「イル様、ご覚悟!」
「……イル様、ご覚悟!」
私はそう呟いて、握った右拳をイル様に突き出す。
でも――――それは、イル様の手に阻まれた。ぱしっ……という乾いた音を立てて、私の渾身の拳はあっけなく止められる。
「姫……」
イル様が、呆れた声を出した。
そこで、私ははっと気づく。周りには、各国から招かれた賓客や、イル様の父王やお妃様。
どうしよう――――、
「護身術を習うのは良いですが、ここで練習するのはどうなのですか?」
「……え?」
わけのわからないイル様の言葉に、私はきょとんとする。
「それに、姫は護身術など習わなくとも、私がお守りしますよ。大切な、婚約者なのですから。
もっとも、その姫の責任感は素晴らしい。ご自分が一国の王女であると、ちゃんと自覚なされているのですね。私はそんな素晴らしい王女の婚約者で、嬉しい限りです」
ぺらぺらと、イル様は言う。何? 何? 何が起こっているの?
イル様が、私のことを“素晴らしい王女”って言った? ありえない。
「イル様? 一体、なんのこ……」
「姫」
私が全てを言う前に、イル様は私の口を抑える。
そして、ずいっと顔を近づけて小さな声で囁いた。
「私が殴られたら、大問題でしょう。お忘れですか、この宴には、異国の客人がたくさん来ているのですよ。ここは、私に合わせてください」
そう囁いたイル様の目は、私の見慣れている“呆れた目”。私は、こくこくと頷いた。
確かに、イル様の言う通りだ。
「そうですね、イル様はお強いですもの。私が護身術など習う必要はありませんでした」
声を大きくしてそう言い、作り笑いを浮かべる。
「いやいや、しかし姫のその心掛けは素晴らしい」
イル様も作り笑いを浮かべ、そう言う。
そして、笑いあう私達――――。事情を呑み込めないナミとユアンが、遠くから不思議そうな顔で私達を見ている。
「いえいえ、イル様こそ素晴らしいお心をお持ちですよ」
そう言いながら、私はそろそろと後ずさりする。
早くここから立ち去らないと、言いたくもないことを言い続けることになる。
イル様も同じ考えなのか、他の客人と話し始めた。よかった……そう思った途端に、目の前にはナミの顔。
驚きで、目がまん丸くなっている。
「な、ナミ……? どうしたの……?」
私がきょとんとして聞くと、ナミはずいっと顔を近づけた。
「お聞きしたいのは私です、姫様! 先ほどのやりとりはなんなのですか?
姫様はイル様をあそこまで褒めるのですかっ!?」
「え? まさか、違う違う違う違う! 今のは不可抗力よ」
私は、手をぶんぶん振って全否定する。
私がイル様を褒めただなんて冗談じゃない!
「ですよね! 姫様に何かあったのかと、私、心臓が止まるかと思いました……。
でも私は、たとえ姫様がもし、万が一、天と地がひっくり返ってイル様をお慕いすることになっても……」
「ナミ? そんなことは、ありえないわ」
私は、ナミにそう低い声で言う。
ああ、なんで私、ナミと話しているのに完全燃焼の白い炎が出てるんだろう……。
「も、申し訳ありませんでした、姫様。そうでした……私、とんでもないことを……!
今、ユアンに小刀を借りて、死んでお詫びいたします……ッ!」
「ナミ、俺は絶対に小刀を貸さない。死んじゃだめだ、俺の前から消えるなんて……ッ!
ナミが死ぬくらいなら、俺が死ぬから!」
「ユアン……そんな……それは嬉しいけど、でも、私は姫様にとても失礼なことを……!」
「ナミ、でも君が死んでしまったら、とても困る。ルーン王国の損失……いや、世界の損失だ!」
「ユアン……」
「ナミ……」
……私は、現れて10秒でこんなメロメロな展開にしてしまうユアンを尊敬したい。
ナミの肩に手を置くユアンを見て、私は心底そう思った。
「あら、リイナ様ではありませんか」
呆れ顔でナミ達を見ていた私の背後から、高いきんきん声がした。
知ってる声じゃないけど……と、私は首を傾げながら振り向く。
「お初にお目にかかります」
後ろにいたのは、やっぱり知らない、同い年くらいの女性。
長い黒髪を一つに縛っていて、ピンク地に金の刺繍という、とてつもなく趣味の悪いドレスを着ている。そしてそのドレスが……彼女の可愛さを台無しにしていた。
黒い二重の瞳はぱっちりしていて、頬は健康的な肌色で、頬が赤くて、唇がピンクで、つまり本当にかわいらしい女の子なのに……ファッションセンスが無い。
一体、どこの娘なんだろう。
私のその質問に答えるかのように、その娘は名乗った。
「私、レフシア王国第一王女のアリス・アヴィンセルと申します。
イルお兄様と、アルヴィン兄様の妹ですわ」
佐倉風弦さまより、リイナとイルのイラストを頂きました!
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=23108613
とても可愛らしいです!
そして、今回では新キャラ登場。
こいつもまた、イニシャルΑ,Αです。←
そしてそして、濃いキャラな予定です。←
アヴィンセル王家はどうなっているのか……。
……卒業研究がまだまだで提出が明後日なのに、なんで更新してんだって自分に問いかけます。←