悪役令嬢に転生したらまずすること
義弟と言うポジションでいる時点で王太子妃になる姉のサポートをするのが当然だよね
他の転生者が実際どうするかは作品によって違うだろう。だけど、わたくしインパチェンス・マーデンの最初にすることは。
「お父さま。確かに、クレオは分家でありますが、叔父さまの息子。わたくしの従弟と言う一番本家に近い関係で優秀と思われていますが、彼は我が家の養子になるよりも分家として我が家を支え盛り立てていく方が安心できる気がします。それにわたくしの勘では与えられた環境ではなく、逆境の中自らの才で上がっていける気がします。それに何度か親戚の集まりで会ったことありましたが、正直わたくしと相性が……」
相性が悪いと一言で片づけることは正直できないが、それは言わないでおく。
クレオは従弟だが、親戚づきあいで集まるたびにわたくしに憎悪の籠もった視線を向けてくるし、近付くとわたくしにだけ聞こえるように舌打ちをする。
しまいには、
『本家の娘と言うだけで偉そうに、お前なんかよりも僕の方が優秀なんだ』
と告げてくる始末。
そんな奴を我が家の養子に、わたくしの義弟にしたくない。
「わたくしはこのブバルディアを勧めます。彼は、皆の意見を聞き、皆が得する方法を模索する。歯痒い点はあるかもしれませんが、彼の真摯な行いは慕うものも多いでしょう。それに何より」
親戚づきあいで会うたびに自信なさげに下を向いていることもあったが、常に誰かの意見を聞き、意見のぶつかり合いがあると仲介をして、それぞれが納得できるように妥協点を模索していく。
その様はまだ未熟だが、それもまた上に立つ者として必要な力だと思えた。
「わたくしは彼ならば次期公爵家を担うものとして背中を預けられると思えるのです」
彼なら公爵家を任せられる。いや、任せてみたい。
――そうゲームでの裏切り義弟よりも。
「そうか。確かに次期王太子妃との信頼関係が将来的に必要になるだろうな。お前が自らの感覚で選ぶのなら彼にしよう」
わたくしの言葉に父は了承してくれたので、内心ガッツポーズを作る。
クレオを排除する。まず、初期目標が達成したと。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに気付いた時は衝撃だった。しかも思い出したのは件の親戚の集まり。
クレオに会った時。
「なんであいつがちやほやされて僕が分家と言うだけで見下されるんだ……」
そう言っているのを耳にした。
大人がいなかったからの暴言。きっと、誰かに聞かれても誤魔化せる自信があっての失言だろう。
だけど、そこで前世を思い出した。前世の記憶が一気に流れ込んできて倒れるかと思った。だけど、それに耐えた。
現世での淑女教育の結果と、今倒れたらそこで暴言を吐く子供に馬鹿にされるネタを一つ提供することになるという、冷静な自分の判断を褒めたかった。
………たぶん、前世の記憶が無かったらわたくしも意識することなどなかっただろう。子供だからを大義名分にした本家に対しての反逆行為であるだろう。
そして、何よりもあの眼差し。
わたくしに憎悪を向けてくる様が、前世やったゲームの断罪シーンそのもので恐怖を感じた。
そして、もっと深淵の何かも……。
だからこそ、弱みを見せてはいけないと奮い立たせたのだ。
「よ、よろしくお願いします。インパチェンスさま」
緊張した面持ちであいさつをしてくるのは、本日から義弟になったブバルディア。わたくしは優しく笑い掛けて、
「さま付けはいらないわ。今日から家族になるのだから。――ねえ、ディアと呼んでいいかしら?」
わたくしの義弟。ならばこそ仲よくしたい。だからこそ好印象を持って接しようと思って愛称呼びをしようと思ったのだが、ディアと言う愛称が女性に使われやすいものかもしれないと告げてから気付いて、
「いえ……バルの方がよかったわね」
慌てて訂正する。
「い、いえ……好きに呼んでください」
こちらに気遣っているのだろうか。それだったら申し訳なく思える。
こちらとしては乙女ゲームの裏切り義弟を作りたくないから選んだ……まあ、人格とかも考慮したけど、利用したような気持ちで罪悪感があったりする。
「じゃあ、ディア。わたくしのことはお姉さんと呼んでくれると嬉しいわ。――呼びにくかったらチェスでも構わないし」
「そんな……恐れ多い……」
躊躇うというか抵抗するさまに、身分差があるから仕方ないかと思って無理強いはしないようにするが、それでも残念そうにしているのを見かねたのだろう。
「じゃ、じゃあ……チェ………チェス姉さま……」
恥ずかしそうに顔を赤らめて告げてくる様が嬉しくて、
「かわい~♪」
と抱き付いてしまったのは本当に申し訳なかった。後、侍女たちに叱られた。
それからわたくしは、ブバルディアにわたくしと同じように公爵家として必須の知識を学べるよう二人で机を並べて勉学を学び、礼儀作法やマナーなども叩き込んだ。
若干スパルタだったかもと思って時折、料理長に頼んでブバルディアの好きなお菓子を用意してもらうと、
「チェス姉さま。勉強だけではなく、こんなことにも気を使ってくださって……」
と涙ぐんで感動しているのだ。その度にこちらの事情で利用した事実に良心が痛むが、公爵家の教育は国でも上位に入るほどのものだから、それを受けられる立場は希少だと自分で自分を納得させて罪悪感を減らしていた。
そんな日々を過ごして、学園に通う頃にはブバルディアは誰もが認める公爵家の跡取りとして皆の尊敬を集めていた。
「チェス姉さま。今日は一緒に帰れますか?」
学園に通う年齢になってもわたくしを慕ってくれる様にわたくしは目じりが下がりそうなのを何とか耐えて、
「それが……今から王城に行くことになっていて……」
「そうですか……」
しょぼんと落ち込んでいるのを見て申し訳なく思えるが、わたくしは王太子の婚約者なのだ。たとえ、王太子本人が特待生の少女と噂になるほど近い距離で接していて、放課後デートしているとしても。
「いいのですか……?」
心配そうに尋ねるブバルディアにあいまいに微笑む。
水面下で婚約解消の話は出ている。ゲームのわたくしは孤立無援で奮闘していたからこそ悪役令嬢として断じられた。
だけど、ここは現実。すでに報告済みで、婚約解消を願い出ている。
問題なのは……。
王太子と特待生の少女の側に控えている男子生徒……攻略者たちの中にいる義弟になるはずだったクレオの姿。
その様に必死に押し隠すが恐怖が浮かぶ。王太子の浮気など気にならないがそちらは記憶の奥底に沈めた深淵を刺激する。
(大丈夫……)
クレオはあることないこと王太子に告げて、わたくし有責の婚約破棄を目論んでいるのを公爵家の密偵の情報で掴んでいた。
叔父がその事実に、息子を殴り倒したいと思っているのを必死に宥められて決定的な証拠を掴むために泳がせていることも。
(だから、大丈夫)
あの時のような目に遭わない。
「ディア。公爵家としてすべきことは理解していますね」
「はい。ですが、いいのですか?」
ここで躊躇うのはまだ公爵家として覚悟が足りないのかと思ったのだが、
「公爵家は姉さまに託されるのでは?」
確信をもった言葉。
「………」
どうやらわたくしはブバルディアに覚悟を問うていたが、すでに覚悟はしていてもっと深いところを判断していたようだ。
(あっ……)
そんなブバルディアを見ていたら思い出したくない深淵の中でわずかに輝くものに触れる。
(ああ。そうなのね……)
その輝くものの正体に気付くと胸の中に巣食っていた深淵が少し和らいだ気がした……。
「インパチェンスお前との婚約を破棄する!!」
王太子が特待生の少女の腰に手を回して宣言する。
「お前が**の優秀さを嫉み嫌がらせをしたことは聞いているぞ!!」
王太子の側にはクレオの姿。
「その報告はそちらの我が公爵家の分家のモノからお聞きになったのでしょうか?」
「そうだ!! お前の横暴っぷりに黙っていられないと勇気を振り絞って」
「――それ。偽装ですよ」
わたくしの言葉と共にブバルディアが証拠の品を取り出す。証拠の書類は破られないように複製して、皆に見えるようにしっかりと。
最初はこちらを疑っていた王太子だったが、ワナワナと手が震えだし、勝利を確信していたはずの顔が青ざめていく。
それを見ながら。
「ああ。そういえば、婚約破棄でしたか。――すでに我が家から婚約解消の話は出ていますよ」
それを聞いて、こちらを有責にするつもりだったのに自分が有責になりそうだった王太子の顔が安堵のものに変わる。
(為政者になるつもりだった者がそんな表情豊かで大丈夫なのかしら。まあ、もう為政者にはなれないから関係ないわね)
まあ、そんな表情もすぐに壊れるだろうけど。
「こんな公共の場でありもしない汚名を被せられた名誉棄損で訴えさせていただきます」
そちら有責で婚約破棄されるのと名誉棄損で訴えられるのとどちらがマシなんだろうか。まあ、ろくに証拠を確認せずに婚約者を断罪した……しかも断罪理由が浮気相手を守るため。
王太子の名は地に落ちるだろう。
(そもそも王太子でいられたのは公爵家令嬢のわたくしが、婚約者だったからであって、優秀さと言えば第二王子や第三王子もいるのよね)
ちなみに第二王子も攻略対象だったが、彼は自分の婚約者を大事にしている。
「では、すぐに名誉棄損の書類を作成してきますので、この場を失礼します。王太子殿下」
いつまで王太子でいられるでしょうかねと言う嫌味を込めての返し。わたくしが出ていくのに当然のようにブバルディアが付き添ってくれる。
「放せ!! 僕はあんな女に見下される存在ではないんだっ!! あの女を引き摺り下ろしてやるんだっ!!」
そして、わたくしの見えない方向で偽証を出したクレオが兵士に連れていかれているのが感じられて、わたくしは安堵の溜息を漏らした。
(やっと、あの忌々しい記憶から解放される)
わたくしは、乙女ゲームをやった記憶がある。だけど、その前世よりも先に別の記憶があった。
深淵。
わたくしがそう感じて、あえて蓋をしようとした記憶は、前前世。
インパチェンス・マーデンと言う公爵令嬢で王太子に婚約を破棄された少女。
破棄されたのは納得いかない。屈辱的なものだったけど、それでも深淵と呼ぶほど目を背けたくなるものではなかった。問題はその後。
王太子に断罪されて、平民になったインパチェンスは街をさまよっている時に何者かに攫われた。いや、何者かではない。
義弟だったクレオ。
『ずっと、貴女を引き摺り下ろしたかったんですよ』
自分の方が優秀なのに分家と言うだけで見下されること。公爵家に実力を認められて、養子になったのになお高みに行こうとする貴女が許せないと。
牢屋に閉じ込められて、屈辱的なことをされる日々。
永遠に続くような地獄。
『助けが遅れて申し訳ありませんっ!!』
ずっと機会をうかがっていたブバルディアがわたくしを助け出した時にはわたくしはお腹の中に忌々しいあいつの子どもを孕んでいた。
救出されたがもともと身体が弱まっていたこともあり、母子ともに命を落とした時は悲しみよりも安堵が強かった。
その後の転生の時にそんな記憶は消えていたが、乙女ゲームをして、ヒロインを通してみる世界で悪役令嬢としてインパチェンスがこれでもかと触れられていた。
ヒロインの動きを妨害する様々な嫌がらせ、確かにそれらを見ると断罪されるのも無理もない。ただしそれが、本当にインパチェンス・マーデンの仕業なら。
もちろん冤罪だ。わたくしはそんなことをしていない。
親戚の集まりでクレオに会った時にすべて思い出して、自分が再びインパチェンス・マーデンとして転生してあの断罪は義弟に嵌められたという事実に気付いたのだ。
あいつを義弟にしてはいけない。
それだけは絶対に阻止してやる。
「だけど、義弟にしなくてもわたくしを嵌めようとするなんて……」
「チェス姉さま?」
わたくしの独り言に心配そうにこちらを窺ってくるブバルディア。
「いえ……次の嫁ぎ先のことを考えていたのよ」
「そうですね。――公爵家の正当な跡取りのチェス姉さまが戻ってきたので婿を探すの大変でしょうしね」
婚約を解消した時点で公爵家の跡取りはわたくし。そんな心構えのブバルディア。
「ねえ、ディア」
前前世。助けてくれたのはブバルディアだった。彼が居なかったらいまだ心はあの深淵に囚われていただろう。
「わたくしの伴侶になるつもりはある?」
尋ねたらブバルディアは盛大に咳き込む。ここまで動揺するなんて思っていなかった。
「なっ⁉ 何をっ⁉」
「わたくしが王太子妃になる予定だったからディアを養子にして育てたのに、王太子妃になりませんでしょう?貴方の努力を無駄にさせるのも失礼ではなくて?」
「ですがっ、そうしないと示しが」
「わたくしを居ないものとしてディアが公爵になるのは他の分家に示しがつかない。だったらわたくしの婿になるのが一番手っ取り早いでしょう。幸いなことにディアに婚約者はいなかった」
いや、お父さまは作ろうとしていた。だけど、ブバルディアは断っていた。
「チェス姉さまのことを悪女と称する輩が多いので」
と言う理由で。
悪名が独り歩きしていたのだけど、それもクレオの仕業だった。今回の婚約破棄騒動で噂は払しょくされるだろうけど、噂に踊らされた女性を選択するとは思えない。
「わたくしの婿にディアがなる。それが一番簡潔な解決策でしょう」
それに……。
前前世のあの地獄。そこから救ってくれたのはブバルディアだった。そして、今世では義弟として支えてくれた。
わたくしの押し隠した恐怖もずっと気付いて和らげようとしてくれた。
好きにならない方がおかしいだろう。
「ね、姉さま……」
「姉さま呼びもいいけど、愛称呼びにしてほしいわね」
我儘を振ってみるとブバルディアは顔を赤らめて。
「が、ガンバリマス……」
などと告げてくるので、その様が可愛くて抱き付いてしまった。
「チェス姉さまっ!!」
はしたないと言われそうだが許してほしい。
前世でも今世でも異性に抱き付くのが怖かった。父相手でも怖くて赤ん坊のころは泣いていた。
それが唯一出来たのは………。
(ああ、そっか)
クレオが怖かったのを払しょくしてくれていた時点で、わたくしはブバルディアを特別視していたのだ。
そんな今更の事実に気付いて今度はわたくしが顔を赤らめる番だった。
元義弟をどうしてここまで嫌悪しているんだろうと思っていたらどんどん罪が積みあがっていったクレオ。




