「貴女が私に恥をかかせないことを、願っていましょう」
「姫様っ!?」
ナミが、私を見て悲鳴を上げた。
私は地面に座り込んでいた。落馬したと言っても、怪我は無さそうだ。
「リイナ様!」
ユアンが慌てて馬を降りる。人前では、ユアンも“様”付けで呼んでいる。
そして、イル様は―――
「貴女は……どうやったら落馬など……」
呆れるのと驚くのとが入り混じった目で私を見てくる。
「ら、落馬したのは初めてですよっ!! 普段はしません!!」
私はユアンに助け起こして貰いながら、イル様に言う。
……嘘だ。私はこれで、たぶん100回目くらいの落馬。
「姫様、やはり、馬には乗らなかった方が良かったんじゃないですか?」
ナミが心配そうな顔で私に耳打ちした。
「で、でも……今更馬車に乗り替えたら、落馬したから馬をやめたみたいじゃない。
イル様になんて言われるか」
私はちらっとイル様を見ながら言う。
イル様は、一応婚約者ではあるので私が馬から落ちた時、助け起こしてくれようとは想ったらしい。馬から降りている。でも、結局助けてくれたのはナミの夫であるユアンだったけど。
「そ、そうですね……。確かに、これ以上イル様に姫様を馬鹿にされるのは私も嫌です」
ナミがちらっとイル様を見て頷いた。
「だ、大丈夫。もう落ちないわ。落ちそうになったら馬にしがみついてやるから!」
「姫様……それはとても画期的な御提案ですが……あの……」
良い提案を思いついて顔を輝かせる私に、ナミは言い辛そうに口ごもる。
急にユアンがナミの横から顔を出して、
「それじゃ、落ちるのと変わらないくらい見苦しいのではありませんか?」
と私に言った。
私はしばらく、馬から落ちまいと必死にしがみつく私を想像する。
うん、あまり良い方法では無いかもしれない。
「……それもそうね。じゃあ、どうすればいいと思う? ユアン」
「え、俺ですか? どうすればって……」
突然話を振られ、返答に困るユアン。
「うーん、やっぱり、馬車で行くのが一ば……」
「ユアン、今更馬車に乗るなんて、姫様の恥なの!」
馬車に乗るのが一番、と言いかけたユアンを、ナミがぎろっと睨む。
途端に、ユアンは、はい、と縮こまった。一発で分かる、この夫婦の権力図。
「はぁ、分かった。普通に乗るわ、普通に」
私はそう言うと、再び馬に跨る。
「姫、大丈夫ですか? あまり馬が得意でないのなら、馬車でも良いですが」
イル様が私にそう訊ねる。私付きの兵士(ユアンとナミを除く)が、『イル陛下はなんてお優しいんだ』と囁いているのが聞こえる。
でも、私にはイル様がそう言って、心の中では馬鹿にしてるのが分かるんだ。
「いえ、大丈夫です。慣れぬ道ですから、たまたま、たまたま落馬してしまっただけですから。どうぞ、馬で進みましょう?」
私は『たまたま』という言葉を強調して、イル様ににっこり微笑んだ。
イル様は頷いて、
「そうですか。……ただ、私は姫には馬車で進んで欲しいのですが」
と言う。あら、心配してくれてる? もしかして。
そう思ったのは、一瞬だった。
「なぜですか?」
私が聞いた途端、返って来たのは『姫が怪我をしないか心配だからです』……などでは、勿論無く……、
「民の前で、姫が今のような醜態をさらしてしまわれては……貴方は私の婚約者なのですから、貴女の恥は私の恥なのです。
ですから、そのためにも馬車に乗っていただきたいのですが」
そんな答えだった。
ぴき、と頭の中で音が鳴った気がした。隣のナミからは、青い炎。ユアンは顔をきょとんとして急に完全燃焼しだしたナミを見ているのが分かる。
「あら、なぜイル様は私がまた落馬する前提で離しておられるのですか? もう、二度と、絶対に、落馬などしませんわ」
『イル様の前では』そのセリフは飲み込んだ。
「それは……本当ですが? 失礼ながら、どうもそうとはとても思えないのですが……」
イル様は私をじろじろ見て言う。ご丁寧に、苦笑までしながら。
なぜだろう……最初に会った時より、ずっとずっと嫌な男になってきてる気がするのは、私だけだろうか。
「まぁ、イル様はご自由にご想像なさっていてください。まぁ、その想像はあくまで想像、私は絶対に、イル様に恥をかかせたりいたしません」
『イル様が恥をかく姿は、とても面白そうですけど』そのセリフも、呑み込んだ。
イル様はふっと笑う。……いや、嘲笑に近い笑みを浮かべる。
「それは、道中楽しみですね。貴女が私に恥をかかせないことを、願っていましょう」
テスト前なのに更新しちゃいました……。
いや、もういい、テストなんか!! テストって何、おいしいの? 状態に、私はなるんだ!!
さて、テストは置いておいて……
250pt突破、ありがとうございます!!
そして、下手ながら、リイナとイルのイラストを書いてみました。
活動報告ではもう発表したのですが、こちらではまだ書いていなかったので(^_^;)
イメージが壊れても良い、という方のみ、ご覧下さい。←
http://4233.mitemin.net/i33492/