「姫は一度、ダンスを習われては?」
「shall we donce? リイナ姫」
そう言って、私に手を差し出すアルヴィン様。
にっこりと、さわやかな笑顔。周りからは、きゃぁっという黄色い悲鳴。
私も、ここだけだったら“かっこいい”と思っただろう。でも……私は、変態のアルヴィン様を知っている。
といっても、一国の王女が王子の誘いを断るわけにもいかない。
「喜んで、アルヴィン王子」
私は微笑んで、アルヴィン様の手を取る。
オーケストラが、ゆったりとした曲を奏で始めた。
「姫は、社交ダンスはお上手ですか?」
アルヴィン様が、私の腰に手を回しながら言った。
「え、ええ。ルーンでもよく夜会は開かれますもの。王女ですから、嗜んでいますわ」
私はにっこりとそう答える。
嗜んでいる、というのは本当だ。でも、私が相手の足を踏むのが得意、とまでは、いう必要が無い。
「そうですか。では」
そう言って、ステップを踏み始めるアルヴィン様。
ワン、トゥ、ワン、トゥ……。頭の中で、リズムを取る。
「良い調子ですよ、リイナ姫。……ぐぎゃ……っ」
にっこりと微笑みかけていたアルヴィン様の顔が、苦痛で歪んだ。
私の足の下に、アルヴィン様の足を感じる。
「きゃ……す、すいませんアルヴィン様!」
私はおろおろと囁く。その間も、私たちはダンスを続けたまま。
「いいえ、これくらいぃぃぃ……ッ!」
答えながらも、また苦痛の表情。
「も、申し訳ありません! 今すぐダンスを中断して……」
「いいえ、ダンスは中断しません!」
ダンスをやめようとした私の手を、アルヴィン様はぐっと掴む。
「美しきリイナ姫とのせっかくのダンスの機会……これを逃しては、レフシア王国第二王子の名が廃ります!」
それで名が廃るとはどんな名ですかっ! と、私は心の中で叫ぶ。
「でも、あの、これ以上アルヴィン様の足を踏むのは……」
「いいえ、構いません! リイナ姫、貴女に足を踏まれなければ、それはレフシア王国第二王子にあらず!!」
だから、レフシア王国第二王子とはどのような方なのですか!!
私はかろうじて、そう叫ぶのを抑えた。でも……心の中に、湧き上がる疑問。
第二王子の条件って、マゾなことなの?
「あ、あら、アルヴィン様はおもしろい考えをお持ちのようですね……あは、あはは……」
苦笑を通り越した苦笑を浮かべる私。アルヴィン様はにっこりと、まるで早朝の風のような爽やかな笑顔。他の人たちは、私たちの温度の差にびっくりしないんだろうか。その時、
「……姫、アルヴィン、周りの人が好奇の目で見ていますよ」
爽やかな笑顔と、苦笑、それに割り込んだのはイル様の地獄から聞こえるような声だった。
「兄上! 好奇の視線とは……周りの方々が、私とリイナ姫を祝福する瞳、ではありませんか?」
アルヴィン様の頭の構造はどうなっているんだろう……と、私は心の中で呟く。
「アルヴィン……勘違いしているのか? 姫は私の婚約者だ。
もちろん、私が望んだわけではないし、婚約も破棄できるものなら破棄したい。でも、今は姫は私の婚約者だ。お前が姫と祝福されることはないんだが……」
「破棄できるものなら破棄したい? 兄上がリイナ姫との婚約を破棄するのなら、私がリイナ姫と婚約したいですね」
アルヴィン様が素早く返答したからイル様を殴る……いえ、イル様に私が言う機会はなかったけど、“婚約を破棄出来るものなら破棄したい”? それは、私の台詞だわ。
私はふるふる震える右拳を、左手で抑える。ここには、たくさんのお客様がいる。だめ、だめ、殴ってはだめ……!
「アルヴィン……お前はそんなんだから、皆から“女たらし”などと裏で言われるんだぞ」
「兄上こそ、“あんなに女に興味がないとは、もしや衆道ではないか”と言われているんですよ」
私がふるふる震えているのにも気づかず、兄弟喧嘩のようなものを続ける二人。
良い機会だ、と私はそこを離れようと……した。
「姫、お待ちを。アルヴィンと踊ったのに私と踊らないのでは、恰好がつかないでしょう」
私の手を掴んだのは、以外にもイル様。
「……そうですね。では、一曲だけご一緒に踊りましょう」
私はそう頷いて、イル様の方に手を置く。イル様が私の腰に手を回したのと共に、オーケストラが音楽を奏で始めた。
ワントゥ、ワントゥ……頭の中で、拍子を数える。
もちろん、イル様の足を踏むのに躊躇いはない。でも、ダンスが下手だとバレるのは癪だった。
でもなぜか、イル様からは
「……い……っ、あう……い……だ……」
という、彼らしからぬ声。私はやっぱり、どんなに頑張っても足を踏むらしい。
オーケストラの楽員達もそれを見かねたのか、早々に演奏は終了した。
「も、申し訳ありませんでした……」
私は、とりあえず頭を下げる。
イル様に頭を下げたくないけど、人の目がある。
「いいえ……しかし」
イル様ははぁっとため息をついて、言った。
「姫は一度、ダンスを習われては?」
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