを見る。
そして、イル様はナミに視線を移した。
「もしやとは思いますが……姫は、酒に酔っていらっしゃるのですか?」
ぴき、という音が、イル様のこめかみから聞こえた気がした。
そして、その音はナミにも聞こえたらしい。
「まっ、まさか! 姫様はお酒に弱いんです、飲むはずがございません! 普通に、ただ単に、部屋でやすまれるという―――」
「リイナ姫、なぜ兄上に抱かれているのですか?」
ナミの言葉を遮ったのは―――なんとタイミングが悪いのか、アルヴィン様。
「アルヴィン、丁度良かった。お前は酒に酔った娘をよく見ているだろう。姫はどうだ?
この赤く染まった頬は、熱によるものか? それとも酒によるものか?」
「熱? 酒?」
アルヴィン様は、ずいっと私に顔を近付けた。
近いです、アルヴィン様。どうか、どうかお願いですからその顔を離してください。
というより、『お前は酒に酔った娘をよく見ているだろう』とは、どういう意味なのでしょうか。
そういうところで頼られるのは、どんな心境なのですか。
私は、心の中でそう言う。でも、口から出るのは―――、
「アルヴィン様、ご一緒に飲みませんか? ほら、あそこのフルーツカクテルなんか、とてもおいしそうで……」
そんな、私の意志とはまったく関係のない言葉。
いつのまにか、足もふらふらしてきた気がする。
「兄上、これは間違いありません」
アルヴィン様はそう言って、イル様に向き直る。
「リイナ姫は酔って―――いえ、泥酔しておられます」
待った―――! 心の中で、私は叫ぶ。
酔っています、は良い。でも、泥酔ってなんですか、泥酔って―――!
“失礼です!”と、今すぐアルヴィン様に言いたい。でも、
「泥酔でもなんでも良いですから、飲みましょう―――ね?」
なぜか私の口はそう言って、私の右腕はイル様の腕を、私の左腕はアルヴィン様の腕を掴んだ。
「そうですね。酒に酔いしれ、頬の赤く染まったリイナ姫も美しい……。どうせなら、私の部屋で飲みませんか? ぜひ、兄上抜きで」
いや――――っ!
心の中でそう叫ぶ。お酒に酔っていなかったら、私はアルヴィン様を突き放していたはず。
だけど―――、
「そうですね。ぜひ飲みたいですわ」
私の手は、差し出されたアルヴィン様の手を―――握らなかった。
「アルヴィン、いい加減にしろ。姫も、これ以上一滴たりとも酒を飲んではいけません」
イル様が、私の腕を掴んでいる。普段の私だったらすぐにこの手を引っ込めるはず。
でも、
「そんな堅いこと言わないで、イル様も是非ご一緒に」
ぎゅっとその腕を掴む私。
ああ、お酒なんて飲まなければ良かった……。
大晦日です!
今年最後の更新になります。リイナ、酔っちゃいましたね。
そして、400pt突破、ありがとうございます!
来年も、どうぞよろしくお願いします。